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「もう! 姉様、そうやって人の話を聞かないからカーティス様にも呆れられてしまっているんです」
「そうです、姉様。僕ら、メルヴィル伯爵家の命運は姉様にかかっているんですから。本当に申し訳ありません、こんなふざけた人で、カーティス様、ベアトリクス様」
彼ら双子がそっくりの容姿で、そろってそんな風に言うのをファニーは相変わらず可愛くそっくりな声で、どっちが喋っているんだかわからない事を微笑ましく思いながら、ぷりぷり怒る金髪の小さなまだ子供の頭を撫でてやりたいなと思った。
プリシラの方は、ピンクのドレスを着ていて、いかにも貴族の令嬢らしい可愛らしい子なのだが、隣にいるセオドアとまったく同じ中世的な顔つきをしているのでそれほど女の子らしい方でもない。
しかしファニーが撫でようとするといつもその手をバシッと弾かれてしまうので、ファニーは考えるだけにとどめる。仲は悪くないと思うのだが、安直な触れ合いは拒否されがちだ。
父も母も同じなのにどうしてか、ファニーと双子の間には溝があった。
「良い良い、気にしないでくれ。私はそれでもファニーを愛しているからこうまでして彼女を嫁にもうのだし、ね?ファニー、君も私の事を、同じように愛してくれるだろう?」
「あら、またこれですわ。そんなに女神の加護が欲しいなら自分でもって生まれて来ればよかったのに、他人に自分にないものを求めるだなんて卑しくて滑稽ですわ。本当に、高貴な血筋ですの?」
「……ベアトリクス、君だってファニーと仲がいいからって、いつまでもその情が続くとは限らないだろう。今のうちにファニーに贈り物でもしてやったらどうだい?」
彼らはまた、プリシラとセオドアから話を振られて言い合いを続ける。今までは貴族としてのマウントの取り合いであったが、今度は女神の加護の取り合いの話だ。
こんな話にどんな価値があって妹たちは真面目に聞けというのだろう。
「どうせ君は王都へと嫁ぐんだ。その、手法だって私を詰れるようなものだっただろうかな」
「……あら、”実力”で選ばれただけですもの」
「ただの伯爵令嬢が、第二王子と婚約だなんて随分と出世したと社交界では、有名だぞベアトリクス」
詰るにいう彼に、ファニーは、彼女の婚約のお祝いパーティーの事を思いだした。彼女とはオズワルドほどではないが、割と幼いころからのお友達だ。親友と言っても過言ではないとファニーは思っている。
そんな彼女のおめでたい婚約発表の式なのに、随分と退屈そうな見栄の張り合いになっていたので、お得意の数字当てマジックを見せてあげたところ、とても驚いてくれたのを思い出す。
きっと今日もいい思い出になるに違いない。それに、こんなに貴族らしく見栄っ張りな彼らだが、高いばかりではなく、きちんと気持ちのこもった贈り物もしてくれる良い人たちなのだ。
ファニーはそのことがここ最近で一番うれしくてサプライズでプレゼントを持ってきてくれた二人が、きちんと女神の加護の対象になるように楽しく時間を過ごそうと改めて決意をして、メインディッシュの次に出てくるデザートを楽しみに待った。
その間にも、くだらない見栄の張り合いは続いていて、彼らは本当に飽きないなと思いながら、ファニーもこっそりと一世一代の盛大なドッキリの為に、いつもよりフリルがたっぷりついていて、仕込みがばれないようになっている水色のドレスのあちこちに手を忍ばせて、準備をすすめた。
全員のメインディッシュのお皿を下げたメイドのシャーリーが、ファニーの楽しみにしているプレゼントの一つである、可愛らしいチョコレートを平皿に綺麗に並べたデザートを持ってくる。
デザートが出てきてすぐに、隣の席のカーティスと治めている領地の重要性を競い合っていたベアトリクスはすぐにそのことに反応してそれから、ぱっとファニーの事を見た。
「ベアちゃん、今日はプレゼントを持ってきてくれてありがとう、でも新しいお菓子だったからこの出し方で合っているのかわからないんだけど……」
本来ならば、小さなチョコレートなんかはコース料理だと皿盛りのデザートのあとの食後のコーヒーなんかと食べるものなのだが、なんせこの世界ではまだミルクチョコレートという物があまり普及していない。
けれども目新しいものが好きだろうとベアトリクスがファニーの為に取り寄せてくれたのだ。それがファニーはとてもうれしかったし、皆で食べたらもっと楽しいだろうとパーティーのデザートにしたのだった。
「その呼び方やめてくださいまし……ま、まぁ、ファニーにしては良い心構えですことね、ファニーのために特別に作らせたものは貴方のお皿に乗っているのですわよね?」
「うんっ」
言われて、マナー違反だとわかっていても、ファニーはデザートのお皿を持ち上げて、可愛らしいハートの形をしているチョコレートボンボンを彼女に見せた。
そうすると彼女はホッとして、皆にチョコレートの説明をする。この世界では見たことのない子も多いはずなので重要なことだ。
「こちらのお菓子は、わたくしがファニーの婚約を祝って用意した異国のデザートですわ。コクのある甘みが特徴の新しい流行のお菓子ですのよ。ファニーだけの特別なものは、わたくしのシェフに作らせた愛の女神の聖痕をかたどった物になってますわ。婚約おめでとうファニー、わたくしの親友」
「ありがとぉ~、ベアちゃん」
「その呼び方やめてくださいまし」
「……う~ん、頑張る」
……分かってはいるんだけどベアトリクスって長いんだよう。
そう思いつつもこうも言ってばかりではいられないと思い、ファニーも大人になるのだからと「ありがとう、ベアトリクス」とい直して、端の四角いチョコレートから手に取った。
同じように話を聞いていたプリシラとセオドアもチョコレートを口にして二人ともがぱっと口を押えて不思議そうな顔になる。
それから、きらきらとくりくりした瞳をきらめかせて、ベアトリクスに視線を向けた。
「なめらかなくちどけ……噂には聞いていましたが、初めて食べました、不思議な触感ですね、ベアトリクス様」
「ええ、そうでしょう?わたくし、王族入りしたら、まずはこれを流行らせると決めてますのよ!今回手に入れるのにもとても苦労しましたけれどわざわざ用意した甲斐がありましたわ」
「たしかにとても素晴らしいな、君がどのような手段で、どう苦労したのか想像もつかないが味はいい」
「あら、わたくしの行動に文句をつけるつもりですこと?カーティス様」
「まぁまぁ、お二人とも。ところでベアトリクス様はこれの原料の輸入は我がメルヴィル伯爵家の領地を通る街道を経由していましたよね。流行らせると仰いましたがその辺りはどのようにお考えですか?」
「あら、気が早くてよ、セオドア。でもあなたはきっととても優秀な伯爵になるのでしょうね」
「…も、勿体ないお言葉です」
彼らはそんな風にして楽しそうにお菓子を食べた。ファニーの頭の中にはこのチョコレートを使ってできそうなドッキリがいくつか思い浮かんでいたが、そのどれもが甘くておいしいチョコレートが定着した後でなければ実行不可能であるためベアトリクスには頑張ってほしいと思っている。
「抜け駆けはよくないぞセオドア。メルヴィル伯爵家よりも君の親友のいるわが侯爵家に一大事業の担い手を任せるのが筋ってものだろう」
「張り合うつもりはありませんよ、ただ、すこし興味があったので聞いただけですから」
セオドアはカーティスに突っ込まれてそんな風に返す。それから、ベアトリクスは優越感に浸りながら「まだまだ先の事ですわ」と口にした。そんな彼女をプリシラは若干うらやましそうに見ている。いまだに彼女は嫁入り先が決まっていないから、彼女に羨望のまなざしを向けているに違いない。
そう、ファニーは考えて、後でプリシラにも焦らずとも人間、誰かしら貰ってくれる相手がいるものだから気にしなくていいと言ってあげようと考えた。
チョコレートで盛り上がったのもつかの間今度は、もう一つのプレゼントである、特別なお茶が出てくる。ふんわりと広がるスパイスの香り、それが温室内に広がり、花の香から打って変わって、アジアンな香りが鼻をくすぐった。
その香りにすぐに反応したのはカーティスの方だった。彼は、イスの肘掛けに頬杖をつくのをやめてぐっと前に身を乗り出し、それぞれの目の前にこかれるチャイティーを見つめた。