第百五話 その日は【ルル】
昏の月に入って五日が過ぎた。
アリシアが動き出してからも・・・。
二日前におじいちゃんとは話してたから、あとはステラだけっぽいのよね。
・・・やろうと思えばこんなに早く動ける。
ふふ、今回うまくいきそうなのは、あの子の仲間たちのおかげね。
さて、あのお母さんはいつあたしのとこに来るかな?
◆
お昼過ぎ、今日は配達の日・・・。
「別な男性からも言い寄られているとか・・・」
「あのね・・・それは本当に無いから心配しないで」
「すみません、いつもルルさんのことを考えていて・・・」
グレンが不安を教えてくれた。
なんだか、隠し続けるのも辛くなってきたな・・・。
でも、こんなくだらないこと教えても仕方ないのよね。
「そんなことより、なにか作るから食べていって」
「え・・・でも、色々準備が・・・」
「まだ誰も来ないから大丈夫よ。夜の配達もしてるんなら元気つけておかないとね」
不安なんか持たなくていい。
あなたと二人で話したくて、早く出て来るようにしてるんだから・・・これを言えばいいのか。
「グレン君、あたしね・・・」
「どうしました?」
「あなたとこうやって話したくて、二人きりになれる時間に配達を頼んでるのよ」
「あ・・・ありがとうございます」
打ち明けられた。
たぶん、想いが溢れてきたせいだ。
アリシア・・・早く来てよ・・・。
◆
「ステラから言われたのはこれくらいかな・・・」
「かなり詰められたのね」
「ちょっと恐かった」
「あたしでも口挟めないかも・・・」
シロとミランダが報告に来てくれた。
アリシアは、ニルスの仲間みんなと話せたみたいだ。
ステラにはキツいこと言われたみたいだけど、話を聞く限り前向きに考えていそうね。
「ありがとうシロ、じゃあ今日にでも報告に来るわね」
「うん、あとはお願いねルルさん」
シロはルージュたちが座るテーブルに戻っていった。
今日はシリウスも連れてきて、子ども四人だけで酒盛りのまねごとをするらしい。
・・・ニルスは帰ったのね。
ルージュが来てるからしょうがないか。
「ミランダから見たらどう?」
「ニルスは相変わらずな感じもしますけど、アリシア様から歩み寄ってるのはいい感じです。戦いのことだけど、ちゃんと会話してますよ」
そうか・・・みんなと話せたし、あたしの案よりもステラのやらせようとしていることを先にさせた方がいいかもしれない。
ニルスがアリシアに勝って、そこでうまくいかなければ二の手がある。
まあ、あたしの作戦は仲直りのあとでもできるものだから、どっちにしろやってもらうか。
「で、アリシアは?一緒に来なかったの?」
「いや・・・終わったあとに、ニルスとちょっと話せたのが嬉しかったみたいで、瞑想で心を落ち着かせてから来るそうです」
たぶん、今回は親としてって感じかな。
でも、今日の内に来るのは間違いないわね。
◆
もう外は真っ暗になってしまった。
まだアリシアは来ない・・・。
「頼む・・・あまり儂に構わないでくれ・・・」
「私だって騎士に憧れてた少女時代があったんだ」
「旦那がいるじゃろ・・・。大事にしろ」
「あんたも奥さん大事にしろ」
ヴィクターさんとイライザさんが入ってきた。
珍しい・・・。
「お二人は仲が良かったんですね」
面白そうだから話しかけてみた。
「イライザ殿が勝手に付いてきただけじゃ。家族を待たせて酒場に来るなと言ってやってほしい」
「待たせはしないさ。付いてきたのは別な用事もあったからだ。えーと・・・あ、いた」
イライザさんは子どもたちのテーブルを見つめた。
というか・・・シロをだ。
「いいことじゃ、あっちのテーブルで遊んでやるといい。儂の相手はルル殿がしてくれる」
「すぐ戻るよ。騎士様に酒を注がないといけないからな」
「・・・」
ヴィクターさんは楽しくなさそうだ。
・・・イライザさんがいれば触ってこないのね。
◆
「子どもたちだけで楽しそうだね」
イライザさんは優しい顔でシロの頭を撫でた。
やっぱりシロか。
どこかで聞きつけたな・・・。
「今みんなで明日何するか話してたんだ。イライザさんも一緒に遊ぶ?」
「私は鍛錬があるからな。・・・まだ決まってないならいいものがあるんだ」
イライザさんは服の中から何かを取り出して、子どもたちのテーブルに並べた。
なんだろ・・・。
「劇場白夜・・・なにこれ?」
劇場・・・。
「入場券だ。うちの息子がそこで予定管理の仕事をしててね・・・ちゃんと四人分ある」
「白夜はテーゼで一番大きな劇場ですね」
シリウスは知ってるみたいだ。
行ったことあるのかな?
「あげるから行ってきな。明日の昼間だと冒険物をやってる。五つの島を巡って、宝物を探すお話だってさ」
「わあ、わたし見たい」
「私も・・・劇見たい」
息子さんのおかげで割引されたとしても、けっこう高いんじゃ・・・。
「本当に貰っていいの?」
「そのために持ってきたんだ。ただ・・・シロにちょっとお願いがあってさ」
あ・・・やっぱりそうなのかな?
「え・・・どんな?」
「その前に一つ聞きたいんだけど・・・エイミィが剃り師に行かなくなった。どうしてだ?」
「・・・」
だよね・・・。
「たまに一緒に行ってたんだけどさ、最近は誘っても断られるんだ」
「・・・」
「事情は教えてくれなかったけど、シロに聞いてみてって言われたんだよね」
なるほど、そう言うしかなかったか。
「で、お願いってのは・・・」
「もう・・・生えてこなくなるんだよ・・・。あとでやっぱり欲しいと思っても・・・二度と・・・」
シロは観念したみたいだ。
イライザさんも考えたわね。
子どもたちは入場券を貰ってしまった。ルージュたちは喜んでるから「やっぱり返す」ができない・・・。
「あとから文句は言わない。・・・剃り師にかける時間があるなら鍛錬をしたいんだ」
「・・・口は堅い?みんなに呼ばれて、遊ぶ時間が無くなるのは嫌だ」
・・・うちの女給たちか。
ごめんねシロ・・・。
「言いふらしたりしない。それと・・・私の隊に女が三人いる」
「・・・この券は四枚、そのためってことだね?」
「そうだ、だからお礼はいらない。あと・・・これは白夜の売店で使える引換券だ。五千エール分のお菓子や飲み物と交換できる。食べながら演劇を見れるぞ」
「・・・わかった。じゃあ、今夜イライザさんの家に行く。起きて待ってて」
取引は成功したみたいだ。
これから頼みたいって人は、ああやって貢ぐしかなくなるのね・・・。
「ちなみに・・・残しておきたい部分もあるんだけどできる?」
「できる」
「そうか・・・」
イライザさんは色っぽく笑った。
どこを残したいんだろう・・・。
◆
「悪いな騎士様、今日はもう帰る」
イライザさんはニッコニコで戻ってきた。
そりゃ嬉しいよね・・・。
「そうか・・・」
「・・・気分がいいな。ほら、触ってもいいぞ」
「よせ・・・自分を安くするな」
「・・・そうだね。酒はまた今度注いでやるよ」
聖女の騎士が敵わない人か・・・。
おじいちゃんが調子に乗り出したら頼もう。
◆
「あ、アリシア。ちゃんとルージュを連れてきたよ」
子どもたちの前に料理を並べていると母親が来た。
「ありがとうシロ・・・シリウス、お父さんは大丈夫なのか?」
「はい、許していただきました。まあ、あまり遅くならないようにと・・・」
シリウスはわざわざ椅子から下りて答えた。
育ちはよさそうだけど、酒場に入らせるのはどうなのかしらね。
「ようシリウス、今日は好きなだけ食えよ」
「遠慮しないでね」
ウォルターさんとエイミィさんもいる。
・・・そりゃそうか、セレシュを連れて帰らないといけない。
「はい、ありがとうございます」
シリウスは深く頭を下げた。
「そんなにかしこまんなって」
礼儀もしっかり教わっていて、ウォルターさんも気に入ってるみたいだ。
「お父さん・・・さっきイライザさんが・・・劇場の券をくれたの。・・・明日四人で行ってくる」
「え・・・なんでイライザが・・・」
ウォルターさんが険しい顔になった。
事情を知らないと勘繰るよね・・・。
「シロに・・・お願いがあったみたい。お礼言おうとしたら・・・言うなって・・・」
「あ、そうだよ。おばさん、イライザさんに喋ったでしょ」
「へ・・・喋ってないわ。シロくんに聞いてみてって言っただけよ」
エイミィさんはすぐに察したみたいだ。
こうなるのわかってたな・・・。
「とりあえず・・・あなた、明日お礼を言っておいてね」
「そりゃ言うけど・・・」
「シロくん、またお菓子作ってあげるね」
「・・・甘くしてね」
シロも甘いわね・・・。
◆
「あ・・・じゃあまたねー。・・・さーて、料理も来たし食べよっか」
ミランダが女給から離れて、子どもたちのテーブルに座った。
いつの間にかうちの子たちとも仲良くなって、世間話をするようになっている。
愛想いいし、女給やってくれないかな・・・。
「おいシリウス、この魔女には気を付けろよ」
ウォルターさんがシリウスの頭を撫でた。
「え・・・あ・・・」
「あれ・・・今あたしを悪く言うような声が聞こえた・・・裁判か」
「なんも言ってねーよ。・・・俺は離れる。今日は友達だけで楽しめ」
友達ね・・・。
見た目で言ったらミランダだけ大きいけど、子どもたちはそれでもいいらしい。
「ちょっと待ってウォルターさん。ティムは?あいつ住むとことかどうすんのよ?」
ミランダから知らない名前が出てきた。
「あいつは宿舎だ。夜も訓練場使いたいからそれでいいってさ」
「そうなんだ・・・。うちに住ましてもよかったのに」
「好きなようにさせてやれよ」
新しく入った戦士なのかな?
ここにも連れてきてほしいわね。
「ミランダ、セレシュもかわいい髪の毛教えてほしいって」
「いいよ、じゃあ食べ終わったらね。あ・・・シリウスに見てもらって、どれがいいか決めてもらおっか」
「あ・・・はい」
「・・・」
シリウスがほっぺを赤くして、セレシュも顔を隠した。
なるほど・・・そういうことか。
おもしろそうだけど、子どもたちだけにしてあげましょ。
そろそろ戻って母親を・・・。
「ルル、話がある」
来た。
「・・・いいよ、いらっしゃい」
いい感じね。
◆
「どんな話?」
アリシアをカウンターに座らせた。
もうあたしから話の誘導はしない。
「あの子の仲間たちみんなと話してきた。ニルスの気持ちは・・・わかったつもりだ」
アリシアは、ちゃんと母親の顔をしていた。
まあ、それは全部知ってるけどね。
「じゃあ聞くけど、ニルスはあなたのことを嫌っていた?」
「そうでは・・・なかったよ。疑っていた自分が情けない・・・」
「そうね、まずはあなたがニルスを信じてあげないといけない。でないとあの子もあなたを信じるわけないでしょ?」
戦い以外はからっきしなんだから・・・。
でもこれで今後気持ちが揺らぐことはなさそうだ。
「それで、あなたはこれからどうする気なの?」
「私はまだあの子とうまく話せない。でも鍛えてあげていると思えば、いくらか言いたいことが伝えられるんだ」
「あなたは不器用だもの。それで?」
「ニルスが私に勝てるまでやる。それができたら・・・抱きしめるんだ」
やっぱりステラのでいくのか。
勝てた嬉しさと母親の愛を重ねる。
ニルスも気持ちを言いやすくなるわね。
「どのくらいかかりそうなの?」
「わからない・・・ただ、あの子は加減をしている気がする。手を抜くなとは言っているが無意識みたいだ」
「つまり、その日は近いってこと?」
「はっきりとは言えないが、明の月までにはなんとかしたい。おそらく・・・私を倒せる実力はあるはずなんだ」
アリシアは笑顔で教えてくれた。
女じゃなくて子どもの成長を喜ぶ親の顔だ。
でも・・・加減か。信頼がまだ足りないんだろうな。
アリシアが感じているように、ニルスも母親を倒せるような気はしているんじゃないかな?
だけど本気でぶつかっていいのか・・・それが迷いになっている。
「どうしてニルスが加減をすると思う?」
「なんとも言えない。私を殺してしまうとでも思っているのだろうか・・・」
「そうかもね。ニルスはあなたの後ろにいるルージュも見ている。本気でぶつかって、あなたが死んじゃったらっていうのがあるんじゃない?」
「ニルスが相手だとしてもそう簡単に死ぬわけないだろう」
だよね・・・そんなに弱くない。
だから、それが伝われば変わるかもしれない。
「そしたらさ、ニルスの攻撃なんて全然効いてないよって言い続けてみたら?平気そうなあなたを見たら加減もやめてくれるかもしれない」
「・・・効いていないわけではないぞ。気持ちいいが・・・今でも相当重い」
・・・気持ちいい?わけわかんないこと言って・・・。
「信頼・・・欲しくないの?」
「・・・やるさ。あの子の為ならなんだってできる」
そうだよね。
戦場とか世界とか・・・面倒なのが絡まってこなければもうちょっと穏やかにもできたと思うけど、今はこれが最善だ。
「ニルスは、またあなたが傷付くことを言うかもしれないけど我慢するのよ。・・・全部自分が悪いんだからね?それと・・・急がないこと」
「今日も言われたよ・・・あの子が口にすることはすべて本当のことだ。だから全部受け止める」
アリシアは胸を押さえた。
もう落ち込んだりはしなそうね。
理由はどうあれ、また一緒にいれることの方が嬉しいんだ。
臆病な雷神は、語るよりも戦いで伝えることの方が合っている。
そして今回は以前よりも深い愛がある。
きっと臆病な風神の心を撃ち抜くことができるはずだ。
明の月までにはか・・・期待してるわよ。




