短編
「――宿題を忘れた?」
いつものように行われている数学の授業。
しかし、現在教室内はピリピリとした空気に包まれていた。
教壇には誰もが息を呑むほどに綺麗な顔立ちをした先生――姫条院氷華先生が、腕を組みながら一人の男子生徒を見下ろしている。
男子生徒は体を丸めてしまい、ビクビクとしながら青ざめた表情で口を開いた。
「は、はい、すみません……! ちゃんとやったんですが、持ってくるのを忘れました……!」
「そう……ならもういいわ」
姫条院先生は冷たい声でそう言うと、何事もなかったかのように黒板へと向き直す。
それにより男子生徒はホッと息を吐いたのだけど、そのことに気が付いた姫条院先生は蔑むような視線を男子生徒に向けた。
「あなた、今日の宿題三倍ね」
「えっ、えぇ!? な、なんでですか……!?」
「当然でしょ。みんなができたことをあなたはできていない。そのペナルティは必要よ」
「で、でも、本当に家に忘れただけで……!」
「だったら今から取りに帰る? もちろん、戻ってくるまでの授業は欠席扱いになるけれど」
「そ、そんな横暴な……」
「横暴? ミスをしたのはあなたでしょ? そんな甘い言い訳が社会に出て通じると思っているの?」
まるで殺気でも混ぜているかのような目で脅す姫条院先生。
それにより男子生徒は蛇に睨まれた蛙のように固まってダラダラと汗を流す。
「今のあなたはやらないといけないことすらできていない駄目人間。もっと立派な人間になれるよう自分を変える努力をしなさい」
姫条院先生が厳しい言葉で責めると、男子生徒はうなだれるように頭を下げた。
そしてトボトボと自分の席へと戻って行く。
相変わらず、だな……。
俺――南雲豹馬は、気落ちしたクラスメイトと、何事もなかったかのように授業を再開した姫条院先生を見て思わず溜息を吐く。
俺たちの担任でもある彼女――姫条院先生は、美人だけどとても冷たくて怖いことで有名だ。
そのせいで『氷の女王様』というあだ名が付けられているのだが――本当の彼女は、とても優しくて生徒思いの先生だ。
そのことを、彼女と半同棲をしている俺だけが知っている。
まぁ、先生と半同棲しているだなんて、誰にも言えるわけがないのだが――。
◆
「――こんばんは」
夜、マンションで一人暮らしをしている俺の部屋に二十代半ばの女性が訪れた。
俺はそんな彼女を笑顔で迎え入れる。
「こんばんは、先生。今日は遅かったですね」
「ごめんなさい、ちょっといろいろと立て込んじゃって……」
そう申し訳なさそうにするのは、学校で『氷の女王様』と恐れられている姫条院先生だった。
実は彼女は俺の隣の部屋に住んでおり、こうして毎晩俺の部屋を訪れているのだ。
「いえ、責めているわけではないので気にしないでください。先生がお忙しいのはわかっていますし」
「ありがとう。相変わらず君は優しいわね」
「いえ、そんな……」
姫条院先生に褒められ、俺は気恥ずかしくなってしまう。
現在俺は高校三年生で、彼女とは二年以上の付き合いになる。
この半同棲生活も一年以上続けているのだ。
そして相手は、『絶世の美女』と呼ばれることすらある綺麗な大人の女性。
これで好意を抱かないはずがなかった。
「照れなくてもいいのに」
「照れますよ。それよりも、ご飯はもうすぐできますのでちょっとだけ待ってくださいね」
「料理中だったの? 危ないんじゃ……」
「今はもうお皿に盛っているだけですよ。ですから、火は止めています」
「そう、しっかり者の南雲君には不要な心配だったわね」
リビングへと一緒に戻る中、姫条院先生は優しい笑みを浮かべて褒めてくれた。
今日はなんだか少しご機嫌なように見える。
「機嫌がいいですね。何かいいことでもありました?」
「えっ、何もなかったけど?」
うん、どうやら俺の気のせいだったらしい。
「そうなんですね、すみません」
「別に謝るほどではないけど……。それで、今日のご飯は何かしら?」
「先生の好きなチーズインハンバーグに、肉詰めピーマン、後は簡単なサラダですかね」
「ふ、ふ~ん、そうなのね」
姫条院先生は俺の言葉を聞くと、興味無さそうに素っ気ない態度を取る。
しかし、全身はソワソワとしており、頭からピョコッと生えるアホ毛はピョコピョコと動いていた。
口では素っ気なくしつつも体は正直だ。
好物がおかずなことで姫条院先生は凄く喜んでいる。
「そういえば、今日はスーツのままで来たんですね」
「遅くなったから待たせるのも悪いと思ったの」
「一旦家に着替えに戻りますか? 万が一汚れてしまってもまずいですし」
「でも、それだと冷める……」
着替えてくるように促すと、姫条院先生はテーブルの上に置いてあるハンバーグに視線を向けながら悲しそうな表情をする。
熱々のうちに食べたいということなのだろうけど、そんなにすぐは冷めたりしないと思う。
それに……なんというか、スーツ姿の先生が部屋にいるというのは背徳感が凄くて困るのだ。
普段のラフな恰好もそれはそれで目に困るのだけど、スーツ姿の先生は学校で見る先生なので一緒にいるとまずい気がする。
何より、肌色のストッキング……!
なんだ、ストッキングってこんなにエロかったか!?
目のやり場に困るんだけど……!?
「じぃーっ」
「はっ!?」
先生の足に気を取られていると、姫条院先生が物言いたげな目で俺のことを見つめていた。
というか、普通に白い目で非難をされている。
「いや、あの、これは……」
「南雲君、お年頃だということはわかるけれど、女性の足をじっと見つめるのはどうかと思うわ」
「はい、すみません……」
「本当に気を付けなさいよ? 私だからいいものを、クラスの女の子とかにしたら軽蔑されてしまうわ」
「はい……えっ?」
私だからいい?
それって――。
「あっ、も、もちろん、私が大人の女性で、生徒であるあなたの愚行を受け入れる懐の広さがあるって意味です……!」
俺が疑問を抱くと、それに気が付いた姫条院先生が人差し指を立てながら訂正をしてきた。
顔は赤く、若干焦っているように見えなくもない。
「な、なるほどです……」
しかし、こういう時はツッコんでは駄目だということを知っている俺は、そう頷いて聞き流すことにした。
付き合いが長いからこそわかることがあるのだ。
まぁ、俺たちは二年ちょいの付き合いなのだけど。
「――それにしても、南雲君の手料理を食べるようになってもう一年なのね。こうしてみると、時が経つのが早いって本当に思うわ」
ハンバーグを嬉しそうに食べながら舌鼓を打っていた姫条院先生は、ふと思い出したかのように俺たちの関係について話を振ってきた。
「一年……その間、先生の料理の腕前が改善することはなかったですね」
「――っ!? ゴホッゴホッ!」
話を振られたので遠い目をしながら冗談交じりに返すと、丁度ご飯を口に含んだ先生が驚いて咳き込んでしまった。
そして涙目で俺の顔を恨めしそうに見つめてくる。
「そ、それは、料理をさせてくれなかった南雲君に問題があると思うの……!」
「いえ、包丁を持つと人が変わる姫条院先生のせいです」
姫条院先生は見た目的に言うと、なんでもできそうな出来る大人の女性という見た目をしている。
しかし、中身は意外と料理ができない女性だった。
包丁を持つと目付きが変わり激しい包丁さばきを見せるのだ。
そして激しい割にはまともに食材が切れておらず、危なっかしいというのもあって彼女にはさせないようにしていた。
もちろん、それでは改善されないので時間を置いたら再度挑戦するのだけど――何度やってみても、この人のその癖が直ることはなかった。
包丁以外にも、焼き物もそれはそれでテンションが上がるらしく、揚げ物でも同じらしい。
つまり、この人は料理に向かないのだ。
「元々は、料理を教えてもらう話で始めた関係だったはずなのに……」
「そういえば、そうでしたね」
姫条院先生と半同棲生活のような関係を始めたきっかけ――それは、一年前のある出来事が原因だった。
「てか、そもそもはゴキ――」
「それ以上その名を呼んだら許さない」
「――黒い悪魔が先生の部屋に出たのがきっかけですよね?」
正式名称を言おうとしたらとんでもない殺気を向けられたので、俺は呼び方を言い直してその名を口にする。
確かこの呼び方は、先生が俺の部屋に助けを求めに来た時に呼んでいた奴だ。
元々隣に住んでいることは高校入学後すぐに知っていたのだけど、先生が俺の部屋に来たのはこの時が初めてだった。
そして部屋に無理矢理連れて行かれ、黒い悪魔の退治をさせられたというわけだ。
別に先生の部屋が汚かったわけではなかったのだけど、いつの間にか外から紛れ込んでいたのだろう。
「あの時は無理矢理部屋に連れ込んでごめんなさい……」
「いえ、困った時はお互い様ですからね。ただ――」
「わかってる、言わないで。インスタントラーメンのゴミの山が部屋にあるだなんて、女として失格よね……」
俺が言葉にしようとすると、先生は顔を両手で覆いながら落ち込んでしまった。
別に女として失格とか言うつもりはなかったけれど、ゴミ出し前で大量にゴミ袋に入れられたインスタントラーメンのゴミを見た時は驚いたものだ。
量からして、毎日そればかり食べているのは明白だったからな。
「女性が料理しないといけないってのも古い考え方だとは思いますけどね。ただ、やはりバランスよく食べ物は食べましょう」
「その台詞、一年前も言われた気がする……。その後、確か見兼ねた南雲君が料理をご馳走してくれたのよね?」
「いえ、まだ黒い悪魔が部屋にいるかもしれないからと言って、先生が自分の部屋に帰ろうとせずにご馳走する羽目になっただけですね」
「な、南雲君、優しい見た目の割に意外と毒舌よね……!?」
「都合のいい記憶の改竄を許さないだけです」
ニコッと笑みを浮かべながら返すと、姫条院先生は口元に手を当ててわなわなと震え始めた。
まるで恐ろしい物を見るような目だけれど、いったい彼女にはどんなふうに俺が映っているのだろうか?
――まぁそれはそうと、俺の料理を食べた姫条院先生が俺の料理を気に入り、料理を教えてくれと頼んで来たのがこの関係が始まったきっかけだった。
その後はなんだかんだと有耶無耶になり、今の関係が出来上がっている。
俺が料理を振る舞う代わりに全部食材などの費用は姫条院先生が負担してくれるということで、WIN-WINな関係が出来上がっていた。
……ただ、正直言うと俺にとっては材料費なんてどうでもよく、姫条院先生と一緒に食べられるというのが何よりのメリットだったりする。
「私にこんなふうに言ってこれるのは南雲君だけな気がする……」
若干言い負かす形で話が途切れたのが良くなかったのか、先生は拗ねたようにチョビチョビとご飯を食べ始めてしまった。
見た目の割に中身は意外と子供なのだ、この人は。
「それは先生が学校で怖い先生を演じてるせいではないですか?」
「演じてると言わないでほしいわね……。生徒たちが立派な大人になれるように厳しく接してるだけなんだから」
――そう、この人は学校で『氷の女王様』と恐れられているけれど、あれはわざと怖い先生を演じて付いたあだ名であり、実際の先生は生徒の将来を真剣に考えるとても優しい人なのだ。
「でも、毎回言いますが委縮させるのはさすがにやりすぎかと……」
「だ、だって、そういうキャラで根付いてしまったのだから今更どうしようもないじゃない……! そりゃあ私だって本当は、厳しいけれど生徒からは慕われている先生を目指してたわよ……!」
「それこそ、人に言うのならまず自分が変わる努力をするべきかと」
「南雲君っていっつもそうよね! 正論ばかりぶつけてきて! 何、先生をいじめて楽しいの!?」
正論の何が悪いのだろうか?
しかもいじめてなんていないのだけど、口調が子供っぽくなっていることからかなり拗ねているのがわかる。
この人は動揺や拗ねたりすると、子供っぽい口調になったり逆に敬語で話したりするのですぐにわかるのだ。
「いじめてませんって。ただ、先生が勘違いされるのは嫌なんです」
「南雲君……?」
「先生は俺たち生徒のことを真剣に考えてくれています。それなのに、先生の行き過ぎたやり方――暴君さで、みんなには理解されていません。そんなの、悲しいではないですか」
「南雲君……」
俺の言葉を聞き、先生は熱っぽい瞳でジッと見つめてくる。
そして――
「ねぇ、なんで今わざわざ言い直したの? それにフォローしているように見せて、実は責めてるよね?」
――とても不満そうに聞いてきた。
ちなみに目はジト目になっている。
こうしてみるとなんだかんだノリがいい先生なのだ。
「先生、子供っぽくなってますよ」
「はっ!? こほんっ……南雲君はその意地悪な性格を直したほうがいいと思います。友達を失いますよ?」
子供みたいになっていることを指摘すると、先生はわざとらしく咳払いをして敬語でお説教をしてきた。
しかし顔は赤く染まっており、照れている様子がとてもかわいらしい。
「あはは、気を付けます」
「むっ、全然意に介しておりませんね? そんなのでは本当に友達を失いますよ?」
「大丈夫です、元からいませんから」
「それは大丈夫とは言いません……!」
冗談めかしながら答えると、結構マジなトーンで怒られてしまった。
俺は家の事情で友達を作らないようにしているのだが、姫条院先生的にはそれがNGらしい。
先生が俺の相手をしてくれているのはそういうところもあるのだろう。
一応、先生にだけは家のことを話しているわけだし。
「私に変われというのなら、まずは南雲君が変わるべきだと思うわ」
あっ、口調がいつもの口調に戻った。
それにこれは、さっきの意趣返しか。
「学生の本分は勉強ですから、勉強ができていれば問題ないと思います」
「むっ……確かに南雲君は勉強ができるけど……。でもそんなのでは、将来私みたいになってしまうよ……!」
「…………」
せ、先生、それはツッコみ辛いです……。
急に自虐ネタに走った先生なのだけど、その様子はとても悔しそうだったので姫条院先生の過去がわかってしまった。
きっとかっこつけようとして孤立してしまったとか、そういう話だこれは。
「えっと……でも、もう友達に嫌な思いをさせたくないですし……」
俺は先生の過去には触れず、頬をポリポリと掻きながら困ったような笑顔でそう伝える。
すると、姫条院先生はハッと息を呑み、申し訳なさそうに口を開いた。
「そ、そうね……ごめんなさい……」
「いえ、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
先生に悪気がないことはわかっている。
今の言葉だって俺のことを心配してくれているからこそ出た言葉だ。
本当に姫条院先生は優しい人だと思う。
「でも大丈夫ですよ、もう慣れてますから」
俺の家ははっきり言って特殊だ。
幼い頃から英才教育を受け、完璧な人間になることを義務付けられてきた。
母親は特に変わっており、人付きあいさえも成長に影響するということで天才と呼ばれるような才能がある人間以外は関わるなと言ってきているほどだ。
だから過去に仲良くなりそうになった友達は、全員母親の手によって切り捨てられた。
もうそれ以来俺は友達を作るのはやめたのだ。
作ったところで相手を傷つけて終わる。
もうそんな思いはしたくなかったから――。
そんなことを考えていると、なぜか先生はゆっくりと俺に近付いてきた。
「南雲君……」
そして、優しく包み込むように――ソッと、俺の体を抱きしめてくる。
「せ、先生……!?」
「本当はこういうことはしたら駄目なんだけど……。君は、まだ高校生なのに変に大人になりすぎてるよ……」
「えっ、その……」
「子供はもっと我が儘を言っていいんだよ? 無理して自分の気持ちを押し殺す必要なんてない。嫌なことは、嫌って言っていいの」
姫条院先生は優しい声でそう言いながら、俺の頭を撫で始めた。
想いを寄せている相手に抱きしめられた俺は体が硬直していたのだけど、先生の優しい声と撫でられる感覚によって不思議と気持ちが落ち着いてきた。
本当に、先生は優しすぎる。
「先生」
「何?」
「大丈夫ですよ。先生がいてくださるので、俺は毎日が楽しいです」
「!?!?!?!?」
「えっ……?」
心配してくれる先生に心から思っていることを伝えると、なぜか先生は飛びのいてしまった。
顔は真っ赤に染まっており、恥ずかしそうに自分の体を抱きしめている。
こんなにも動揺する先生は初めて見るかもしれないのだけど、どうしてこんなことになっているのかがわからない。
俺……何かおかしいことを言ったか……?
「――あっ」
先生があまりにも動揺をしているので自分が言った言葉を脳内で反復すると、俺はあることに気が付いた。
そして、カーッと顔が熱くなる。
そ、そうか。
さっきの一言は、取りようによっては告白に取れるのか……。
少なくとも、好意全開だということはわかってしまう言葉だった。
「あっ、いや、その……」
自分がとんでもない発言をしていたことに気が付いた俺は慌てて何かを言おうとするが、焦っているせいかうまく言葉が出てこない。
そんな俺を姫条院先生は恥ずかしそうに上目遣いで見つめてくる。
くっ、かわいい……!
学校では凛としているのに、どうして家ではこんなにもかわいいんだ、この人は……!
俺はまるで少女みたいな先生を前にし、心の中でそうツッコみを入れてしまう。
本当にこの人は時々こんなギャップを見せるのがずるい。
ただでさえ美人なのだから、こんなギャップを見せられて男が惚れないわけがないんだ。
……いや、これはチャンスかもしれない。
先生のこの上目遣い――俺の勘違いでなければ、何かを期待しているように見える。
そして今までの関係を思い返してみても、俺たちの関係は決して悪くないはずだ。
本当は卒業まで待ってからと思っていたのだけど、その時が来たら尻込みをしてしまう可能性は低くない。
それだったら、今気持ちを伝えるほうがいいと思う。
そう決意を固めた俺は、意を決して口を開く。
「先生」
「な、何?」
「俺、実は先生のことが――」
「――っ!? ご、ごめん! 私もう帰るね!」
「……えっ?」
好きです――そう伝えたようとした時、先生は慌てて荷物をかき集めて俺の部屋を出て行ってしまった。
俺はその後ろ姿を呆然と見つめてしまう。
「あれ……? もしかして俺……振られた……?」
先生の態度はどう考えても拒絶を示しており、シーンとしてしまった静かな室内が俺の心をとてつもなく抉ってくる。
「あ、あはは……なんだよそれ……。俺、ただ一人舞い上がってただけかよ……」
膝から力が抜け、壁に持たれた俺はズルズルと体勢を崩してしまった。
そして、後悔の念に押しつぶされそうになる。
好きな人に振られたのだから、それも当然だった。
結局俺は、その日何もやる気が出ずそのまま眠りについてしまった。
――それからは、先生はめっきり俺の部屋へと来なくなってしまった。
学校で顔を合わせれば挨拶をしてくれるが、それ以上は話すことを拒絶されているようでさっさと逃げられてしまう。
正直今までの関係はなんだったのかと思うほどの手の平返しだ。
本当に俺は、とんでもない過ちを犯してしまったのかもしれない。
そんな日々は俺の心を抉り続け、学校で見る姫条院先生の顔や、生徒間でされる氷の女王様の話題が耳に入る度に嫌な気持ちになってしまった。
しかし、一週間が経った頃転機が訪れる。
◆
――ピンッポーン。
夜、ここ最近聞かなくなっていたインターホンの呼び出し音が俺の部屋に鳴り響く。
その音を聞いた俺は、姫条院先生が来たんだと思い急いでドアを開けた。
しかし――。
「久しぶりね、豹馬」
そこに立っていたのは、一般人には到底手を出せないブランド衣装を身に纏う女性と、物静かながらも威圧感を感じさせる男性だった。
俺は思わぬ来訪者を見て全身から冷や汗が出てくる。
「母さん……それに、父さんまで……。なんで……?」
「なんで、ですって? 決まってるでしょ、あなたを家に連れ戻すことにしたんです」
そう言う母さんが纏う雰囲気からは凄く怒っていることがわかる。
何について怒っているのかは、なんとなく想像がついた。
「そんな……いくらなんでも急すぎるよ……。高校三年間は自由にさせてくれる話だったでしょ……?」
「いいえ、話が変わりました。そしてそうしたのは、あなたでしょ、豹馬? どうして急に志望大学を変えたのか、今すぐに説明をしなさい」
俺は、つい先日行われた進路希望調査で母さんから言われていた大学とは別の大学を第一志望として提出をしていた。
元々母さんに行くよう言われていたのは日本一と言われる大学だったのだけど、俺が今回書いたのはここからでも通える大学なのだ。
高校に入るまでの俺は母さんの言われた通り日本一と言われる大学に進むのが一番だと思っていたが、今の俺はそうは思っていない。
今は、この地を離れることを何よりも嫌だと思っているし、多少の差で済んでここから通える大学があるのなら、そちらのほうが断然いいと思ってしまっている。
それは子供ながらの小さな反抗でもあったのだが、まさかこんなにも早く母さんに伝わるとは思っていなかった。
いや、むしろ伝わるとさえ思っていなかったのが正直なところだ。
担任は姫条院先生だけど、俺の家庭事情を知るあの人が母さんに言うとは思えない。
だから別のところで根回しをされていたんだろう。
母さんが用心深い性格をしていることをすっかりと忘れていた。
「ここから通える大学があるのなら、そこに進みたいと思っただけだよ。偏差値だってそこまで大きく変わらないと思うし、出た大学が大事じゃなくてそこで何を学ぶかが――」
「屁理屈を言うのはおやめなさい! 出身がどの大学だったのか――他の人間があなたを評価するのはそこです! あなたのスキルを見てもらえるのなんてちゃんとした関係が出来上がり、付き合いが長くなってからなのですよ!」
いつか説得しないといけないと思い予め考えていたことを話していた俺の言葉は、あっさりと母さんに切り捨てられてしまった。
「それに、あなたの将来の立場はなんですか!? 南雲財閥のトップに立つのでしょう! あなたが交友していかないといけないのは、あなたを上辺にしか見ない人間ばかりです! スキルよりも肩書きや経歴が大切なのですよ!」
「お前、ここは外でもあるんだからそういう大声は部屋の中で――」
「あなたは黙っていてください! そもそも、庶民の気持ちを知ることや、一人暮らしを経験しておくことは大切だと言ってこの子を一般の学校で育て続けたのはあなたですよ!? その結果がこんな我が儘を言う子になったんです! どう責任を取ってくれるのですか!」
「す、すまん……」
近所迷惑になりかねない大声で怒鳴る母さんを注意しようとした父さんだが、母さんに怒鳴られて口を閉ざしてしまった。
南雲財閥の現トップは父さんなのだけど、やはり今の時代女性のほうが発言力を持っていることは多く、父さんも母さんには頭が上がらないようだ。
まぁ母さん自身も会社をいくつか経営をしているから、そのせいもあるのかもしれないけど。
「豹馬も我が儘を言うのはおやめなさい! 日本で一番の大学に行かずして、なんのために勉強をしているのですか!」
「べ、勉強はあくまで将来に役立てるためにあるわけであって、いい大学に進むだけが目的じゃないと思う」
「ですから、屁理屈を言うのはおやめなさい! 結果が全てなのです! いいですから、あなたは言う通り家に戻って来なさい!」
だ、駄目だ。
わかっていたことではあるけれど、全く俺の話を聞いてくれない。
母さんは自分が全て正しいと思っている人で、話を聞くとしたらマジトーンの父さんの言葉くらいだ。
ここはもう、一旦母さんの言う通り家に帰って落ち着かせたほうがいいかもしれない。
さすがに車を使えば通えないほど遠いわけではないし、高校三年生というこの時期なら転校まではさせないだろう。
――そう考えた時、思わぬところから聞き馴染んだ声が聞こえてきた。
「待ってください! それはあまりにも、南雲君の気持ちを蔑ろにしておりませんか!?」
声がしたほうを見れば、ここ最近まともに話をしていなかった女性が自身の部屋の扉から顔を出していた。
どうやら俺たちの会話が聞こえて慌てて出てきたようだ。
「先生……」
「あなた、豹馬の担任の姫条院先生でしたよね? どうしてあなたが隣の部屋に?」
姫条院先生が顔を出したことで、母さんは訝しげな表情で先生の顔を見据える。
どうやら先生が隣の部屋に住んでいることは知らなかったらしい。
「お久しぶりです、南雲さん。どうしてと言われましても、偶然私の隣の部屋に南雲君――今は紛らわしいので豹馬君と呼ばせて頂きますね。お隣になっているのは、豹馬君が隣に引っ越してこられたからですよ?」
姫条院先生は部屋から出てくると、学校で見せる凛とした態度で母さんを見つめる。
服装も普段のラフな恰好ではなく大人らしいしっかりとした恰好をしているし、母さんたちがいるからわざわざ着替えて出てきたようだ。
「偶然……そんなこと、三者面談の時に聞いておりませんが?」
「わざわざお伝えすることではないと思っておりましたので。生徒と先生が隣に住んでいたとしてもお気になさることではないと思いますし、南雲さんの場合はいつもお忙しいようで、早く終わらせることを望まれておりましたので」
母さんはいつも先生を急かし、雑談は許さないという雰囲気を常に出していた。
それを先生は盾にしたようだ。
「……まぁ、いいでしょう。それよりもこれは家庭事情です。先生が口を挟むのはやめて頂けますか?」
「確かに、本来家庭事情に教師が口出しをすることはよくありません。しかし、今は豹馬君の進路についてもお話しをされていらっしゃるのですよね? となりますと、彼の担任であり、彼を導く立場にある人間としては看過できかねます」
姫条院先生は威圧してくる母さんの態度に怖気つくことはなく、凛とした態度のままで答える。
家にいる時は子供のような一面をよく見るけれど、やっぱりこの人は大人だ。
それに比べて……俺は、なんて子供なのだろう……。
「この子がいい大学に進めばそれだけ学校やあなたの実績にもなるでしょう? どうして邪魔をするのですか?」
「私は自分の実績よりも、生徒の気持ちを大切にしたいです。それに邪魔をしているわけでもございません。私は、豹馬君の気持ちを聞いてあげて頂きたいのです」
「豹馬の気持ち……いいでしょう、そこまでおっしゃられるのなら聞きましょう」
「えっ?」
まさか、あの母さんが折れた……?
一瞬そんな期待と驚きが入り混じった言葉を思い浮かべる俺だが、俺の顔を見た母さんの目を見てすぐに考えを改める。
「さぁ、豹馬。あなたの気持ちを言いなさい。あなたはどうしたいの?」
そう尋ねてくる母さんだが、その目は相手を頭ごなしに押さえつける脅しのような目をしていた。
先生がめんどくさいからここで俺の口から言わせて追い払おうとしているようだ。
俺はチラッと先生の顔を見る。
先生は凛とした表情をしており、力強い瞳で俺のことを見つめていた。
心なしか、その瞳からは揺るぎようのない信頼を感じる。
先生の瞳に力をもらった俺は、意を決して母さんの目を見つめて口を開いた。
「俺は……進路を変える気はないよ」
「豹馬!」
俺の答えを聞いた母さんは目の色を変えて怒鳴ってくる。
しかし、そんな母さんに負けないよう俺は力強く母さんを見続ける。
「俺にとってそれが最善だよ!」
「ならその根拠を示しなさい!」
「ありません!」
「はぁ!?」
根拠なんてないと言うと、母さんは目を見開いて驚いた。
というか、めちゃくちゃ怒っている。
まぁ、当たり前と言えば当たり前なのだけど。
ただ、俺としても説明するわけにはいかない。
まさか、この姫条院先生と一緒に過ごすことで人間として成長できる気がする――なんてこと、言えるはずがなかった。
母さんにそういう精神論が通じるはずがないし、教師が相手だなんて姫条院先生にまで手を出されかねない。
だからここは根拠なしで無理矢理押すことにした。
「でも、結果で示す!」
「そんなことが通じると思っているのですか! 結果が出てからでは遅いのです!」
「結果が全てって言ったのは母さんじゃないか! それに今までだって、一般校に通いながら全国模試で常に十番以内に入ってきたんだから大丈夫だよ!」
「ですが、一番を取ったことはないでしょう! それはつまり失敗だったということです!」
「そんな無茶苦茶な!?」
全国模試一位がどれだけ難しいかわかってるのか、この人は!?
「お前、それはさすがに横暴だろ……」
「何を言っているのですか、私は高校時代ずっと一位を取っていました!」
まじかよ、この人……。
本当に人間なのか……?
思わぬ母親の過去を知り、俺は動揺を隠せない。
そして、更に思わぬ一言が隣から聞こえてくる。
「わかりました、それでは豹馬君に全国模試一位を取らせてみせます」
「えっ、えぇ!? せ、先生、何を!?」
「ですから、豹馬君の好きにさせてあげてください」
とんでもないことを言い出す姫条院先生。
この人、なぜハードルを上げたんだ……。
「あなたに可能だと言い切れるのですか?」
「できます。豹馬君は頭がとてもよろしいですから。それに元々常に十番以内に入れているのですから、後一歩です」
「いえ、あなたにそこまで育て上げることが可能なのか、ということをお聞きしたいのです」
「心配いりません。私も、高校時代はずっと全国模試で一位を取っていた人間ですので」
「――っ!?」
えっ、まじで!?
頭がいいことは知ってたけど、この人もそうなの!?
「ほぉ……それは素晴らしいですね。ただ、やはりそれとこれとは話が別です」
「どうしてでしょうか?」
「私は先程から言っている通り、経歴を重視します。ですから日本一の大学に進むことが大切です。それに、一位を取れるのであればとっくに取っているでしょう。その子、呑気そうな顔をしていても意外とストイックですから」
褒められていてるのか、貶されているのかわからない言葉。
いや、多分褒められていないな。
実の母親にここまで言われる人間なんてそうそういないんじゃないだろうか……?
ただ、せっかく先生が庇ってくれたのにこのまま黙っているのも癪だった。
だから俺は一度深呼吸をして口を開く。
「一位、取ってみせます。それに、絶対に俺の選択肢が正しかったと結果で証明してみせます。だから、このまま俺の好きにさせてください」
俺は敢えて敬語で話し、真剣な表情で母さんを見つめた。
すると――。
「ですから、それでは――!」
「――いや、もう豹馬の好きにさせよう」
相変わらず俺の話を聞いてくれない母さんの言葉を、黙って見届けていた父さんが遮った。
それにより母さんは驚いたように父さんの顔を見つめる。
「あなた!?」
「お前が熱心だったから任せていたが、やはり私には自主性を潰してまで子供の進路を決めることが正しいとは思えない。思いは時に大きな力を生む。今の豹馬の目には強い意志が宿っているし、私は豹馬の気持ちを大切にしたほうがいいと思うんだ」
それは、とても意外な言葉だった。
今まで家にいた時も父さんが教育に口出しをしたことはない。
先程母さんが言った一般校に通っていたことだって、父さんがそう言ったからだということは先程知ったくらいだ。
どうやら父さんは俺の味方をしてくれるらしい。
母さん相手だとどこか頼りなくなっていた父さんが、今だけは頼もしく見える。
「それでは道を踏み外してしまいます! まだ豹馬は子供ですよ!? 親がしっかりとレールを敷いてあげるべきでしょ!」
「親は子供が道を誤った時に気付かせてやるだけで、子供の人生を決めるものじゃない。豹馬の人生は豹馬のものだ。親だからといって、子の人生を潰すことは許されないんだよ」
「つ、潰すだなんて人聞きが悪いです! 私はただ豹馬の幸せを思って――!」
「私からすれば、豹馬の将来を潰しているようにしか見えない。少なくとも、豹馬の幸せを願うなら豹馬に進路を決めさせてやるべきだ」
「…………」
父さんがそう真剣な声で言うと、母さんはグッと押し黙ってしまった。
そして、大きく溜息を吐き、俺と先生の顔を見てくる。
「わかりました。あなたがそう言うのであればもう私が何を言っても無駄でしょう。進路の件に関しては、豹馬の好きにさせます」
「おぉ……!」
「ただし!」
母さんが折れたことで俺が歓喜の声を出すと、母さんはビシッと指を突き付けてきた。
どうやらただ折れてくれただけではなさそうだ。
「あなたが自分の口で一位になると言ったんです。男なら、言ったことは実現しなさい! もしできなかった場合は、相応の罰を与えます!」
「罰……? それはいったい……?」
「それについては後で考えておきます」
「……絶対無茶苦茶な内容がくるやつだ、これ……」
「何か言いましたか?」
「い、いや、なんでもないよ! うん、わかった。一番取れなかったら罰を受ける」
ギロッと睨まれたので俺は慌てて笑顔で頷く。
すると、母さんも満足そうに頷いて口を開いた。
「よろしい。――ところで、姫条院先生」
「は、はい、なんでしょうか?」
そして今度はなぜか姫条院先生をターゲットにしたようだ。
急に話を振られたものだから先生は少し動揺をしてしまっている。
「私に歯向かってきた女性はあなたが初めてです」
「は、歯向かうだなんて……いえ、出過ぎた真似をして申し訳ございません……」
「いえいえ、私は褒めているのですよ。あなたのような若くて骨のある女性は滅多に見かけません。豹馬のことをお任せするのですから――そうですね、もし一位を取れなければ責任を取って豹馬と結婚をして頂き、私の跡を継いで頂きましょうか」
「「「――っ!?」」」
母さんから出されたとんでもない提案。
さすがにこの発言には母さん以外の全員が驚き、俺と姫条院先生はお互いの顔を見てしまう。
「お、お前、またそんな無茶を……。いくらなんでも先生に失礼だろ? それに、結婚相手は家柄が良くないと駄目だってずっと言っていたじゃないか」
「いえ、ふと思ったのです。もうこれ以上南雲財閥が他とくっつく必要はないのではないかと。それよりも、今の規模を維持できる安定こそを意識したほうが未来永劫南雲財閥は栄える気がします。それには当然上に立てる人材が必要ですが、今の規模では豹馬一人に抱え込めないのもまた事実。私たちでさえ二手に分かれているのですからね。それならばいっそ、優秀な人材をもう一人獲得しておくのは必要だと思いませんか?」
「そ、そういう生々しい話はこういうところでするものではないからな……! せ、先生も、気にしないでください! 妻は冗談で言っているだけですので!」
「いえ、私は本気で――」
「いいから! 豹馬も、しっかりとやるんだぞ! 私たちはお前を信用して好きにさせるんだからな!」
「う、うん……」
父さんはもうこれ以上ここに母さんを居させるのはよくないと思ったのか、母さんの背中を押しながらそう俺に言ってきた。
どうやらもう帰るみたいだ。
「何を押しているのですか……! あなた、さっきから私の邪魔をしすぎですよ……!」
「お前が無茶苦茶を言い過ぎるからだ……! そ、それでは先生、息子のことをよろしくお願いいたします! 豹馬も、たまにはうちに帰ってこいよな!」
「こら、あなた話を聞きなさい! 先生も、ちゃんと考えていてくださいね!」
そう言って、まるで漫才のように最後は去っていく父さんたち。
俺はそんな両親の背中を見つめながら苦笑いを浮かべてしまった。
結局最後はなんだかよくわからないことになってしまったけれど、多分もう問題はないと思う。
そして二人の後姿が完全に見えなくなると、俺はチラッと先生の顔を見た。
「――先生、一位目指さなくてもいいでしょうか?」
「だ、だめですからね……! いくら先生と結婚したいからって、そんなことは許しません……!」
「ですよね~」
「当然です……! それにそんなことをしなくても、きっとお母さんは私たちが結婚することを認めてくれますよ……!」
「まぁ、先生のことを凄く気に入っているようでしたからね――って、あれ……? その言い方、先生は付き合ってくれるということでよろしいのでしょうか……? というか、先生の中ではなぜか結婚まで話が飛躍してますよね?」
「あっ……! その、これは……成り行きです! 豹馬君のお母さんが結婚という話を持ち出したせいですよ!」
うん、成り行きで済ましちゃうのか。
確かに成り行きと言えば成り行きだけど、先生もまんざらではないというのがわかった。
それに母さんたちがいなくなったのに豹馬君呼びのままだし。
「先生、結構乗り気ですよね? だったら、どうしてあの時に逃げたんですか……?」
どう見ても俺の告白が嫌だったようには見えなかったため、俺は数日前のことを追求する。
すると、先生は気まずそうに俺から視線を逸らし、人差し指を合わせながらモジモジとし始めた。
「い、いや、あれは、その~……やっぱり、先生と生徒が付き合うのは世間的にまずいから……。だから、考える時間がほしくて……」
「それならそうと言ってくれても……」
「仕方ないでしょ! 恥ずかしかったんだから!」
「え、え~……でも、先生告白なんてされ慣れているんじゃ……?」
「何言ってるの、今まで一度もされたことないから!」
「えぇ!?」
こんなに綺麗でかわいい人なのに告白をされたことないの!?
――あっ、そういえば、ボッチだったみたいな発言をしていたな……。
それに勉強がかなりできたみたいだから、もしかしたら高嶺の花みたいな扱いをされて逆に告白をされなかったのかもしれない。
自分の格が違い過ぎる相手には告白ができないって話たまに聞くもんな……。
でも、そうか……だから逃げたのか……。
………………いや、うん。
「でも、生徒からの真剣な告白を逃げたのは許しがたいです」
「君本当に容赦がないよね!?」
「いえ、逃げられた人間の身にもなってくださいよ。この数日、本気で落ち込みましたからね?」
「そ、それはごめん……。で、でも、君も悪いんだよ? 卒業まで待ってくれたら即答でOKできたのに、卒業までまだまだあるのに告白をしようとしてきたんだから……」
卒業まで待ってくれたらOKだった。
その言葉を聞いた瞬間俺の胸は凄く高鳴る。
同時に、言いようのない苦い気持ちも抱えてしまった。
「すみません……。ただ、一つ言い訳をさせて頂くと――正式にお付き合いして頂くのは、卒業してからと考えていました」
「――っ!?」
「卒業するまではリスクが高すぎますし、あの時はただ、伝えられる時に気持ちだけは伝えておこうと思っただけですので」
「そ、それならどうしてあの時に言ってくれなかったの! 今まで悩んでいた私の時間と、豹馬君と過ごせていたはずの時間を返してよ!」
先生に説明をすると、両肩をガシッと掴まれてグイグイと体を揺らされ始める。
ブレる視界の中で見える先生の目からは若干涙が出ており、なんだか怒っているように見えた。
「そ、それは先生が話も聞かずに逃げたからじゃないですか! 俺だってこの数日凄く苦しかったんですから、この気持ちをどうにかしてほしいです!」
「君が紛らわしい言い方をするからだよ!」
「そもそも話を聞いていないんですから、紛らわしいも何もないでしょ!?」
「君はいつも正論ばかり言い過ぎだよ!」
「正論の何が悪いのですか!」
親公認の仲になれる――そんな感じの雰囲気だったのに、なぜか知り合ってから初めての喧嘩をしてしまう俺たち。
結局その後はご近所さんに軽く注意をされるまで俺たちは言い合いをしてしまった。
しかし、当然その後仲直りをした俺たちは卒業後付き合うことを約束し、今は母さんとの約束を果たすために全国模試一位を目標に二人で頑張ることとなった。
もちろん、学校の人たちには二人の関係を知られないようにだ。
まさか、先生と半同棲生活をしながら全国模試に向けて勉強をしているだなんて、言えるわけがないじゃないか。
この数ヵ月、短編ってなんだろうって考えていたのですが、
自分なりの短編を書いてみました。
今回はちょっと長くなってしまった気もしますが、自分にとっての短編はこれです!
そして、短編に対して自分と同じ考えを持って書いてくださる方が一人でも増えてくださると嬉しいです。
楽しんで頂けましたら、下の評価をして頂けますと幸いです(*´▽`*)
今後の作品作りの参考にさせて頂きたいので、
感想もいただけますと幸いです!!
……久しぶりの投稿だったので、間違えて短編じゃなく連載版で載せてました(ꏿ﹏ꏿ;)
完結にしました。