妹の作戦
家で本を読んでいた時だった。その日も貴族が私のところへ、貢ぎに来た。その男は私のドレスをプレゼントしに来た。
「いつか、君を私の物にできないものかな」
「このドレスが、私と結婚するための前金であるような物ならば、これは受け取れませんね」
「なぜだい」
「私はもういろいろな未来の結婚相手の候補がありますもの。貴方に期待させるのも苦しいところ。そうでしょう?」
なぜか男は睨み私をうっとりと眺めてきた。
「いやあ、君の母親は男に甘え、助けを乞うような子猫のような人だったけれども、君は気高く品があり、聡明であるから、睨まれてもそれも一興というところだよ」
「そういうものですか。ドレスはもらっておきますけれども、返品できかねますよ」
「それでいいのだよ。そんなドレス何着だってかえるからね」
なんで、男というのはこれほどまでに気持ちが悪いのだろう。ドレスなんてもうもらいたくない。だが、エリザベータにはこれを渡さなければいけない。
「じゃあ、また今度こようじゃないか」
「もういらっしゃらなくても結構ですよ」
「そんな冷たいことを言うものじゃないよ」
男が馬車で帰っていくと、違う馬車が家の前を通り過ぎて行った。その馬車の後ろに二人の騎士が走り抜けていった。
「別にどうでもいいけど」
小説を取りに向かい、窓際の椅子に座りながら、読み始めた。お昼はあまり食事をしないので、傍らに紅茶を置き、たまに飲んでいた。
いつまで読んでいただろうか。水分ばかり取っていたので、腹が減り、何か軽食を食べようと立ち上がった時、メイドが近くに立っていた。
「驚いた…立っているなら、言ってちょうだい」
「何度もお呼びしました。ですがミーナ様が、集中しきっていらっしゃいましたので」
エリザベータが来たのだろうか。隣の部屋から声が聞こえてくる。
「そう、ごめんなさい。どうかしたの?」
メイドは隣の部屋を横目に見ながら「ディーデリヒ様と、エリザベータ様がいらっしゃいました」と静かに言った。
「ディーデリヒって。そんな」
二週間前に私を助けてくれた人?まさか、そんなこと。立ち上がり、隣の部屋を開けてみると、そこには確かにあの日見た公爵の子息と、エリザベータが向かい合って座っていた。
エリザベータは舞踏会へ行くように華やかなドレスを着て、化粧をしている。薄いヘアぎを着て、髪をそのまま垂らしている私が恥ずかしい。
「お久しぶり」
なぜかこの男が落ち着いているのが変に気取っているようで、扉に隠れ、顔を少しだけ見せた。
「お久しぶりです。すみません。着替えてきます」
「そのままで大丈夫。随分と集中していたようで」
クローゼットの中からストールを取り出し、肩に羽織った。二人の部屋に入り、不機嫌なエリザベータの隣に座った。
すると頼んでもいないのに、メイドが紅茶を持ってきた。
「これは、頼んでいないけど」
「私が頼んだのよ。ずっと本を読んでいらっしゃったから」
「大丈夫よ。本を読んでいた時、飲んでいたから」
水分ばかりを取っていたので、腹が水分でいっぱいになっている。メイドに片づけさせようとしたとき、エリザベータが私の腕をつかんだ。
「良いからお飲みになって、私が持ってきた高級なお紅茶なの」
「ええ、それは申し訳ないけど、もう水分の取りすぎでお腹がいっぱいなの、あとでまた飲むわ」
「なんで、飲んでくださらないのよ。いっぱいぐらい飲めるでしょ?」
なんでこの子はこんなに必死なんだ。なぜ、私にこの紅茶を無理やり飲ませようとしているのかしら。
「じゃあ、僕が飲むよ」
彼が私のティーカップを取ろうとしたとき、エリザベータは「駄目よ!」と声を上げた。彼は苦笑いをしている。
「それはどうして。ちょうど喉が渇いているし」
「これはミーナのために淹れてきたものだから、ミーナが飲まないとだめなの」
「そんなことないだろう。僕が飲んだって一緒だよ」
ティーカップを手に取り、口まで運ぼうとしたとき、エリザベータは彼の手を握り、必死で阻止しようとしている。
「ミーナ!貴方がさっさと飲まないからでしょ!」
「いや、なんでそんなにその紅茶を私に飲ませようとしているのよ」
「うるさい!さっさと飲みなさい!」
「そんな強引な…」
こんな声を荒げて、必死になるのはあまり見たことが無い。私は言うことを聞いた方が良いのかしら。たぶん何か入っているのでしょうけど、たぶん催吐薬か、下剤。死にはしないでしょうし。
「じゃ、じゃあ、飲むから」
彼からティーカップを受け取ろうとしたとき、彼は中身をテーブルの上にこぼした。
「ああ、すみません。何か拭くものあります?」
勢いよく立ち上がったエリザベータは私の頬を叩くと、激昂して帰っていった。それを彼は追いかけていく。
私に会いたくてはなく、エリザベータに会いに来たのね。
所詮私は愛されて生まれてきたわけじゃないものね。