第13話 側近貴族の予防
王宮のあるリング状の宙空建造物と、同じ軌道を巡っている貴族達のそれにも、外観上の変化などいつまで経っても起きはしない。
そして、その中にいる住人達も、ここのところはあまり変化のない、安定した日常を送っている。
新王を迎え、その統治のもとに、それなりに安定感のある王国の運営が実現できている。
北と東による同盟軍との戦争も、一時の危機を乗り越えて膠着状態になっていて、危機感はすっかり薄らいでしまっている。
前王暗殺直後の混乱が嘘のように、整然とした日常が繰り返されていた。
だが、平穏な日常にも関わらず、いや、日常が平穏だからこそかもしれないが、一部の貴族の心中は不気味に波騒いでいた。
明確な危機に向かって具体的な行動を起こしている時には、むしろ人の心はある一定の落ち着きを保っているのかも知れない。
逆に、平穏な日常の中で漠然とした不安を抱えている時の方が、人の心は騒がしく波立つものなのかも。
体を忙しく動かさなくて良くなった心は、あちらこちらに想いを巡らせることに忙殺される。
余計なことまで考えに含めたり、あり得ないところにまで妄想をエスカレートさせたり、荒唐無稽な危機をでっちあげたりしてしまう。
だから貴族達は、相変わらずまわりの顔色が気になる。新王やその周辺にいる者達の顔色を、意識せずにはいられない。
ありもしない危機の兆候が、その顔色に隠されているのではと、どうしても勘ぐってしまう。
顔色の変化を見逃せば、とんでもない損失をこうむることになってしまう、なんていう妄想が、エスカレートして仕方がない。
どこまで行っても貴族達は、互いの顔色を伺い合わねばならない性なのだった。
「顔色が悪いな」
新王もその周辺も、念頭にはない発言だ。「あの女の復活に手を貸した私の判断は、やはり間違いだったかな」
「いいえ、ご主人様、とんでもございません。
プサイディアが権力の座に返り咲いたおかげで、我が分王国の兵隊動員力が向上し、北と東が同盟して向かって来るという困難を極めた状況を、乗り越えられたのです。
一時は、東の分王国に奪われてしまっていた我らの大切な所領も、武力による奪還が成就いたしました。
未だ我ら自身の手元に帰って来たわけではありませんが、南の分王国にあれが帰属していれば、我らとしても一安心していられます」
きっぱりとした口ぶりの執事だったが、その眼にも、動揺と困惑の色は浮かんでいた。
「うむ。とりあえず、あれが東の分王国のものとして定着してしまう事態は、避けられたわけだからな。
それはそれで良かったのだが、しかし、あの女・・・・・・プサイディアは、やはり恐ろしいな。
夫を暗殺され、王妃という権力の座から引きずり降ろされた数か月後には、新王の摂政として、更に強大な権力を手に入れて見せるのだからな。
王の胤を身籠っていたことすら見落としていた我らには、驚愕を禁じ得ぬ展開であったな」
今まさに、驚愕の事態を目の当たりにしているかのような表情を、貴族は浮かべている。
「ええ。しかも、絶妙なタイミングで、敵国となっている北の分王国の若き王が死にました。
どのような経緯でそうなったのかは分かりませんが、その死によって戦争の潮目が変わり、今は我が分王国の有利となっております。
このあたりからも、プサイディアの運気の強さを感じさせられます」
「そうだな。しかし、北の分王国の王が死んだことについては、私はてっきり、お前が手を回して、前王同様に暗殺してみせたものと思っていたがな」
覗き込むように、執事の目の内側を見すかそうとする貴族。執事の方は、微動だにせずに真っ直ぐその視線を受け止め、小さく微笑んだ。
「まさか。あの切れ者のエシャヴェリーナの目を盗んで、暗殺の手をのばすなんていうことは、私などには不可能です。
恐らくは、事故か病気によって死んだのであろうとは思いますが、暗殺を疑わずにはいられないタイミングでの死であることは、間違いありませんな」
「これで、エシャヴェリーナという脅威は衰退し、我らの所領が北や東の分王国に奪われる可能性は低くなったが、やはり、プサイディアが脅威として立ちはだかってきそうだな。
今のところ、具体的な行動や要求は何もないが、数々の暗殺を含め、我らの弱みをたっぷりと握られている。
例の所領を手元へ奪還するという課題も、あの女に拒否されてしまえば、たちどころに危うくなってしまうのだし、実に厄介だ」
「ええ。特にあの女の息子である新王が、国民の間に広く信望を集める気配を見せています。
未だ幼く、政治の実務を執れぬ王の母親となれば、摂政としてその権勢は、王妃であったころとは比べ物にならぬくらいに強大となります。
それが、新王の人気にも後押しされるとなると、我らなど、もはやどうやっても太刀打ちできぬほどの隆盛となりましょう」
「つくづく、しぶとい女だ。亡き王の子種を、いつの間にか身籠っていたなんてな。
いつの間に、搾り取っておったというのだろうか? まさか、追放先のどこかで、亡き王の子種だけを何らかの方法で手に入れたなどという噂が、真実だなんてことはあるまい」
「いや、まさか。
王の死の直前に仕込まれていて、追放先で懐妊が確認されたというだけでありましょう。
しかし、あの女なら、そんな魔術のようなことでも、やりかねないと思ってしまいますな。宇宙の深い暗闇の中から、亡き王の子種だけをよみがえらせるなどという業でも。まさに鬼女ですな」
「こうなってしまっては、あの鬼女には、決して逆らうことなどできぬぞ。どんな危険な仕事を押し付けられても、断ることなどできぬ。
いかに薄汚い悪事に対して、手足としてこき使われるのも避けられぬだろう。
我が家系の名誉も収穫も、あの女の心一つで、どうにでもされかねない。
さりとて、暗殺などの手段であの女を取り除くというわけにも、いかぬであろう。」
「当然です。今は衰退している北の分王国のエシャヴェリーナですが、あの女もきっとその内に、何らかの手段で盛りかえしてくるはずです。このまま消えていくなど、決してあり得ぬでしょう。
その時を思えば、どんなに恐ろしくともプサイディアには、健在であり続けてもらう必要があります」
「困ったものだ。」
深いため息を間に挟み、貴族は話し続けた。「のさばらしておいては災厄の種になりそうだし、かといって、完全に退けてしまっても、万一の際に楯として利用できるものを失ってしまう。
あの女がどんどん権力を増していくのを、我らは、指をくわえて眺めているしかない状態だ。
プサイディアを何とかできぬものか、考えたところでどうしようもないのかもしれないが、それでも、何らかの対策を考えておかぬと、気が休まりそうにないな」
「はい、ご主人様。難題ではありますが、あの女の増長を防ぐとか、万一の際には直ぐにでも排除できるようにしておくとか、そういった方策を、私としても八方手を尽くして、探しておきたいと思います。
過度のご期待を掛けて頂いても困りますが、精一杯知恵を巡らせて、ともかく全力で取り組んでみます」
執事も、溜め息をついた。困惑の色は、深刻さを増すばかりだ。
「頼んだぞ。我らが家名を、私の代で穢すわけにも、途絶えさせるわけにもいかない。末永く存続させ、繁栄させねばならないのだ。
その為には、あの星系を所領として保持するのは必須だ。あんな貧民出身の小娘に、邪魔だてなどされてたまるか」
「承知しております、充分に」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2022/2/12 です。
冒頭でこの国に安定した日々が訪れたようなことを描きながら、実は戦争の真っ最中でもあると、その後に言及されます。
現代の感覚で言えば、戦争やってる最中でありながら安定ってなんだ? となってしまうかもしれませんが、この時代には常に誰かがどこかで戦争している状態で、戦争くらいで不安定とは誰も思わない、とご理解ください。
戦争だけでなく、分王国間の権謀術数や各分王国内部での権力闘争なども常に熾烈で、それしきで不安定なんて言ってられないでしょう。安定した日々の中に、戦争も権力闘争もあるのが普通なのです。
本編中には詳しく書いてないですが、登場している貴族が話題になっている所領を取り戻すのにも、まだいろいろと貴族間の駆け引きなどに勝ち残らなければなりません。常に戦いの日々なのです。
大変な時代だなあ、とも思えますが、現代のわれわれだって、やはり日々色んな闘争に晒されているでしょう。
ある大手コンビニチェーンの店の真向かいに、別の系列のコンビニができたと思ったら、もとあったコンビニの方が数か月後に潰れちゃったり、駅前に後者の系列店が2件できたら、駅から少し遠くに昔からあった前者の系列の店が潰れちゃったり、それで気付いたら、作者の家の近くは後者のコンビニチェーンの勢力が圧倒的になっていたり、ってのを見ていると、人間社会はいつの時代も戦いの渦中なのだなあと実感します。
一方で世界に目を転じれば、現代でもきな臭い話題が後を絶ちません。作者の日常は平穏そのものなのに、あっちにもこっちにも戦争の火種が転がっています。ウクライナでも台湾でも、武力衝突なんて起きないでもらいたいです。




