表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

そりゃ そうだ

 「Qちゃん、今日は菊を見に行くよ」

 菊は、百合と共に、Qちゃんが自宅の庭でたくさん育てていた花だ。喜ぶに違いないと思った。

 「いいよ、わざわざ行かなくたって。いつでも見られるよ」とQちゃん。

 「その辺にある菊とは違うよ。まあ、見れば、わかるから」

 「……」



 神奈川県相模原市新磯あらいそざる菊愛好会は、農林水産省・国土交通省が提唱した、全国花のまちづくりコンクールで奨励賞を受賞した。以前から、その存在を知っていたが、一度も出かけていない。今度ばかりは敬意を表し、行かないわけにはいかない。


 そばを歩く人がニコニコしている。Qちゃんの喜ぶ声が大きいから。

「すごいね。よくこんなに育てたもんだねえ」 30m四方ほどの傾斜地いっぱいに咲き誇るざる菊を見て、何度もQちゃんは叫ぶ。心から感動しているのだ。


しかし、私は少し不満だった。

これだけ菊が咲いているのにあまり匂いがしない。かぐわしい匂いに、もっと包まれると思っていた。

「菊のかおりがしないねえ」と私。

「そんなことない」

即座にQちゃんは反論した。そして、すぐに近くの花に近づき、くんくんとにおいをかぎ始めた。

「ちゃんと、匂うよ。ああ、いい匂い」

Qちゃん、違うから。そこまで鼻を近づければ匂うでしょ。


そりゃ。そうだ。


で、「Qちゃん 103歳 おでかけですよー」のブログは終わっている。

しかし、この話には続きがある。


Qちゃんは「ちゃんと、匂うよ。ああ、いい匂い」と、言ったあと、そう間を置かず、次のように言ったのだ。

「お前さんは若いのに、もう鼻が悪いのかい?」


「いや、その……」弁解しようと思ったが、気持ちは失せた。

お前さん……はこたえた。

「お前さんはないんじゃない。息子の〇〇だよ。忘れるなんてひどいじゃないか」

とこの時ほど言いたかったことはない。

 Qちゃんが私を呼ぶことはほとんど皆無に近い。呼ぶとしたら、「ちょっと」ぐらいだ。私の名前は勿論、あなたともあんたとも君とも、そしてお前さんとも呼ぶことはない。それで何とかなっている。いつも不思議に思う。呼ばない理由はQちゃんなりにあるんだと思う。でも、いつも思う。何で、私を呼ばないんだろう、何とも……。


 「ほれ、においをかいでごらん。ちゃんと、におうから」

 Qちゃんは私が黙っているので怒っていると思ったようだ。気を利かせたつもりでそう言ったのだろう。

 私は鼻を菊に近づける。

「ほんとだ。いいにおいだね。Qちゃんの言う通りだ」


Qちゃんと私。どこか、ぎこちない時間が過ぎていく。


ブログ「Qちゃん 103歳 おでかけですよー」より 改稿






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ