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悪役令嬢 お守りします!  作者: ワナリ
第一話『プロローグ? バトル? そして結婚?』
2/10

【02】私が守る


「ピッチ、本当にどうかしたの?」

 

 あらためて、私に語りかける黒髪の美少女は、挿絵で見た悪役令嬢――アズに間違いなかった。

 という事はだ――。やはりここは、ライトノベル『白き聖女と黒き魔女』の世界だ。

 

 クソッ! あの作者の女神――セーラの奴、転生させるにしても、取り巻きモブ三人衆の一人とか、ほんと底意地が悪いわ。

 しかも光の球をドーンで転生って……。人の事、脳筋女とか言っておきながら、自分の方がよっぽ脳筋女神じゃないのよ!

 それに転生するならするで、もっとこうトラックに轢かれるとか……。まったく転生のお作法も知らないのかしら。プンスカ!

 

 あー、落ち着け私。

 どうやら異世界転生したのは確定の様だ。

 だけど、普通この場合、転生するなら悪役令嬢のアズに、じゃないの?

 

 ――じゃあアズを守ってあげればいいじゃない、あなたがね!

 

「――――!」

 

 私は転生の間際、女神セーラが言っていた事を思い出す。

 なるほど、これは――「なんで誰もアズを守ってやらなかったんだ⁉︎」と、ストーリーにイチャモンをつけた私に対する意趣返しに違いない。

 これって作品の内容を批判したレスに、全力で反論してくる作者と一緒じゃないのよ……。

 しかもそれに女神特権使ってくるとか……。まあ女神のくせに、人間界でラノベ書いて布教してくる様なやつだから、なんでもアリなんだろうな……。

 

「ピッチ――?」

 

 何も答えない私に、アズがさらに歩み寄ってきた。

 おっと、これはまずい。さすがに返事ぐらいしなくては――。

 と、私が顔を上げると、

 

 ――コツン。

 

 おでこに当たる心地よい感触。

 

 ――こ、これは!

 

 私ことピッチより、少し背の低いアズが背伸びをして、自分のおでこを私のおでこに、ひっ付けているじゃないか!

 

「熱は――、ないみたいね」

 

 アズはおでこを付けたままの、超至近距離でそう言ってくる。

 うわ、美少女って、ピントがぼやけても美少女って分かるのね。

 それに、なんかすごくいい匂いがする……。

 ああ、これって天国ですか? 転生ボーナスですか?

 突然の行幸に陶酔しかける私だったが、

 

「あ、ああ、大丈夫だよ……、アズ……様」

 

 なんとか理性を取り戻して、しどろもどろになりながら、それだけは答えた。

 

「そう。ならいいけど、気を付けてね」

 

 アズは小首をかしげながら、さらに私を心配してくれる。

 

 もー何よ。アズちゃん、超いい子じゃないのよ。悪魔どころかマジ天使!

 フッ、やはり私の目に狂いはなかったわ――。

 私は心でガッツポーズしながら、アズが『悪』などではない事を確信する。

 

「もー、ピッチ。アズ様に心配かけないでよ」

 

「あ、アズ様のおでこ……。いいなあ……」

 

 私が思いを巡らせていると、取り巻きモブのリーゼとヴィヴィーが、両脇からツッコミを入れてくる。

 リーゼは原作通りツンツンキャラだし、おっとりとした口調のヴィヴィーも同様である。

 それならと、

 

「あ、ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事しててさ」

 

「ピッチが考え事? これは雪が降るわね」

 

「や、槍かも……」

 

 私の当たり障りのない返しへの、リーゼとヴィヴィーのコメントがこれだ。

 いや、ちょっと辛辣すぎないかい? ピッチってそこまで脳筋設定でしたっけ?

 とはいえ、取り巻きモブ三人衆のリーゼは攻撃魔法、ヴィヴィーは回復魔法の使い手という設定に対して、私が転生したピッチは物理攻撃――すなわち拳で戦うタイプだ。


 しかも私たちモブ三人衆は、主人公聖女やイケメン勇者たちに、まずボコられる噛ませ犬キャラだから、細かい設定までは推しはかる事はできないのだが……。

 にしても、雪はともかく槍って何よ⁉︎ ちょっと後でヴィヴィーのやつ、シメてやらなきゃ――。

 と思っていると、

 

 ――ザクッ!

 

 突然、目の前の地面に突き刺さった槍に、私だけでなくリーゼもヴィヴィーも仰天した。

 えっ、なに、ほんとに私のせいで槍が降ってきちゃった⁉︎

 呆然とする私の耳に、

 

「ずいぶんなご挨拶ね――。ディルレイン殿下!」

 

 静かに、だが切り裂く様なアズの声が飛び込んでくる。

 私もアズの声の先に視線を移すと、美しい金髪の青年がこちらを見ていた。

 ――こ、こいつは⁉︎

 なんと主人公聖女を取り巻く、イケメン勇者三人衆の筆頭、聖槍の使い手で王家の嫡男であるディルレインが、こちらに歩いてくるではないか。

 

「ご機嫌よう――。悪魔の姫君」

 

 ディルレインは笑顔ながら、アズの前に立つとそう言ってくる。

 そうだ――思い出した。これはアズの初登場のシーンだ。

 

 ディルレインは、生まれながらにして悪魔と契約しているアズに対して、その討伐を目論んで、挑発を仕掛けてくる――。

 それに対して大人の対応で受け流そうとするアズが、度重なる挑発についに立ち向かおうとした瞬間――、主人公聖女が二人の間に割って入って、事を収める。

 というのが、ストーリーの流れだったはずだ。

 

 それにしてもディルレインのやつ、ほんとイケメンだか王子だか知らないが、カンにさわるわー!

 アズも堪え性のある子だが、さすがに槍を放ってくるこの蛮行には、怒り心頭の様子だ。

 いや待て――。原作では、さすがに槍までは放ってこなかったぞ⁉︎

 

「お引き取りを――。ディルレイン殿下」

 

「なんだい、つれないなー。僕は君の悪魔の力と、お手合わせ願いたいんだが?」

 

 穏便に事態を収束させようとするアズに、さらにディルレインは挑発を重ねてくる。

 さすがにアズも頭にきている様子だ。

 その証拠に、手袋をつけた左手を、右手で必死に押さえている。

 

 まだこの時点では、作中で明かされていないが――、アズの能力は『即死魔法』だ。

 その秘密は、生まれながらに左手の薬指に付けられた、呪いの指輪のせいだ。

 悪魔にその潜在能力を見初められたアズは、母親の胎内にいる時点でエンゲージ――すなわち悪魔と婚姻したのだ。

 もしアズが左手を解放して、ディルレインにその力を向ければ――。

 まだ即死除けの加護を受けていないディルレインは、一瞬で死ぬ。

 

「さあ、悪魔の力とやらを僕に見せてごらんよ――黒き魔女」

 

「――――!」

 

 その瞬間、あれほど冷静だったアズの顔付きが変わった。

 黒き魔女――。それは作品タイトルにもなっているアズの忌み名だし、彼女にとって最悪のNGワードだ。


 だけど、おかしい。確かにディルレインは、アズを挑発したが、この呼び名を言うのは物語のかなり終盤になってきてからだ。それにさっき槍を放ってきた事といい……。

 ――まさか⁉︎

 あの女神め、私を窮地に陥れるために、設定をいきなりハードモードにしてきたのか⁉︎

 とにかくまずい! いくらイケメン勇者三人衆の最強といっても、今の時点ではアズの敵じゃない。

 それに主人公聖女、もう来てもいい頃なのに、なに道草食ってやがってんのよ!

 

「許しません――」

 

 怒りに身を震わせながら、アズが左手の手袋を取ろうとする。

 ダメだ。このままじゃ――、アズが悪になる!

 それなら私の取る道は、一つしかない。

 

「ふっざけんなよ!」

 

 次の瞬間、私は叫んでいた。

 その姿に、この騒動を見守る、学院の生徒一同が目を丸くしている。もちろんアズも例外ではなかった。

 

「ピッ……チ?」

 

「アズ、下がってて! こいつは――私がブチのめす!」

 

 私はアズの左手を押さえると、前に進み出る。

 

「ほう。君が相手をしてくれるのかい? この聖槍レストールの継承者である僕に――」

 

 ディルレインが地に突き立った槍を引き抜くと、それを私に向けてきた。

 それだけで、ものすごい圧が私に向かってくる。

 だが、もう引く訳にはいかない。

 誰のためでもない――アズのために!

 

「そのイケメン面、炎上させてやるよ!」

 

 私が両拳を合わせると、そこに炎のグローブが構築される。

 作中のピッチの属性は、五大属性で火、五行属性でも火という『デュアルフレイマー』だ。

 炎を纏い、物理攻撃で戦うその戦闘スタイルは、空手の有段者である私にとっても、ちょうどいい。

 それに、相手も多少の防御はできるはず――。なら、ここはガチでいかせてもらう!

 

「うおりゃーーーっ!」

 

 気合いと共に、私は踏み込む。

 空手の試合でも、リーチ差がある場合は、相手の懐に飛び込んで、その間合いを潰す――。

 私なりのセオリーだが、槍が相手ならこれで間違っていないはずだ。

 ディルレインは、私の特攻にまだ受け身を取れていない。

 これは――獲った!

 と思った瞬間、ディルレインの姿が、私の視界から消えた。

 

「えっ⁉︎」

 

 同時に私が繰り出した拳も空を切り、体が前のめりによろける。

 その背中に、

 

 ――ドゴッ!

 

 激しい衝撃を受けた私は、息ができなくなる。

 

「――カハッ!」

 

 かすれた呼吸音が、頭に響き渡る。

 突っ伏した私の視界に、不敵に微笑むディルレインの姿が見えた。

 どうやら私は、槍で背中を殴打されたらしい。

 つまり私の先制攻撃――奇襲は見事に失敗したという事だ。

 

「フフッ、残念だったね」

 

 ディルレインが槍を片手に、私をあざ笑う。

 分かっていた――。相手は私より、はるかに格上だという事は。

 だけど――、引けない戦いってモンがあるんだよ!

 

「きえええーいっ!」

 

 なんとか呼吸が戻った私は、今度は上段蹴りを仕掛ける。

 防具も付けてない相手の側頭部を、しかも炎を纏った脚で狙うなど、前世であれば破門ものの蛮行だが、ディルレインには手段なんて選んでいられない。

 ――当たれーっ!

 火事場のバカ力なのか、これまでにない完璧な軌道の蹴りが、ディルレイン目がけて飛んでいく。

 

 ――パシッ。

 

 私は自分の目を疑った。

 私の脚が――、炎を纏った渾身の一撃が、片手で止められていたのだ。

 

「フッ」

 

 小さく鼻で笑うディルレインの声を聞いた次の瞬間、私は横っ面に激しい衝撃を受けながら、真横に吹っ飛んでいた。

 目にも留まらぬ槍の一振り――。

 ヘッドギアを付けた公式戦でも、これほどの衝撃を受けた事はない。

 これは――、死んでしまうかもしれない。

 本能が命の危機を訴えかけてくる。

 

「ピッチ!」

 

 腹ばいに倒れた私の耳に、アズの悲鳴が聞こえてくる。

 

「フン、これでも手加減したんだがね。君の従者が突然、殴りかかってきたんだ――。これは正当防衛だよね?」

 

「あなたという人は――!」

 

 涼しげに語るディルレインに、アズが憤っている。

 ダメだ――。このままじゃ。

 消えかかる命の炎を燃やして、私は再び立ち上がる。

 

「ピッチ⁉︎」

 

「ほう、まだ立てるのかい、君は」

 

 アズもディルレインも驚いている。

 正直、当の本人の私が一番驚いているんだ。

 全身に力が入らない。目もかすんで、視界だってままならない。

 それでも私が立てたのは――、私が倒れれば、アズが出てくるからだ。

 

「ピッチ、無理だよ!」

 

「もう、やめて!」

 

「うっさい!」

 

 私を心配するリーゼとヴィヴィーを、一喝する。

 ごめん。それでも私は戦わなけりゃならないんだ。

 私には――理由があるんだよ。

 

「ディルレイン――」

 

 その思いを私は、戦うべき相手にぶつける。

 

「お前は、アズを侮辱した! 絶対に許さない! アズは――私が守る!」

 

「ピッチ!」

 

 私の声に共鳴する様に、アズが叫んだ――。

 その姿に目をやると、手袋に覆われた左手が鈍い光を放っていた。

 次の瞬間、私の視界が真っ暗になった。

 

 ――やばい、転生したばっかなのに、また即死亡か⁉︎

 

 私は最悪の展開を思ったが、どうやらそうではなかった。

 なぜなら、辺り一面が夜の様な暗闇になっていながら、周囲の景色が何も変わっていなかったからだ。

 だが、アズやディルレインだけでなく、リーゼやヴィヴィー、それに状況を見守っていた生徒たちも、みんないなくなっている。

 

「ど、どういう事なの……?」

 

 動揺する私の目の前に、突然、一人の女が出現する。

 それは、ずっと前からそこにいた様でもあり、とにかく不思議な存在だった。

 おまけに暗闇の中でもはっきり分かるほど、その姿は黒みを帯びており、私は声をかける事さえできない。

 

「力が――欲しいかい?」

 

 そんな私に、黒い女は突然そう言ってくる。

 

「ほ、欲しい!」

 

 私は条件反射で答えてしまう。

 すると女は、私がそう答えると分かっていたかの様に、不敵に微笑むと、衝撃の提案をしてくる――。

 

「じゃあエンゲージ……、結婚しよう」


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