【01】赤いヴァーラの花
怒涛の異世界転生の翌日、私はアズと一緒に学院へと登校する――。
昨晩、知恵熱を出したアズも全快した様子で、その足取りも軽い。
もちろん私たちのそばには、侍女仲間のリーゼとヴィヴィーも一緒にいる。
私ことピッチ、そしてリーゼとヴィヴィーは、アズの侍女であるが、物語中では悪役令嬢の取り巻きモブ――すなわち学友としての配役で描かれている。
だから学院に登校するという事は――、いわば『メインフィールド』に向かっていると言ってもいいのだ!
心なしか胸が躍ってくる――。昨日はいきなりディルレインとのバトルだったので、今日は平穏な学院ライフを送りたいと、心密かに願う。
だが――、
「――――!」
いきなり校門の前で、そのディルレインと遭遇する。
――マジか……。
偶然なのかもしれないが、その間の悪さに私は絶句してしまう。
見ればディルレインの傍らには、お付きなのか護衛なのか、近衛騎士らしき屈強な男が二人ほど見送りについている。
やはりディルレインは王太子なのだと、あらためて認識する。
オリバースタイン王立魔法学院――。
私たちが通うこの学院の名前も、ディルレインの父が王である、オリバースタイン王国から取っている。
経緯は向こうに非があるとはいえ、その第一王子を昨日、半殺しにしたのだから、私はちょっと、いたたまれなくなる。
どう対応するべきか?
――おはようございます。とりあえず生きててなによりです。
いやいやいや、本音とはいえ、これではさらにケンカ売ってるだろ。
かといって、今さら普通に挨拶するなんて不可能だ……。
よし、ここは無視だ! どうせアズが大司教の娘として、当たり障りのない挨拶をするんだろうから、私はそれに合わせて適当に会釈でもしていよう。
そんな事を思案していると、
「――コホン。ピッチ――」
なんとディルレインの方から、私に声をかけてきた。
順番からいっても、主人であるアズを差し置いて、侍女である私に声をかけてくるのはおかしいだろ――?。
となると、これはアレだ――。昨日のリベンジをしてこようってか?
そうか、いい度胸だ。それなら、たとえ屈強な騎士がいようと、今の私ならまとめて返り討ちにしてやる――。
って、いやいやいや、それじゃダメだ! 今日こそは、平穏な学院ライフを送ると、さっき決めたばかりじゃないか。
ハア……、しゃーない。ここはアズのためにも、なるべく事を穏便に済ますか……。
私は渋々決断すると、それを即実行に移す。
「えーっと、ディルレイン様、昨日は――」
そう言って、心ならずも謝ろうとした私だったが、
「昨日は――、すまなかったな」
なんとディルレインの方が、先手を打って謝ってきた。
――はい? これは何かの作戦か? 私を油断させようとしているのか?
困惑しきりの私に、
「これは……、私の気持ちだ」
ディルレインが、一輪の花を差し出してくる。
次の瞬間、周囲の生徒たちがドッと湧き立つ。
――ん、なんだ? なんの変哲もないただの花に、なぜみんなこんなに騒ぐんだ?
よく見ると、なんだかディルレインのお付きの騎士もひどく慌てている。
「はあ……」
私が何も考えずに、その花を受け取ろうとすると、
「ダメ――! ピッチ!」
突然、アズが突き刺す様な声で、それを止めにかかる。
「アズ――?」
「ディルレイン殿下、ピッチは私の侍女です。それに彼女と私は、婚姻の誓いを結びました――。これがその証です」
アズは呆然とする私の左手を掴むと、それをディルレインに向けて、見せつける様に突き出す。
「そ、それは――『黒き魔女』の指輪⁉︎」
うろたえるディルレインが、迂闊にもまた『黒き魔女』というNGワードを口走る。
――おいお前、昨日それでアズを怒らせて、結果私にボコられたんだろ――。ちょっとは学習しろよ……。
私が苦々しく思っていると、
「そう。私と同じ『黒き魔女』の指輪よ――。だからピッチは……、もう私の伴侶なの」
なんとアズは怒るどころか、ディルレインの言葉に乗っかりながら、勝ち誇った様な素ぶりを見せるではないか。
おいおいアズちゃん、なんかおかしいぞ?
私が首をひねっていると、ディルレインはディルレインで、アズの発言に唖然としている。
まあこれは無理もないだろう。なぜなら昨日、アズが私との結婚を宣言した時、ディルレインは私の一撃で気絶していたのだ。
だから、いきなりの『私たち結婚しました』発言に、このリアクションは当然といえる。
だがディルレインの反応は驚くというより、何やら落胆している様に私には見えた。
「そういう事ですので、失礼します――。殿下」
そう言うとアズは、私の手を掴んだままその場を去ろうとする。
それに向かって、
「分かった。今日のところは身を引こう。だが――、私はあきらめないぞ」
ディルレインが捨て台詞を残して、やはりその場を去っていく。
なんだこの展開? 訳分からんぞ?
困惑しながら、アズに引っ張られたまま校舎に向かうが、掴まれた手がひどく痛い事に気付く。
それは何やらアズらしくない、ひどく乱暴な振る舞いだった。
だから私は、
「ねえアズ、痛いって」
と、振り向きもせずズンズン歩くアズの背中に向かって、そう呼びかける。
それにようやくアズが振り返ると、
「――――⁉︎」
その表情が怒っている事に、私はひどく動揺する。
「アズ……?」
「ピッチ! あなた少し迂闊よ!」
アズはそう言って私を叱りつけると、掴んだ手をようやく離し、一人で校舎に入ってしまう。
「…………アズ?」
呆然とする私に、後ろからついてきたリーゼとヴィヴィーが、両側から囲い込んでくる。
その表情がいずれも険しい事に、私はさらに困惑する。
「えっ、いったいなんなの?」
思わず口走る私に、
「なんなのじゃないよ、ピッチ……」
「そ、そうだよ。あ、赤いヴァーラの花を受け取ろうとするなんて」
リーゼとヴィヴィーが、私を責める様な口調でそう言ってくる。
「赤いヴァーラ? あの花の事?」
この異世界で初めて聞く花の名前に、私が首をかしげていると、
「ちょっとピッチ、知らない訳ないでしょ!」
リーゼがさらに険しい表情で、呆れた様に詰問してくる。
「いや、ほんとに分からないんだ。赤いヴァーラの花って、いったいなんなのさ?」
私の真剣な表情に、リーゼとヴィヴィーが顔を見合わせる。
そして意を決した様に口を開いたヴィヴィーの言葉に、私は愕然とする事になる。
「いい、ピッチ? あ、赤いヴァーラの花を贈るっていうのは――、ぷ、プロポーズの意味なんだよ……」




