第12話 王妃の不屈
リング状の宙空建造物には、相変わらず何の変化も見られない。いつでも同じ外観を曝しながら、王都とされた星系の第2惑星を周回している。
プサイディアが王妃であった時も、王妃の身分を失いここを追われて出ていった時も、そして、新王の摂政としてここに帰って来てからも。
数か月の放浪と潜伏の時を経験したが、プサイディアはまた、このリング状宙空建造物内の城砦にある一室で、窓に写る自身の姿に見とれていた。
「死んだわ・・・、おーっほっほっほ・・あの女の切り札は、死んだのよ」
そのことも、窓に写る自分の容姿が成し遂げたものであるかのように、いや、もしかしたらそうなのかもしれないが、彼女は高笑いで窓の中の自分を装飾した。
(エシャヴェリーナの切り札——北の分王国の新王となっていたあの女の息子は、敢え無くくたばってしまったわ。
王の摂政として隆盛を極めていたあの女の権力も、そのことによって水の泡となったわけね)
窓に写る自身の姿に、重なるように思い浮かべられて来たエシャヴェリーナのシルエットに、プサイディアの勝利の笑声が叩きつけられる。
(この分王国の王宮内にまで人脈を広げ、我が夫であった王を暗殺し、わたしから王妃の身分を剥ぎ取ってみせるまでに高まっていた、あの女の絶大な権力も、息子の命と共に消え去ったのだわ)
窓から視線を転じ、室内をおどるように歩き出したプサイディア。
膝の少し上までが露わになるほど、ロングドレスの裾がふわりと広がる。花弁を思わせる艶やかさだ。
(どうやって死んだのか、その詳細は伝わって来ていないけど、暗殺された可能性も高いわね。
エシャヴェリーナを疎ましく思っていた者の仕業かも知れないし、わたしの美貌に心惑わされたどこかのお馬鹿さんが、わたしへの忖度の結果として独断で遂げたのかもしれないわ。
いずれにしても、わたしには都合の良い状況になったわね)
室内をおどるように歩き回った末、別の窓の中に、再び自分を見つける。
(こちらの切り札は、ピンピンしているわ。暗殺されるなんてヘマは、今度こそ絶対に犯さない。
切り札を使いこなして、わたしはわたしの野望を遂げるのよ)
野望の火の輝きは、窓に写る自分の瞳の中に、はっきりと見て取ることがプサイディアにはできる。
(わたしの息子を、この分王国の王位に就けてやったあの子を、わたしはわたしの野望のために、最大限に有効利用するのよ。
ここを追い出された直後に、その存在に気づいた息子。いつの間にか我が胎内に宿っていた、前王の落とし胤。摂政という権力をわたしに授けてくれる宝。
宇宙の暗黒の中で、前王の子種だけをよみがえらせて身籠ったなんて馬鹿な噂も、一緒になって付いて来ちゃったけど、そんなことはどうでも良いわ。
王が死に、わたしが追放された後に懐妊が判明したものだから、この国の貴族どもは、頭がおかしくなるくらいに驚いたのでしょうね。
この子は、わたしの大切な切り札よ。なんとしても守り抜くわ、そして利用し続けるの、野望を叶える日まで、必ずね)
今は瞳の中だけで灯っている野望の火が、いつか宇宙をも焼き尽くす巨炎となる様を、プサイディアは妄想する。
(息子を産み落としてすぐにわたしは、東の分王国の王が住まう宇宙城砦に潜り込んだ。
そしてあの王を、ベッドの中に引きずり込んで篭絡し、寝物語を耳に吹き込むことで操縦して、この分王国の貴族どもを説得させた。
エシャヴェリーナにも操縦されているあの男を、エシャヴェリーナに気付かれないようにね。
その甲斐あって、なんとか我が息子の王位継承にこぎつけられたのよ。
前王の側近貴族達の、思いのほかの積極的な協力もあって、前王以上に強固な統治基盤を、今の私は得ることができたわ。
兵の動員力も向上したから、3年前に勃発した戦争も、優位に進められるに至っているし。
北と東に同盟を組んで向かって来られて、一時は我が南の分王国は、存立さえも危ぶまれたのだけれど、恐れるほどのことはなかったわね。
3つの分王国を統一し、この星団の全てを支配下に収める野望も、決して手の届かないものではなくなったわ)
口元に浮かぶ笑みは、勝利の宣言のようであり、誰かへの侮蔑の現れでもあるように見える。
(せっかく苦労して手に入れた、この権力だもの、絶対に手放すわけには行かないわ)
口元がどれだけ笑みに緩んでも、眼光の鋭さは変わらない。
(それにしても、東の分王国の王ときたら、節操がないわね。
エシャヴェリーナに篭絡され操縦されている真っ最中であるにも関わらず、わたしにも篭絡され、2人の女に操縦され、北と南の両分王国の王位継承に、口添えするのだからね。
長男である彼が、二男と三男である2人の弟の元嫁で未亡人となっている私とあの女を、同時に愛人にして代わる代わるにベッドを共にするという、変態ぶりなのよね)
窓の中で呆れ果てている自身の笑顔に、プサイディアが諭すような目を向ける。
(でもまあ、あの男が変態だったおかげで、わたしもこの権力を手にできたのだから、ありがたく思わないとね。
それに、これからも大いに利用しなければいけないのだから、不遜な態度をとってはいけないわ。敬愛の演技で担ぎ上げて、良い気分にさせておいてあげないと)
ドアがノックされる音が聞えた。決意の眼差しに変じた、窓の中の自分を一瞬確かめたプサイディアが、リズミカルな足取りで音のした方に歩み出す。
(さあ、勝負よ。今宵も、あの男を、たっぷりと快感の海に沈めてあげなくては。
北と南の両王宮を行き来して、2人の元王妃の身体を味比べしている、あの東の変態王をね。
エシャヴェリーナを愉しみたいから、北とも軍事同盟を結び、わたしとの情事にも溺れたいから、戦争相手であるこの国の王位継承にも口添えした、北には内密でね。
そうやって、2人の未亡人を手玉にとっているつもりにでもなって、のぼせ上っているのだわ。
でも、今はせいぜい喜ばせておいてあげる。そして、何としても、わたしの方がエシャヴェリーナよりも上手くあれを操縦して、いつか北も東も、わたしの支配下に組み伏せて見せるのだわ)
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は 2022/2/5 です。
東の分王国は、北の分王国と結んで南に戦争を仕掛ける一方で、南の分王国の王位継承に口添えをした、という内容となりました。
戦争している国どうしで、王位継承に口添したりされたりなんて、そんなことあり得るのか?
そんな感想を持たれた読者様もおられるかもしれません。
作者も感覚としては信じられないのですが、国と国の関係なんてそんなものかも知れません。
片方の手で握手しながら、もう片方の手で殴り合う、それが外交の本質でしょうか。それは現実世界の現在の国際関係でも言えることでしょう。
この物語も一応史実に基づいて書いているので、あり得るかを問う以前に、あったということです。作者の理解が間違っていなければ、ではありますが。
あまり有名ではない史実で、それに関する資料を数ページ分しか見つけられず、想像でほとんどを補う形で書いているので、絶対的な確信はありませんが、でも、戦争しながらも他方で色んな交流がなされている、というのが国際関係というものであるのは、間違いないでしょう。
できれば、もっと沢山の資料を基に、歴史上のエピソードを深く理解した上で、それを未来宇宙に移植した物語を描く、ということをやっていきたいと考えているのですが、なかなか思うようにはいきません。
資料を探し出す能力の限外もありますし、作品の完成を急いでしまって読み込みが浅くなる傾向もあるなと、自省しています。ちょっとずつ改善して行こうと思っているので、長い目で見守って頂ける読者様がいて下さると、有難いです。




