マッチょ売りの女の子
デンマークの童話作家アンデルセンの作品の一つが『マッチ売りの少女』です。
ある日アンデルセンは編集者から絵を渡されて、それを見て童話を書くように依頼されました。
彼は『マッチを持っている女の子』の絵から、あの名作童話を思いついたといいます。
このお話は柴野いずみ様主催『ガチムキ♥企画』参加作品です。
あなたは下の絵を見てどんなお話を予想しますか?
画・幻邏様
雪の降りしきる街角で、一人の女の子が通行人に声をかけていました。
「マッチょを買ってください……。マッチょはいかががですか……」
女の子は左腕にカゴを下げており、その中には小箱がいくつか入っています。
足元には木板が置かれ、『マッチょ 1回で銀貨1枚』と書かれています。
しかしほとんどの通行人は足を止めずに通り過ぎます。
ごく一部、「マッチょ?」とつぶやいて首をかしげる人もいました。
一人の痩せた青年が少女に声をかけました。
「そこのお嬢さん。マッチょって、いったい何だい? 君は何を売ろうとしているんだい?」
「はい。この小さい棒をこすると、魔法の幻影が1回だけ出せるんです。鍛え抜かれた美しい筋肉の『マッチょ』を見せることができます。男性の姿でも女性の姿でも、子供でもお年寄りでも見せられます」
「ほほう。それじゃあ、僕自身がそのマッチょになった姿を見せてもらうおうか。気に入ったなら、銀貨1枚をあげよう」
その男性は防寒のためにかぶっていたフードをとりました。
ほほがこけて貧相な感じです。
「かしこまりました。ステキなマッチょをどうぞごらんください」
女の子が小さな棒の端をクツのカカトでこすり、それを持ち上げました。
男性の前に、上半身裸の幻影が現れました。
身長は同じですが、立派な筋肉がついており、顔も精かんになっています。
ズボンのふとももがぱっつんぱっつんです。
幻影は両脇を広げて身体を横にひねりました。
サイドリラックスというポーズだそうです。
特に二の腕と胸の筋肉が見事に盛り上がっていました。
「こ……これがマッチょ……? これが僕?」
青年は感動したように幻影を見ながら、財布を取り出しました。
そこへ通りすがったご婦人が声をかけました。
いささかふくよかな体形でした。
「ねぇ、あなた? その幻影、女性でもできるのよね。痩せた感じでの筋肉美もできるのかしら?」
「はい。細マッチょも承ります」
「それじゃあ、わたしがその細マッチょとやらになった姿を見せてちょうだい」
「かしこまりました。どうぞごらんください」
女の子が小さな棒の端をクツのカカトでこすり、それを持ち上げました。
女性の前に、上半身裸で胸にサラシのような布を巻いた幻影が現れました。
細身の身体にひきしまった肉がついており、顔も美しく輝いています。
幻影は片方の手でもう片方の手首をつかみ、斜め向きになって膝を曲げました。
サイドチェストというポーズだそうです。
腕と胸、それに衣類に隠れた足の筋肉も強調されています。
「まぁ、何ということでしょう……。これがわたしの理想の姿……。でも、ぜったいに叶えられない。夢の姿ね」
ふくよかな女性の言葉に、先程の青年も肩を落としました。
「そうだね。ひとときの夢だったか」
その青年のつぶきやきを、否定する声がありました。
「そんなことはないぞ。人は誰でもマッチょになれるのだ」
そこには一人のお婆さんが立っていました。
顔にはしわが刻まれ、髪の毛は真っ白です。
でも背筋はぴんと伸ばされて、何より目ぢからが強く輝いています。
「見るがいい。これがマッチょだ!」
おばあさんは上着を脱ぎすてて、上半身は半袖シャツだけになりました。
小柄の身体に筋肉がついています。
「ふんっ」
おばあさんは両こぶしを脇の下に置き、力を入れました。
フロントラットスプレッドというポーズだそうです。
上半身の筋肉が盛り上がったように見えました。
「ふんっ」
おばあさんは両腕を身体の後ろで組み、両膝を揃えて斜めにひねりました。
サイドトライセップスというポーズだそうです。
腕の筋肉がもり上がりました。
「ふんっ」
おばあさんは振り向いて背を向け、両こぶしをあげてガッツポーズのような型になりました。
バックダブルバイセップスというポーズだそうです。
背中の筋肉がもり上がりました。
「わぁ……。わたし、ほんもののマッチょを見たのは初めてですぅ……」
女の子が放心したように言いました。
「あんた達も鍛えれば、このぐらい簡単にできるよ。あたしんちで体操教室をやってんだ。興味あったら見に来るかい?」
「ぼ、ぼく、入会しますっ!」
おばあさんの言葉に、痩せた青年は飛びつくように答えました。
ふくよかなご婦人は困ったように首をかしげました。
「わ、わたし1日1個はドーナツを食べないと生きていけないの……。絶対に無理なの……」
「心配しなさんな。うちに来れば筋肉がつく『おからドーナツ』を食わしてやんよ」
「わたしも入会しますっ」
周りにいた見物客たちも続々を入会を希望しました。
その日から大勢の人がおばあさんの体操教室に通う様になりました。
そして立派なマッチょになる会員が増えていったそうです。
マッチょ売りの女の子は、おばあさんに宣伝係として雇われました。
その女の子自身もおばあさんに弟子入りしました。
彼女が筋肉美少女になるのは、まだしばらく先のお話です。
* * *
「ねぇねぇ、偉文くん。あんまりおもしろくないよ。前に人形劇でやったやつの方がよかったよ」
安アパートで独り暮らしをしている僕の部屋に、従妹の胡桃ちゃんが遊びに来ている。
彼女はとても元気な小学生の女の子だ。
胡桃ちゃんは僕が描いた絵本の案……っていうか、ボツネタを見ていた。
「うん、僕もそう思うよ。やっぱりこれは絵本にはできそうにないね。あ、胡桃ちゃん。ちょっと待っててね」
僕は台所から自作のお菓子が入ったお皿と、ジュースの入ったコップを持ってきた。
「この話にでていた『おからドーナツ』を作ってみたけど、味見してみる? ホットケーキのタネにオカラを混ぜて、揚げてみたんだよ」
「え? ほんと? 食べる食べるー」
胡桃ちゃんはドーナツをおいしそうに食べ始めた。
「ねぇ、偉文くん。こんなにおいしいのに、ほんとに食べてもふとらないの?」
「運動せずに食べ過ぎると太っちゃうよ。ダイエットメニューと言っても、油ものだからね。普通のドーナツより高たんぱくで低カロリーだから、筋肉トレーニングと合わせてやるといいんだよ」
「そっか。結局、運動はしないといけないんだね」
僕は残りの『おからドーナツ』を袋につつんだ。
「じゃあ、これは妹の暦ちゃんにもおみやげに持ってってあげてね」
「あれ? 全部持ってっていいの? このドーナツ、偉文くんは食べたの?」
「いちおう、味見はしたけどね。僕の口には合わなかった。知ってると思うけど、僕は凍み豆腐とか高野豆腐が苦手なんだ。このドーナツ、あれとよくにた味だったんだ」
この話にでてきた『前にやった人形劇』は、下の方でリンクしている『胡桃ちゃんの人形劇』の『第13話 おかしなマッチ売りの少女と王子』になります。
よろしければ見てやってください。
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[余談]
偉文くんのオカラドーナツは、リング型と丸形がありました。
胡桃ちゃんの妹の暦ちゃんは、丸形ドーナツを持ってこう言いました。
「これ、ウサギの鼻に似てるんだよ。これがほんとの『卯のハナ』なんだよ」