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意地悪な片思い  作者: 下駄
ピンク
PR
21/25

越えた3か月


桃色:


素敵な女性になりたいとき。柔らかく優しい印象を与えられる。



そして、もう一つの意は、



 恋はタイミングとはよくいったものだ。


 例えば片方が仕事に力を注ぎたいと考えれば、恋愛にその人は重点をおかなくなってしまう。

当然、もう片方はそれに不満を抱くようになって自然とふたりの間にキョリがあくようになる。


そして、仕事が落ち着いて、いざ恋愛にも気持ちを…ってなっても、大体そういうとき、待たされた方は違うものに力を注いでたりするもんだ。

とまあそれはカップルの例なんだけど、付き合う前だって同じ。


ちょっとのすれ違いで、心にある思いを伝えられなくなっちゃう。



「で、付き合い始めたの?」

 単刀直入に彼女が言った。

 速水さんの看病をしたという報告の電話をつい先日もしたばかりなのだが、この日も決まって話題になるのはその人のこと。


報告っていっても気心が知れた彼女にさえ、言ってないことは盛りだくさんだけどね。

お泊りとか、ハグとか、キスとか。言っちゃったら最後、からかわれるに決まってるから。


「…まだだよ。」

 私は電話を受ける耳を変えながら、ベッドに座り込む。

ついているテレビの左上に表示された時刻が、丁度22時であることを教えてくれていた。


「はーまだなの?」


「まだなの。」


「だって好きって言ってもらえてるのに。」


「そ、そうなんだけどね。」

 私の脳裏にはその人を呼び出して、彼とゆっくり話したあの夜の給湯室でのことが思い浮かんでいた。


「この間だって飲み二人でやっといけたんでしょ?

その時、みのり、告げる予定だったんじゃないの?」


「うーん、そうだったんだけど……」



 私は約一週間前の金曜日の夜のことを思い出す。

5人で飲んでから1か月ぐらい経ってようやくふたりで飲みに行けた、その日のことを。


「ごめんな、一緒に飲めるの遅くなって。」


「いえ。」

 会社近くのバー。こじんまりとした、隠れ家的なお店。暗いライトの中で私たちはカウンターに並んで座ってる。


速水さんの仕事が特に忙しくて、なかなか飲みに来れなかったんだ。

こうして話すのも、飲み会以来。


「市田のとこは、今年入ってこなかったんだっけ。」

 かけられた言葉に、私はこくんと頷いた。


 速水さん達の部署には研修を終えた新入社員が迎えられた。

教育係も担っている彼はそのおかげで、ここのところ余裕がなかったみたい。

自分のことのみならず、新人さんにも気を配るというのはどんなに神経を使うことだろう。


速水さんが優しい人であるだけに、聞いていて私は少し心配だった。

「内川の面倒だけで大変なのに」って苦い顔で速水さんは呟いてるけど、心内では「ちゃんと面倒見てやらなきゃ」って思っているような人だから。


「何飲む?」


「えっと、とりあえず…カシスオレンジでも。」


「じゃぁそれと、シェリートニックを。」

 年配のマスターさんが、かしこまりましたと頷いた。


「長嶋にだいぶ前ここ教えてもらったんだよ。」


「そうだったんですか。」


「ちょ、ごめん。」

 長嶋さんはスーツの中から携帯を取り出す。


「仕事ですか?」


「んー、携帯の音消してなかったと思って。」

 彼は再びポケットにしまう。お仕事大丈夫なのかな。


「市田は仕事はどう。」


「私、ですか。私はまぁ、日々精進なので。」

 っていっても、私も今年で入社3年目を迎えるわけだし、

長嶋さんにいつまでも頼ってばっかりじゃいられないよな……。


 住宅展示場のお仕事を任された以来、一人で企画制作を任せられることも多くなった。それはもちろん良いことだし、やりがいももちろん以前にも増してある。


だけどここのところ、「もう一捻り」って企画書のチェックの度、長嶋さんに言われるのが大体のオチ。

油断してるワケでもないのに…。


「あんまり焦んなよ。」

 それ以上言葉を発しなかった私に彼は言葉をかけた。


「ちゃんと見てるもんだから、結果だけじゃなくて努力してるところもさ。

だから、大丈夫。」


「…はい。」

 私はこくんと頷いて見せる。


「おら、浮かない顔すんな。せっかくのお酒、おいしく飲みないぞ。」

 マスターが作って置いてくれていたカクテルを、私に飲めとばかりに彼はずずっと押しやった。


「速水さんは優しいですね。」

 カクテルのグラスにそっと指を添える。


 彼はよく褒めてくれるけど、絶対口先だけって感じしないんだ。

心からそう思ってるよって伝わってくるような――だから、素直じゃない私も彼の言葉を受け入れられるんだろうし、頑張ろうって思える……。


「まだ飲んでないのに酔いが回ったの?」


「…人が褒めてるのに。」


「ありがと。」

 本気でそう思ってるのか分からない口調で、彼はお礼を告げる。

そのままカクテルを飲んだ、彼の喉が一度大きく動く。


見とれてしまわないように私も慌てて彼に続いた。


「おいしい…!」


「だろ?」

 満足そうに彼が笑う。


「いっぱいお酒飲みたかったら飲んでいいよ。

明日休みなんだし。まぁ、俺も飲んじゃったから車で送っていけないけど。」

 っていってもバス停までは送るつもりなくせに、私は心内でそう思った。


「仕事の悩みとか聞いてあげるよ。」


「はい。」

 私はカクテルをもう一口飲む。


でも、仕事じゃなくてふたりの話がしたいんだけど…私はちらっと速水さんを伺ってみた。


「どうかした?」


「あ、いえ…。」

 速水さんは余裕そうに構えてる。


 速水さんは別にそうでもないのかな。私と早く付き合いたいとは思わないんだろうか。

それってキスがやっぱり影響してる?あの時、私受け入れたのは間違いだった?


「市田?」


「あ、はい。」


「何か疲れてる?」


「いえいえいえ。」

 私は両手をぶんぶんと違いますよと振った。

まさか反応が悪いのが下心のせいなんて言えない。


「ならいいけど。」

 速水さんは少しだけ笑ってまた正面を向く。


 まぁでも速水さんが焦ることはないんだもんね。

私は特に会社内で人気ってわけじゃないし、どちらかというと地味な方っていうか、目立たない方っていうか。


速水さんは…人気、だもんな。よく考えたら私、よく付き合わずに彼を放置できてるや。

今に速水さん誰かに告白されて、その人とどうにかなるってことも考えられなくない。


木野さんだってその中の一人。いや、一人にすぎない――――…



「速水さんって。」


「ん?」


「人気、ですよね?」


「……何それ。」

 ぷっと彼が小さく噴き出したように笑う。


「内川はまぁ分かるけど、市田に言われるとは。」


「だってそうじゃないですか…。


あの、いつから私のこと、そう…なんですか?やっぱり聞きたいです。」

 この間口にしてくれなかったけど、私、速水さんから直接聞きたいよ。

推測を断定に変えてほしいよ。勝手だけど私、今なんだか不安。


「そういうことって、なに?」

 クスッと速水さんが笑った。


「…分かるでしょ」

 私はちらっとマスターの方を見る、比較的近い場所でグラスを白い布でふいていた。

この距離なら絶対会話は聞こえてるはずだ。


「じゃぁなんでそんなこと聞きたいの?」

 速水さんはからかったような目で私を見つめる。


「速水さんのこと好きだから」とは言えない。絶好のチャンスなのに。

だって、


「……お、お店の人が聞いてるから。」


「お店の人がいなかったら言えるの?」


「う、も、もう。」

 さっきまで全然こんな雰囲気じゃなかったのに。仕事だけみたいな雰囲気だったのに。


「ごめんごめん、からかいすぎた。」

 速水さんは次のカクテルをマスターに頼む。


あーあ。


「…結局、今日もお預けですか、答えは。」

 思わず私はつぶやいた。


「聞きたかった?」

 私は少し黙って、こくんと頷く。


「素直だね、そういうトコだけは。」

 見透かしてるように速水さんは言った。

思わず、好きって言いたいけど言えない私の気持ちも、彼気づいてるんじゃないかって思うぐらい。


「じゃぁ代わりに、俺が酔ったらどうなるか知りたい?」

 そういえば、そんなこともこの間話したっけ…。

でもなぁ、今の流れじゃ速水さん、とんでもないこと言ってきそうだしなぁ。


「……ど、どうなるんですか。」

 そう思っていても、結局私は聞いてしまった。気になる気持ちが勝っちゃって。


クスッと笑って彼は私の耳元に近づく。

キョリが近づくのと、呟かれるのとで、まるでスローモーションみたい……


「は、はやみ…さっ」


「聞きたいんでしょ?」


 自然と構えてしまった手を彼に捕まえられた、


「……キス魔。」

 彼の低温が耳に響いた。



 と、そんな感じでふたり切りで飲んだってのに、その後も終始からかわれるだけで何もなく…。

進展できなかった一番の原因は、間違いなく彼に聞いちゃった「キス魔」ってヤツのせい。


「え、う、嘘ですよね!?」


「嘘だと思うなら、酔わせてみれば?マスターもう一杯。」


「だ、だめですよ!え!?え!?」

 なんて流れを何度もして、そのたび彼との押収でてんてこ舞い。

まぁ元をたどれば、キス魔って聞く前に絶好のタイミングで好きと言えなかった私が悪いんだけど…。


「お店の人に聞かれるのが嫌で言えなかったねぇ。」


「な、何よ。」

 恥ずかしいので、大部速水さんとの会話は端折って彼女に伝えた。

最後のキス魔って言われたところなんてもっての外。


「もうバーなんてねぇ、そんなこと日常茶飯事なんだから。マスターだって慣れっこよ。

気にすることじゃないのにー。」


「恥ずかしいじゃんか。」

 どうせ私が悪いですよ、分かってますよ。私は心内でつぶやく。


「なんかあれだね、みのり。」


「何よ。」


「速水さんと付き合ったとしてもさ」


「だから何?」


 彼女が呆れ声でつぶやく。

「エッチどころかキスにすらすごい時間かかりそう。」


「は、はぁ!?な、なによ、そんな急に。」

 え、えっちとか!


「だってそうなんだもん。」

 どうしたもんかねーと、遥の呟きが耳から聞こえてくる。


 でも、ごめん遥。…キスはしちゃったんだよ。

そのこと伝えたら尚更呆れられそうで言えてないけどさ。


「キスしちゃったらいいんだよ、そしたら好きって言わなくたって伝わるもんだから。」


「いやいやいや…。」

 したけど伝わり切れてないから、今ずるずる変な間が速水さんと続いているわけで…。

というかキスの方がハードル高いよ。自分から何て無謀…。


「だけどさーゆっくり歩んでる、流ちょうな暇ないかもよ?」

 先ほどまでとは打って変わって、少し深刻そうに彼女が言葉をつづる。


「どうして?」


「速水さんに最初告白されたのって、結構前じゃない?」


「うん。」


「今4月でしょー、だから3月、2月、1月……ほらもう随分前に3か月過ぎちゃってる。」


「3か月って何?」


「みのり知らないの?」

 はぁと彼女は一息ついて言葉を再び紡ぎ始める。


「男と女が出会って恋に落ちて、告白するまでに最適なのは3か月なのよ。

それ以上たっちゃったら、がくんと付き合える可能性落ちちゃうんだから。」


「そうなの!?」


「そうなの!恋愛において3って数字は何かといろんなものが付きものなんだから。」


そういえば、付き合って3か月は一番倦怠期になりやすいって聞く、3年目の記念日も節目で別れやすいんだっけ……。


「恥ずかしくて好きっていえない~!なんて躊躇って、速水さんにいつの間にか冷められても知らないんだからね。」


「すごい怖くなってきちゃった。」

 今更だけど。


「だからさっさと好きって言っちゃいなさいー。」

 ふはぁと彼女はそこで欠伸をこぼす。


「今日こそは付き合えたって報告聞けると思ったのになぁ。

まぁ気長にやりなさいよ、じゃぁ明日も速いから。」


 彼女はそれだけ言い残して電話を切る。

気長にって、流ちょうな暇ないってさっきまで言ってたじゃんかよ。遥さんどっちだい。


通話が切れてることをいいことに、携帯にそう語りかけると、

私ははぁと思いっきりため息をついて枕元にそいつを置いた。ベッドに私は転がる。


…今私たち何か月たってるんだろう?

えっと、えっと、うーん考えるのやめよう。下手したら半年とかたってそうだもんなぁ。


「早く、言わないと……」


 って思っていても、結局それから1週間がたった。

仕事場でなかなか彼と遭遇しないのと、この間飲んだ時に次の約束し忘れちゃったせいで、きっかけ作りが難しい。


3か月が過ぎちゃった今、早く言わなきゃって気持ちが馳せていくだけ。

飲みのお誘い一つ、いや無理をしてでも話しかけることができてない自分が嫌になる。


 昼食のサンドイッチをはむっと私はくわえた。


 せめて彼の携帯に文字で連絡しようとしても、この間飲んだ時に言っちゃった自分の言葉が思い浮かぶんだ。

キス魔って聞いて、私そのあと「もうお酒飲み行きませんから!」って思わず言っちゃったそれが。


ガクッと私は頭を下げた。

でも早く連絡しないと速水さん忙しんだし、次の約束をしたとしてまたいつになるか……


「市田。」


「はい。」

 かけられた名前に振り返ると、長嶋さんが一枚の書類をもって立っていた。


「昼食中ごめんね、これもお願いできるかな。」


「はい。」

 私はサンドイッチを持っていないきれいな手の方で、それを受けとった。

今、仕事をまた頼まれたみたいに、私もそんなに余裕があるわけでもないんだよね。

運が味方してくれてないのかな……。

また一口、私はサンドイッチを食べた。




 この日も残業を終え、私はパソコンをシャットダウンさせる。

ぐーんと小さく伸びをすると、席から立って椅子にかけていた薄い上着を羽織った。


あーようやく終わった。

そんな風にため息を思いっきりついてしまいたいような心労具合。

私だけじゃなくて、ほかにも残業で残っている人がいるからできないけど。


 残業を始める前に用意していたコーヒーも、今ではすっかり空。

無くなったコーヒーの紙コップを持ち、給湯室へと捨てに行く。


メインルームの扉を開け、廊下に出た途端、いかにも夜のオフィスというような静かな雰囲気を感じた。パソコンのキーボード音も消え、まるで私しかオフィスにいないような感覚に陥る。


 そう感じた通り、扉を開けた給湯室も中に誰もいない。


しかし、

「ゴミ一杯だ。」

 ゴミ箱の中は可燃物でわんさかしていた。

隣のプラスチックごみの中もいっぱいで、

今にもあふれそうとばかりにゴミの嵩みで押された蓋が若干浮いている。


掃除当番の人、給湯室のゴミ箱チェックするの忘れてたのかな。

……どうせもう遅いんだしついでにしちゃおうか、1階のゴミ捨て場に持っていくだけだしね。

そう思って私は二つともゴミ箱から取り出すとビニール袋の頭を縛り、そのまま1階へともっていった。


階段を、重い足取りで一段一段降りていく。と、途中、


「お疲れ様。」


「あー、内川くん。」

 雨宮さんたちの部署がある1階下のフロアで、内川くんに遭遇した。


「もう上がりですか?俺も丁度終わったところなんですけど。」

 私が手に持っているゴミ袋に若干彼は視線を奪われつつも、私の顔を見て言葉を発する。


「あぁうん、終わったとこ。これ、給湯室いっぱいになっててね。」

 見せびらかすように私は少し、ゴミ袋を上にあげた。


「じゃぁ俺も手伝いますよ、一個貰えます?」


「ありがとう、ごめんね。」

 彼のやさしさに甘え、私はプラスチックごみの方を彼に差し出す。


「いえいえ。」

 私たちは一緒に更に下の、1階へと降り始めた。


「雨宮さんのとこ行ってたの?」


「そうなんです、そうなんです。」


「そっか。」

 また仕事を手伝いに行ってたって様子でもなさそうだし、仕事の依頼かなにかなのかな。

私は「お疲れさまだね」と改めて声をかける。


「市田さんは?」


「あーうん、ちょっと残業してて。お昼ヘマやっちゃってね…。」

 昼食中に長嶋さんに声をかけられた後、午後を回って再び彼に声をかけられた。


内容は、新たな仕事の依頼とかじゃなくて、

「朝提出した奴が計算ミスしちゃってたみたいで、一からやり直しになっちゃった。」


「珍しいですね、うっかりミス。」

 内川くんが気にすることないですよと、励ましてくれる。


「うーん。」

 長嶋さんに頼らずに頑張らなきゃと決意したそばからこれだからさ。

内川くんにありがとうといいつつ、心内で私は深く気にしていた。


「……そういえば内川くん。」


「はい。」


「速水さん最近、大丈夫?なんか疲れてそうだったから。」


「あぁ、お前頼むからもうちょっとしっかりしてくれって、俺すごい怒られてます。」

 内川くんの苦笑いに私も苦笑いで返す。

内川がなぁってバーで速水さんがつぶやいてたけど、あのため息もあながち冗談じゃなかったのかも。


「でも大丈夫ですよ。俺も気にかけてますからね。」


「そっか。」

 笑顔で私を安心させてくれようとしてるんだろうけど、ごめん内川くんちょっとまだ心配……かな。


「あ、速水先輩といえば。すごいんですよ、知ってます?」


「何?」


「今年の新入社員にもモテてるんですよ。」

 ひそひそ声で彼は言った。階段は思ったよりも響いちゃうから、それを気にしてるのかもしれない。


「すごいですねって先輩に言うと、アホかそういうの気にする前に仕事ってまた怒られちゃって。」

 彼はブーンと手に持っていたプラスチックゴミを大きく振った。


「まぁそういうのひけらかさない人じゃない、速水さんって。

なんか、あれだね。みんなアピールとかしてるのかな、木野さんみたいに。」


 自分じゃろくに行動できてないくせに、ほかの人のアタックは気にしてしまう……。

私って最低だな。


 階段は終わりをつげ、1階のフロアに私たちは降り立った。


「市田さんあれですよ、俺見てたら分かるでしょ?

男なんてね、アタックされたらころっといっちゃうもんですよ。速水先輩も男ですから。


もしかしての可能性にみんな賭けてるんじゃないですかねー。」

 もしかして、か。


「市田さんも自信もって何でもやった方がいいですよ。

仕事も恋愛も全部一緒ですよ。よーは。」


「……そう?」


「って、速水先輩が言ってました。」


「え?」


「速水先輩と恋愛トークたまにするんですよ。」

 にやっと内川くんは笑いながら、私の手のゴミ袋もむんずっと取って、二つポーンとゴミ捨て場に投げた。


「あの、速水さんに何か聞いてたり…?」


「さぁ。」

 含み笑いで内川くんは先に踵を返して歩き出す。


「う、うちかわくん!?ちょ、ちょっと!」


「帰りますよー。」

 私の声を無視して、彼は先々歩いていく。


なんか速水さんに似てきてない?内川くん!


「内川くん!」

 階段を上がり始めた彼の背にようやく追いついた頃、


「あれ、速水先輩あがりですか?」

 え、速水さん?

内川くんの口から先ほどまで会話に上がっていたその人の名が飛び出す。


「うん、そうだけど。」

 パっと視線を上にあげると、確かに藍色のスーツ…速水さんの目線が私のとぶつかった。


「あ…」


「市田。」

 彼も驚くように私の名を呼ぶ。


「今、市田さんのゴミ捨てに付き合ってたんです。」


「…そっか。」

 はいと返事する代わりに私はこくんと頷いた。


「市田もあがり?」

 速水さんは私と内川くんがいる下段まで降りてくる。


「はい。」


「じゃぁ待ってるから送るよ。」


「え?」


「内川も早く鞄もって来い、送るから。」

 速水さんは腕にしていた時計で時間を確認すると、車出してくると言ってそのまま出口の方へ向かっていった。


「ありがとうございまーす。市田さん行きますよ。」


「いや、え、ちょ。」

 さっきから、何かいろいろ気にかかることが多すぎて、!

内川くんが私と速水さんのこと知ってるかもしれなくて、そのことを聞こうとしてたら、

速水さんが現れて、それで今度は送ってくれるって?


トントン拍子で進んでいく物事に、私は若干目を回しちゃってるのだが、

気にせず内川くんは軽やかなリズムでどんどん階段を駆け上っていく。


ちょっと、待ってよ…!

彼においていかれないように私も慌てて階段を昇っていった。


 階段を上り終えるとすぐに帰り支度を終え、

今度は階段をいそいで降りて速水さんのところへ移動する。


待っていただいているとはいえ、小走り程度で十分だとは思うのだが、元陸上部ということも関係しているのか内川くんは全力で駆けたがる。

降りながら、今日一番体力と神経を使ったのは今じゃないかと私は思った。


会社を出ると、以前一緒に飲んだ夜と同じように、速水さんは車を待機させてくれていた。

ピカンピカンとハザードランプを光らせている点も同じ。


「市田さん助手席どうぞ。

俺酔いやすいんですよ、だから後ろ乗りますから。」


「や、私も後ろ乗るよ。」

 そう言うも、


「あー、俺のカバンと速水さんのカバンとで席埋まってるんで、前で…。」

 ごめんなさいと内川くんは言葉を残すと、後部座席の方へ体を移動させドアを閉める。


まぁ、そういうことならしょうがないか…。

渋々私は、速水さんの横に座らせていただく。

内川くんがいるってのに、彼の横に座るのはなんだか緊張した。


速水さんがどこまで内川くんに相談してるのかまだ知らないってのに。

でもなんかどぎまぎするんだ。

例えるなら、知り合いに彼氏と一緒にいるところを見られたのと同じ感じ。そりゃ、まだ速水さんと付き合ってないけど。


「すみません、お願いします。」

 シートベルトを着けると、


「内川の方が家近いから、そっち先いくね。」

 速水さんはすぐに車を発進させた。音楽は相変わらずついておらず静かな車内。

速水さんの匂いだけが広がってる。たぶん、たばこの匂い。泊まった時彼がすってた。


「さっき恋愛トークしてたんですよ、市田さんと。」 

 内川くんは身を乗り出すように、ぐいっと運転席と助手席の間の隙間に顔を滑り込ませた。


「内川は好きだよね、恋愛事。」

 速水さんが呆れたように笑う。

その表情を見ていると、改めて内川くんと気心知れてるんだなと思った。


「そうなんだ。」

 私はちらりと振り返って内川くんを見る。


「まぁ今は全然縁遠いんですけどね。」

 ははははとおかしそうに笑った。


 と、丁度信号が赤になり車が止まる。


「あ、速水さん、明日の会議何時からになりました?」

 内川くんは思い出したように、彼に尋ねた。


「14時。」


「了解です。」

 内川くんは胸元からメモ帳を取り出し、メモを書き落とす。時間以外にも何か書いているのか、せわしなくペンは動いている風だ。


「…お仕事大丈夫ですか。」

 私は速水さんに思わず話しかける。

内川くんからさっき、「俺が気にかけてますから」って言葉を貰ったばかりなのに、それすら忘れて私は速水さんに尋ねてしまってた。


「大丈夫だよ、市田は?」


「…はい、私も。」

 前の座席のブレーキランプが速水さんの頬に反射して、赤く染めている。たぶん、私の頬も。


「さっきも市田さん、速水さんのこと心配してましたよ。」

 内川くんがクスッと笑う。


「風邪ひいたばっかだから。」

 慌てて私は誤魔化すように、


「もう熱でたの1か月も前だけどね。」

 そう速水さんにクスッと笑われてしまったけれど。


 それから他愛もない話で盛り上がり、

ほどなくして内川くん宅に着くと車内を盛り上げていた彼に、お疲れさまと告げた。

彼がバタンとドアを閉じると、私たちの間に静かな空間が広がる。


内川くんの存在って大きんだなと改めて思った。

飲み会の時も、彼がいないのといるのとじゃだいぶ違いそうだ。


「…じゃぁ行くか。」

 速水さんがシフトレバーをPからDに変える。


「お願いします。」

 膝に置いている鞄を抱える手に自然と力が入った。


「道分かりますか?」


「んー大丈夫。」

 速水さんは進んですぐの道先を左へと曲がる。

私が知らない道だけど、たぶん私の家に繋がってるんだろう。


「あの、速水さん。」


「何?」

 内川くんがいて、聞けずにいたことを私は口にする。


「……内川くんに話してるんですか?」


「何を?」

 何をって…、そう言われると困るけど、、


「わ、私たちのこと?」


「何だそれ。」

 速水さんは少し笑った。


「いや、話してないよ。話していいんだったら話すけど。」


「や、だめですよ!」


「冗談。」

 彼はからかうような口調でまた言う。


「でもどして?内川なんか言ってた?」


「あっ、何か含み笑いをされまして……」

 ゴミ捨て場で彼が見せた表情を思い出す。

見たとき絶対、何か知ってるんだって予感したのになぁ、速水さん言ってないっていうし、私の勘違いだったのかな。


「俺じゃなくて、市田なんじゃない?」


「どういうことですか?」


「……市田なんかわかりやすいじゃん。」

 赤信号に捕まってたので、速水さんは私の顔を見ながらクスッと笑う。


「へ?」

 え、えっと、それは……私が速水さんのこと好きだって、

内川くん気づいてるんじゃないかってこと!?


「…なんか思い当たることでもあるの?」

 彼は意地悪く口の端を緩める。


「なんでもないですよ。」

 私はいじけたように言った。構わず速水さんは再び車を発進させ始める。

いっつも余裕だなぁ、速水さんは。


「残業してたの?」

 今度は速水さんが先に口を開いた。


「はい、ちょっとミスしちゃって。」


「そっか。長嶋に怒られた?」

 笑いながら彼は私に聞いてくる。


「長嶋さんは怒らないんですよ、だからそれがかえってツライというか…。

自分の未熟を痛感するというか。」

 自分が情けなくて私は苦笑してしまった。しっかりしようって思ったばっかだったんだけどな…。 


「ばかだなぁ。」

 落ち込む私を掻き消すみたいに、からかい口調な彼。


「だから言っただろ、焦るなって。ちゃんと見てるから自信持て。

隣の部署の俺がいうんだぞ、そばで見てる長嶋が分からない訳ないんだから。

気ばっか焦って、空回りしてるだけだよ。」


「…はい。」


「おらそろそろつくから、市田の家。」

 俯いていた頭を上げると、見慣れない道から馴染みのある車道へといつの間にか出ていた。

あと5分ほど走れば、私のアパートに着くぐらいの距離。


「大丈夫か。」

 優しくつぶやく彼の言葉に私はこくんと頷く。


「ばーか。」

今信号が青じゃなかったら、速水さんはたぶん、ぐしゃっと私の頭を撫でてくれていたんだろうなと思った。


「あの、速水さん。」


「ん?」

 車通りが少ない道に入ったせいで、車内がやけに静かさを増す。


「……またふたりで飲みたいです。」

 怖気ずに私は呟いた。ちっちゃくは、なってしまったけれど。


「キス魔になるから嫌だったんじゃないの?」

 からかって彼はそんなことを言う。


「…この間結局ならなかったじゃないですか、だから。」

 うん。

そんな私の様子を見てか、彼はクスッと笑った。


「いいよ。じゃぁ、今週末電話してきて。」


「電話?」


「日付決めないと。」


「あ、はい。」

 

「楽しみ?」

 今度はちょうど赤信号に止まっちゃって、彼は私の顔を覗き込むようにからかって聞いてくる。


「……楽しみですよ。」


「ふーん。」

 前の車のブレーキランプが明るいせいか知らないけど、速水さんの頬をもっと真っ赤に染めてた。

たぶん、助手席の私のも。


 青になると同時に、速水さんは2つ目の信号を右に曲がった。

「ついた。」

 駐車場に入りながら彼はつぶやく。もう送ってもらうの2回目なんだっけ。


「あ。市田ごめん、人いるからちょっと待って。」


「はい。」

 私の隣の部屋の人か分からないけれど、

同じアパートの住人さんがちょうど車で出るとこだったらしい。速水さんは隅の方に車を寄せられた。


「…カップル?そんなに部屋広いの?」

 速水さんが私に首をかしげてくる。


「いえワンルームですけど、気にせず同棲されてるみたいですね。」

 私もその人たちの姿を視界にいれることができた。確か、私の下の階の住人の人だったはず。


車がすれ違うその時に、ぺこりと頭を下げる。


「…同棲か。」

 速水さんは一度呟いて、車を進めた。


「どう思う?」


「どう、って…?」

 私は聞き返す。


「同棲いいと思う、悪いと思う?」


「んー、」

 そうだなぁ…


「まぁお互いを知るチャンスですからね。あうあわないを分からせてくれるというか。


……まぁでも、価値観とか生活スタイルとか合わなかったときショック大きいですよね。

好きだからってどうにかなるもんじゃないんだろうって思いますから…。」


「だよね。」

 ピーピー音を立てながら速水さんはバックで駐車し始める。


「でも、羨ましいですね…。」


「同棲?」

 私はこくんと頷く。


「まぁ同棲してたって付き合ってたって、

結婚に繋がるとは限らないですけど……、やっぱり羨ましいなぁ。」

 私はぎゅっと鞄を握りしめた。


「結婚したいの?」


「んー、微妙に違うかもしれないです。どちらかというと、結婚して終わらないことに安心したいというか。

まぁ、昨今は離婚も身近なものになっちゃいましたから、結婚しても不安なんですかね…。


…よくわかんないですね。」

 私は自嘲気味に笑う。


「あっ忘れてくださいね、こんな独り言。」


 何でこんな話しちゃったんだろ、引かれるに決まってるじゃんか。

前、今みたいに車内で話してた時は、私変にどきどきしてたし、

狭いところにふたりっきりってだけでこんなにも狂わせられるものなのかな。


「じゃぁ今日はありがとうございました。」

 また変なことしでかさないうちに、お暇しよう。


「週末、電話させていただきます。」

 シートベルトを外して外に出ようとする。


「じゃぁ結婚する?」


「へ?」

 外したシートベルトがガタンと車に当たった。


 シートベルトもびっくりしたのかもしれない、速水さんが「コンビニ行く?」って言うときと同じ口調で、そう私に言ってきたから。

思えばそう、初めて給湯室で彼が告げてきたあのセリフと同じ。彼の表情、口調も。


え?え?え?

間抜けみたいに口がぽかーんと空いてる私を、クスっと彼は破顔した。


「か、からかったんですね!」

 かーっと私の頬は勢いよく上気する。


一瞬とはいえ、真面目に受け取ってしまったじゃん。

速水さんは余裕そうに笑ってそんな私を眺めてる。


さすがにひどい!

真剣な悩みをちょっとだけとはいえ打ち明けたってのに、冗談で返してくるなんて!


「もう帰ります。」

 私はドアノブに手をかける。


「俺と付き合うこと考えてるんだったら、結婚のことも考えておいて構わないって言ってんの。」

 速水さんは私の頭をポンと撫でた、


「じゃ、おやすみ。」

優しい笑みを浮かべる。


「…えっと、」

 ん、あれ?結婚って話はからかいだったんじゃないの?でも今言われた言葉は冗談ではないよね…。


じゃぁ本気ってこと…ん?

まぁでも本気なのか冗談で言ったのかよくわからないし、今はとにかく


「おやすみなさい?」


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