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その答えはどうにも大人びていて、自分が失言をしただけになってしまったことが恥ずかしくてオズワルドはうつむいた。
しかし、そんな言ってしまった側の彼の気持ちすら気遣うように、ファニーは対して仲良くもない、出会ったばかりの生意気なことばかりいう男の子に、きちんと自分の気持ちを吐露してくれるのだった。
「たしかに、周りに合わせて、色々やりたくないことやるのも大切かもしれないし、周りがピリピリしてて楽しい事なんて駄目って雰囲気なら、それに同調するのだって一個の生き方だね」
そういいながらファニーはうつむいて、そのまろい子供っぽい頬を少し赤くしながら続ける。
「こんな私が、人生についてなんて言うのは恥ずかしいけど……でもさ。こんなんだけどさ」
ぱちんと手を叩いて、また綺麗な花がひらりと舞う。俯いたファニーは伺うようにしてゆっくりとオズワルドを見上げた。影を落としたまつ毛に、宝石のような光を孕んだ瞳、足をぱたぱた揺らしているせいで小刻みに揺れる振動。
「モットーがあって私もこうやって好きにやってんの、オズ君」
簡略化された自分の名前、それを確かめるように呼んで照れたように笑う彼女は、このパーティーにいるどんな女性よりも、身に着けている宝石は少なかったし、オズワルドが教え込まれてきた貴族らしい美しさは何一つ持ち合わせていなかった。
けれども、素直でただ、打算のない目の前にいる少女はオズワルドの張りつめた今までを溶かすようで何とも言い表しがたい。
「……ま、それに、なにもうまくやらなきゃ死ぬわけじゃないし」
……どこからその自信は来るのだろう?聖女の余裕?
そう思ったけれども、そんなものでもなく平穏を信じてやまない、なにも残酷なことなんて知らなさそうな顔だった。こんなに、大人びているような成熟しているような空気を感じるのに、それまで何も命の危険を感じたことがないような箱入りのお姫様みたいに感じた。
「楽しくやらなきゃ、人生楽しくないっ!だよオズ君!」
それから彼女はなんだか当たり前みたいなことを言うのだった。
「な、なにそれ」
「だから、楽しく生きなきゃ楽しくないんだよ!楽しく生きるために生きてるんだから、今が楽しいことが一番大事!ドッキリサプライズ最高!」
ファニーは大きな声で宣言して、しかしもはや、オズは周りの視線など気にせずになんだか陽気な彼女に引っ張られて、良いなぁ、それ、とそんな風な生き方がうらやましくなってしまう。
「あ、でもでも、破滅的に生きろって言ってんじゃないんだ、私。皆色々ある。でも私は楽しい事が一番大事、それとスリルとドキドキとサプライズ!」
「……なにが言いたいの?」
「つまりね、程よく楽しい事のある人生を目指してこうって私は思ってる。でも人によって”程よく”の程度が違う、だから、常に楽しい事ばかりの私もいて、ちゃんとしてるオズ君みたいな人もいる」
自分、貴方、とファニーはとても丁寧に説明するみたいにオズワルドにそういって、にっこり微笑んだ。
「忠告はどうもありがとう。ちゃんと知ってるよ。それでも私は、必要最低限以外は楽しく生きたい」
「……」
「あ……わ、私が心配することじゃないと思うけど、それにいつでも気を抜いていいんだと思う!無理はしないのが一番、オズ君も程よく楽しくやれるように”よりどころ”を見つけてやってくんだよ」
最終的にはオズワルドの心配までして、ファニーは優しくそう言った。彼女は必要最低限ですら、自分のやるべきことをやれていないと思うし、きっと彼女はこのままではいつかは酷い目を見る。
それはきっとオズワルドが母親と二人でタックを組んで、兄弟たちと戦っているのよりもずっと過酷な戦場だ。
それは、そんな残酷な未来を知らなくても、恐れて回避しようとする程度には、差し迫った問題のはずで彼女だって、このテーブルを取り囲むように広がっている息苦しくなるほどの世界に打って出るべきであって、きっとそれはできる。
「……」
けれどもそうしようとオズワルドが言っても、この人はそうはしないのだろう。ただ一人だけ広いパーティー会場で、テーブル一つ分の楽し気な居場所を持ち続けることを選ぶんだろう。
同じ空間にいるのに、まったく同じように考えられないのは、オズワルドの見ている世界と、ファニーの見ている世界がまったく違うからだ。
別の世界にいる。そんな彼女がオズワルドにはどうしてもキラキラして見えた。
凍って動くことを忘れた心が勝手に動かされて、ニコニコしながらクッキーを食べる彼女が可愛かった。このテーブルにいることが、一番楽だった。
仲間内と立ち話しているときよりも、王子と少し会話をすることができて安心した時よりもずっと気が楽で、納得が腹の中に納まる。
……よりどころ……か。
ずっと、気を張って生きてきた。楽しい事を探したことすらない、ただ、必死で母親を守るため自分を守るために生きていた。そしてそのままこの人生が続いていくと信じてやまなかった。
けれども、彼女の言う楽しい人生がうらやましい。ファニーのようにオズワルドは、ずっと楽しくなくたっていい。ただ、ほんの少しでいいから、このテーブルについているときのような安息が欲しい。
「っ、……」
自分の素直な感情に、涙がにじんで堪えるように眉間にしわをよせた、でもその時には手遅れでぽたぽたと涙の粒がテーブルクロスに落ちて小さなシミを作った。
「えっ……あ、わ、わわ、どうしよう」
周りにばれないように小声でファニーは慌てて、それからハンケチを取り出して急いでオズワルドに差し出そうとしたが、オズワルドはすぐに泣きやんでそれを手で制した。
……この人がいたら、楽しいんだろうな。
そう心の中で囁いて、やっぱり腑に落ちて、オズワルドはひそかに心に決めた。聖女ファニーが欲しい。生きることそれが今までの目標で意識したことすらなかった。
けれども今は違う。明確に自分の意志で、楽しく生きていてほしい人が出来た。
「……これからはファニちゃんって呼ばせてもらうよ」
「!……うんっ」
椅子から降りて、やるべきことを考えた。彼女の周りから離れると、やっぱり少し息苦しいけれども、それでも「また、いつでも声かけて!」と声が聞こえてくると、なんでもうまくやれそうだった。
死なないために生きてきたことは、どうにも不明瞭でいつまで、たっても安心感が得られなかった。それを彼女をあのまま手に入れる為にやることに置き換えると自然と上手くいくことが増えた。
彼女に婚約者が出来たのも、親友が出来たのも、兄妹が出来たのも想定内。そして、計画に何の支障もない。オズワルドは自分の望みのままにファニーを手に入れるために手を尽くすだけだった。




