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銀河戦國史 (漂泊の星団と貴賤の騒擾)  作者: 歳超 宇宙(ときごえ そら)
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第8話 王妃の挫折

 リング状の宙空建造物には、何らの変化も見られない。

 プサイディアが王妃となって16年が、隣の分王国との戦争に勝ってからでも、9年が経っていた。

 だが、宇宙を漂う建造物は何の差異も生じさせられることなく、王都とされた星系の第2惑星を周回し続けている。同じ外観で、同じ軌道を。


 しかし、外観に変化はなくとも、内側に立ち込める空気には、とてつもない変化が生じている。これまでには、だれも感じたこともない感触をともなって、宇宙城砦の中に充満していた。

 悲壮感、絶望感、焦燥感といった、様々な負の感情が混ざりあった空気が、王家の住まう宙空建造物を満たしているのだ。


 憤怒、屈辱、怨讐。そんな感触にまで至っている場所もあった。王妃プサイディアの居室だ。

 いや、もと王妃と呼ばなければならない、エシャヴェリーナと同じ理由で。そして、同じ原因で。


(畜生っ!あの女に、してやられた!

 まさか、こちらの切り札の、我が王を暗殺してのけるとは。

 苦労して手に入れた王妃の座も、王を殺されてしまっては、水の泡だわ! )

 血の滲むほどに唇をかみしめたプサイディアは、放つオーラだけで室内の空気を切り裂いてしまいそうだ。


(いつの間に、それほどの権勢を回復していたというの、あの女は。

 夫である北の分王国の王を暗殺され、王宮を追われ、暗黒の底を彷徨っていたはずだったのに。

 きっと、東の分王国の王をたらしこんだのに、違いないわね)

 自分と同じ気配を感じる女だから、プサイディアには、エシャヴェリーナの使った手管に関しては、確信を持って断言することができる。


(女の身体を武器として、東の王を意のまま自在に操り、権勢を回復してのけていたのだわ、エシャヴェリーナは。

 3兄弟である、各分王国の王達のなかで、長男であるのが東の王だ。だから、彼が働きかければ、元王妃であるあの女が、北の分王国の王宮で権勢を回復できたのも納得できる。

 それに今まで気が付かなかったとは、私もうかつだったわ)


 視線の先には、やはり窓に写る自身の姿がある。

 それの持つポテンシャルを、彼女はよく知っている。

 同じ武器を具有するエシャヴェリーナが、それを駆使して成し遂げたことも、容易に想像がつくというものだ。


(だが、あの女にだけは、負けるわけにはいかないわ。

 西の国の裕福な王女として、立派な宙空建造物の豪華な王宮内に生まれ、ぬくぬくと大切に育てられたあの女にだけは。

 貧民の子として生まれ、殺風景な小惑星に造り込まれた粗末な施設内で幼少期を過ごし、女の身体だけを武器としてここまで上り詰めた私は、この武器での勝負にだけは、負けるわけにはいかない)


 窓の中で、自身の姿と、そこから連想されたエシャヴェリーナのシルエットが、激しく交錯している。

 殺し合いを演じている、と言ってもいいかも。


(私の気付かぬうちに東の王を篭絡し、北の分王国内に権勢を回復し、暗殺をなし遂げられるまでの人脈を築いていたなんてね。大したものだわ。

 恐らく、こちらの王宮内にも、あの女の魔手は伸びていたのね。そうでなければ、城砦の中にいた王の暗殺など、成し得ることではないはずだもの)

 憤怒の視線は、窓で跳ね返った後には、決意を秘めた閃きを持つに至っていた。


(では、今度は、私の番ね。

 王を殺され、私も権力基盤の全てを失ったわけだけれども、あの女にできたことが私にできないはずはない。

 私も、この身体を武器として権勢を回復し、必ずあの女に復讐して見せる。

 より早く、より強力に、そして、より執拗に、あの女を責め苛んでやるのだわ。)


 ドアがノックされた。王のもとに誘う召使いではない。死者のもとには、誰も案内できない。

 ドアをノックしたのは、彼女を王宮から追い出しに来た無骨な衛兵だ。王が亡き者となれば、王妃の居場所は王宮には無くなる。邪魔物として、暗黒の宇宙へと追放されるだけだ。


(さあ、ここからが勝負よ。私のこの身体の、真の底力を、見せつける時が来たのだわ。

 ベッドの中から操れるのは、あの王だけではない。誰かをどうにか操って、必ずここに戻って来て見せるわ)


 彼女が出ていく前も後も、城砦の外観には何の変化も起こりはしない。もちろん、それを内包するリング状建造物にも。


 王の死に慌てふためき、国の未来を悲観して右往左往している王族や貴族やその家臣達のほとんどが、プサイディアの件になど気を配っている余裕はない。

 去って行く者について考えている暇に、彼らにはやるべき仕事が、手を回しておくべき企みが、警戒しておくべきライバルが、無数にあるのだから。


 誰にも顧みられることなく、元王妃を乗せたシャトルは、王宮のある宙空建造物から飛び立って行き、暗黒の深淵へとその姿を融けこませた。


 誰も気付いていないのだが、皆が感じていることがあった。

 得体の知れない、一抹の不安・・・・いや、恐怖。心の片隅に巣食った、小さくとも強烈な感情。そして、城砦の壁面から伝わる、殺意を含んだ冷たい熱波。

 その原因は、きっとプサイディアなのだが、誰もがそれから、目をそむけているのだった。

 今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2022/1/8 です。


 予告してあった、めちゃ短い回でした。黙っていたら、誰にも気付かれなかったかも。


 権力者の夫を失った妻の境遇というのも、古今東西で千差万別なのかもしれませんが、プサイディア のようにあっさり、直ちに追放されてしまうなんてことが、あったのか無かったのか、あったとしてどのくらいなのか、作者は良く知りません。


 けど、やはり権力者の妻というものが夫を失えば、少なからず悲運に見舞われるのだろうとは思います。

 一方で、大名である夫を失った後に一門を女だてらに切り盛りして見せた寿桂尼(じゅけいに:今川義元の母)や、名門貴族である夫を失った後に政治手腕が開花し、経済危機にあった公国を立て直したマルグリット・ドートリッシュ(神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の娘)のような例もあり、本当に千差万別です。


 でも上記2人は、公家や皇帝の娘なんて恵まれた生まれだからそうだったのかも。プサイディアのような庶民出身者はやはり、権力者の夫を失えば追放もやむなしなのかもしれません。


 こんな展開で、歴史小説のような味わいが出ていれば良いなと、作者としては願っています。

 歴史小説のような重厚感のあるSF小説というのが、一応、本シリーズの目標なので。

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