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意地悪な片思い  作者: 下駄
クリーム
2/25

サンドイッチの甘い罠

クリーム(アイボリー)色:


ステイタスを高く見せる。

目○の人からの評価をあげる。


「……。」

目があった。


「……。」

また、目があった。



 いつも通りの月曜。

告白された金曜からの週末はあっという間に終わり、私は現在仕事に勤しんでいるわけですが……。


ちらりとのぞいて、目があったらすぐに視線を外して。

たまたま目があっただけですよ、心の中でそんな言い訳をしながら、

“その人”の姿を、私は朝から確認してしまっている。


隣の部署のその人。

部署は違うけれど個人が使用する主なデスクがある部屋は一緒のため、

パソコンの画面脇からその姿は毎日目にすることができる。


苦手なタイプだと遥に伝えたのは自分なのに、ばかだ私。

彼のこと意識しちゃってんじゃん。



あー!仕事しっかりしなきゃ!

これ、明後日までの企画なんだから!


顔をぶるぶると振って、私は企画資料をパソコンの画面わきに立てた。




 それから数日彼と直接話す機会はないまま、ただ目がたまにあうだけで、

会議室の整理を最後に、仕事を終えた私はオフィスの扉を開けた。


長嶋さん、長嶋さん……はいないと。


上司の長嶋さんに掃除が終わったことを報告しようとしたのだが、いるはずの席は空。

パソコンのウィーンという音だけで、長嶋さんだけではなく誰もオフィス内に今はいなかった。


誰もいないしついでにゴミ箱の回収ここのもしちゃうか。

手に持ったゴミ袋を片手に、私は同じ部署の人と共同スペースのごみを回収する。


シュレッダーの細かなゴミから始まり、紙やら昼食のごみなど今集めているのは可燃ごみ。

それでもゴミ袋にはまだ余裕があった。



給湯室、掃除したのかな。



することがないからと私はそこへ向かった。

歩くたび、ガサガサゴミ袋が音を立てた。




 キイときしむ音をたて給湯室の扉をあけた瞬間、コーヒーの香りが広がった。

誰かが絶えず小休憩をとりにくるここは、いつもその匂いがする。


コーヒーの香りが好きな私にとって、仕事中のここは至極の部屋、

それでも今の目的はそれではない。


ごみ、ごみっと。


水面台の横に設置されているゴミ箱のふたを開けた。

右側、赤いボディの可燃ごみ。

少量だったため手でつかみ、持ってきたゴミ袋にそのまま入れてしまう。


隣に並んでおいてあるペットボトルのゴミ箱はどうしようかと迷ったのだが、

既にゴミ箱一杯だったため、ゴミ箱にしていた袋を取り出し封をして一緒に捨てることにした。



これですることは済んだ。

あとは長嶋さんに報告するだけ。


しかし一向にオフィスに人が出入りする気配がしない。

私は開けっ放しの扉から向こうを覗いた。

やっぱり静かな廊下。会社に一人っきりみたい。


一杯コーヒー飲んじゃおうかな。

シンクの上に置かれているコーヒードリッパー。

私に飲んでほしいとばかりにあと1杯分ぐらいしかそこにはない。


私はもう帰るけど、今日残業する人には必要だよね。


カップに残りのコーヒーを注ぐと、豆を取り出し分量を少なめにそこにいれた。

ドリッパーがカツカツ音を立て始める。


そして唐突にだった。


「お疲れさま。」

 私の後ろ背に誰かが声をかけた。



 びくっと振り返った私。

少し藍色がかったストライプ柄の黒いスーツが目に入る。


給湯室来るんじゃなかった。

すぐにそう思った。

そう思ってしまう相手がそこにいた。


「お疲れ様です。」

 ああ本当この人ビターな匂いがする。

危険な、あやしい、そんな香りが。


「長嶋もしかして探してない?」

 彼はそういいながら奥の冷蔵庫前に移動した。


「…探してます。」


「あ、やっぱり?

ごめんさっきまで下で喋ってて俺がとっちゃってたんだよ。

長嶋も気にしてたよ。」

 何か取り出したのか冷蔵庫のパタンとしまる音が隣でこだまする。


「すぐ行ってみます!」

 今だ!とばかりに部屋から脱出しようとした私。


しかしすぐに動きが制止する。


「…コーヒー飲まないの?」



彼のその一言によって。


ああ、そうでした。

シンクの上のコップに入ったコーヒーがおいしそうに白い湯気をあげている。


「の、飲みます。」

 これをほっておくわけにはいかない…。



「どうぞ。」

 笑っているのか速水さんの声が少しだけからかい口調。


「……。」


「何?」


「……いえ。」

 若干むっとしながら私はカップを手に取った。


彼のからかい口調で分かった。

今の、わざとだったんだ。


私が動揺してること見透かして、わざとここから逃げれるようなタネをまいて、

それでもコーヒーがあるから私はそれができなくて。


全部わかってて、

「長嶋が探してたよ」なんて逃げる口実を私に。





 コーヒーカップで半分顔を隠しながら隣に立つ速水さんをちらりと覗くと、

彼はもぐもぐとサンドイッチを食べていた。


黄色い和紙にくるまれているそれは、すぐに市販のものではないと気付く。

あ、会社前のすごいおいしいって評判の奴だ…。


数量限定でなかなか食べれないっていう。

確か中には半熟卵と生ハム、耳つきのパンがふわふわ―――。



「……ほしい?」


「え?」


「そんなにじっと見てくるから。」


「いやいやいや!」

 私はあわてて視線を外すとゴクっとコーヒーを飲み込んだ。


時間をおいていてよかった、

冷めていなかったら口も食道も今頃ただ事じゃない。



「俺あそこの馴染みだから特別に取り置きしてもらってるんだけど。」

 速水さんはそういって、最後の一つのサンドイッチを袋から取り出すと

包装紙をくしゃくしゃと手で丸めてそれを差し出した。


「回収します…。」

 ボールのようにカチカチに固まった包装紙。

さっきまで掃除してたこともお見通しか……。



「忘れ物。」

 ゴミ袋に入れようとした私に、彼は間髪入れず声をかけた。


空いた私の左手を彼は掴むと、手のひらの中にサンドイッチを収める。



「いいですよ!食べてください!」

 あわてて断りを入れる私。

差し出した反動で、中に挿まれている卵がぷりっと揺れる。


そんな私も、サンドイッチも彼は知らんぷり。

新しくカップを取り出した。


「俺は珍しくないから食べてやって。

ゴミ回収とコーヒーのお礼だと思って。」

 コツンと彼は手に持ったカップを私が置いたカップに当てた。


コフッという変な音。



別にただ仕事しただけなのに……。

納得がいってない私を彼は気にする素振りもなく、私がさっき作ったばかりのコーヒーを注いだ。


彼はコーヒーを一口飲んで、顎をくいっと動かす。

食べてってことかな…。


「じゃぁ本当いただきますよ?

後からだめとかなしですからね?」


くすりと速水さんは笑った。


「い、いただきます。」


「どうぞ。」

 彼の口元が緩む。



もぐもぐもぐ……


「お、おいしい!」

 冷蔵庫に入れていたから少しカチっとしてるけど、

それでも市販のものと比べ物にならないくらいふわってしてて。


パンについてる焼き目と、切り落とされていないパンの耳が見た目以上にいいアクセントをしている。

お腹が特にすいていたわけでもないのに、ぺろりと私は平らげてしまった。


「おいしかった?」


「とっても!」

 興奮気味に私は返事した。


「あほ面。」

 彼がくしゃりと笑いながら呟く。


また悪態ですか…。

そう思いながらもなぜだか悪い気はしなかった。


 パンをくれた速水さんは優しい。

ゴミ回収もコーヒーを作ったことを気遣ってくれたことも。


でも今みたいに口がたまに悪くて、私をからかってきて

優しいのか意地悪なのか。


あの告白も、もしかすると意地悪の一種……だったり。


「欲しいときはいつでも言って。」

 洗面台に体重を預けたまま彼は言った。


私はこくんと頷く。


なくなるコーヒー。

私のも、彼のも。


変なの。

二人っきりがすごい嫌だったのに、今は別に、


特別に嫌とか逃げたいとか、


そういう感情は………うん。




「……餌付けしてるみたいだなぁ。」


「え?」


「嫌われた動物にエサあげたら懐かれたみたいに。」


言っていることが分からず、首を傾げた私に速水さんはふっと笑った。


「市田は子犬みたいだよね、キャンキャン吠える。」

 一気にハハハと一人で笑い始めた彼。

ポカーンとする私を一切無視。


「もうサンドイッチ頼みませんからご心配なくです。」

 べーっと舌を出したい気持ちだった。



 空になったカップをごみ袋に入れて私は立ち去ろうとする。


「市田。」


 私の脚がぴたりと止まる。



「仕事中はねだってこっち見ないこと。」

 驚いて振り返る。


速水さんの口元は緩んだまま。



「っ。」


違う、きっとこれは“これから”の注意じゃなくて。



告白されて意識して

ちらちらと速水さんを見ていた私を彼はからかって……。



「も、もう見ないのでご心配なくです!」 


な、なんなんだ、なんなんだ。

本当に速水至ってやつは!



ガサガサ激しく音を立てるゴミ袋。


ボールのように固まった和紙を、私はまだ手に持ったままだった。



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