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SAKURA  作者: りょくちゃ。
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プロローグ

カクヨムにも掲載してます。


プロローグ

SAKURA/緑茶 - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054884402421

 時刻は夕方を過ぎていた。


 空の下を包む空気は澄んで橙色に染まっていて、痩せた木の枝についた蕾を静かに揺らしている。まるで映写機のように。その枝の隙間から霞んで見えるのは廊下だった。学校の。近づいてみると、光の斜線が何重にも重なった窓ガラスの向こうで、喧騒が聞こえる。


「急ご急ご、先生に怒られちゃうよっ」


「準備室で長居しすぎちゃったーっ」


 両手に大きな紙や様々な道具を携えた女子生徒たちが、上靴の底を灰色の床でぱたぱたと鳴らしながら、西陽が差し込んでくる細長い廊下を小走りに駆けていた。人数として、6,7名ほど。そこにおしゃべりは尽きなかった。


「あそこ暖房効きすぎてるんだよ。あんなのいくらでもサボれちゃうじゃん」


「あーわかるー」


 会話を交わす生徒たちはみな一様にどこか浮ついたような様子であり、何かを待望しているように見えた。そんな彼女たちの様子は、橙に包まれた廊下の中で、ひとつの絵画として静謐な空気に刻印されているようだった。


「ほら、無駄口言ってないで前進みなさいよ。先生たち待ってるよ」


 一人の背の高い生徒がそう言うと、おしゃべりをしていた生徒が口を尖らせる。


「リーダーはいいよねー。そうやって言えるんだからサー」


「馬鹿言わないでよ」


 リーダーと呼ばれた生徒はそう返しつつ、何気なく後ろを振り返る。


「あたしだって、卒業式の予行なんて――」


 すると、会話を交わしていた一群の後方に、一人の生徒が居る。彼女は満杯の紙吹雪が入った段ボール箱を両手に抱えながら、とぼとぼと歩いている。その顔は窓の外に向けられており、夕焼けに塗り込められている。表情は伺えなかったが、何かにとらわれているような足取りだった。


「あー。宮子、まただわ……」


 一人が言った。そして別の女子が、苦笑しながら呼びかける。


「おーい、宮子ー」


 呼びかけられた生徒――ややウエーブのかかった、三つ編みの小柄な少女は、弾かれたように前を向いて、やにわに足を速める。そして、集団に追いつく。


「ご、ごめん……」


 宮子、という少女は頭を下げて言った。


「もー。なんでいつもボーッとしてるのよ」


 一人がそう言ったが、そこに非難のニュアンスは含まれていないらしい。他の生徒達も曖昧な苦笑を『宮子』に向けており、彼女の立ち位置と言うべきものを暗示しているかのようだった。


「そ、そうだよね……えへへ」


 宮子はくしゃっとした笑顔になって頭を掻く。子猫がはにかんだようだった。


「あーもー、笑顔が可愛い。許すっ」


「あはは」


「ほら、行くわよ」


「はーい。行こ、宮子」


「うん……」


 宮子は少女たちと共に、廊下をゆく。


「――せっかくの春なんだから、楽しくしなきゃ」


 そこで、一人がそう言った。


 ――瞬間、宮子は足を止める。他の皆は気付かない。彼女は俯いて、自分を包む時間から消えていく音を自覚しているようだった。


 不意に廊下に影が差して、人の姿が影絵になる。それに比して外は、異様なまでに明るい橙色。そこで、その言葉で、何かを思ったらしい。他の誰にも想像の及ばぬ何かを。


 一瞬で、彼女の中には何かが流れていって、やがて消えていった。それから宮子は顔を上げて、廊下の奥に消えていく集団を追った。


 もう既に、世界に音は戻り、色彩も元の状態にかえっていた。


 箱から一つ、花びらがこぼれて廊下に落ちた。


 それは気付かぬうちに、靴の底で踏まれて汚れた。

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