第七話
八は目が覚めるとベッドの上に横に寝かされていた。
「目が覚めたみたいですね」
顔を横に向けると、ベッドの直ぐ側で椅子に座って八のことを見つめている恋歌の姿があった。
「あの……俺は一体……」
「八君は試合が終わって直ぐに倒れたんですよ.....BLAZER力の過剰使用で脳が過度の疲労状態になって体が動かなくなったんです。 一日の内に二度も同じ原因で倒れる何て、八君は無茶し過ぎですよ」
そこで八は倒れる前の事を思い出す。 圭吾がルールを破りBLAZERの力を使用してきてそれに対抗する為に源内から渡されたチョーカーを使い自分もBLAZERの力を使った。 何故かそれが上手く行って圭吾を倒すことが出来た所までは覚えている。
その後直ぐ体中が急に重たくなって……
「成る程、そこで俺は倒れたのか」
「倒れたのかじゃありません。 先生が試合前に八君に何かを渡していたの知っていましたが、まさかこんな事をさせる為にこれを渡していたとは......一歩間違えば大変なことになっていたのですよ。 それも、同じ理由で短時間のうちに2度も倒れる何て.....八君は本当に反省しているんですか?」
「……すいません。 でも、あの時はあれ以外あいつに勝つ方法が思いつかなかったので……」
「分かっていますよ。 そもそも、ルール違反を犯したのは向こうですし、八君は私達がお願いして試合をしてくれたのですから感謝こそすれど怒る理由にはなりませんから。 ですが、もう少し自分の事も大事にして下さい。 今回の事だって、あそこまで八君が無理をしなくてもルールを破った以上こちらの言い分を認めさせる方法はいくらでもあったのですからね……八君は心配してくれる人がいることをもっと理解するべきです」
「……すいません」
「……兎に角、八君が無事で良かったです。 体調の方はどうですが? 何処か痛いとこだったり違和感のあるところはありますか?」
八はベッドから体を起こして自分の体を確認する。
「まだ少し体が重く感じますが、それ以外は特に何処も問題ないみたいです」
「そうですか。 正直、BLAZERの力は頻繁に用いられるようになってきていますがまだまだ不明な部分もある力なのです。 ですので、体に何か違和感を覚えたら直ぐ病院に行って下さい。 くれぐれも、無理はしないように」
「分かりました」
「では私は先生に八君が目を覚ましたことを伝えてきますね」
そう言って恋歌は部屋を出て行くと、しばらくして源内を連れて戻ってきた。 そして、俺が倒れた後のことを教えてくれた。
結果的に言えば、源内の恋歌の退団は問題なく認められるだろうとのことだった。
試合に負けた上に、ルールまで無視してBLAZERの力を使ったのだからこれ以上相手も文句を言えないだろうとのことだ。 そればかりか、これ幸いと西京さんはこの問題を上に報告して団体の体制を一新すると言って早々に圭吾を連れて帰っていってしまったみたいで、
「西京の奴も「これで上の連中をしばらくは大人しくさせることが出来る」と少年に感謝しておったぞ。 まぁ、ワシとしてもこれで誰にも邪魔されることなく自らの団体を立ち上げで恋歌を教えれやる事が出来るようになったわけじゃから良かったと言えるのぉ。 少年にもいろいろ迷惑をかけたが本当に助かったぞ」
「いえ、お役に立てたのならなによりです......それじゃあ、ようも済んだので俺も失礼させてもらいます」
「もうですか? まだ目覚めたばかりですし、もうしばらく家で休んで行ってもいいんですよ?」
「いえ、明日も朝から仕事がありますし、家で俺の帰りを待っているであろう人もいますから」
「そうですか.....また暇なときに遊びに来てくださいね。 うちは何時でも待ってますから」
「ウム、今日は本当に良くやってくれた。 やはりワシの目に狂いはなかったの。 願わくば少年にもっと武術を教えたかったの.....気が変わったら何時でも訪ねてくるのじゃぞ」
「はい。 では失礼します」
八は恋歌と源内に礼をして足早に家を後にする。
外は日も落ちてきていて学校や会社帰りの人と道ですれ違う、電車で自宅のある駅についた時は日も落ちてすっかり夜を迎えていた。
家の前まで帰り着くと部屋の明かりが点いているのを見て、八は待ち人がいるのを確認して家へと向かい部屋のドアを開ける。
「よう、えらく遅いお帰りじゃないか八。 その年で夜遊びか?」
「そんなわけないでしょ.....出先でちょっと問題があっただけです。 と言うか、毎回人の家で酒飲んでタバコ吸うのやめてくださいよ音羽さん」
八の部屋には黒いスーツを脱ぎ捨て酒をツマにタバコを噴かすガタイのいい男が八の帰りを待っていた。
音羽 口無 ≪おとわ くない≫、彼こそ八の親が借金をしたニコニコ金融に勤務し、八の借金の取り立て兼保護者代わりをしている男だ。
厳つい図体に似合わずやさしい人で、八が借金を背負うと決めたあの時も一番に八の心配をして今の生活がおくれるよう社長と掛け合ってくれた人でもある。 借金取り何てやめて、保育士でもやったほうがよっほど似合っているくらいにはお人好しといっていい人だ。
だからこそ、親をを除けば一番に頭の上がらない恩人である。
「いいじゃねぇか、ここは俺の家でもあるんだし自分家でぐらい好きにさせやがれ。 それよりも……ほれ、今日の晩飯だ」
音羽の手にはコンビニの袋に入れられた弁当が二つ。
一つは八の、もう一つは音羽のだ。 音羽は毎日こうして朝と夜にご飯を届けてくれて、時間があえばこうして八と一緒にご飯を共にしている。
音羽はそんな所にいないで早く座れと言わんばかりに床をバンバンと叩く。
八は音羽の向かいに腰を下ろし、差し出された弁当に手をつける。
「で、今日は何でこんなに遅くなったんだ? 今日はこの前言ってた格闘技の試合の助っ人に行くってのは聞いたが、たかだか試合一つでそこまで時間がかかるものだったのか?」
「いや、試合事態はそこまで時間はかからなかったんだけど、試合終わってから気絶して寝て起きたらこんな時間になってた」
「気絶って……お前にしては珍しいな。 そこまで強い相手だったのか?」
「全然。 むしろ、格闘技を習ってるのにあのレベルってどうなのよってぐらい弱かった。 あれなら、音羽さんとこの組の人のほうがはるかに強いと思うよ」
「そりゃうちの連中は荒事もあるから格闘技の道場に通って鍛えてるからな。 最近じゃ、BLAZER何て物騒な力使って借金踏み倒そうとする連中だっていやがるんでこっちもその対策手を焼いてるよ。 まったく、うちの業界は暴力沙汰が多くてかなわんよ」
と、愚痴を零しつつも音羽さんの実力は会社の中で社長に次ぐ№2で、音羽自身も格闘技経験者で以前に何かのVスポーツのプレイヤーだったと聞いた事がある。 それをやめてまで始めた仕事がこれなのだから不思議な人だ。
それでも、今の体の小さい八に今ように相手の攻撃を足でかわしてカウンターで戦うやり方を進めてくれたのは他でもない音羽である。
まだ八が学校に通っていた頃、当時からよく不良に絡まれていた八は喧嘩頻繁に怪我を負って顔や体に生傷が絶えないような状態だった。 それを見かねた音羽が、八の体の小ささと俊敏さを生かし今のカウンタースタイルを八に教えた。 音羽としては、毎日のように傷を作って帰って来る八を心配してのことだったが、音羽に教えられたスタイルに変えてからは喧嘩で傷を負う事もなくなったし学校で不良に絡まれることも減った。
そう考えると、音羽は八の格闘技の師匠という事になる。 指導者の才能があるのではと思うが、本人曰く、「俺より強い奴何て五万といる。 それに俺は争いごと嫌い何だよ」と言って、これ以上格闘技に関わる気も誰かに教える気もないんだそうだ。
ホント何でこんな仕事してるんだろうこの人は……。
「ま、ようやくお前にも打ち込めるものが出来て良かったじゃないか。 それが格闘技ってのが些か心配ではあるが、まぁ試合が決まったら教えろや応援に行ってやるからよ」
「え? 俺、格闘技はやらないよ」
「はぁ? お前格闘技始めるんじゃないのか? そんなに楽しそうな顔して」
「そんな楽しそうな顔してるかな俺?」
「まぁな。 そんな顔を見るのは、俺がお前にカウンタースタイルを教えた時以来だな。 つまりお前は、あの時から格闘技に興味があったってわけだな。 良かったな」
「いや、良くもないし格闘技何てやらないから。 第一、俺には返さないといけない借金もあるし仕事だってあるのに格闘技なんか始める時間ないじゃん」
「仕事何てお前、どうにでもなるだろうが。 そもそも、この借金はお前が返さないといけないものじゃないってあれほど説明しただろうが。 お前はお前のやりたいことやっていいんだぞ、生活だって俺が面倒見てやるし、あのクッ垂れの夫婦が作った借金に縛られる必要もないんだぞ?」
「確かにそうだけど……でも今は、借金を全部返して自由なるまではダメだと思うんだ。 音羽さんや社長さんにはホントに良くして貰ってる。 だからこそ今はこの生活を崩しちゃいけないと思うんだよね……」
「……ならそんな悲しそうな顔すんなよ、無理矢理気持ち押し込めてまでお前が苦労する必要がどこにある? お前は今まで十分に苦労してきただから、今更やりたい事やったって誰も文句言う奴いねぇぞ」
「そんな顔してるかなぁ……ホントに最初から格闘技を始めるつもりはなかったから、別に後悔も何もないはず何だけど……」
音羽には八の気持ちが分かっていた。
こいつはもう2年も前から、親が借金を残して出て行ったのに文句の一つも言わずに、ましてや親の残した借金を返す道を13の時に選びやがった。
あの時からこいつは、自分の奥底に感情を押し込めて自分を捨てた。 あの時こいつの何かを俺達は奪っちまった。
それこそ、楽しい事も辛い事も悲しい事も、全てを今の生活に費やす為にこいつはそれまであった物を捨ててしまった。 それこそ表情さえもだ。
それを俺も社長も知っているからこそ、こいつに借金のことはいいから自分の好きなようにしろと言ってきたつもりだ。
でもこいつは、それが自分のやりたいことだと言って自分から辛い道を歩もうとしやがる。
ホントは高校にだって行かせてやりたかったのに、こいつは学校に行かず働く時間を増やすことを選びやがった。
俺は何一つこいつに与えてやることが出来ず奪ってばかりだ。 俺はあの時の事を後悔している。 たった13のガキから俺は、笑顔も未来も奪ってしまったことを......俺はこの仕事が嫌いだ。
そんなこいつが楽しそうな顔して帰って来た時には驚いた。
こいつはまったく気づいていなかったみたいだが、俺にはこいつが今日本当に楽しかったのだとすぐに理解出来た。
ようやく奪うことしか出来なかったこいつに、何かを与えてやることが出来るそう思ったに、こいつときたらまた自分の感情を押し込めて全てを捨てようとしやがる。
こいつは、一度言い出したら人の言うこと何て絶対に聞かないだろう......だが、今回は俺もこいつから奪うことだけはしたくない……。
「分かった。 お前がそこまで言うなら好きにするといい。 これ以上俺は何も言わない」
そう言って音羽は厳しい顔でスーツを手に取って部屋から出てってしまった。
残された八は、「何か怒らせるようなこと言ったかな?」とキョトンした顔で音羽が出て行った後のドアを見つめていた。
それからしばらくして、
「先生、お客様が来てますよ」
結城源内の家に一人の客が訪ねてきていた。
「客? こんな夜中に一体誰じゃ?」
「何でも八君のお知り合いの方で、先生に折り入ってお願いがあるそうなんですが.....」
「少年の? うむ、分かった合おう」