第2話 側近貴族の計略
プサイディアのいるリング状の宇宙建造物に、王家の一族は住まっている。
同じ惑星の同じ周回軌道上には、他にもいくつかのリング状建造物がある。
王家の威信を穢さぬよう、彼らのは王族の城砦よりやや小ぶりに仕立ててはあるが、この時代の王国には贅沢といえる、宇宙を漂う人工建造物だ。
側近貴族たちは、その中に居を構えている。
数光年から数十光年に渡る、はるかな距離に隔てられた宙域に、彼らの所領はあるのにも関わらず。
所領からの収穫をそこに運び込ませることで、王の傍にはべりながらも贅沢な暮らしを楽しんでいる。
所領からの収穫は、そういうわけで彼らには、とてつもなく貴重なものだ。贅沢な暮らしの、基盤となるものだ。
分王国の中にいくつもの所領を持つ貴族もあるが、それの1つだけであっても、彼らには手放すわけにいかないものだ。
先祖代々受け継いだものだから、領民との強い絆があるから、などの理由も振りまわすが、何といっても自分達の豊かに過ぎる暮らしを継続することが、一番大切だった。
所領の保持には、国王の許諾が必要だ。
所領を経営するための実務的な活動よりも、貴族たちには、王の顔色をうかがうことの方がもっと大事だ。
王のちょっとした機嫌や都合で、所領は失われるかもしれない。そうなれば、貴族たちの暮らしは危うくなる。何としても避けなくてはならない。
だから経営は領民に任せきりでも良いが、王の機嫌取りは人任せにはできない。
貴族達が、可能な限り王の傍に住まい、常に王の顔色をうかがって暮らしているのは、そういう訳だ。
「顔色が悪いな」
王の、ではなかった。「まだ、気に病んでいるのか、あのことを」
「はい、ご主人様」
側近貴族を前に、執事が首を垂れた。
「そうか、無理もないな。若くて美しい女を、それも、我らが分王国の王妃となられる予定だった高貴な血筋の女を、お前はその手で刺し殺したのだからな」
「ええ、忘れられません。
噴き出してきた生暖かい返り血の感触、耳を裂くような断末魔の悲鳴、そして何より、恨みを込めて私を睨み返して来た両眼。
あの女――ロワナ王女の最期が、今でもはっきりと脳裏に焼き付いております。
第5惑星を周回する岩石衛星の、冷たい大地の上に、今も彼女の亡骸が横たわっていることを思い起こせば、なおさらでございます」
「うむ。お前には、嫌な仕事をさせてしまって、済まなく思っているよ」
「とんでもありません。
ロワナが我が分王国の王妃になることは、何としても避けなくてはなりませんでしたから」
「そういうことだ。分かってくれて、助かるぞ。
王が我らの所領を取り上げ、西の王国に譲渡しようとされたからには、我らとしては、ああするより致し方がなかった。
王女を嫁に差し出した西の王国の王族に、それなりの見返りを渡さなければならぬのは分かるが、よりによって我らの大切なあの所領とは」
「ええ。北の分王国や西の王国との境界付近に位置するあの星系は、軍事面においては戦略的要衝になります。
その上に、星系ガス雲からの資源採取が効率よく行えることによる生産性の高さから、食邑としての価値も一級品です。
惑星状星雲などという希少な状態を形成していることで、他を圧倒する魅力にあふれた星系となっているのです」
「そうだ。そして何より、このわたしの一族が先祖代々受け継いで来た、由緒ある所領でもあるのだ。
決して失うことなどできない」
「私としても、思い入れの多い所領でございます。
管理官として現地に住まわせてある私の一家の者が、時には手厳しい住民からの反発を受けるなどの苦労を重ねながらも、手間ひまをかけて生産性を高めて来た星系であります」
「そうだったな。王の側近貴族である我が一門と、それに歴代に渡って仕えてくれているお前の一家が、力を合わせて、時間をかけて、小惑星などに住まわせた領民を手なずけて来たわけだからな。
他の誰かのものになるなど、受け入れられるはずがない」
主が大きくうなずき、つられて執事もうなずいた。
「結果的にプサイディアが王妃となり、我々としては一安心というところですな」
「本当に、ありがたい結果になった。
あれは卑しい庶民の出だからな、我らの所領を奪ってどうにかしようなどという勢力が、背後に隠れている心配はない。
どこかの星系を周回するガス状惑星にある極貧集落だけが、あの女の人脈だ」
「その通りです、ご主人様。王が求婚された西の王国の王女や、その前に許嫁となっていた貴族の娘などは、あの所領を手に入れるためだけの手段として、我らの王を誘惑しに来たようなものです。
星系ガス雲から採取される希少元素が欲しいという一念だけで、何十光年もの彼方から送り込まれたのです」
執事の言葉に、熱がこもる。「要衝にあって生産性も高いあの星系は、あちこちの国の多くの貴族共が、喉から手が出るほどに欲しがっております。
それを守り抜くためとなれば、女の一人や二人を殺めるくらい、何でもない仕事でございます」
「お前にそう言ってもらえると、私も心が軽くなる。
我が祖先が、王の戦で功を上げるなど、血の滲むような苦労を重ねた末に、領有を認めていただけた星系なのだ。
住民の定着や資源採取法の確立など、開発にも多大なる手間ひまをかけて来ている。
それを受け継ぎ、託された私が、誰かに奪われてしまうなどという失態は、決して許されないのだ」
「しかし、まだ安心はできませんぞ、ご主人様」
ズイッ、と貴族との距離を詰め、声を落して執事がささやく。
「そうだ。あの星系は、未だ我らの手もとに戻って来たわけでは、ないのだからな」
「左様でございます。ロワナを亡き者とした後、いったんは我らの分王国に領有権が戻ってきましたが、王が私たちの手もとに返してくだされると正式に宣下する直前に、北の分王国に横取りされてしまいました」
真剣さを増した、主従の視線が交錯した。
「エシャヴェリーナのおかげだ!北の分王国の王妃めっ!
あの女に、気付かれてしまったのだ、あの女の姉であるロワナは、我らが暗殺したのだという真実に。
そして、証拠を挙げての猛抗議をして来よった。その結果、東の分王国の王による調停に持ち込まれてしまい、あの所領を割譲することでの和解が成立してしまった。
またしても、よりによって、我らの大切な所領であるあの星系が、取り引きの材料にされてしまった」
「誰もが欲しがる星系ですから、こうなるのも自然なこと。
ですが、何としても取り戻さなくてはなりません。
西の王国に奪われるのに比べれば、かつては1つの王国であった分王国のどれかに帰属している方が、奪還は容易ではありますが、それでも早目に手を打っておかなくては、今の状態が定着してしまいます」
「もちろんだ。と言っても、現状の我らには、あの女を信用するしかないのだがな」
「あの女―――王妃プサイディアを、ですな」
遠くを眺める目になった執事は、記憶を手繰る表情だ。「卑しき庶民の出のくせに、ずいぶんと悪知恵のまわる女です。
前の許嫁の召使いとして王に近付き、王を誘惑し、王が求婚した西の王国の王女をも我らに暗殺させて、とうとう王妃の座を手に入れてしまった」
「ああ。頭の回る女だからこそ、我らがロワナ王女の暗殺を敢行した理由も、よく分かっている」
「そうでございますね。所領を奪還したいという願いが叶わなければ、我らには暗殺を実行した意味がない。
プサイディアは必ず、あの所領の奪還をなし遂げてくれるはずです。
そうでなければ、彼女がロワナ暗殺における主犯であることが明るみに出てしまうかもしれないと、分かっているはずです」
「うむ。必ずやり遂げてくれるはずだ。あの妖艶な肉体を武器に、王を篭絡して、北の分王国への武力侵攻へとけしかけてくれることは疑いない。
その点に関しては、あの女は信用できる。我らに対する誠意や気遣いなどは微塵も無いのだろうが、己の立場を理解する知恵と、王を肉欲で篭絡する手練手管だけは、確かなものがあるからな。」
話しながら、何やら卑猥な想像をたくましくしたものか、言葉の後半には貴族の口元に、だらしない薄笑いが浮かんでいた。
「全くですな。あの美貌、あの肉体、王でなくても、遠くから眺めるしかできない私などにでも、こみ上げるむらむらを押え切れないものがあります。」
主につられたのか、執事もややニヤついた表情になっている。
「ははは、お前もそうか。実は私もそうだ。
確かに、顔も肉体も見事な仕上がりであるし、立ち居振る舞いや言葉の選び方にも、男心を捕えて離さない色香が溢れておる。生れの卑しさを補って余りある、艶というものがな。
短い時間に言葉を交わしたことだけしかない私だが、どうにかされてしまいたい衝動を堪えるのに苦労したものだ。
まさかお前、あの女の色香にたぶらかされて、我が王同様に操縦されてはおらぬだろうな。」
「いえいえ、まさか。ベッドを共にしてしまえば、自信がありませんが、幸か不幸か私などに、そのような機会はあり得ませぬからな。」
「わはは、そうか。私も同感だ。
あんな女と共にするベッドは、麻薬と同じだ。天国をちらりと拝むのと引き換えに、地獄の底へと突き落とされてしまうぞ。自分が自分でなくなるだろう。
恐ろしい女だ。だが今は、所領奪還をあの女に託すしかない。プサイディアが王に、戦争をそそのかしてくれることをな。」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/11/27 です。
王などの最高権力者と、その臣下である貴族との関係というのも、時代や場所によって色々で、王のそばに貴族がこぞって集住しているというのも、絶対的なものではないでしょう。
本作のような状況は、かなり王権が強固な国に限られたことかもしれません。神聖ローマ帝国では、初めの頃は皇帝が貴族たちの所領を順に巡っていて、定まった「帝都」というものは無かった、なんて記述を見かけたことがあります。
江戸時代でも、各大名は参勤交代で定期的に江戸に住むことが法的に義務付けられていたということですから、逆に言えば各自の所領に住むのが普通だったということにもなり、本作の状況とは異なるわけです。
最盛期のフランス王国とか、律令時代の日本などでは、本作のように、貴族たちが自分たちの所領を遠く離れ、所領の経営は代官とかに丸投げにして、王とか天皇とかのそばにはべっていたのでしょう。
歴史のド素人である作者の、個人的な記憶や理解ですので、鵜呑みにはしないでいただきたいですが。間違いにお気づきの方には、厳しくご指摘頂きたいです。
いずれにせよ君主制国家といっても色々あるわけで、それらを本シリーズでは未来の宇宙を舞台に表現して行く所存です。
今回は、王権の強固なパターンでしたが、それ以外のパターンの君主制国家が宇宙を舞台に作られている様子も描くつもりなので、興味のある方は楽しみにしていて欲しいです。
そんなのに興味がない人にも、楽しんでもらえる要素を、作者なりに詰め込んではいるつもりですので、多くの人に読み進めて頂きたいです。
でも、「そんなの」に興味を持ってくれる人が沢山いると、やはり嬉しいです。
現在執筆中の作品は「遊牧民部族連合王国」なんてものを参考にしています。宇宙戦闘シーンや濃密なラブシーンなど、色々な面白さも詰め込みつつ、やはり「そんなの」に興味を持ってくれる人に楽しんでもらうことを一番に想定した作品です。
なんだか宣伝みたいになりましたが、この作品を「なろう」に投稿するのがいつかは分かりません。まだ未完成(それも20%程度)なので。完成しない可能性もあるし。
とにかく、様々な歴史的風景を未来宇宙SFに織り込んだものを、投稿して行くつもりなので、「そんなの」を楽しんで頂ける読者様が一人でも多くいて欲しいのです。勝手極まりない願望ですが。