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銀河戦國史 (漂泊の星団と貴賤の騒擾)  作者: 歳超 宇宙(ときごえ そら)
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第5話 王妃の嫉心

 南の分王国の首都とされた星系の、第2惑星の衛星軌道上では、王族の住まう城砦であるところのリング状建造物が周回し続けていた。

 プサイディアが王妃となって7年が過ぎたが、そのくらいの月日では、建造物の外観にも軌道にも変化の生じるはずもなかった。


 建造物の中に造られた城砦の一部屋の光景も、以前とあまり変わらない。王妃プサイディアが、この夜も躍るように歩き回っている。

 満面の笑みで。勝ち誇った笑みで。優越感に高まり切った笑みで。


(側近貴族の連中は、またしても、わたしのための暗殺をやり遂げてくれたわ。

 邪魔物は、次々に消え去ってくれる。わたし自身は一切手を煩わせることも、汚すこともないままに、わたしの野望は着実に叶えられて行くのよ)


「おーっほっほっほ」

 口からは嬌笑。視線は、窓に写る自身の美貌に釘付けだ。


(この身体で王を操り、所領奪還のための戦争に駆り立ててあげたから、側近貴族どもはわたしには頭が上がらない。何でも言うことを聞いてくれるわ。

 貧しい集落に生まれたわたしの言葉に、高級貴族どもが文句も言わずに従うのだから、滑稽だし、気分が良いわよね)

 笑い声はとめどもなく漏れ続け、自分に見とれる王妃へのBGMさながらだ。


(北との戦争の趨勢は、われらの分王国が繰り出した宇宙艦隊が、北の軍に押され気味となって推移していたのよね。

 だけど、戦の混乱の中で警備が手薄になったのに乗じて、側近どもが買収した北の分王国の領民が、王を首尾よく暗殺してくれたわ。

 前進基地とされていた、どこかの惑星の衛星軌道上で、王の座乗していたシャトルに微小天体を衝突させたのよ。事故に見せかけた暗殺が、まんまと成し遂げられたわ。

 領民たちの怒りに、上手く付け込んだのよね。自分たちの暮らしに欠かせない大切な施設を、無理矢理に戦争のための基地として接収された怒りは、彼らの王をも殺害するほどに強かったわけね。

 そして、いくら戦争で優位に立っていても、あちらの王が死んでしまえば、後はこちらの独擅場になったわ。

 所領が南の分王国に戻ったので、側近貴族どものわたしへの感謝は、絶大なのよね)


 嬌笑は、徐々に嘲笑へと移ろって行く。

 王を操れる武器を持つ彼女に、従順とならざるを得ない者達を蔑む笑いだ。

 武器は、窓に反射することで、今はプサイディア自身の目を楽しませている。


(北の王だけでなく、年端もいかぬ無邪気で無抵抗な少年2人までをも手にかけたのだから、側近貴族どもへのわたしの呪縛は、完璧だわ。

 どんな穢れた仕事でも、やらせることができるのだわ)

 チラリとその瞳に宿った敵意は、葬られた2人の少年に、いや、その母親に向けられたもののようだ。


(あの醜い前の許嫁め。まさか、わたしの知らぬ間に2人もの子をもうけて、辺境にある星系の一つに隠していたなんて。

 わたしがあの女の召使いになる前に、わが王の子種を絞り採っていたのね。

 わたしへと心移りした王によって、ぼろ雑巾のように捨てられた女が生んだ子とはいえ、王の血を継いでいるとなれば、わたしの野望にとっては邪魔でしかない。

 野心なんて抱くこともできない幼年の内に、始末しておくのが正解なのよ。

 側近貴族どもが辺境星系で見つけ出し、あの幼い体に刃を突き立てて暗殺を成功させてくれたから、また一つ憂えを断てたのだわ)


 己がプロポーションに見とれる視線は、その向こうに見える大望にも注がれている。

(いずれは私こそが、王の子を生み、それを次の王に仕立てあげることで、今以上の権力を手にして見せるわよ。

 無知にとどめた我が子の摂政ともなれば、実質的な王国の統治者よ。必ずその地位を手にして見せるわ。

 そして北と東の分王国を併合し、この星団全域をわがものとしてみせる。それも、もう、手の届くところにある野望なのだわ)

 プサイディアの眼には、異様な輝きが熱く瞬いている。


(貧民出身のわたしが、何百という貴族一門を出し抜き、王の血を引く者たちですら追い落とし、3つの分王国の王たちをもねじ伏せて、この星団における最高権力者となるのよ。

 私を蔑んで来た者たちも、虐げて来た連中も、全てわたしの足元にひれ伏すのだわ。

 なんて愉快なのかしら。そんな未来を、何としてでも実現してみせるわ)

「ほーっほっほっほ・・・」


 想い描いた未来に陶酔し、嘲笑から高笑いに至っていた声を、しばし室内に轟かせていたプサイディアだが、不意に声を飲み込んだ。

 窓に写る自分を見る目も、緊張感をまとって鋭くなった。


(でも、まだ、油断はできないわ。気を引きしめなくては。

 特にあの、エシャヴェリーナには気を付けなくては。

 夫である北の分王国の王を暗殺され、王家に足場を失ったあの女は、今は没落の一途を辿っている。

 けれど、必ず復活して来るはずよ。こんなことでくたばる女ではないわ)


 窓に写る自分に、エシャヴェリーナの姿が重なって見えた。

 同じ気質を有すると、たった一度見ただけの静止画像から感じ取った。

 何年も前のその記憶が、鮮明に思い出されて来る。自分の姿を写し見ている時には、特に。


(わたしと同様の強かさと狡賢さを、あの女は秘めているはず。わたしには分かるわ。

 姉を暗殺された恨みで、我が分王国に所領の割譲という屈辱を味わわせたりもしたけど、今度はそれに、夫を殺された恨みまで上乗せされた。

 割譲させられていた所領も武力で奪還してやったからには、姉の分の恨みも再燃し、夫の分の恨みと重なり合って、さぞかし激しく燃え盛っていることでしょう。

 我が分王国に・・・・・・いえ、そうではなく、たぶん、わたし個人に対して、エシャヴェリーナは凄まじい怨念を燃え上がらせているはず)


 強烈な私怨を一身に浴びていると認識して、それでも、プサイディアには恐れの色は見えない。

 薄ら笑いすら、その眼には宿っている。


(面白いわ、かかって来なさい、エシャヴェリーナ。

 このわたしに美貌で対抗した、姉のロワナを上回る美貌を備えた生意気な女。

 王を暗殺され、全てを失った今の立場から、どうやって復活して来るのかは知らないけど、きっと復活して来るであろうあなたを、再び地獄の底に叩き落してあげるから、必ずね)


 ドアをノックする音がした。王の寝室に導くべく、召使いが彼女の部屋を訪れたのだ。

(さあ、出陣ね。私の戦場は、いつだって王とすごすベッドの中よ。

 戦争による長らくの出征から、ようやく戻って来た王をベッドの中で翻弄しなくては。

 何年間も先延ばしにさせられた計画を、今こそ実行に移すわよ。王の子胤を絞り取ることで、この国を操る為の新たな術を手に入れる計画をね。

 そうなればエシャヴェリーナなどに、つけ入る隙なんて与えないようにもできるわ。

 今宵も鍛え抜いた手練手管で、我が王を徹底的に篭絡して見せるわよ)


 高さを競うように立ち並ぶ城砦の尖塔は、権力争いの象徴でもあるのだろうか。

 天井を突きさす勢いで聳えるそれらには、プサイディアの野心が注ぎ込まれていそうだ。

 虚空を漂うリング状宙空建造物に押し込まれていても、決して宇宙の闇に溶け込んでしまわない。そんな不気味さを、彼女の住まう城砦が醸し出していた。

 今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/12/18  です。


 シャトルという言葉が、このシリーズではよく登場します。

 スペースシャトルという言葉があまりにも浸透しているから、宇宙で人や物を運搬するモノとして理解されやすいかと思い、この言葉を選んでいます。


 本来の意味は、織り機の横糸を通すための用具だそうで、これが右へ左へと行ったり来たりしながら布を織り上げることから、反復的に往還するモノをシャトルと呼ぶようになったとか。


 スペースシャトルは、宇宙と地上を何度も往還することから名づけられたそうな。本作ではちょっと解釈を広げて、一定の限られた範囲内で移動や運搬をもっぱらにするモノを、シャトルと呼んでいる感じです。


 宇宙で、移動や運搬のみを行うのはシャトルとし、何かしらの作業を行う乗り物は宇宙艇としています。更に、戦闘に特化した宇宙艇は、戦闘艇と呼ぶことにしています(そのつもりですが、徹底できているかどうか少し自信なし)。


 前回の、領民が小惑星を「かち割って資源を採取する」ための乗り物は、それでいうと宇宙艇になりそうなものですが、「本来は移動運搬専用の乗り物でそんな作業をやらされている不憫な人」、というのを演出するつもりで、あえてシャトルとしています。


 穴掘り作業をするのに、ショベルカーが手に入らないから軽トラで何とかしろ、と言われ、あれこれ工夫して軽トラで穴を掘れるようにした人、みたいなのをイメージして頂けると、作者が表現したいものに一致するかと。


 例の如く、こういうのを後書きで説明しなくても良いように、ならなくてはいけないのですが。


 同じシャトルを使いながら、片やそれに乗っていて暗殺されてしまった北の分王国の王様、もう一方には強引に、資源採取の道具としてそれを使わさせられているが元気に生き続ける領民。そんな対比を感じて頂けると幸いです・・・・・・って、これも後書きで書かないと、誰も対比なんかしなかったかも。

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