第六話
「お前のような素人が源内先生の指導を受けられると思うなよ!」
顔を合わせて早々に青年は八を睨みつけてそう言い放つ。
「おい圭吾! 挨拶もなしに何てこと言うんだ! 少しは礼儀を弁えろ!」
見かねた青年の態度を西京が注意するが、青年は「チッ!」と舌打ちをして不機嫌そうな顔を見せる。
「すまないな八。 こいつがお前の対戦相手の・・・」
「高島 圭吾だ。 ま、どうせ今日で会わなくなるんだから覚える必要はないけどな」
「おい、コラ……って、すまないな八」
圭吾と名乗った青年は、西京の言葉も聞かず八達に背を向けて離れまた体を動かし始めた。
西京ヤレヤレと言った感じで疲れた顔を見せ、恋歌と源内は呆れたように圭吾を見つめ、八は苦笑いで、
「別に格闘技に関しては素人で間違いはないので気にしないで下さい」
静かに圭吾の事を見つめる。
「己の力に自信を持つのはよいが、周りの者に対する態度があれではのぉ」
「まったく、恥さらしもいいとこですよ....プライドだけは一流のくせに、腕は3流並みなんですから……」
「じゃが、あれでDランクの選手じゃろ?」
「えぇまぁ。 ですが、数うち大会に出てればDランクぐらいまでは簡単に上がれるんで実際はそれ以下の強さですけどね」
「なんじゃ、上が自信を持って送り込んでくるからどの程度相手かと思えばその程度なのか? 正直ガッカリじゃのぉ」
西京と源内による圭吾の評価は散々なもので、本人に聞こえないことを言いことにかなり厳しいことを言っている。
「あの恋歌さんさっきから二人の話にランクとかって出てますけど、それって何なんですか?」
「そうですね八君はVスポーツのことも知らないのですから分からないですよね。 簡単に言えば、ランクとはその選手がどれくらい強いかを証明するものですね。 私達がプレイしているVスポーツKOFは格闘技をメインとした競技であり、その中でS~Fまでのプレイヤーの階級を示すランクというのが決められているんです。 実績のあるプレイヤーでも初めは一番下のFランクから始まり、同ランクの大会に優勝すれば一つ上のランクに昇格する事が出来、所属する階級の一つ上にランクまで出場可能なランクになります」
そう言って恋歌さんはKOFの仕組みについて説明してくれた。
基本的なルールは殴る、蹴る、投げ技、寝技、関節技ワザまでなんでもありの総合格闘技の試合に近い。
違いがあるのは、やはりBLAZERの力を用いたゲーム要素の強い部分があるところだろう。
専用のVR機器が使われる試合会場では、プレイヤーはゲームのような異世界に入る事が出来、そこで行われるBLAZERの力を使った試合こそVスポーツの最大の見所であり楽しみだ。
種目によってはゲームにちなんでスキルや特殊能力なんかをプレイヤーに与えるこで、普通のスポーツとはまた違った視点でゲーム的要素を強く取り入れることで幅広い層の人にプレイされているのもVスポーツの魅力の一つ。
その中で、このKOFも色々な取り組みがされている格闘技系のVスポーツの中ではプレイヤーの数が最も多いソフトだ。
その理由が選手は年齢に関わらず試合が出来るランク制度だ。 より強い者が上に行ける実力主義の体制が明確化されていることで、プレイヤーはより上を目指そうと努力する仕組みが自然と出来上がっている。
その為、下位のランクの試合でも遊びのようか事はなく常に真剣な試合を見ることが出来、何よりそれで得られる賞金が他の競技よりも高いのもKOFが人気の一つにあげられる。
例えばFランクならば、同ランク内での優勝もしくはそれに順ずる成績を3大会以上残した者、Eランクになると同ランクでの優勝1回以上+5大会上の上位入賞等、ランクが上がるにつれ昇格の条件は難しくなっていくが、Fランクの大会でも優勝するだけで数十万、Eランクになれば三桁にとどく優勝賞金の大会もある程にKOFは貰える賞金が高額だ。
無論、ゲームスポーツに賞金を出すのはどうなのか? 未成年がプレイヤーへの配慮はどうなのか? などお金が絡む事でVスポーツを問題視する声もあがっているが今の所は大きな問題は起きていない。
そして、それとは別に個人の成績によってポイントが与えられ個人の順位付けがなされ、年度末に順位によって貢献金まで貰える。
非公式のゲームスポーツではあるが、今や世界中にそのプレイヤーはいて本家のスポーツを超えるのではとも言われている。 大会には大手のスポンサー企業やテレビの取材等もくるので、あながちここで有名になって一攫千金を考える者は少なくはない。
「つまりDランクはそんなに強くないってことですか?」
「全体から見たらそうなりますね。 でも、強い人はDランクでも強いですし、単純に格闘戦のみで勝ち上がろうとしてる人も中にはいますので、一概に弱いと決めるつけることも出来ないんですけど今回はそうでもなさそうですね」
恋歌は圭吾の動きを見てそう断言する。
「ちなみに恋歌さんのランクは……」
「私ですか? 私は一応Sランクですね。 一応、支援してくれるスポンサーや企業さんからそれなりに声をかけてもらっていますので、そこそこのプレイヤーなのではないでしょうか」
「ほぇ~」
思わず変な声が出てしまったが、恋歌の予想外の強さには八も驚かずにはいられなかった。
軽い気持ちで聞いたつもりが、まさか最高ランクの位置するほどの強い人だとは思いもしなかったからだ。
(そりゃ、それだけの実力があればやめさせたくないよな.....おまけに、恋歌さんはスタイルも抜群で広告塔としてもってこいだろうなぁ....)
八の考えはほぼ当たっている。
恋歌の実力は勿論、その容姿を広告塔で新規の入団者を集めていたのは確かであり恋歌を目当てに入団して来たファンのプレイヤーも少なくは無い。 恋歌がいなくなることで入団者が減ることをまぬがれないだろう。
恋歌としては、ある程度はそういうのも仕方がないことだと理解はしているつもりだったが、本音を言えば競技に集中したがっていたところを源内が恋歌を連れ団体を飛び出したのが今回の経緯。
「おい! いつまで待たせるつもりだ! さっさと準備してこっちにこい!」
「やれやれ……行けるか八?」
「はい。 こっちは何時でもいいですよ」
「そうか。 なら、ちゃっちゃと始めて終わらせるか」
西京は圭吾を呼び寄せてルールの確認を行う。
今回は、八がBLAZERではないとあってVR空間を使用しない格闘戦のみの通常試合となり武器以外の攻撃はすべて許される。 時間は無制限、勝敗はどちらかが戦闘不能になるか先に3度ダウンを奪った方が勝ちとなるスリーノックダウンルールで行われる。
「両者ルールに問題はないな?」
「はい」
「・・・」
「では、3分後に試合を始めるぞ」
八は一旦源内達の下に戻り指示を受ける。
と言っても、相手の情報もないので本当にただ声をかけるだけだ。
「すまんの少年ワシ等の問題に巻き込んでしまって」
「いえ、引き受けたのは俺の方ですしこういうのには慣れてるんで....」
「そうか。 まぁ、相手の動きを見る限りDランクで燻っておるような奴じゃから少年が本気でやれば何の問題もないじゃろう。 じゃが、油断だけはするでないぞ」
「はい。 最初から全力で行きます」
「ウム、ないとは思うが一応これを渡しておく」
源内は八にチョーカーを手渡す。
「念の為それを首に巻いておく。 もし向こうがルールを破ってBLAZERの力を使ってきたら、それを使えば一時的に少年もまたBLAZERの力を得る事が出来る、じゃがこれはもしもの為じゃ。 少年ならBLAZERの力を使わずともあの時のように勝つことも出きるかもしれないが、いざという時は迷わずこれを使え。 いいな少年」
何もなければそれでいい。
だが、何か起こった時は躊躇わずその力を使い自分を守れと源内は八に言い聞かせる。
八はそれに静かに頷いて源内に答える。
道場の中央で向かい合う八と圭吾。
「フン、お前のような格闘技の素人が源内先生から教えてもらえる何て思うなよ。 それに、恋歌さんはお前のような奴が口を聞いていい人じゃない、あの人はうちのように伝統ある所にこそいるべき人だ!」
「それを決めるのはお前じゃないだろ。 それに、ここまで来て手より口を動かしてるような奴に俺は負けるつもりはない、文句があるなら俺を倒してからにするんだな。 今のままじゃ、弱い犬が虚勢を張ってるようにしか聞こえないぞ?」
「貴様! 素人の分際で調子に乗りやがって、武の名門双紫流の四天王のこの俺を馬鹿にしたことをその身で後悔させやる!」
(細工は上々、頭に血が上った相手ほど扱い易い事はない)
そして、
「試合開始!」
試合開始が宣言されると同時に圭吾が勢い良く八に向かっていく。 そして、大振りではあるが小気味のいい左右のパンチを打ち込むが、八はそれは正確に見極め首を右に左に動かしてかわしていく。
「下手な鉄砲もこれだけ下手すぎると何時までも当たらないな」
「クソが! 素人が調子に乗るなよ!」
圭吾の攻撃がより大振りになったのを見て、八は圭吾の攻撃に合わせカウンターを圭吾に浴びせる。
小柄な八の拳がカウンターで綺麗に決まったことで、八よりも頭一つ体の大きい圭吾が後ろに一歩二歩とよろめいて地面に片膝をつく。
「圭吾1ダウン!」
審判役である西京がすかさずダウンを宣言する。
今回のルールでは、ダウン中にカウントを数えることはしないのでTKO≪テクニカル ノック アウト≫負けになる心配はないがダウンによる意識の確認は行われ、意識がある限り戦闘不能を宣言されることもない。 つまり、一度ダウンを宣言されてしまえば態勢を整え試合が再開出来るようになるまでいくらでも膝をついて休むことが今回のルールでは許されていることになる。
「素人の攻撃で倒れるようじゃ武の名門もたいしたことはないな」
「……まぐれで一発入ったからっていい気になるなよ。 そして、本気になった俺にまぐれは2度はないことを教えてやる」
圭吾は勢いよく立ち上がり八に向かっていく。
八の挑発もあっていい感じに頭に血が上ってしまっている圭吾の攻撃は、防御を主にカウンターで攻める八にとってまったく脅威にはなりえない。
冷静に相手の攻撃とカウンターのタイミングを計り、的確にカウンターを相手の急所に当てていく八。 カウンター使いの厄介な所はその学習能力の高さにある。
しかし、流石に武術の基礎はあるのか、圭吾は怒りに任せながらも八のカウンターに対しほんの僅かに反応して完全な急所だけは避けて2度目のダウンを何とか回避しているが、次第に打ち合う中に自らの攻撃は当たらず相手の攻撃ばかり受けるこの情況に八との実力差を感じ始めていた。
そして、
「がはっ!」
「圭吾2ダウン!」
ついに八のカウンターをいなし切れず顔面に綺麗に一発もらって地面に尻餅をつく格好で二度目のダウンを喫した。
この時点で二人の実力差は明らかだった....。
ただ、武の名門流派に所属し期待をかけられ今回の試合に選ばれたと言うプライドが圭吾にそれを認めさせることを許さなかった。
「……認めない認めない……俺は武の名門双紫流のエリート何だ……こんな素人に負けることは許されないんだ……」
「もう終わりか? 素人に負ける何てやっぱり武の名門のエリートも大したことなかったな」
「.....黙れ.....黙れ.........黙れぇぇ! このド素人が!」
ふらつく頭で体を起こし、殺気を込めた鋭い目つきで八を睨み立ち上がった圭吾の体を白い煙が包み込む。
「おい圭吾! BLAZERの力の使用は禁止していたはずだ、ルール違反だぞ!」
「煩い! 俺は負けるわけにはいかないんだ! ここで負けたら終わり何だよ俺は!」
「っく!」
BLAZERの力による身体強化で、スピードも切れも威力もました攻撃が八を襲うがギリギリのところで回避し距離をとろうとするが、それを上回る速さに強化された身体能力で圭吾がたった一歩の踏み込みで八との距離をゼロににして激しい攻撃を続ける。
しかも、こないだの大柄の男のように疲労から体の乱れている様子はなく、白い煙は圭吾の体にピタリと張り付くように薄く全身に行渡っている。 流石に長年武術で体を鍛えているのは伊達ではないということだろう。
紛いなりにも頭と体のバランスがとれている。
八はこの情況をどう打開するかを頭の中で思考する。
攻撃のスピードも切れも威力も上がっているが、それまでの攻撃の癖は変わっていないので油断さえしなければ今のままでもかわし続けることは可能だ。 ただ、なまじ身体能力を上がっている分こちらの攻撃も通用しない。 ためしに一発カウンターを撃ってみたが八の攻撃はまったく簡単にかわされて逆に反撃を許して危ない所だった。
これでは、下手な攻撃は逆にこちらの隙をつかれて危険だ。 かと言ってこのまま圭吾の疲労を待っていても埒があかない、源内や西京に助けを求めれば済むことなのだろうがそれでは勝敗が決まらないおそれがある。
ならばどうするのが最善なのか……
(ベストは俺がこの状態のこいつを倒すことだけど、今の俺にこいつについて行けるだけの速さも攻撃もない。 だとすれば、俺があいつと同じ状態になることだけど……やるしかないか)
八は己の内にある秘めたる力に目をむけるように、試合前に源内に渡されたチョーカーに意識を向ける。 八の全身を激しい電流のような衝撃が駆け巡り、次の瞬間には八の体から荒々しい白い煙が上がり八はBLAZERの力を解放していた。
「「なっ!」」
「何故お前がその力を使えるんだ!」
西京、恋歌の二人から驚きの声が上げる。
これは後で聞いたことだが、この時八がBLAZERの力を使えたのは疑似体験した時のBLAZERの力の残滓がほんのわずかに体内に残っていたからだそうだ。
本来はBLAZERになる為の処置を施して脳をBIチップに馴染ませる必要があり、それをせずにBLAZERの力を擬似的にでも使おうものなら、脳が拡張した情報量とその処理に対処する事が出来ずに脳が崩壊してしまう危険性があった。
それを知っていた恋歌と西京は当然のように驚き、源内はそうと分かっていても八にいざという時は力を使う事を躊躇うなと言った。
「先生!!」
「騒ぐな恋歌」
「ですが、どうして八君にあれを渡したのですか! まだ処置も受けてない八君が日に二度もBLAZERの力を使うだなんて無茶です!」
「だがそれでも少年はBLAZERの力を使った」
「それは先生が言ったからで....」
「確かにワシはいざという時はその力を躊躇わず使えと言った。 だが、同時にワシは少年にその力の持つ危険性も少年には十分に伝えたつもりだ。 少年はそれを分かっていれBLAZERの力を使ったじゃ。 その意味が分からんお前ではないじゃろう?」
「ですが、これではあまりにも....」
「危険は承知の上。 少年もそれを分かった上での行動じゃろう。 何せ、お前やワシであれば直ぐにでも止めに入る事は出来たのじゃからな。 じゃが、お前もワシもそれをしなかった。 本当はお前も分かっていたのじゃろ? 少年があの行動に出ることを」
「・・・」
「なればこそ、少年の覚悟を黙って見てやれ。 そしれ、事が済んだ後で十分に叱ってやれ。 それが姉弟子の勤めじゃ」
恋歌の心配を他所に、圭吾と八の戦いは進む。
「これで条件は一緒になった。 さぁ、続きを始めようか」
「き、貴様! 素人のくせに調子に乗るなよ! BLAZERの力の扱いなら俺の方が上だ!」
自らも同じ場所に立った事で、先程まで鋭く感じていた圭吾の攻撃も五感も含め強化された八にはまるで全てがスローモーションに見えていた。
「……遅い」
「ガハッ!!」
八のカウンターも面白いように決まり、圭吾にダメージを与えてく。
条件さえ同じならば、力量はすでに八の方が上だと証明済みなのだ。 反撃を試みるも圭吾の攻撃は八には通じず、逆に攻撃の度カウンターでダメージを受けて次第にその勢いを衰えさせいく圭吾。
勝負はあっという間に決着を迎えた。
「うおぉぉおぉ!」
「......シッ!」
圭吾の放った攻撃に被せるように放たれた八の渾身のカウンターが見事に圭吾の顔面を捉え、そのまま意識を絶たれた圭吾は崩れ落ちるように地面に大の字になった。
「勝負あり! 3ダウンで八の勝ちだ!」
すぐさま西京が八の勝ちを宣言する。
終わった.....
そう思ったら急に体中が重たくなって体に力も入らなくなっていて.....
(ドサッ)
八は倒れそうになるところを柔らかい温もりの何かに抱きとめられていた。
そして、それが何なのかを確認する前に温もりの中に意識を落としていった。
「フフ、あなたの覚悟しっかりと見せて貰いました。 カッコよかったですよ八君。 今はゆっくり休んで下さいね」
恋歌は八を抱きしめながらやさしく微笑んでいた。