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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ミラーハウスの雪子

作者: 焼魚あまね

 雪子が死んだのは、高校二年の夏である。


 平川雪子ひらかわゆきこ

 彼女は私の親友だった。

 明るく、お調子者で自称ジャーナリストの新聞部員。

 不思議なことを聞きつけては足を突っ込む子だった。


 そんな雪子が死んだことを、私は認めたくなかったんだ。

 雪子が死んだと聞いたあの夜、私は通夜に出なかった。

 まだこの世界の何処かに、雪子が生きている気がしたからだ。


 当時、雪子が熱心に調べていた事件があった。

 裏野ドリームランドの入れ替わり事件。

 裏野町にある、すでに廃園となっている遊園地。


 その中にあるミラーハウスへ入った人たちが、なぜか無気力になって出てくるという噂だ。

 これは実は噂ではない。

 雪子の話によると、その無気力になった人というのはみんな新聞部の部員らしい。


 元々怪しげなところであった裏野ドリームランドへ取材に行った部員が被害に遭ったとのことだ。

 そんな事件をほったらかしにして、雪子が死ぬだろうか。


 もし死んだのならば、原因はミラーハウスなのかもしれない。

 そう思った私は、あの夜裏野ドリームランド へと走った。



「はぁ……はぁ……。なんとか辿り着いたけど、これどうやって入んのよ?」


 廃園となっているのだ、当然ゲートはフェンスで覆われて入れなくなっていた。

 ひとっ走りした私の頭は少しばかりすっきりしていた。

 だからこそ思う。


 今からでも戻って通夜に出るべきだろうかと。

 死んだと連絡があったのに、それを認めずその死んだはずの人間を探すなんて、よく考えればおかしなことだ。

 そして再度入れないことを確認した私は、裏野ドリームランドに背を向けて歩き出した。


 その時だ。


 ガシャンという大きな音が背後から聞こえる。

 気になって振り向くと、どうしたことか。

 フェンスの一部分が切断されぐにゃりと曲がっていたのだった。


「こんなこと勝手に起こるかしら?」


 暗いとはいえ、こんなことになっていれば気づいたはずだ。

 ということは今さっきこうなったということなのだろう。

 しかし、これだけの力を加えられるような何かが周辺にあるわけでもない。


 私は少し恐怖した。

 しかし、すぐに考えを改める。

 雪子ならどう考えるだろうか。

 きっと『ラッキー! 入れそうじゃん』などと言って、ずかずかと侵入するだろう。


 だから私も雪子の真似をして、フェンスを押し曲げて中に入った。



 中は思ったほど暗くはなかった。

 もしかすると取り壊しの準備でもしているのだろうか。

 最小限の照明が、足元を確認できるくらいの明るさを確保していた。


「えっと、ミラーハウスってどこだっけ」


 小学生の頃に何度か訪れているけれど、今では記憶も曖昧だ。

 私はさび付いた案内板を見つけると、ミラーハウスの場所を確認した。


「メリーゴーランドの隣か……」


 奥の方に目をやると、メリーゴーランドの看板がちかちかと光っていた。


「見つけやすいのは良いけど、廃園になったのにこうも光ってると、それはそれで不気味ね」


 寂しさをごまかすためそんなことを言いつつ私はミラーハウスまで歩いた。

 するとどうだろう。

 ミラーハウスの前に人が立っていて、しかもこちらに話しかけてきたのだ。


「あっ! 美咲じゃ~ん。何してんの? 散歩? なわけないかぁ~」


 よく知る声だ。

 私は全力で駆け寄ると、その子を抱きしめた。


「雪子! 雪子! 本当に、本物? 雪子?」

「なんだよ美咲。どう見ても私じゃん。平川雪子だよ。どうかしたの? 遠野美咲とおのみさきさん?」


 間違いなくその子は雪子だった。


「だって、だって……。雪子は死んだって」

「死んだ? 私が? きっと夢でも見てたんじゃない?」


 雪子はそう言って私に笑いかける。

 そうか。

 私は夢を見ていたんだ。


 やっぱり雪子が死んだなんて夢だったんだ。

 私はそう納得し、雪子を抱きしめていた手をほどいた。


「そうだね、私ったら疲れてたのかな。雪子はここにいるのにね。ところで雪子はこんなところで何してるの? 散歩?」

「なわけないじゃん。お仕事よお仕事」

「お仕事?」


「ここの入れ替わり事件は知ってるよね」

「うん」

「実はあれ、うちらの仕業なんだ」

「どういうこと?」

「うちの新聞部で噂流してんの」


 私はなぜそんなことをしているのか分からなかった。


「新聞部の部員が無気力になってるのは?」

「あれも演技。実はさ、ここを心霊スポットに作り替えようとしてるの。この町って正直お金ないじゃん。ここも廃園になって観光客も減って。でさ、校内新聞に載せる記事の取材のために町長さんの所行ったらさ、聞かれたんだ。町おこしのいい案ないかなって。で、冗談半分にドリームランドを心霊スポットにする案を出したら、即採用されちゃって」


「それで噂を流してると」

「そういうこと。で、ここがその第一弾ってわけ。何でもここはあんまり電力が使われないから低予算なんだって」


 確かに基本鏡だけの構造だから電力は少ないんだろうな。


「実はさ、このミラーハウス、すでに改修済みなんだ。本当はまだ入っちゃダメなんだけど、せっかくだし美咲も一緒に入ろうよ!」


 そう言うと雪子は私を手招きして中に入ってしまった。


「待ってよ雪子!」


 きっと雪子は私が入るまで出てこないだろう。

 私は仕方なくミラーハウスの中へと入るのだった。

 これが恐怖への入り口とは知らずに。



「雪子~?」


 雪子の姿はない。

 もう奥の方へ行ってしまったのだろう。

 中はお化け屋敷とミラーハウスを混ぜたような作りだった。


 老朽化した部分を活かしているのか、ところどころさびた内装が恐怖を演出する。

 妙に湿っぽく気味が悪い。


 順路と書かれた矢印がさす方向へと進む。

 周りには私と同じ姿が無数に映し出され、私は時折鏡に頭を打ち付けてしまった。


「いたっ!」


 ミラーハウスではよくあることだとは思うが、思った以上に痛かった。

 ただ、鏡に映った私は無傷で、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見えた。

 その後も何度か頭を打ち付けつつも進んでいく。

 すると突然、血だらけの雪子が目の前に映った。


「きゃ~!」


 恐怖する私。


「あははは!」


 目を覆っていた私は、ゆっくりと前方の鏡を見る。

 そこには笑っている血だらけの雪子が映っていた。


「どう、怖かった? これも演出の一つなんだ」


 その声を聞いて私は安心した。


「こ、これも演出なんだ。なかなか凝ってるね」


 そう答えたときにはすでに血だらけの雪子は消えていた。


「はぁ、びっくりした」


 これはミラーハウスというより、お化け屋敷だと考えた方がいいなと私は思った。

 そしてまた雪子が何か仕掛けてくるだろう。

 私は身構えつつも進んだ。


 なぜだろう。

 すごく怖いのに、鏡に映った私は楽しそうだった。

 頭もすごく痛いはずなのに、けがをした様子もない。

 人間っていうのは、客観的に見ると自分が思っている様子と結構違うものなんだなと私は思った。


 それからどれほど歩いただろう。

 私はふらふらだった。

 体力的に疲れているのだろうか。

 鏡を見れば笑っている自分が映るというのに。


「雪子……、ゆき……こ」


 私は力尽きた。


 気を失う直前、鏡の割れる音が聞こえた。

 きっと鏡を突き破ってしまったのだろう。



 私が意識を取り戻すと、雪子の声が聞こえた。


「大丈夫、美咲?」

「う、ううん」


 顔を上げると、そこにはあの血だらけの雪子が立っていた。


「きゃっ!」

「あはは、大丈夫だよ」

「ちがうっ! なんで? 雪子!」

「なに怯えてんの~?」


 そう、ミラーハウスの演出なら怖くない。

 でも。


 雪子は今、鏡ではなく、すぐ目の前に立っているんだから。


「この雪子は、鏡じゃない!」

「あ~、気づいた? まさかそんな怖がられるとはねぇ~」


 怖がる?

 私は周りを囲っている鏡を見る。

 そこには笑っている私が映っていた。


「なんで、私笑ってるのに?」

「美咲、その鏡は映るものを反転させるんだよ。表情もね。ほらこの鏡を見て」


 雪子は私に手鏡を渡してきた。

 そこに映る姿を見て私は驚愕した。


「ひ、ひぃ~。なんでぇ~!」


 そこには頭から血を流し、これでもかというほど顔を歪めて恐怖する私の顔が映っていた。


「あはは、びっくりした? あれだけ頭打ったら、そりゃ死んじゃうよね~」


 死んじゃう?


「雪子、何言ってるの?」


 血だらけの雪子は笑いながら言う。


「まだ分かってないんだ。ほらあれを見なよ」


 雪子が指をさす方向には、私が映っていた。

 何だか心ここにあらずといった様子で、ふらふらと歩いている。

 歩いている方向を見ると、そこには出口と書かれていた。


「良かった、迷ってたけど出口見つけられたんだ」


 私がそう言った瞬間、雪子が私に問いかける。


「じゃあ、ここにいるあなたは誰なんでしょうねぇ~」


 私はその問いに答えられなかった。

 そう、私は脱出できた。

 だったら、ここにいる私は?


 あっちが本物で、私が鏡に映った偽物?

 でも私の意識はここにある。

 あの無気力な私は……もしかして。


 ミラーハウスの入れ替わり事件。

 あの噂が頭を駆け巡る。


 違う。

 あの事件の真相は……、違う、違う!


 私は冷や汗を拭う。

 しかし、いくら拭っても、手につくのは真っ赤な血だった。


「違うっ! 私はまだ生きている! ここにいるんだから! ねえ、出してよ! ここから出してよ~!」

「あははは、あははははははは! 美咲、あなたは死んだのよ!」


「違うは雪子!」

「違わないわ! 美咲、あなたここで私に会ったとき、私が死んだって言ったわよね。あれ、実は本当よ。私、死んだの。だから、寂しくて、寂しくて、寂しくて、寂しくて、寂しくて、寂しくて、みんなをここに呼んだのよ!」


 雪子は見たこともない恐ろしい形相で自分の後ろを指さした。

 そこには高校生くらいの男女五名ほどが血だらけで倒れていた。


「新聞部のみんなを招待したのに、一緒に遊べると思ったのに、みんなすぐ動かなくなっちゃった。ねぇ、美咲はまだ動けるよね。一緒に遊びましょう」


 手を差し伸べる血だらけの雪子。


「嫌よ! 私はまだ生きてる! 雪子、あなたとは遊べないわ。ここから出してよ!」


 すると雪子が言う。


「美咲、あなたはそんなにも生きたいの? 私のいない世界を生きるというの? そんなのずるいわ!」

「雪子、私はあなたのことを一生忘れない。あなたの分も頑張って生きるから。だからお願い、ここから……出して!」


 私は雪子に抱きついて懇願した。

 すると雪子はこんなことを言い出したのだ。


「分かったわ、チャンスをあげる。二択の問題よ。これは新聞部のみんなにも出したんだけど、みんな不正解で動かなくなっちゃったわ。親友の美咲ならわかるわよね」


 そう言って雪子は二人に分身した。


「雪子が……ふたり」


 どちらも血だらけで、見たところ違いがあるようには思えなかった。


「さあ、本物はどっちだ?」


 私は雪子の親友だ。

 だからこんな問題すぐに答えが分かった。


 私は答える。


「本物の雪子は……ここにはいないわ。どっちも偽物よ!」


 そう叫ぶと、目の前にいた雪子は姿を消した。

 そして私はまた気を失い倒れたのだった。



 気が付くと私は病室のベッドの上だった。

 ミラーハウスの前で頭から血を流し倒れていたらしい。

 解体工事の作業員が発見し、何とか助かったのだと。


 そして、雪子はあの日の夕方、ミラーハウスを取材のため訪れていて、老朽化した足場を踏み外して死んでいたらしい。


 私が夜に見たのは幽霊なのか、幻なのかは分からない。

 新聞部員もその後ちゃんと生きていて、何か被害に遭った様子はなかった。

 あの血だらけの雪子の流した噂に過ぎないのだろうか?


 死んでもなお、私と親友でいたかったのかもしれない。

 雪子は私の中で永遠に親友だ。

 でも死者は死者の行くべき場所があって、私はそこへはいけないのだ。



 時は過ぎ、私は大人になった。


 子供もできて、今は幸せな家庭で幸せに過ごしている。

 雪子とのあの恐怖体験も、すっかり忘れてしまっていた。

 きっと忘れていてよかったと思う。

 とてもとても恐ろしい経験だったから。


 そんなある日のことだ。


 三歳になる娘を椅子に座らせ、私は洗濯物を取り込むためその場を少しの間離れていた。

 そして娘の所へ帰ってくると、娘は白い封筒を持っていた。

 その封筒は端の方が赤く汚れている。


「どうしたの、これ?」


 私はその封筒を取り上げた。

 中には何か硬いものが入っているようである。


「あかい、おねえちゃんがくれた!」


 娘はそう言った。


「赤いお姉ちゃん?」


 私は不思議に思いながらも封を開けて中身を取り出した。

 すると出てきたのは、ヘアピンだった。

 私はそのヘアピンに見覚えがあった。


 高校生の頃私が付けていたお気に入りのものだ。

 しかし、いつしか紛失してしまっていたのだ。


「なんで、こんなところに?」


 私はさらに中に紙切れが入っていることに気付きそれを取り出した。

 そこには真っ赤な文字でこう書かれていた。








『わすれるな』

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― 新着の感想 ―
[一言] いつまでも、いつまでも、みまもって、いるよ? あなたの、うしろから(にっこり)
[一言]  最後で解決したかと思いきや、更なるオチ。ぞくっときました。途中まで、意外に悪くない展開になりそうだなと思っていた矢先なので、ひとしおでした。怖かったです。
[一言] 作品読ませていただきましたので買ってに感想をば。 上手いです。話に引き込まれました。久々に当たりの作品です。最後まで、サービス的な終わりまで用意されていたので面白かったです。 でわ、投稿お…
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