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この世界には四元素の炎、水、土、風の魔法のほかに人間に干渉することが出来る白魔法、黒魔法という物が存在する。それぞれ、白魔法は癒し、黒魔法は呪いの魔法であり、ファニーは、四元素魔法に一つも適性を持っていなかったが、白黒の色付き魔法を持っていた。
だからこれまでも過酷なドッキリにも挑戦できたし、知らない植物をおもむろに食べてみたりするドッキリをすることが出来た。
しかしながら、それほど色付き魔法も汎用性が高いものではない。両方ともファニーが経験した範囲でしか、その効果をもたらさない。それは白魔法、黒魔法どちらも同じことだ。
例えばファニーが生まれてからずっと、擦り傷だけしか負ったことがない本当に箱入りの令嬢ならば、擦り傷しか治すことが出来ず、ファニーの白魔法では骨折などの大怪我を治すことが出来ないのだ。
それと同じように黒魔法は、呪いと表したが、白魔法の真逆だと考えるのが一般的な考え方であり、白魔法と同様に相手にかけた時にファニーが傷ついたことがある状態を最大値として魔法を使用することが出来る。
そんなわけで白黒の色付き魔法というのは、四元素の魔法よりも随分と使い勝手が悪い。本人が苦しんだ経験がなければ使えないという時点で、貴族たちは、その魔法を持つ者に哀れみすら向ける様なそんな魔法なのだ。
「……」
魔法が発動してファニーは毒を食らったような状態を再現した。つまりは自分自身に黒魔法を発動した。いつもよりも魔力消費を少なくこの状態に持っていけたので、今日は調子がいいらしいとウキウキの気分で思い、同時に死なない程度の白魔法を使い続ける。
一度、毒で死にかけたことあるファニーが使ったこの魔法は、まさしく仮死状態を生み出す魔法だった。こんな芸当を出来るのはファニーがこの魔法を編み出すために神経毒を少しずつ少しずつ服用して自分の限界に挑戦して得たいわば究極の魔法であった。
どんな魔法使いも、そうして自分だけの魔法を編み出し、この貴族社会でそれを武器にして生きていったり、戦場での死に際の一瞬、自らの命を救う一手にするそんな至高のオリジナル魔法であった。
そうであったのだが、ファニーがこの魔法を会得したのは今日この日の為だけだった。
開きっぱなしの瞳、投げ出された四肢、血の気の引いた顔面。そういったものがファニーの死を確実に物語っている。この魔法を名付けるとするならば『仮死魔法』が適切だろう。
悪漢に襲われた時、プライドから毒を飲んで尊厳ある死を演出して、その場を逃れたり、将又、悪事を働いて投獄された時、死を装って脱出を図るため、そんな使い方が予測できる素晴らしい魔法だが、ファニーの頭はやっぱりファニーであり、皆のとっても驚いた顔が見られて大変満足だった。
そして、開きっぱなしの瞳が乾燥して駄目になってしまわないように水の魔法道具を使って、目を保護する。
仮死状態にまでもっていくまで魔力消費が想定していたよりも少なくてすんでいたので、この状態をあと一時間ほどは維持できるだろうと思う。しかしそれ以上経つとファニーの体の些細な状況の変化によっては死にかねないので要注意だ。元に戻るときは白魔法で魔力を大量に使うのだ。
そう冷静に考えなければいけない事をきちんと考えてからファニーは、体は動かないので心のなかだけでにやけていた。
「い、イヤァァァッッ!!!」
ベアトリクスが大きな声で叫ぶ。完全に信じ込んでくれたらしい。心の端っこの方で今回のどっきりは不謹慎過ぎるんじゃない?と天使のファニーがファニーに声をかけただけれど、ファニーとファニーの悪魔は完全に結託して、やったぜ、大成功!と緊迫した状態にドキドキしながら笑みを浮かべていた。
そして頭のなかだけでテンション高く、解説を始めた。まるでファニーが前世で大好きだったドッキリ番組のナレーションのような口調で。
……これはそう!!死亡ドッキリ!!!!!
今までは、タイミングがないし、何より技術がなくて手を出せずにいたけれど、最近のファニーは退屈すぎて気が狂いそうだったのだ。
だから、惜しみなく労力をかけてやることが出来た。
……私の魔法で仮死魔法を作り出して、急に毒を受けて死んだふりをする。そんな私にどんな反応をするのか!!それを楽しんで最後には良かった生きてたんだ!となるドッキリなのだ!!!
そんな風に頭の中で解説する。しかし、温室内の空気は最悪だった。じっとりとしたリアルな恐怖に包まれて、息をするのさえ重たい。貴族というのは、色々な恨みの対象になったり、何かの利権目当てに殺されることだってたくさんある。
だからこういう事態だってありえなくないのだ。だからこそ、リアルに感じる恐怖、この場に毒物があるのかもしれない。どうするべきか?対処は?そんな思考を回しているとはファニーは露知らずに、のんきに、毒を盛られるなんて、まずない状況のはずなのだから勝手に気がつくだろうと、高をくくった。
ファニーだって、ファニーを手に入れたい男たちに危険な目にあわされたり、聖女を狙った襲撃事件の標的にされたり、こんなに物騒な貴族社会に身を置いているというのに、まったくの実感もなく、のほほんと考える。
恐怖で動けなくなっている彼らに、おっと、年端のいかない子供たちには刺激が強すぎたようだ。なんて思いながらいつネタばらししようかとワクワクした。
……よし決めた、誰かが死んでないでしょっ!てツッコミを入れたらにしよう。
そんな風に決めた。ファニー以外の誰もこんな意味の分からない死亡ドッキリなんて見抜けるはずもないのに、そんな事を思った。
……さて最初は誰かな?? いつも冷めた感じのカティ君? それとも一番近くで見てた、セオ君? だって血赤珊瑚もくれたし、その宝石を使って血のりを作ったのだから、血のりが偽物だと気がつく可能性もあるよね?!
そんな風にドキドキしてトキメキながら、うつろで、死人の目をしているファニーは彼らの事を見つめたのだった。
しかし、誰も動かない。どうして誰も何も言わないのだとファニーは逆ギレしたくなったが、ついに重い腰を上げたのは意外にもオズワルドだった。
彼は、ファニーに良く付き合ってくれる良いやつだ。しかしながらフィアンセはまだいない。きっと選り好みしているからだろう。彼の事をそんな風に評価しながら、ファニーはかつかつと革靴の音を鳴らしながら近づいてくる彼の事を見つめる。
ドレスについた血のりを指で撫でて、ファニーの顔を覗き込み、心底真面目な顔で脈を測った。しかし、それらはすべて仮死魔法によって、生者の反応を示さない。
それでも、見抜かれるとファニーが思っていたのは、彼女にとって毒殺がまったく身近ではなく、ありえない事でそれこそドッキリでもなければ、起こりえない事態だったからだ。
しかしここは、異世界、女神の加護がある聖女だろうと安全ではなく、お金で結婚相手を選ばれて売り飛ばされるような社会。戦争も頻繁だし、派閥争いもある。
そんな世界にとって、毒殺は、簡単に起こりうる。それこそ、何かとおかしなところのあるファニーだ。誰にどう恨まれていてもおかしくない。
「……死んでる」
神妙な顔で、オズワルドが言った。それに皆、見ればわかるだろと言わんばかりの顔をする。それからオズワルドはファニーの頭をゆっくりと撫でた。
婚約者がいるのでこういう事はしてはいけないと言われていたファニーだったが、彼はそんなことはお構いなしらしい。
「ああ、可哀想にファニちゃん、こんな無残に殺されてしまって……苦しかったろうね」
暗い声でオズワルドは言う。ファニーは、自分の事をファニちゃんと呼んでくれるのは彼だけだと思いながら続きを聞いた。
「ファニちゃんが死んでしまったことは僕は無念でならないよ。でもいつまでもこうして死体を囲んでいるのは流石に常識を欠く、この場を片付けさせて後はメルヴィル伯爵夫妻に任せる……」
確か昔に、そう呼んでと一度だけ言ったことがあって、その時から彼はすんなり受け入れてファニーがオズワルドを愛称で呼ぶのも、すぐに許してくれたな、なんて思いながら、話を聞いていたらあらぬ方向へ話が転がった。
……いやいや、いや!!!生きてるって、わかるでしょ!!!ドッキリだよ!!!私のいつものやつ!!!
「のが一番かもしれないが……今からこのパーティーの参加者は全員ここから出てはいけないよ」
ファニーは心の中でツッコミをいれた、しかし魔法は解かない。だってまだ言い当てられていないし、一度決めた基準は守らないとね、なんて考えるが本当は、なんだかおもしろそうだったから止めないだけだった。