そりゃ そうだ
「Qちゃん、今日は菊を見に行くよ」
菊は、百合と共に、Qちゃんが自宅の庭でたくさん育てていた花だ。喜ぶに違いないと思った。
「いいよ、わざわざ行かなくたって。いつでも見られるよ」とQちゃん。
「その辺にある菊とは違うよ。まあ、見れば、わかるから」
「……」
神奈川県相模原市新磯ざる菊愛好会は、農林水産省・国土交通省が提唱した、全国花のまちづくりコンクールで奨励賞を受賞した。以前から、その存在を知っていたが、一度も出かけていない。今度ばかりは敬意を表し、行かないわけにはいかない。
傍を歩く人がニコニコしている。Qちゃんの喜ぶ声が大きいから。
「すごいね。よくこんなに育てたもんだねえ」 30m四方ほどの傾斜地いっぱいに咲き誇るざる菊を見て、何度もQちゃんは叫ぶ。心から感動しているのだ。
しかし、私は少し不満だった。
これだけ菊が咲いているのにあまり匂いがしない。かぐわしい匂いに、もっと包まれると思っていた。
「菊のかおりがしないねえ」と私。
「そんなことない」
即座にQちゃんは反論した。そして、すぐに近くの花に近づき、くんくんとにおいをかぎ始めた。
「ちゃんと、匂うよ。ああ、いい匂い」
Qちゃん、違うから。そこまで鼻を近づければ匂うでしょ。
そりゃ。そうだ。
で、「Qちゃん 103歳 おでかけですよー」のブログは終わっている。
しかし、この話には続きがある。
Qちゃんは「ちゃんと、匂うよ。ああ、いい匂い」と、言ったあと、そう間を置かず、次のように言ったのだ。
「お前さんは若いのに、もう鼻が悪いのかい?」
「いや、その……」弁解しようと思ったが、気持ちは失せた。
お前さん……は堪えた。
「お前さんはないんじゃない。息子の〇〇だよ。忘れるなんてひどいじゃないか」
とこの時ほど言いたかったことはない。
Qちゃんが私を呼ぶことはほとんど皆無に近い。呼ぶとしたら、「ちょっと」ぐらいだ。私の名前は勿論、あなたともあんたとも君とも、そしてお前さんとも呼ぶことはない。それで何とかなっている。いつも不思議に思う。呼ばない理由はQちゃんなりにあるんだと思う。でも、いつも思う。何で、私を呼ばないんだろう、何とも……。
「ほれ、においをかいでごらん。ちゃんと、におうから」
Qちゃんは私が黙っているので怒っていると思ったようだ。気を利かせたつもりでそう言ったのだろう。
私は鼻を菊に近づける。
「ほんとだ。いいにおいだね。Qちゃんの言う通りだ」
Qちゃんと私。どこか、ぎこちない時間が過ぎていく。
ブログ「Qちゃん 103歳 おでかけですよー」より 改稿