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空言ミストノーツ  作者: 青波零也
Vector to the Azure:Chapter 1 霧空の旋律
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08:軍医サヨ・イワミネ

「……で、お前は何でここにいんだよ」

「ふあっ、ウインドワード大尉!」

 部屋を出た瞬間、目の前にジェムがいた。

 お前はストーカーか。悪気が無ければいいってもんじゃないぞ。

 とは思うのだが、今のところ具体的な実害は無いので、事情を聞いてやることにした。

「先ほどイワミネ医師から、ウインドワード大尉にすぐ来るよう伝えてほしい、と言われまして」

「お前はいつから俺様相手のメッセンジャーになったんだ」

 お前は女王国が誇る霧航士(ミストノート)であって、俺様のお世話係でもメッセンジャーでもありません。

「まあいいや、ちょうどサヨんとこには顔出すつもりだったんだ。行くぞ、セレス」

「はい」

 俺が無造作に一歩を踏み出すと、セレスがこくこくと頷いて、俺の袖のあたりを掴んだ。

 先ほど散々大騒ぎしたが、セレスは今のところ、俺のシャツとツナギを無理やり身に着けている。もちろんシャツはだぼだぼ、ツナギは上半身部を丸めて腰の辺りで縛り、足の辺りを何重にも折った挙句それでも微妙に引きずっているが、まあ、それでも、下着でほっつき歩かれるよりはマシ、と思うしかない。

 すると、許可してもいないのに自然と俺たちについてくるジェムが、セレスを見下ろした。何しろセレスは背が低いから、誰が見ても大体は見下ろす形になってしまう。

「ウインドワード大尉の新しいパートナー、人工霧航士(ミストノート)の方ですね」

「知ってんのか」

 最低限、俺はさっきロイドから聞くまでこれっぽっちも知らなかったんだが。話を聞いてなかったのはもしかして俺だけだったのか。

「はい。『エアリエル』の操縦士として人工霧航士(ミストノート)を実験的に運用してみる、という話は以前から伺っていました」

「何で当事者の俺様がそれを聞かされてねーんだよ、おかしいだろ」

「まことに申し上げにくいのですが、大尉が、毎朝のミーティングに出ていなかったからではないかと……」

 うん、俺様が悪かったことだけは、よくわかった。

 ロイド直属の部下、という扱いであるサードカーテン基地の霧航士(ミストノート)は、毎朝ロイド司令直々にお言葉を賜る仕組みになっている。だが、何しろここは暇だ。一年のうち仕事の九割は「自主訓練」、残りの一割は「観測隊の手伝い」である。ついでに、霧航士(ミストノート)なら既にジェムがいるわけで、俺が海をふらふらしていてもそう問題は起きない。

 そんなわけで、俺にとって朝は『エアリエル』との散歩を楽しむ時間だったのだ。今日この日までは。

 ……さすがに、新入りにいきなり不真面目な態度を見せ付けるのもアレなので、明日の朝くらいはロイドのとこに顔を出そう。スケジュールの相談にも乗ってもらいたいし。

 そんなことを考えながら歩いている間に、いつの間にやらジェムはセレスに向かって明朗快活な自己紹介をしていた。

「自分は翅翼艇(エリトラ)第八番『オベロン』操縦士、ジェレミー・ケネット少尉です」

「はじめまして、ケネット少尉。人工霧航士(ミストノート)試作型、識別名称セレスティアです」

 セレスは青い頭をぺこりと下げてから、顔を上げてじっとジェムを観察する。あのジェムも、そこまでじっくり見つめられるという経験には慣れていないのか、明らかにどぎまぎしている。しかし、そこは流石というか、すぐに我を取り戻し、輝かんばかりの笑顔を浮かべてみせた。

「セレスティアさん、ですね。もし、何かお困りのことがありましたら、遠慮なく頼ってください! 同じ霧航士(ミストノート)として、出来る限り手助けさせていただきます」

「ありがとうございます」

 淡々と答えるセレスは、ジェムと対照的にあくまで無表情だ。先ほどから表情がほとんど動いていないところを見るに、これからの意思疎通に多少の不安が残る。まあ、素直ではあるみたいだから、大丈夫だと思いたいが。

 ぽつぽつと、大して中身のない自己紹介をしているうちに、医務室に辿りついた。すっかり見慣れてしまった灰色の扉が、俺たちの前に立ちはだかっている。

「憂鬱だ……」

 と、呟いた瞬間、素早く扉が開いて何かが俺の額に直撃した。

「いってぇ!?」

「聞こえてるよ、ゲイル」

 見れば、白衣を纏ったやたらと胸のでかい女が俺の目の前に立ちはだかり、手にしたファイルをもてあそんでいた。どうやら俺の額を強打したのはそのファイルの角らしい。黒髪に黒い目、俺らより少しばかり濃い色の肌、という東方の特徴を持つ女は、その切れ長の目で俺を冷ややかに睨みつけている。

 扉の前で待ち構えていたのか。油断ならない奴なのはわかっていたつもりだが、そうまでして俺をいじめたいかあんたは。

 とはいえ、それを指摘すると数倍増しの無慈悲な罵倒になって返ってくるので、出来る限り当たり障りのない言葉を選ぶ。

「よ、よう、サヨ。あー、他の連中は?」

「今はちょうど休憩時間。とっとと入りな。……おや?」

 サヨの目が、俺から少しばかり下げられて、俺にひっつくセレスへと向けられる。セレスはジェムに対してそうしてみせたのと全く同じ動きで頭を下げた。まるで、そういう仕掛けの人形であるかのように。

「はじめまして。人工霧航士(ミストノート)試作型、識別名称セレスティアです」

「ああ、あんたが。話は聞いてるよ。あたしはサヨ、サヨ・イワミネ。ここの軍医だよ。傷病者全般を看るけど、専門は再生記術リジェネレイト・スクリプトだ。これからよろしく」

 やっぱり、サヨもセレスの配属は知らされてたのか、あっさりとセレスの存在を受け入れている。それどころか、俺の前では不機嫌そうな面ばかり晒すサヨらしくもなく、晴れやかな笑顔すら浮かべてやがる。

「はは、なんだい、人工霧航士(ミストノート)だなんていうから、もっとごつい野郎か何かかと思ってたけど、随分かわいい子じゃないか」

「体型は、翅翼艇(エリトラ)搭乗時の重量負荷を下げるために小型に設定されています」

「そういうことじゃないんだけどねえ……。ね、ちょっと顔触っていいかい?」

「どうぞ」

 セレスが顔を突き出すように背伸びしてみせる。サヨは遠慮も何もあったもんじゃない手つきで、セレスの頬をつついたり伸ばしたりしはじめる。

「なるほど、肉体の組成は人間のそれと変わらないんだね。ああ、すごくもちもちしてる。若いってうらやましいよ」

 俺へのつれない対応とは打って変わって、セレス相手にうっとりしてるぞ、大丈夫かこのお医者さん。セレスはセレスで、何をされても嫌な顔一つせず、それどころか微動だにせずサヨをじっと見つめているし。何だこの珍妙な光景は。

 無意識に唇を尖らせていると、ジェムがちらりとこちらを見て、遠慮がちに口を開く。

「……ウインドワード大尉、妬いてますか?」

「妬かねーよ」

 サヨの、あまりにもあんまりな態度に引いてるだけだ。そもそも、俺がセレスに妬いてどうすんだ。サヨは俺のもんじゃない。最低でも、今は。

 しばしセレスのほっぺたをもちもちしていたサヨは、不意に我に返ったのか、「ありがとね」とセレスを解放し、ぎろりとこちらを睨む。

「さて、本題だけど」

「お、おう。貰った薬は飲んでるぞ? きちんと朝晩飲んでるぞ?」

「そりゃ珍しいこともあったもんだね。でも本題はそこじゃない」

 サヨがつかつかと部屋に入っていくので、俺も背中を丸めてそれを追……、おうとしたが、ごく自然にセレスとジェムが後ろからついてくるので、片手で遮って戸を閉めた。この手の話は流石に人に聞かせるもんじゃない。

 サヨは自分のデスクの椅子に腰掛けると、顎で俺にもう一つの椅子を勧めてきた。嫌な予感を覚えながらも腰を下ろした途端、腕の中にファイルが投げ込まれた。恐る恐る中に入っていた書類を取り出したところで、サヨが切り出す。

「あんた、最近、前よりも調子悪くなってない?」

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