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 彼がプレゼントとして持ってきてくれたのは、これまた、変わり種であるチャイティー用にブレンドされた茶葉だった。普段のファニーの言動から変わったものが好きで、本人も変わりものなのでこうして、あまりなじみのない物を選んでくれるのだと思う。


「これは私の贈り物だな。紅茶とスパイスをブレンドしたミルクティーだ。少々癖があるが、ファニーには喜んでもらえると思ってな……ああ、そうだ、本場ではこうして、スティックをさして飲むらしい」


 そう自慢げに言いつつ、スパイスの効いたチャイの香りを楽しんでから、どこからともなく木の枝にも見える様なそれを取り出してファニーのティーカップにだけ特別に入れるのだった。


「これはシナモンと言って甘い中にもさわやかな香りがあるのが特徴だ。さ、ファニー少しかき回して飲んでみるといい」


 からんと音を立てて、置かれるそれを見て、皆は驚いたような顔をするけれど前世の知識からこれが正しいものだと知っていたファニーはまったく躊躇もなくそれに手を付けて、こくりと飲む。


 ほっこりとするような甘さの中に下にピリリとするスパイスの味、前世とは少し違った味わいだったが、舌に絡めるようにして飲んでファニーは満面の笑みを浮かべてカーティスを見たのだった。


「カティ君ありがとう、私の方もプレゼントを用意しておけたら良かったんだけどごめんね、忘れていて」

「構わないさ。私の自己満足なのだから……」


 指先でシナモンスティックを弄りながら、お返しは何にしようかと考える。彼がプレゼントをしてくれた手前、忘れていたと言ったが、本来祝いのプレゼントを渡されることや、お返しを返すことはあっても、婚約者同士でプレゼントを送りあう習慣はない。


 しかし、それがNGというわけでもないので、こうして貰ったからにはお返しをするべきだろうと考えて、ファニーはお返しの品を頭に思い浮かべながらも、ベアトリクスの特別製のチョコレートを口にした。


 口の中にチャイのスパイスが残っていたのか、ピリリとした舌触りがしたけれども、すぐにチョコレートの甘さに押し流されてとろりととろけたカカオが渋い甘みをファニーの口の中に広げた。


 その甘みをさらにあまいチャイの甘味で押し流して堪能する。ホッと一息つくと、今度は、妹たちが示し合わせたように顔をみあわせて、人好きするような笑みを浮かべながらファニーに「実は……」と切り出した。


「ここから輿入れの準備で忙しくなる前に僕たちも贈り物をしようと考えたんです……そこで、これを」

「大切に使ってくださいね、特に社交界ではちゃんとつけてくださいよ、姉様いつも変な仕込みがあるものばかりなんですから」

「め、面目ない。開けてみてもいいかな?」


 ファニーに差し出されたのはネックレスケースであり、プリシラからの言葉にたしかに両親から与えられたアクセサリーには、マジックの為に鎖を切っても繋がって見える様な仕掛けをしたり仕込みをしたりしている。


 そんなものばかりでは嫁入り先で舐められる。あまり仲の良い兄弟ではないけれども彼らは彼らなりに心配してくれているのだろうと思いながら、開けることを了承されたので丁寧にその箱を開いた。


「っ、……」


 開いた瞬間に、ファニーは息をのんだ。

 

 それは少し前にファニーが血眼になって探していた美しい宝石であった。


 その名もレットコーラル、前世では特段珍しいというわけでもなかった宝石だが海でとれるものであるし、さらにはこの国は内陸国なのだ。それを見つけるのには相当に苦労した。そんなものを一体何故、妹たちはプレゼントに選んだのだろう。


「どうしたんですか、姉様そんなに驚いて」

「そうですよ。間の抜けた顔がいつも以上に間が抜けてます」

「……どうしてこれを……」


 震える手でそのネックレスの宝石に触れてまじまじと見つめた。


 ……これは……間違いないこの深い赤色……。


 これはレットコーラルの中でも最上級、別名血赤珊瑚と呼ばれる宝石に違いない。


 その深みのあるまさしく血液のような赤色は、小さな金魚鉢にいる金魚とは比べ物にならないほど赤く、人間から滲み落ちてしずくで作ったかのような赤色をしている。もちろん金魚の綺麗な赤色も好きだけれど。


 ……私はずっとこれを探していた。しかし、今はそれほど差し迫って必要とはしていない。それはもうすでにこれを手に入れて、必要な形に加工しているからだ。


 しかしこんなものいくらあってもいい、きっとプリシラがわざわざ社交界できちんとつけろと言って来たのも納得だ。きっとあれは盛大な前振りだったに違いない。


「?……オズワルド様から、姉様にこれを渡すと喜ぶと言われたので」

「随分喜んでますね、良かった。探すのに苦労したけれど丁度私たちのようにこれを欲した貴族がいたらしくて今日に間に合ったんです」

「なる、ほど」


 ……それ多分私だ。そしてオズは流石だ。私の事よくわかってる。


 感嘆のため息を漏らして、オズにも二人にも「ありがとう、大切に使うね」と血赤珊瑚にうっとりとしながら言ってそれを金魚のそばに置いた。


「……私、今日のパーティーが開けてよかったよ」


 それからしみじみといった。


 そんなファニーを見て皆、彼女は嫁に行くことに少しは感慨深さや、感傷を感じているのだと、真剣な瞳をしているファニーを見て思った。


 それもそのはず、生まれ育った場所を遠く離れて、両親も親類もいない場所に向かうのだから、そういった気持ちがあってしかるべき、ファニーも変わり者の聖女ではあるが、そのぐらいの感情は持ち合わせているのだと皆が納得しているとき、ファニーの気持ちは絶頂を迎えそうなほどときめいていた。


 こんなものまで準備してもらって、サプライズのプレゼントまであって、これはもうドキドキのお返しをしなければ割に合わないだろう。


 あっと言わせるようなスリルを、鼓動が高鳴るようなトキメキを彼らに届けるのだ!そんな気持ちが高まって高まって、感極まって泣きそうだった。


 しかし、それは時期尚早、始まってもいないのだから、終わった気分になってはならない。さてここからである。ファニーは、優雅な仕草でそのまま感傷に浸っているような顔をしながら、チャイのシナモンを人差し指で避けて、飲むふりをして、口の中に血のりを含んだ。


 しんみりとしたファニーが一体何を言うのか、それに注目していた全員は彼女がにっこりとほほ笑んだ後に驚いた顔で自然に胸を押さえるのを呆然と見た。


 ファニー自身も、意味が分かっていないそんな仕草、これは毎晩鏡の前で練習した渾身の演技だ。


 胸を押さえたファニーはおもむろに両手で口を覆って「ゴフッ」と咳き込んだ。

 

 口に含んだ、血赤珊瑚から作った真っ赤な血のりがしぶきになって、テーブルクロスに落ちる。


「キャアッ」

「ヒィッ」


 小さな悲鳴が上がる。向かい側に座っているオズワルトとぴったりと目が合う。彼はこんな状態のファニーからひと時も視線を外すことは無い。


 美しい髪とお揃いの深緑の瞳がファニーを射抜くように見つめている。


 ……そういえばオズって初対面の時のマジック以外驚いたところ見たことないな。


 そんなことを考えながら、一人一人に視線を送りつつ、ゆっくりと手の力を抜いていく、口の中に半分残った血のりをゆっくりと舌で押し出して水色のドレスを真っ赤で染め上げるようにたらりと口からたらして、ガクッと体を揺らす。


 オズ以外は皆驚愕の表情をしていた。普段はあまり驚いた反応をしないカーティスだって、目を見開いて椅子を引き体が逃げている。


「ぐ……ゥ、ゔ、っ、……」


 うめき声をあげて最後の抵抗というように、喉に手を当てようとするがその手は力なく放りだされて、背もたれに体を預けて力なく息絶える。その演技と同時に魔法を使った。





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