妹の策略
一週間後、なぜかまたノアがやってきた。確かにまた来るとか、なんとか言った気がしたけれども、本当に来るとは思っていなかった。
残念なことに今は、エリザべータが来ていて、私がもらった宝石や、アクセサリーをカバンの中に詰めているところ。
「まあ、ディーデリヒ様」
「ノアでいいよ。それより、これはどうしたの?」
今にも抱き着きそうなエリザベータから、距離を置き私のところへやってきた。テーブルに置かれているアンティークなクマの置物を手に取った。眺めているのは、エリザベータの方ではなく、私の方。
「これは、誰からもらったの?」
「今日来たお客さんから」
「可愛いじゃないの。結構高い高級品だよ」
ノアが私の方に来たのが嫌だったのか、エリゼベータはノアの腕を掴んで、私から引き離そうとしている。
「私の屋敷にいらしてください。ここじゃ狭いし」
「僕は結構落ち着くんだけどね。家具の配置も絶妙だし、ミーナはセンスが良いんだね」
「適当に置いているだけです」
持っていた本を閉じ、椅子から立ち上がり、目に入ったテーブルに乗せていたクマの置物をエリザベータに渡した。
「これも持って行って。お高いらしいし」
「ああ、もしかして、今やってたのが謝礼の受け取り?」
ひときわ明るい声でエリザベータは「はい!そうです!」と言った。
「レモンティーでも持ってきます」
「そんなこと使用人にさせておけばいいだろう」
「今はみんな出払っているのです」
一人キッチンまで行き、棚からポットを取り出し、水を入れて火をつけたコンロの上に置く。籠にレモンを果物ナイフで切り、ティーカップに入れ、調味料の場所に置かれていた蜂蜜と、ティーパックを手に取る。
リビングダイニングからは、エリザベータの自慢話が聞こえてくる。ヴァイオリンの大会で優勝して、ブランド物のアクセサリーをたくさん持っていて、宝石も丁寧にコレクションしてある。
もう最近はヴァイオリンをあまり弾いていないようだけれども、いまでも彼女は全盛期のヴァイオリ二スト時代の話をし続けている。
ポットのお湯が沸けば、その中にティーパックを入れ、レモンの入ったティーカップに注ぎ込む、三つ分注いだのなら、その中にスプーン一杯ほど蜂蜜を入れてかき混ぜる。
籠に入っていたオレンジを食べやすいように一口大に切り、三人分のフォークを添える。
「わざわざ、ありがとう」
「いえ、特に大変なわけでもありませんから」
二人の前にレモンティーを置き、テーブルの真ん中にオレンジを置く。私も席につき、レモンティーを飲む。いつも通りの味という感じ。
けれどもエリザベータは一口飲んだだけで、わざとらしく顔をゆがめている。
「ディーデリヒ様、やめておいてください。これは貴方様の口には合わないと思いますから」
「そんなことないと思うけれどもね」
彼は肩をすくめると、レモンティーを飲んだ。
「普通に美味しいじゃないか。優しい甘さだ」
「そ、そうですかね。私は飲めないと思ったんですけど。もしかしたら私のレモンティーにだけ何か入れたのかしら」
前に紅茶の中に異物を混入させたエリザベータは、私がその復讐をしようとしていると考えているのでしょうね。そしてそれをノアに疑わさせる。
「ねえ、ミーナさん、何か入れたんじゃないの?私のだけ不味いだなんておかしいでしょう」
「貴方の口に合っていないだけでしょう。それに、私がそんなことしたところで、良いことなんて何もないのに」
この部屋の空気がどんどんと澱んでいく。エリザベータはノアをその気にさせたくて必死なのね。
「じゃあ、僕も飲んでおくよ」
「いえ、ディーデリヒ様はそんなことなさらなくて結構ですよ」
ティーカップを無理やり取り上げ、ノアは紅茶を飲んだ。
「これで何かあったら、君のせいってことで」
「そうですか」
怒鳴られるか、叩かれるか、追い出されるか。この三つだけど、追い出されるのはいろいろと大変な気がする。
「そういえば聞いてくださいよ。ディーデリヒさん。今日もミーナさん、この家におとこのひとをよんでたみたいで」
「友人?」
「違いますよ。前言ったじゃないですか。男の人と接待してって」
「僕もよくやってたよ」
「え、やってたんですか?」
まるでこの返事を想定していなかったようで、エリザベータは目を点にした。
「僕、どちらかと言えば、女遊びが激しい方だったから、女性と色々ね」
「へえ、そうなんですね。でもミーナさんがやってるのはお金持ちの男性から、高級なものを貰ういわゆる援助交際だから。お金欲しさでやってるんですよ」
「でもそれって、エリザベータが言ってた謝礼金を払うためでしょ?」
このノアが私の味方をしてくれているのは聞いていれば分かるけれども、エリザベータを煽ることはあまりしないでほしい。
「で、でもそれにしたって、ほかにも働き方があるでしょう」
「そうかもね。でもミーナはとても美人だし、それでお金を稼げるなら、それが一番いいんじゃない」
ああ、この人は無駄なことを言った。とにかくレモンティーを飲んで、我関せず、という立場を崩さないためにどちらの表情もうかがわずに、俯いた。
「わかってますよ。ミーナが綺麗なのはわかってますよ。でもだからって顔に頼らなくてもいいんじゃないかって話をしてるんです」
「そう?じゃあ、君はミーナと同じ立場になった時、ヴァイオリンをお金を稼ぐ道具として使わないの?」
「それとこれとは話が別ですよ。貴族だっていうのに、水商売なんてする必要ないって話をしてるんです!」
エリザベータはノアのことを話しが通じないと思っている。そしてノアもきっとエリザベータが話が通じないと、思っている。どちらも引くことをしないでしょうね。
「じゃあさ、血のつながっている住んでいるだけの家族から、お金をとるってのはどうなのかね。君はミーナのことをずっと見下すような発言をしているけれども、最低でも彼女は君より努力して、あんなにお客さんを捕まえているのだと思うのだけれどもね。君は仕事なんてしたことが無いと思うけれども、仕事というものを舐めない方が良い。娼婦だって水商売だって、みんなやりたくてやってるわけじゃない。仕方なくやってるんだ」
今までエリザベータに言えなかったことをこの人ははっきりと簡潔に、話してくれた。