第7話 庶民の懸念
戦争は、やはり厳しい隠遁生活を彼らに強いた。
惑星状星雲の外縁にある、住み慣れた小惑星群から離れ、近くを彷徨う遊離惑星の環を成す小天体に、彼らは身を潜めていたのだった。
近くを、といっても、光速の約千倍で宇宙を駆けるタキオントンネル航法で、半日もかかるほど隔たった場所である。
必要な資源を採取できる環境でもなかったから、運び込んだ食料だけで食い繋がなくてはならず、不安にかられる日々だった。
長引くことが予測されるとの戦況報告に、餓死者の発生をも覚悟していた彼らだったが、ある時不意に戦争は終息した。
彼らの本拠である惑星状星雲とその周辺を飛び回っていた多くの軍用宇宙艦なども、ぱたりと姿を見せなくなったので、恐る恐るといった感じで、彼らは本拠へと舞い戻って来たのだった。
「やっぱりわしらんとこ、南の分王国の所領になってもうたらしいで。
さっきあたらしい領主から派遣された管理官とかいう、初めて見るおっさんが、何や色々言うて行きよったわ」
「あっちゃー、そうなんやー。やっぱり、北の分王国に収まってお気楽な暮らしを手に入れたいなんて、甘すぎる願望やってんなー」
「まあ、それでも、前の領主んところに戻されるよりはマシやろ。南の分王国っていうても、領主は前とは別の貴族はんっちゅうことに、なったんやろ?」
「せやねんけど、安心もしてられへんねんで。今回の領主はんは、あくまで暫定的なもんで、いずれ別の領主はんが、正式に決定されるっちゅう話やったからな」
「うわー、そしたら、あのボロカスに言うてもうた管理官のところで、働かなあかん可能性も残ってるわけやな。きっつぅー」
「そうや。そうなったら、やっぱコイツに口きいてもろて、あの管理官に機嫌直してもらわなあかんわ。頼むでー」
「知らんがな、そんなん。わしは自分が気に入られる自信はあるけど、お前らを気に入ってもらう自信なんか、あらへんからな。
まあ、できるだけお手柔らかに、くらいは言うたってもええけど、それ以上は責任持たんからな」
「相変わらず、冷たい言い草しよるなあ、お前は。自分さえ良ければええねんな」
「そういうことちゃうやろ。領主に気に入られるんなんか、人を頼るもんちゃうねん。自分が一生懸命働いて、しっかり租税を納めるしかないねん」
「いやいや、ちゃんと働いてんねんで、わしかて、一生懸命に。時々サボるだけで」
「それがいかんっちゅうねん」
「でもまあ、とりあえずは。暫定やいうても、今回決定した領主はんのところにも、機嫌はとりにいかなしゃあないなあ」
「そうや。どうなるか分からん話は置いといて、分かるところから、しっかりやっていこうや」
「せや、せや。せやから、気に入られるんが得意なお前に、挨拶に出向いてもらっとこうっちゅうわけや」
「またー。直ぐそうやって、わしを頼りよるなあ」
「ええやんけ。それぞれが得意なことをやって、お互いを補っていくのが仲間っちゅうもんやろ」
「ほんで、お前には、何か得意なこと、あんのか?」
「お前を頼ることや」
「あのなあ」
「お前の頼りすぎはどうにかせないかんけど、とりあえずはコイツに挨拶に行ってもらって、新しい領主の機嫌とってもらっとかなしゃあないちゅうのは、わしも賛成やわ」
「せや、せや」
「あたしも、そう思うわ。皆のために、あんたちょっと一肌脱いでよ」
「なんやねんな、みんなして。別に、こっちから挨拶に行かんでも、さっき向うから連絡してきよったわ」
「ええっ、何やと!? お前、もうすでに、新しい領主はんと連絡とってたんか? 」
「こっちからの連絡とちゃうねんで。向うから、管理官とは別の仕様人とかいうヤツを突然寄越して来て、資源採取用のシャトルを、わしんとこに置いていきよってん」
「何やそれ。お前もうすでに、シャトルまでもらっとったんか?何やそのえこひいき」
「ひいきちゃうやろ。小惑星かち割って資源採取しとったわしの経歴を、新しい領主が前のんから引き継いどっただけやろ」
「それやったら、わしらの情報も引き継いで、わしらんとこにもなんか寄越してくれてもええやんか」
「だから、小惑星かち割る仕事は、他のんと違うねんて。
他のんは誰でもできるし、前の領主の頃から使ってた設備をそのままでも、どうにかなるけど。
小惑星かち割るのんだけは、ちゃんと実績のあるヤツに、今の領主の持ってるシャトルを新たに貸し与えて、作業させなあかんねん」
「いやいや、それはおかしいわー。納得でけへんわー。抜け駆けやん。えこひいきやん。もうすでに、そんなに差ついてるのなんか、無しやわー。
またお前ばっかり、みんなよりええ報酬もらえるのんも、決定してるようなもんやんか」
「せやから言うてるやん。誰にもでけへん仕事を、長年工夫と辛抱を重ねて身に着けて来たヤツと、誰でもできることばっかりやって来たヤツでは、差がつくのは当たり前やねん」
「うそやー。絶対そんなんとちゃうわー。絶対、新しい管理官にも、嫁はんの乳触らせたんやわー、お前」
「なんでそうなんねん。触らせてるかー。ほんで、触らせたくらいで、ひいきしてもらえるかー。めっちゃ貧相やねんで、うちとこの嫁のん」
「ほんまかー。ほんまに貧相なんかー」
「ほんまや。そんな嘘つくかー」
「ほんまなんか?信じられへんなー」
「ほんならとりあえず、それをみんなで確認することからはじめよか」
「だから、なんでやねん。なんで嫁の乳を、みんなに寄って集って確かめられなあかんねん。
それやし、嫁の乳触らせてひいきしてもらえるんやったら、お前らも触らせたらええやんけ」
「そらあかんわー。うちとこのも貧相やもん。お前んところとの比ではないくらい、貧相やもん」
「それはないでー。うちところの方が貧相やわ」
「ほんなら、2人を並べて、みんなで見比べることから始めよか」
「ええかげん、どつくぞお前。嫌やっちゅうねん」
「なんで、さっきからずっと乳の話をしとんねん、お前ら。えこひいきが許せんっていう話やろ」
「こいつが阿呆なこと言い出すから、しゃあないねん、乳触らせてるとかって。
そんなん関係ないねんからな。仕事の実力やねんからな。
お前らよりわしの方が、仕事の実力を認めてもらってるから、わしの方がええ待遇受けれんねんて」
「それやったら、わしにもやらせてみろや、その仕事。
わしかって上手いことやったるから」
「無理やって、お前には。避難場所に行って帰って来る時かって、お前のシャトルだけ、ふらふらやったで。
あんなんでは、かち割った小惑星の破片にぶつかって、お陀仏やで。
領主はんにしたら、お前がどうなっても知らんやろけど、大事なシャトルがパーになるのは、勘弁してほしいやろうからな」
「ええ、何やて?わしの心配は、してもらえへんのか?っていうか、ふらふらなんかせえへんて。その気になったら、ちゃんと真っ直ぐ飛ばせられるねんて」
「無理無理、やめとけって」
「ええからいっぺん、わしにもやらせてみろって、小惑星のやつ。今ポケットに、新しいシャトルのカードキー持ってるやろ?貸してみろや」
「嫌やわ。お前になんか貸したら、わしが領主はんに嫌われてまうわ」
「ええやんけ、ちょっとくらい。貸せや・・うぉっ!うりゃうりゃっ! 」
「やめえって・・ああ、痛い痛い痛い、そんなとこ引っ張んな」
「ちょっとあんたら、何してんの? 暴れんといてよ、こんな大勢おるところで」
「しゃあないやん、コイツが・・・がぅっ! 」
「ぶわっ、阿呆、離れろ、ああっ! 」
「ちょっと、こっちくんな、お前ら、あっちでやれ」
「知らんがな、くわっ! 」
「寄越せって、うぅっ! 」
「なんで・・はぅっ!」
「とぅっ!ここかっ」
「やめっ・・かぁっ! 」
「えぃっ! 」
「ぶぉっ! 」
「だぁっ! 」
「きいっ! 」
「ぎゃあっ! 」
「こらっ、おっさん、どさくさに紛れて人の嫁はんのケツ触んな、ボケぇ! 」
「もう、お前ら、たいがいにしとけや。そんなんでモメてる場合とちゃうねんで」
「ほんまやね。新し領主もえこひいきする人で、領民のことなんか考えんと、自分の利益ばっかり求める感じみたいやもんね。
あたしもう、嫌になってきたわ」
「いくら暫定いうても、そんな領主はんのもとは、嫌やわなあ。
北の分王国に寄せてもらう方法っちゅうのんは、ほんまにもう無いんかな」
「難しいんちゃうか?だってやな、国王さんが殺されてしまわはったんやろ、あっちの分王国は。
聞くところでは、プサイディアのねえさんが裏で手まわして、暗殺したらしいで」
「ええっ、また暗殺かいな。ウチとこの阿呆の王さんが求婚した相手の王女さんも暗殺したんやろ。
それで今度は、戦争相手の国の王さんかいな」
「あとなあ、前に阿呆の王さんの許嫁やった人が生んだ2人の子供も、プサイディアねえさんに暗殺されたいう話も聞いたで。
王さんの血引いてる子供は、ねえさんには邪魔やったんやろうな」
「うわ、うわ、うわっ、こわ、こわ、こっわあー。あのねえさん、えげつないな」
「そんなんしとったら、いつかバチあたるやろね、きっと。
あたし絶対あの人、ロクな死に方しはれへんと思うわ」
「せやな。ほんで、バチを当てるとしたら、やっぱりエシャヴェリーナ王妃さんやろうな」
「ああ、それって、北の分王国の王妃さんやろ。
プサイディアねえさんに暗殺されたんかも知れん王さんの、奥さんやね。恨んでるやろーねー、きっと」
「ウチとこの阿呆の王さんが前に求婚した相手の、妹でもあるんやろ。
っていうことは、お姉さん暗殺されて、旦那さんも暗殺されて、王妃の座までをも失うハメになったんやろ。そら恨むわー」
「怖いなー。どんな仕返しして来るやろうな。プサイディアねえさん、どんな目にあわされるやろうな。
うちらんところも、何かで巻き込まれるんちゃうやろか? 」
「怖いなあ、エシャヴェリーナの王妃さんの復讐は。
色っぽいねんけどなあ、あのねえさんかって」
「ほんまやで、お前この前見たか?北の分王国が、こっちの分王国を非難するためにばら撒いてた喧伝画像。
あれの端っこに、ちょこっと写ってたエシャヴェリーナねえさん、たまらんかったで。
顔なんかめっちゃシュッとしてはったり、キッてなってはったしやな、ボディーなんか、もう・・・・・・めっちゃ、シュシュッてなってて・・・・ほんで、あれが、ブワッとかムチムチッとかなってて・・・・それやのに、あそこが、キュッて、キュキュキュッてなってるし・・・・しかもこっちはこっちで、プリンッ、プリプリンッ・・・・」
「なんやねん、擬音ばっかりで表現すな、阿呆っ」
「でも確かに、あの喧伝画像はわしも、頭から離れへんわ」
「しかし、お前の場合は、だいぶん異常やで。
あんなんを拡大した画像を端末の待ち受けにしておくって、意味わからへんわ。
引きのばし過ぎて、何のことか分からんくなってたやん」
「えーっ、うそやん。あんなんの拡大画像を、待ち受けにしてんのん、お前? 楽しいか? 」
「そうや。顔も誰か分からんくなってたし、輪郭も完全に潰れてもうてたやん。
何になるねん、あんなもん待ち受けにしといて? 」
「阿呆やなお前ら。待ち受けにしてあるやつは、ただのきっかけやん。
各部位の色味くらいは分かるわけやねんから、その情報を土台としてイマジネーションの力をもってしてやな、頭の中で理想の輪郭にその色を当てはめて・・・」
「何の話をしてんねん、お前ら。そんな場合ちゃうやろ。こんな時に、ようそんな話、してられんな」
「ほんまやわ。エシャヴェリーナ王妃さんの復讐や何やで、またここが、戦争とかに巻き込まれるかも知れへんねんで。そんなんなったら、わたしもう耐えられへんわ。
これ以上避難生活とかさせられたら、気くるってまうかも知れへんからね、わたし」
「やっぱり、北の分王国に入れて欲しいわー。何とかならへんかな」
「王さんが殺されてもうたっていう境遇から、復活して来られるかどうかやな、北の分王国が。
でも、それも、エシャヴェリーナ王妃さんの手腕にかかってるんちゃうか? “元”王妃さんになるんか。
とにかく、早期に復活するとしたら、あの人しかおらへんわ。
でも王妃さんが復活したら、プサイディアねえさんに仕返しせえへんわけないしな。
どう転んでも、無事では済まへん気がするな、わしらんところも、これでは」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2022/1/1(元日!) です。
元日も休まず投稿します(って予約で自動的に投稿されるんですけど)
領民たちが戦争をさけて、「近くの遊離惑星」に避難してたなんてさらっと描きましたが、一応そのスケール感を説明しておきますと・・・・・・
光の千倍くらいで移動して半日ほどの距離ってことになっていたわけですが、だいたい1~2光年くらいで、10~20兆kmくらいってことになります。
天王星が太陽から30億kmでボイジャー2号はそこに辿り着くのに、10年近くを要しています。
ヘリオポーズと言われる、太陽風と星間物質の圧力が平衡になる境界面までが3兆kmで、ボイジャーは40年かけて辿り着きました。
何回も同じことを後書きで書いている気がしますが、こんなスケール感を感じ取ってもらいたいと願っています。それなら、感じ取れるような書き方をしろって話なのですが、なかなか上手く行かず、後書きで補足説明するという醜態をくり返しています。
名も無き庶民が戦争から逃れるためにこんな移動をするという世界観を、楽しんで頂ける方がいて下さると、これに勝る喜びは無いのですが・・・・・・勝手すぎますね。すみません。