2.
チュンチュンチュン。
鳥の鳴く声が聞こえ、夢の世界から少しずつ覚醒していく。
……おはようございます。
体を起こし、部屋の中をゆっくり見渡してみる。アニメや漫画で見たことがある、イギリス貴族を連想させるようなシックなお部屋。
……やっぱし、日本じゃない。
私は椎菜。日本で生まれ、乙女ゲームやアニメが大好きなヲタクに育ち、21歳の時に同じくヲタクな友人と遊んだ帰りに信号で車に跳ねられてあっさりと死んだ。
昨日目を覚ましたら、最近プレイしていた"バーナード王国物語 〜怪物から王国を守れ〜"という乙女ゲームの舞台の"バーナード王国"という国にいた。
そして私はカロリア公爵家の一人娘である"シャローズ・カロリア"になっていた。
ちなみに現在シャローズは10歳である。若い……!!
昨日起きてすぐは何もわからなかったが、頭痛と同時にシャローズの記憶が流れ込んできた。
日本人の椎菜とバーナード王国のシャローズの人格が二つあったり、記憶が混同したりという感覚はない。何と行ったら良いかわからないが、意外と一人の人として成り立っている。
"椎菜"は前世ということになるのだろう。
今の私は公爵令嬢だ。乙女なら一度は憧れるだろう、イケメンの王子様と結婚するチャンスがあるくらい良家のお嬢様。
綺麗な銀色のさらさらの髪、大きくてまん丸のかわいらしい目、胸はまだ子供だから小さいけどこれから成長するはず。どこかの国のお姫様ではないのかと思ってしまうくらいの美少女。
それが今の私、シャローズだ。
きゃー! 嬉しい! やったー!!
なんて言うと思った? そんな風に純粋に喜びたかった……。
ここは、私がやっていた乙女ゲームの世界。この乙女ゲームではヒロインと攻略キャラとで力を合わせて世界を滅ぼそうとする魔物を封印し、国を守るというのが大筋のストーリーだ。どうやったらその魔物を封印できるのかを探りながらヒロインと攻略キャラは愛を育んでいくのである。
乙女ゲームの鉄板ネタではあるが、ヒロインと攻略キャラがどんどん仲良くなっていくのが面白くないと思う人物がもちろん出てくる。それはヒロインの引き立て役でもある悪役令嬢だ。
悪役令嬢はヒロインと攻略キャラとの仲を引き裂こうとするだけでなく、魔物の封印をも邪魔をする。その結果、ストーリーの終盤には封印しようとしていた魔物によっていとも簡単に殺されてしまうのだ。
ここまで話せば、私が誰なのかなんとなくも察しがついたのではないだろうか。そう、私はこの乙女ゲームの悪役令嬢なのである。
魔物に殺されるなんて絶対嫌!!!!
ヒロインとはまだ出会ってないし、攻略キャラに恋をしていないからヒロインと攻略キャラの恋路の邪魔なんてする必要もない。
そして私はまだ10歳!! 殺される予定の時までまだまだ時間があるんだから、魔物に殺される運命なんて変えられるはずだ。いや、変えてやる!
なんとかして絶対に生き残って、前世では全く縁のなかった恋愛をして楽しく幸せに暮らすんだ!
ーーコンコン。
扉をノックする音が聞こえ、慌てて意識を現実に戻す。これからどうするかはまた後でゆっくりと考えよう。
「おはようございます。シャローズ様」
美しい所作で挨拶をし部屋に入ってきたのは、昨日必死に私の名前を呼び続けてくれていた女の人。
「おはよう。ティアーナ」
彼女はティアーナ。私より6つ年上の16歳で、私の専属の侍女だ。皺ひとつないメイド服をきっちりと着こなしてている。身長も私より少し大きからか、大人びて見える。性格もしっかりしている為、姉のような存在である。
ティアーナの家系は代々、我がカロリア家に支えてくれている。その為、ティアーナは幼い頃は姉妹のように育ったが、それ以降は侍女の仕事を学び、現在は私の侍女として頑張ってくれているのだ。
「体調はいかがですか。気持ち悪くありませんか。痛いところはありませんか」
「大丈夫よ。心配かけてごめんなさいね」
「ご無理はなさらないでくださいね。シャローズ様がいなくなったら私はどうやって生きていけば良いか……」
「まあ。ティアーナったら大袈裟ね」
「大袈裟じゃありません!」
「ふふふっ」
ティアーナは頰を膨らませて少し怒っているように見せたが、私が笑っているのにつられて笑い出した。
「ねえ、ティアーナ。私はどれくらいの間眠っていたの? 眠りについてしまう前のことが思い出せないの」
昨日、ティアーナがひどく心配して私に声をかけていたことを思い出し聞いてみた。シャローズのほとんどの記憶はあるのだが、眠りについてしまう前のことはあまり覚えていないのである。
「……1週間ほどお眠りになられておりました。長い眠りにつかれたその日はいつも通りのシャローズ様でした。しかし、その夜眠りについた後、どれだけ声をかけても起きてくださらなくなったのです」
とても心配いたしました、と少し涙目になって教えてくれた。
「お医者様に診ていただきましたが、眠ってしまわれた原因も目覚めさせる方法も分かりませんでした。だから、シャローズ様がお目覚めにならないんじゃないかととても不安でした。ようやっと目覚めてくださり私はとてもとても嬉しいのです……!」
「ありがとう、ティアーナ。もう大丈夫よ」
長く眠っていたような気はしたが、1週間も眠っていたとは思わなかった。これでは相当体力が落ちているだろう。数日の間はゆっくりと頭の整理と、今後の作戦を考えることができそうである。
「シャローズ様、旦那様方もとても心配されておりました。今から旦那様方を呼んで参りますね」
「ええ、お願いするわ」
シャローズが頷くと、ティアーナはまた綺麗な所作でお辞儀をすると部屋を出て行った。
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