誤解
夕食を食べ、シャワーを浴び、ほとんど眠ろうとしていた時だった。家のチャイムが鳴り、メイドがやってきた。
「ディーデリヒ様が?」
「ええ?」
バスローブを着ているし、ほとんど寝る直前だというのに、なぜ今皿来たというのよ。エリザベータに会いに来たなら、私のところに来る必要ないでしょうに。
「帰ってもらって…」
ベッドに寝転がろうと、体を窓の方に向けるとそこには、ランプを持ち、幽霊のように不気味な笑みを浮かべるディーデリヒ様の姿があった。
「きゃあ!!」
窓の外に立ち、片手にワインを持っている。なんで窓なんかにいるのよ。窓をずっとノックしてくるし。仕方がなく、窓を開けた。
「なんです?この時間に」
「君に会いに来たんだよ」
「私に何したいんですか。エリザベータに会いに来ただけなんじゃないですか?」
「いや、君に会いに来たんだよ。ワイン飲まない?」
「私未成年ですので」
窓を閉め、両手でカーテンを閉め、ベッドにもぐりこんだ。だがその平穏はすぐに終わり、今度は玄関から入ってやってきた。メイドも公爵家の子息ともなれば入れないわけにもいかないらしい。
「ミーナちゃんは結構胸あるんだね」
今の今までバスローブで話していたことにやっと気が付いた。眠くてなのか、頭がしっかり働いていない。胸元のバスローブをしめて、胸元を隠した。
こいつはただの変態狼だわ。
「さっさと帰ってください」
「何をそんなに怒っているのさ」
「…寝る前は機嫌が悪いんです」
「いや、ごめんごめん。ほんとに君と話がしたくて来たんだよ」
躊躇いもなく私が眠るベッドの端に腰を下ろした。布団を持ち上げると私の首元まで、優しくかぶせてきた。思わず肩をすくめる。
「寝たままでいいから、話しておくれよ」
「なんですか」
「君、ずっとここに一人で住んでるんだってね」
「はい」
「しかも、昼間はお金持ちの大人集めて、金巻き上げてるそうじゃないか」
説教じみたことを言うつもりかしら。まともに育てられたこいつなんかに私の気持ちがわかるわけがない。
「家賃?謝礼金?それを稼ぐために」
「ええ、まあ」
「君、寂しくない?」
ずっとこんな風に暮らしているものだから、そんな感情にも鈍くなってしまっている。もしかしたら寂しいのかもしれないけれども、でも、話すとしても、なぜこの男にそんな話をしなきゃいけないのよ。
「ずっと、こうだから、もう慣れたの」
「母親と一緒の時はこうじゃなかったでしょ」
「物心ついた時から、ずっとよ。母親は家にいないし、いつも一人だったの。もう別に寂しいとかないから」
何考えてたのよ。そうよ、私はずっと一人じゃない。今更寂しいとかいう感情が沸いてくるはずがない。涙も枯れたし、寂しさも忘れた。母が死んだときも、そこまで気にも留めなかった。ああ、死んだなって思っただけ。
「じゃあ、男の人の接待するのキツくない?大変じゃない?」
「そうしないとここに住まわせてもらえないから」
「家族なのに、それはおかしいって思ったことはない?」
「だって、こうしないと、ここじゃ、生きていけないから」
布団の中にもぐりこみ、小さく丸まった。いつも寝るときは丸まって寝ている。これが一番安心でき、落ち着ける。
「君はとても容姿が優れているし、礼儀正しくて、品がある。良い人と結婚できるよ」
「うるさい。そんなことできるわけないから」
「かなり粗雑な言い方」
誰も私のことなんて愛してくれない。こう思っていなければ、私は絶対に人に甘え、期待してしまう。そして結果そんなもの何もなくて、絶望する。
「こうやって生きるのが、私の身の丈に合ってるの」
「そんなことない」
「うるさい、そんな風に声をかけないでよ」
突然頭を撫でられた。それを私は反射で振り払う。
「私のこと助けてくれるわけでもないのに、そんな甘い口きかないでよ!どうせ貴方も私のこと見下しているんでしょ。男なんてみんなそうよ。富と権力があるからって、女を見下しても良いと思ってるの?」
布団の中にもぐりこみ、頭を抱えた。こいつだって、私のことを助けてくれるはずがない。こいつも他の男も一緒。私のことを人としてではなく、女としてみてる獣とおんなじ。
「できるものならできてるわよ…」
涙が流れて、そう声が漏れた。
「また、時間があったら来るよ。君とは仲良くしたいな。僕のことはノアって呼んで」