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長らく沈黙していたセオドアは、ふり絞ったような震えた声で言う。
「た、たとえ、そうだったとしてもですよ。今、姉様を殺してしまっては、その計画はおじゃんですよ、ね?」
もともと、セオドアはあまり我の強い方でもないし、長いものには巻かれろの姿勢が板についている子なのだ。男の子なので、長女のファニーや、四元素魔法の中でも炎の魔法を持っているプリシラを無視してまで爵位継承者として屋敷で大切にされているが、その器かどうかという点は、親類からも指摘されることがある。
しかしながら、両親にとっては一番自分たちに似ていて波長のあう彼を溺愛しない理由がない。それに、爵位を継げないとなるとセオドアには特技がない。
貴族として今後も生かすためにはその選択は正しい。それにファニーも、まぁ二人とも幸せになってほしいな、と思うぐらいでどちらがどう家を継ぐのかなんて話はつまらないし興味もないのであまり詳しくはなかった。
ただ、この状況で自分の潔白を示すためだけに、その動機の矛盾を突くのはきっと正解だが、その計画を、真実だと認めたような発言をしてしまったことによって、怒る相手は、死んでしまったと思われているファニー以外にもう一人いることをセオドアは失念している様子だった。
そんな彼を、ファニーは、セオ君やっちまったなぁ、と思いながらも恐る恐る見た。
ファニー自身は別に、陰で何を言われようとも、直接言われたこと以外は、反応しないと前世の友達付き合いから決めていて、誰だって悪口ぐらい言うのだからと、早々に頭を切り替えることが出来た。明確な殺人の計画と、友人同士のはけ口である悪口とは全く性質が違うのだが、そこは深く考えていなかった。
「……ほう、だから、俺にあんな風に婚前から、プリシラは、宝石やらドレスやらたくさんのものを強請ってきてたのか?呆れた」
探るように状況を見ながらカーティスは地を這うような声でそう言った。それに、対してオズワルドが飄々とした声で、彼に問いかけた。
「どういう事か僕ら全員に分かるように教えてよ、カーティス」
「……婚姻してファニーがお前らに殺される前に、俺たちから、出来るだけ金を巻き上げたかったんだろう?」
……お、俺???あれ、カティ君なんかキャラ違う……。
いつもは、私って自分の事を言うし、こんな、偉そうな話し方しないのに……。
普段の時点でも、そこそこ偉そうで、若干他人を見下している傾向はあったが、ファニーはそこまで他人の事をよく見ていない。
一人称が僕とか私の男の人なら優しいのだろうとか、言葉尻が優し気なら何を言われていても気にならないタイプなので、仕方がないといえば仕方がないのだが。
そんな風に、初めて彼の新たなる一面に驚きながらも、ファニーは流石にあんな計画を立てられていたら誰だって怒るだろうと、自分の事を棚に上げて納得した。
しかし、椅子にふんぞり返って座って、ダンッとテーブルの上に足を乗せて、威嚇するように目の前の双子を睨みつける姿は、流石にお行儀が悪くて少し引いた。
「それに、そういう魂胆だったなら、計画は破綻してないよなぁ!すでにわが領地から結婚に際して渡す土地の契約、支援の数々は締結済みだ。これを今から白紙に戻すことは出来ない。メルヴィル伯爵家の大儲けってわけだ!こんな風にファニーを殺す前に相当俺から搾取できたか?プリシラ」
そういわれたプリシラは、目を見開いて「なんの、ことだか……」と言いかけてから、ぱっとセオドアの方を見た。それから俯いて黙り込む。彼らには、彼らにしかわからない事情があるようで、なんだか妙だ。
ファニーは他人にあまり興味もなくて機微はわからないけれども、ずっと成長を見てきた双子の事ならそれなりに理解ができるつもりだ。
プリシラはプライドが高い、そんな物乞いみたいなことをするだろうか、彼女は炎の魔法を持っていることを何よりも誇りに思っていて、それが爵位継承権を持っているセオドアよりも、自らがすぐれていると考えるほどの支えになっている。
であれば、誰かから献上してもらうことは、よしとしても誰かに強請ったりはしない。それに、この会話にはおかしな点ばかりだろう。そもそも、ファニーの知る限りでは、プリシラは別に、カーティスと仲がいいわけでもないはずだし、一般的な距離感を保っていると思っていた。
けれども、彼女がカーティスと二人きりで、価値のあるものを強請るような状況がありえているのがそもそもおかしいのだ。
「まってくださいまし。どうしてプリシラがカーティス様に、何かを強請ったりするんですの?」
疑問に思ったのはファニーだけではなかった。それに先程、分かるように言ってほしいとオズワルドもカーティスに指摘していた。それを軽く無視してプリシラに恨み言をカーティスは言ったのだ。
普段目上の人間には礼節を通す彼らしくない。
「ファニーを嫁に取るために、俺がどれだけ身銭を切ったかわかるか? お前ら、いずれこの報いを受けてもらうからなっ!!大貴族の力を思い知れ!!」
捨て台詞のようなことを言って、カーティスは、先程テーブルに乗せたばかりの足を下ろして、ぎっと音を立てて椅子から立ち上がる。そのよくわからない言動に、ベアトリクスも、オズワルドもシャーリーも不審そうに一概に彼を見た。
しかしながら、重要な点には答えずに、カーティスはその偉そうな態度のまま身を翻した。
「まぁしかし、この件はこれで終いだっ、聖女殺しは身内の犯行。こちらの損失をどれほど取り返せるかは知れたものだが、それでも王族に契約の不履行を訴えてみるしかあるまい」
カーティスはカツカツと歩いて、温室のタイルの床を歩く。美しい花々が彩る道を足早に歩き、神経質な黒髪をなびかせて勝手に一人、出口へと向かった。
ファニーの死について真相を決めつけ、これ以上この場にいたくないとばかりに歩き去ろうとする姿には、なにか彼の重大な隠し事があるように思えてあからさまに不審だった。
……兄妹が、私を殺そうとしてたっていうのも驚いたけど、カーティスも何かとんでもない事を隠している感じ?
そう思うと、婚約者としても、ただ単に興味本位でも気になって仕方がない。
体が動いたのなら、ファニーはぐっと前に体を乗り出して「何かそう決めつけたい理由でもあるの?」と探偵漫画に出てくるアドバイス役のお姉さんのように物知り顔で言っていただろう。
しかし、体は動かない。本当にファニー自身の死はセオドアの仕業なのだろうか、でもそれだとどうにも違和感がぬぐえない、あのセオドアが、こんな大それた事をするだろうか、それに双子がお互いに顔を見合わせた意味も分からない。
なんだかしっくりこない結論になってしまうのではないか、と悔しくファニーは他人事のように考えて、去っていくカーティスの背を見た。
「……待って、ください。カーティス様。僕は絶対にやってません。本当に、ただ、動機があるってだけじゃないですか、手段だってない。それに比べて……カーティス様は、プレゼントの飲み物という手段だってあってそれに動機があるのを、知っているんですよ?」
じっとりと追い詰めるような声だった。それを聞かずして外に出れば、否定もできないし、その動機を認めるような物だと彼自身理解したらしく、温室の出入り口の扉の前で立ち止まった。
それから、舌打ちをして、言ってみろとばかりに、セオドアを睨みつけながら振り返った。
セオドアはその瞳に怯えながらも、もうすでに知られてしまった聖女の殺害計画と失った信頼に、もうどうにでもなれとばかりに半笑いでカーティスに言った。
「プリシラと恋仲なんでしょう?ぼ、僕知ってるんですよ」
それに、ベアトリクスはぽかんとして、それからプリシラを見た。ファニーも同じようにプリシラを見る。彼女は、セオドアをじっと睨んでいて、その形相はまるで鬼のようだった。可愛いドレスを着ているのに、彼女がしている鬼のような形相のしわくちゃな顔のせいで異形の存在に見えた。
「プリシラと間違えて、僕に甘い言葉をかけてきたじゃないですか?姉様さえいなければ、皆に関係を認めてもらえたのになんていって」
……お、おう。なんてこった、そんな身近なところで不倫か、ある意味凄いよ。
ファニーはとんでもない浮気とそれから、双子の兄弟と間違えるというとんでもをやらかしていたカーティスに驚きの感情しかわかなかった。だってこんな面白い話、他にないだろう。
……じゃあ、急に話を早く終わらせようとしたのは、プリシラにアクセサリーを強請られていたことの真相を知って頭にきて、自分から、浮気につながる証言をしてしまったから、逃げようとしていたってこと??
そう思うと、わが婚約者ながら素晴らしい自爆っぷりにもはや感嘆の息すら漏れる。
普段の冷静で礼を重んじる彼は本物ではなく、こちらが本性であり頭に血が上りやすく、婚約者の妹と浮気が出来てしまうようなとんでもない人らしい。
……でも、ここまでくるといっそすがすがしいというか……。
「紛らわしいことしやがって、そうやって相手をだまして出し抜くのがメルヴィル伯爵家のやり方なのか? 相手に対して申し訳なくならないのか? 情けないだろう、堂々とやりあわないで、な? 違うか?」
「そ、そんなことより、僕は、姉様とプリシラの件について……」
「話を逸らすなよッ!! 今は、お前らの問題行動について話してんだろ!!! 関係ないことを言って俺をまた騙す気だろう!! いい加減に自分の間違いに気がついたらどうなんだ!!」
「そんなこといってないじゃないですか」
「じゃあ謝れ!! 俺に恥をかかせて変な疑いを掛けて申し訳ありませんでしたって謝罪しろ!!!」
……ぎゃ、逆ぎれぇ~??す、すごい。私も大概変わり者だけど、ここまですごい人も珍しいよう!!
ファニーは、扉のすぐそばで、カーティスが神経質にいつもきれいにまとめている髪を振り乱して唾を飛ばしながら怒鳴る姿を見て、若干面白く思いながらも、ドキドキしてセオドアを応援した。