【01】女神と口喧嘩
ちょっとテンプレな話になるが、ごめん。
どうやら私は――異世界に転生したらしい。
あっ、待って待って、「またか」とか言わずに話を聞いて。
私は……女神とケンカしてしまったんだよ。
原因となったのは、とあるライトノベルだ。
――『白き聖女と黒き魔女』
まあベタなタイトルだが、ベストセラーになっているという事で、ラノベ好きの私としては当然チェックした。
正直な感想は、超面白かったのだが、同時に超ムカつきもした。
こいつはいわゆる恋愛ファンタジーで、聖女が悪役令嬢の魔女を、三人のイケメン勇者と一緒に倒して、めでたしめでたしなんだが――。
全然めでたくないんだよ! 私的には!
だって悪役令嬢が、生まれながらに悪魔と契約してるからって、人畜無害な人生送っているのに、聖女チームに巧妙に追い詰められて、抹殺されちゃうんだよ⁉︎
疑わしきは罰せずじゃないの? グレーは問答無用で黒判定なの?
まあ聖女と悪役令嬢が親友で、そんな二人が運命に翻弄された上で、戦わなければならないという要素が、乙女ばかりでなく多くの読者の心を射抜いたのだが――。
だ、け、ど、私は納得いかねー!
だって私は、この手の話が大嫌いなんだ――。
なぜなら私も、ちょっと人より優れていたせいで、十八年のこれまでの人生を、ずっとハブられ続けてきたからだ。
数少ない友人によれば、能力の見せ方が奥ゆかしくないという事だが――。
でも、なんで元々バカでもないのに、バカのフリしなくちゃならないのよ……。
まっ、女子校なんて、そんなものなのかもだけど、この『白き聖女と黒き魔女』の悪役令嬢――アズも、生まれながらに背負った異能力のせいで、魔法学院でハブられちゃうのよ。
でもアズちゃん、いい子なのよ。
私と違って、陰湿ないじめにグーパンでやり返したりしなくて、憤慨する取り巻きたちを抑えて、ただ黙ってずっと受け流しちゃうのよ。
泣いたわ! マジで全私が泣いたわ!
なのに、なのに、主人公の聖女の奴、そんな幼なじみの友だちを、イケメン勇者たちにそそのかされて、結局、ぬっコロしちゃうのよ!
友情よりもイケメンですか――⁉︎ ビッチか? ビッチなんですかお前は⁉︎
…………。ごめん、ちょっと取り乱した。
でも私は、その結末が本当に悲しかった。
――誰かアズを守ってあげられなかったの?
私はそこにこだわった。
アズの取り巻きの三人衆も、モブだけあって、すぐにぶっ倒された。
だがしかし、問題はそこじゃない!
社会が――、世の中が――、異能力を持ったというだけの少女を、なぜ守ってあげられなかったのか――⁉︎ 私だったらアズを守ってあげられたのに……。
心からムカついたから、一気読みした後、私は叫んだわよ。
「なんじゃこの結末はー! 作者出てこいやー!」
ってね。
そしたら出てきたのよ――、作者が。
「あーら、人間風情が――私の綴った物語にご不満なのかしら?」
突然、部屋の天井が時空のねじれを起こすと、そこから出てきた女が、いきなり私にそう言ってきた。
「えっ? えっ? えーっ⁉︎」
驚く私が腰を抜かしながら女を見ると、その背中に光り輝く羽がついているじゃないか。
「な、なに、天使?」
「んー、惜しいかな。わ、た、し、は、女神よ」
私の言葉に、自称女神の女はテヘペロスマイルで、そう言ってきた。いや全然、女神の重みを感じないんですけど……。
呆れてジト目になる私に気付いたのか、自称女神が要件を告げてきた。
「で、私の物語のどこに、あなたはご不満なのかしら?」
「――――⁉︎」
最初は何を言っているのか分からなかった。
だがすぐに理解した。こいつが作者なのか? と。
だから私はおもむろに、そのペンネームを叫んだ――。
「お前が――、聖羅かー⁉︎」
「はい。私が女神『セーラ』でっす!」
私の脊髄反射レベルの怒号に、セーラを名乗る女神は笑顔で即答してきやがった。
「お、お前、女神のくせに人間界でラノベなんて書いてんのかよ⁉︎」
「私の趣味――、そして布教ですかね?」
「布教?」
私の疑問に、
「ええ。悪は尊き正義によって、必ず倒されるのです――。だから神を崇めなさないってね」
セーラは笑顔の中に、冷たい眼差しでそう言ってきた。
「――――! ! !」
その瞬間、私はブチ切れた。
「ちょっと待て! なんでアズが悪なんだ⁉︎ お前、何様だよ!」
「はいー? 神様ですけど――」
セーラはあっさりそう答えてから、
「あなた女の子のクセに、ゲスな言葉使いをするのね。それにアズに肩入れするあたり、あなたも悪なのですかぁ?」
アズの事だけでなく、私の事も『悪』と断罪してきやがった。
もう私は、自分を抑える事ができなかった。
「取り消せ! 今、言った事を取り消せ! アズは――悪なんかじゃない! もちろん私もだ!」
「フン、あのアズって娘は生まれながらに悪魔と契約していたのよ。それが悪じゃなくて、なんなのかしら?」
「だけどアズはそんな自分の運命を受け入れながら、けっして世界を滅ぼそうとはしていなかったじゃないか⁉︎ お前、作者ならそれくらい分かってんだろ⁉︎」
「いいえ、アズはいずれ世界を滅ぼす――。作者の私が言うんだから、間違いないわ。だってアズは――、自分の運命を呪っていたのだから」
「――――⁉︎」
作者しか知らない、裏設定に私は愕然とした。
それと同時に、新たな怒りも湧き上がっていた。
「――なら、それなら……!」
「はいー?」
「なんで……なんで、そんなアズを守ってやらなかったんだよ⁉︎」
私は声のかぎりに叫んでいた。
「守る? 悪を?」
「アズは悪じゃない!」
「いいえ、悪です!」
「違う、誰かが守ってやれば、アズだって悪にはならなかった!」
もはや押し問答だった。
「はー、もの分かりの悪い脳筋女ですねー」
「うっさい、脳筋言うな! このバカ女神!」
「…………! バカぁ?」
その瞬間、セーラの顔色が変わった。
どうやら私は、地雷を踏んでしまったらしい。
「いいでしょう……」
そう口にしたセーラの目に、殺気を感じた私はヤバイと感じた。
「じゃあアズを守ってあげればいいじゃない――、あなたがね!」
逆上の叫びと共に、セーラが手を振りおろすと――、ものすごい大きさの光の玉が、私に向けて飛んできた。
次の瞬間――、私の十八年の人生は、あっさりと幕を閉じた。
――うわー、やっとボッチのJK生活を抜け出して、来月から女子大生――華のJDデビューしようと思ってたのに……。
薄れゆく意識の中で、私はそんな事を考えていた。
だが――、
――ん? あれ、私は死んでない?
やがて私は覚醒すると、自分が五体満足である事に気付く。
――何か……、悪い夢でも見ていたのだろうか?
もしそうなら良かったが、すぐに私は自分が置かれた状況に違和感を感じる。
――どこだ⁉︎ ここは⁉︎
目に映る光景が――、自分の部屋じゃない。
「なんじゃ、こりゃあああ!」
思わず絶叫する。
だって、私は自分の部屋にいたはずなのに、なんか学校の中庭みたいな所にいるんだよ。
しかもただの学校じゃない――。
校舎はまるで西洋の宮殿みたいだし、生徒たちの制服も、まるでファンタジー世界のそれだった。
――いや待て、ファンタジー世界⁉︎
思い当たるフシのある私は、ある発想に行きつく。
――こ、これはまさか⁉︎
そのまさかが、次の瞬間、現実となる。
「どうしたの、ピッチ? 突然、大きな声を出して――」
私を振り返る黒髪の美少女――。
それは間違いなく、『白き聖女と黒き魔女』の悪役令嬢――アズだった。
「あ……、アズ?」
動揺する私の両サイドから、
「なに、アズ様を呼び捨てにしてるのよ! ピッチ」
「そ、そうだよ、失礼だよ。ピッチ」
アズを呼び捨てにした不敬を、非難する声が浴びせられる。
左を見ると独特な髪の流れのツリ目少女が、右を見ると小柄でオドオドした眼鏡の少女が、真ん中にいる私を、サンドイッチ状態で見つめていた。
――こ、この二人は……! アズの取り巻き三人衆の、リーゼとヴィヴィーだ!
アズもリーゼもヴィヴィーも、挿絵とまったく同じ顔をしているから間違いない。
という事はだ――。
私は恐る恐る、校舎のガラス窓に映る自分の姿を見る。
長身の背中に、赤髪のポニーテールを垂らしたルックス――。
そこいにたのは、アズの護衛と侍女を兼ねる、取り巻き三人衆の残りの一人――ピッチだった。
――こ、これは……。
私は自分の運命を理解した――。
どうやら私は、悪役令嬢の取り巻きモブに転生させられたらしい。