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意地悪な片思い  作者: 下駄
クリーム
3/25

遠い彼の背中

 ちらりとのぞく。


あ、出勤してる。



遠目でパソコンに向き合う、彼の後ろ姿を目にいれた。


数日たってようやく自然に見始ることができた私。


見ていたことを速水さんに指摘された私は意地とばかりに、不自然なほど彼を見なかった。

出勤しているのかしていないのかそれすらもわからないほどに、

とにかく彼の姿を私は見なかった。



それが功を奏したのかどうなのかわからないけれど、彼とは今では全く目が合わない。


でもこれで、

仕事集中できる…よね。



「市田。」


「はい!」

 顔をぐるりと回転させ、長嶋さんの方を見ながら私は席を立った。




デスクに座って自身の仕事に向かっている長嶋さんは、

眉間にしわをよせ、真剣に考え事をしていらっしゃった。


凛々しい眉、涙袋が特徴的で

彼の優しい瞳を

私は待っている間何気なく見つめてしまう。


パっと長嶋さんが顔を上げると同時に、反射的に私も視線をそらした。


「ん、これこの間提出してくれた奴だけど、

追書きしたからそれ参考にもうちょっと考えてみて。」


「はい。」

 受け取ったそれはこの間提出した、再来月のイベントの企画書だった。

白い紙面の端に青い正方形の付箋がぺたりと一つくっつけられている。


「あと悪いんだけど資料室の整理任せていいかな。

仕事終わって帰る前でいいから。」


「分かりました。」

 お辞儀して席に戻ると、すぐに付箋の内容を確認した。


優しい口調で指摘された改善できるポイント。

書かれている字も男の人にしては少し丸こっく、筆圧も濃くない。


長嶋さんの文字を見るたび、文字にその人の性格が表れるというのは本当だと常々思ってしまう。


大人で、性格も素敵で頼りになって。

長嶋さんの下で働けると分かったとき、すっごく嬉しかったなぁ。


書類を確認し終えた私は、何気なく長嶋さんを見た。


さっきまで座っていたはずのデスクにいないその姿を探すと、遠くのほうで誰かと難しそうな雰囲気でお話をしている。


…速水さんだ。


この間も下の階で長嶋さんと話したっていってたし、

随分親しんだなあ。


あ、そうか。

長嶋さんって、速水さんと同期だったけ―――。




 4A~4L。

棚の中央に貼られたシールの文字を確認した私は、早速整理に取り掛かった。


整理を頼まれたファイルの位置は、私たちの部署が比較的使用頻度が高いところであり、

度々利用したことがある私にとっても馴染みのものばかりだ。


背表紙を見て、書かれた番号を確認しながら私は一つ一つ抜き差ししていく。

ない番号があれば、資料室の机に置きっぱなしになっているか、他の棚に誰かが間違えて返してしまったか…。


「あっ、あった、14番!」

思ったより早く終わりそうだな。


気が抜けた私は外を確認すると、もうすでに日は暮れようとしていた。



バサバサ―――


「っ。」

 バインダーに挿められていなかった資料が一気に床へ広がった。


「やっちゃったー。」

 かきわけるそれは20枚ほど。

古いものなのか全体的に黄みがかっている。


あれ?でも。

この資料だけやけに白い。


やっぱり。

予感した通り、それはここに挿むには相応しくない紙だった。


「もしかして…。」

他のファイルも開いてみると、

そこにもところどころに混じってはいけない紙が留められていたりしている。


「う。見なきゃよかった。」

運がいいのか悪いのか、終わりかけていたはずの仕事はまた最初から。



長嶋さんもう帰っちゃったかな。

一応長引くかもですって報告しにいこう。


私はパタンと扉を閉めた。



戻ってきたオフィス内にいるのは、長嶋さんと数人の人だけで

大半の人はすでに帰宅したようだった。


「長嶋さん。」

 名前を呼びながら長嶋さんの席に近づいていく。


「ん、もう終わった?」

 彼は厚手の灰色のコートを羽織い、もう帰り支度を始めていた。



「いえまだなんですけど…。」


ここで資料整理長引くって言ったら、長嶋さん手伝うって言い出すよね…?


「すぐ終わるんですけど、

ちょっと調べものあって長引きそうなので、今日はお先どうぞ!」


「あ、そう…?本当に大丈夫?」


「大丈夫です!」

 不安を感じさせないように私は微笑んだ。


「市田も残業組か~。

最後のさいご、市田に飲みいこうってねだろうと思ったのについてない。

今日は振られっ放しだ。」


「すみません。」

 冗談口調の長嶋さんに、私はくすくすと笑った。


「誰と飲みに行く予定だったんですか?」


「んー、」

 長嶋さんはパソコンの電源を切った。


「速水、はやみ。」



プツンと音が最後に鳴る。



「…あ、そうなんですね。」


「速水も残業なんだって全く。」

 長嶋さんの横目につられて私も振り返って速水さんの方を見た。



あ、本当まだ帰ってない。


それどころか、

隣には女の人がいて、

彼女は速水さんのそばに寄り体をから向けて彼と談笑しているよう―――。


「あいつ、本当仕事かぁ?」

 渋る声が長嶋さんの口から洩れる。



「…。」


 女の人、木野さんだ。

スタイルよくておしゃれで、通り過ぎるとき決まっていい香りがする。


木野さんと仲いんだ。

その人は笑っているのかその人の肩は少し揺れていた。



「市田?」


「はい!」

 パッと振り返って長嶋さんに向き直る。



「熱心なのはいいことだけど早く帰れな、危ないから。

整理もそんな丁寧にしなくていいから。」



「大丈夫です、お疲れさまでした。」

 自然と笑みがこぼれる。


「じゃあ。」

 そういって去った彼の背を私は少し見ていた。

長嶋さんって本当優しい…そう思いながら。




「あー終わったあ!!!」

 

 最初からやり直した私は、

時間がかかることをいとわずに一つ一つ確認して丁寧にその仕事を終えた。


時計の針はもう1時間も進んでしまっている。



「この気になるととことんやっちゃう性格、直したいなぁ。

そしたら大部疲れ減るはずなのに。」

 苦笑しながら私は最後のファイルをポスッと棚にいれた。


「まぁそんな変なところで真面目なのが私だもん、しょうがないか。」

 誰も見ていないことをいいことに一度大きく伸びをする。



そのままオフィスに戻る気になれずに

資料室の隅に一つ置いてある、茶色の木の椅子にかけた。


横に広がる大きな窓の外、町明かりをぼうっと眺める。

会社の下はすぐに大きな道路があり、車のランプがピカピカと光っている。


さっきまで仕事に集中していたのに、

どうして暇になるとこうして頭の中を占領してくるんだろう…。


速水さんと木野さんの後ろ背を思い出していた。



「……。」


速水さんってよく分かんないや。


告白してきたのはそっちなくせに意識してるのはなぜか私で、

終始からかわれっぱなしだし。


全然私のこと好きそうじゃないし。



私の頭の中に我が物顔で突然ずんずん入ってきやがって。



ピシャン。

窓につけられている日よけのシェードを思いっきり下げた。


「帰ろ。」


ポツンと私の声が響いた。




 私の席の明かりがポツン。

もう一つ隣の部署の明かりがポツン。


すっかり夜のオフィス。

同じ部署内で残業をしていた人もいたはずなのに、

その人も帰った様でその姿はない。


「…木野さんはまだ帰ってないんだ。」

 速水さんの席の明かりは消えていた。


早く帰り支度しよう、もう今日はいろいろ疲れた。

ぐしゃぐしゃと私は後ろ髪をかいた。



私のデスクの上にはボールペンとカバンと、あれ?

コーヒー?


見覚えのない飲み物。

社内の自動販売機でも見かけない、牛のロゴが入った缶。


もしかして長嶋さんが気遣ってくれたのかな…。

わざわざ買って戻ってきてくれたのかもしれない。


いない長嶋さんのデスクの方を見ながらキュポンとそれを開けた。


「あ、いい匂い。」


ブラックではないのに、私がいつも飲むそれと比べると少し匂いが濃い。



でも

ごくっ。


私の喉が鳴った。


「…甘い。」


体の中がふわっと温かくなった。


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