14 熱い眼差し
基礎練習が終わり、休憩時間になった。
仲の良い選手同士で固まって談笑する様子を、御波は一人ベンチに座って眺めていた。
「お疲れ様」
未開封のペットボトルを片手に陽明が近づいてくる。所在なさげにしていた姿を見て気を回してくれたのだろう。眠たそうで頼りない印象は初対面の時から変わらないが、こう言う社交的な一面は素直に尊敬できる。
「すごいわね、豊音先輩」
スポーツドリンクを受け取ると、休憩中の選手と楽しげに話している豊音を見て、
「練習指示とか準備とか、全部一人でやってるんでしょ? 指導員と生徒会を両立させるなんて大変でしょうに」
「豊音は断れない性格だからな。生徒会に立候補したのだって頼まれて仕方なくだし」
「え、そうなの?」
「怖いんだとさ、他人の期待を裏切る事が。一度遊びに誘われても行かなかったら、次から呼ばれなくなるかもしれないだろ? あの恐怖感と同じだって言ってた」
陽明はペットボトルを傾けつつ、中学生の女子グループに練習を指示する豊音を見詰める。真摯な眼差しだった。ただの先輩に向けるには少し熱が込められ過ぎてる気がする。
「なーなー」
声の方を向いてみると、小学生の男子三人組が不思議そうな顔でこちらを見詰めていた。
「小ちゃい姉ちゃんなー、お前は一体何者なんだなー?」
「小ちゃ……!?」
ピクンと眉を強張らせたが、大人の対応で笑顔をキープする。
「私は小森御波、陽明と同じ高、校、生、よ! 今日は新聞部の取材で――」
「つまりなー、ハルアキのカノジョなんだなー?」
「はあっ!?」
「浮気ですね、ハルアキさんを現行犯で逮捕します」
「おっしゃ、豊音先生に言い付けてやろうぜ!」
「ち、違うっ、私は!!」
「コラコラお前ら、女性の身体的特徴を揶揄するのは失礼だぞ。それに急に絡まれて小ちゃい姉ちゃんだって困ぶがぉっ!?」
硬く拳を握った渾身の右ストレートを脇腹に炸裂させる。
「アンタも思いっ切り揶揄してんでしょうがっ!!」
「だからって、殴る事ないだろぉ」
「や、やべーよ……こいつ脳筋ゴリラだぜ!」
「もしくは、国から絶滅危惧種に指定された暴力系ヒロインかもしれません」
「ま、まあ、お前らその辺にしとけ」
陽明は脇腹を押えつつ、名案を閃いたとばかりに頬を持ち上げる。
「そんなに元気なら、次の空中鬼ごっこで勝負しようか。お前らの一人でも俺から三分間逃げ切ったら、帰りに何か奢ってやろう」
「本当だなー、約束したなー」
「我々が勝利した暁には、浮気の件を豊音先生に報告させていただきます」
「よっしゃ、あっちで作戦を立てようぜ! 久しぶりだからって容赦はしねぇからな!」
わいわいと歓声を上げながら、三馬鹿小学生は走り去っていった。
「スマン御波、アイツらを許してやってくれ。悪気がある訳じゃないんだ」
「別に気にしてないわよ。だけどアンタ、随分と子どもに懐かれてるのね。精神年齢が同じなんじゃない?」
「うわー、言葉から棘が消えてねぇ」
休憩時間も終わりが近づいてきた頃、ピンクのスポーツジャージを着た豊音が近づいてきた。
「お待たせ、最後はハル君の番だよ」
「お手柔らかにお願いします、豊音先生」
「はいはい。色々と言いたい事はあるけど、まずは現時点での自己採点を教えて」
「まー、甘く見ても四十点ってトコだろうな。赤点はギリギリ回避してるって思いたいけど」
「へぇ、意外と謙虚なのね」
意外そうな顔で口を挟むと、陽明は大袈裟に肩を竦めてみせた。
「こんな場面で見栄を張る意味はないよ。嘘を吐いても豊音にはすぐバレちまうし」
「分かっているならよろしい。肉体的な衰えは一朝一夕じゃどうにもならないから、まずは勘を取り戻すべきかな。苦手だった識力制御は輪を掛けて下手になってたし。ハル君は理論じゃなくて直感で戦うタイプなんだから、感覚の衰えは致命的だよ」
「耳の痛い話だな……まあ、何とかしてみるさ」
「じゃあ、練習方針はそれで行くとして」
豊音は陽明の隣に座ると、真顔で右手を差し出した。
「はい、ハル君」
「ま、待ってくれ豊音、まさかここでやるのか!?」
「そうだよ。ほら、恥ずかしがってないで早く脱いで」
「いや、何もこんな大勢の前でやらなくても」
「私だって恥ずかしいけど、仕方ないでしょ……久しぶりなんだし」
「そ、そうだけどさぁ」
陽明は揺れる瞳でこちらを一瞥してから、観念して溜息を吐き出す。うなじに装着していたチョーカー型の機械を外し、大人しく豊音に手渡した。
「じゃあハル君……目を、閉じて」
豊音は腰まで流れる長髪を掻き上げつつ、受け取ったPACEを白いうなじに装着する。髪を結うにも似た仕草。両腕を上げて生まれた脇腹や胸のラインが妙に扇状的だった。
ぽーっと見蕩れていると、お姉様系美少女が陽明の両肩に手を添えて、きゅっと口許に力を入れる。
「(な、ななな何なの急にっ!? え、まさかキ……人前で何してるのよこの二人はっ!?)」
あわあわと目を白黒させた御波を尻目に、薄く頬を赤らめた豊音は鼻先がくっ付きそうな距離まで顔を近づけていく。
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