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意地悪な片思い  作者: 下駄
イエロー
10/25

誤解のからまわり


 ふらふら左右に揺れている黄色い猫のおもちゃの前、私は後ろにくくった髪を結びなおす。

出勤している日に髪のことを気にしたのはいつぶりだろう。

くくり直したことなんかあっただろうか。


それでも今日は朝巻いたおくれ毛がいまだふんわり保たれてることに嬉しくなったりしてる。

逸る気持ちも少しだけ収まったかな。


頭をぐるりと斜め上に向けて後ろ髪の様子もチェックする。

お店のお手洗いということもあってさすがに鏡のサイズは大きい。


水面台は3つ並んでいるけれど私以外に誰もいない。

個室の中にもだ。

まだ会社終わりに飲みに来る人のラッシュには早いのか私は3つある個室のトイレを独占中、といっても呑気にここで容姿確認している場合でもない。


お店に入り簡単な注文を終えてから、長嶋さんに断りを入れて私はお手洗いに今いる。

長嶋さんが一人席で待っているのだ。

私たち二人は誘われた身でありながら早くに仕事が終わったため、内川くん達もまだ来ていない。


食事がすでに運ばれていれば長嶋さんも時間をつぶせるだろうけれど

それもなしじゃ居心地もわるいはず。


「よし。」

 気合いを入れて私は最後にコツンと猫の頭を撫でた。


私が触れたせいで先ほどよりも激しくなる動き。

がんばれって言ってくれている気がした。




「あれ?」

 席に戻って驚いた、長嶋さんの前に既に一人誰か座っている。


「おかえり、市田。」


「さっき着きましたー。」

 長嶋さんの正面に座り、にこりと笑みを浮かべる内川くん。


「ただいまです。」

 もうしばらく彼らがお店に来るまでかかりそうだと思っていたのだけれど予想よりも早く着いたようだ。

自分が思う以上に長時間お手洗いにこもっていたという可能性もあるけれど。


速水さんの姿はまだ見えないけれど、彼はもう少し遅れてくるかお手洗いかどちらかなのだろうか。

私はまだそのことに触れず、


「早かったね。」

 席に着きながら私は彼に告げた。


「あー、本当にさっき着いた感じなんですけどね。」


「そっか。」

 カバンの中にいれていた携帯を取り出し、

連絡を確認すると確かに数分前に彼から「着きます!」と1件届いている。


「すいません。」

 隣を通りかかった店員さんに内川くんはビールを一つだけ追加注文した。


「あれ……」

 疑問に思った私は内川くんに口を出す。


「速水さんそんなに遅くなるの…?」

 口に出すには少し勇気がいった彼の名前。

でも思わず私はそう言っていた。


「あ、それなんですけど。」



「お待たせしましたー!」

 間が悪いことに、さっきの店員さんとは別の人がテーブルに頼んだ注文を運んでくる。

忙しくなってきたのか、からあげ、サラダ、ポテトなどてきぱきと運び済ませてあっという間に去っていった。


「他なんかほしいものがあったら頼んでいいからな。」

 長嶋さんが彼に優しく言い、


「ありがとうございます。」

 にこりと笑った内川くんは本当にうれしそうで、あどけない顔立ちがくずれさらに幼くなった。


おてしょうや、お箸、おしぼりを私は配り終わり、


「まあとりあえず乾杯するか。」

 という長嶋さんの掛け声で私たちはお酒を手にもつ。

真っ黄色の上にもくもくと白い雲がおいしそうに泡立っている。


速水さんには悪いけど、あとでまたもう一回したらいいよね。


「かんぱーい」という二人の声と共に私はコツンとコップを合わせた。


「うめー!」


「うまいっすね、やっぱり!」

 ハッハと彼らは笑いあう。


私もごくりと一口含んで、ほほえましく彼らの様子を見守った。


「あ、で、速水先輩なんですけどね。」


「うん。」



「断られちゃって、さっき。」


 内川くんの言葉を聞き終わるまでに、私はそっと結んでいた髪留めをほどいた。




「ありがとうございましたー。」

 元気な店員さんの掛け声の後押しと共に私たちは店を出る。


「大丈夫ですか?」

そう言って飲み過ぎを心配されているのは、長嶋さんではない。


「内川頼むな…

市田は歩いてたらその内酔い覚めてくるから。」

長嶋さんは私とは真反対の方向であることを悔やんでいるようだった。


「はい、ちゃんと送り届けます。」

内川くんは困り顔で私を見つめる。


「お疲れ様でしたー。」

ふらふらとした足取りで私は長嶋さんに別れを告げた。


頭がガンガンする。

完全に飲み過ぎだ。

なにやってんだ、ばか。


顔をしかめながら私は頭を押さえた。


「辛かったら言ってくださいね、ゆっくりで大丈夫ですから。」

隣でそう言ってくれる内川くんの優しい言葉がまた私を情けなくさせる。


2時間ほどあれから飲んで、私はあんまり記憶がない。


ただくだらない話を話して、聞いて

楽しい時間を過ごしたのだと思う。


そうじゃなきゃこんなに飲むはずがない。


「気持ち悪い。」

やきやきしてきた胸のあたりをぎゃっと私はつかんだ。


「どっか座りますか?」


「ううん、大丈夫。本当にごめんね。」

 差し出されたペットボトルのお水を私は飲む。


「鬱憤でもたまってたんですか、お酒そんなに強くない市田さんがこんなに飲むなんて。」

 “こんなに”といわれても、どれだけ飲んだかなんて分かんない。



「うーん…。」


飲んでいる間の会話の記憶が浅い中、覚えていることは2つか3つ。


1つ目は本当にくだらない会話。

「今年もクリぼっちだー」って内川くんが確か叫んでた。


ってくだらなくはないか、ごめん内川くん。

訂正するよ、内川くんの悲痛の叫びの話だ。


2つ目は、速水さんの話だ。

彼は来なかった。

「来れない」か、「来なかった」か違いは分からないけど、でも来なかった。


3人で私たちは飲んだんだ。



「寒いですね。」

 はぁっと彼が白い息を吐く。


「ね、内川くん。」


「ん?」


「この間より飲んでないみたいだけど、私のせい?

一番飲みたがってたのにごめんね。」

 頬にあたる冷たい風とあのひとによる空虚感が酔いをさましてくる。


「飲んでます、飲んでます。」

 彼がかわいげな表情を浮かべる。

弟がいたらこんな感じなんだろうか。


「強いていうなら市田さんが今日飲んでるから、しっかりしなくちゃなって。」


「…ん?」


「人って守りたい人がいるとちゃんとしようって思うっていうか、

俺がやらなきゃ!みたいな使命感が出てくると思いません?

そんな感じです、俺は今。」

 彼はそう言って照れたのか笑った。


「速水さんには守られる立場なんだね、じゃぁ。

この間は全然ピシッとしてなかったから。」

 からかうとばつが悪そうに彼はまた笑う。



「速水先輩、来たらよかったのになー。」

 白い息が内川くんの口から漏れた。


「ねぇ。」


「んー?」


「速水さん…なんで来なかったの。」


もしかして、私のせい?


「理由は聞いてないんですよー、

俺、仕事終わって会社前で待ってたんですけどね、やっぱいけねーって連絡来て。」


「そっか。」


「まぁ朝から忙しそうにしてたから大丈夫なのかなって思ったんですけど。」


 電車の音が遠くから聞こえてくる。


「じゃぁ仕事があったのかな。」


「かもですねー。

あんまり誘って振られることないから大丈夫だと思ったんですけどね。」

 

「……そう、なんだ。」


「速水先輩がいたらもっと楽しかったのにな~。」

 ポケットに両腕を彼は突っ込んだ。


あんまりのタイミングに、私ははまってしまったのか。



「私がくるって知ってたの?」


「速水先輩がですか?」


こくんと私は頷く。


「知ってましたよ。」


「そっか。」

なら避けられてるって可能性はちょっとは減るのかな。


「朝会った時に言ったんですけどね、

長嶋さんたちオッケーでーすって。」


「朝?」


「朝です。」


え、それじゃあ…


朝私が来るってことを知って、

夕方やっぱり行くのやめようって思って避けた…、ともいえてしまう。


「でもまた今度誘えばいんですから、懲りずに4人で改めて飲みましょ。」


「うん。」


また今度、か。




「じゃぁ俺ここですけど、市田さん大丈夫ですか?

バス停までよかったら送りますよ?」


「ううん、本当に大丈夫。

歩くの付き合ってくれてありがとう。

今日も誘ってくれて、本当楽しかった。」


「ならよかったです。」

 内川くんの笑顔が私の心にぽっと小さな火を灯す。


「あ、市田さん!」


「じゃぁ」と言いかけた私だったが、彼のその言葉に「何?」と聞き返した。


内川くんは黒の真四角のカバンの中から、携帯電話を取り出すと、ポチポチと何回か画面をタップした。


何だろうと思いながらなんとなく私も自分の携帯を取り出す。

すると数件、内川くんから連絡が届いているようだった。


「何送ったの?」

 直接言えばいいのに、と私は笑った。


「速水先輩の連絡先送っときます。

さっき、長嶋さんの連絡先ゲットするの手伝ってくれたから。」


「……え?」

 

そうだ、3つ目。

内川くんは長嶋さんの連絡先が知りたいとのことで、私が長嶋さんに確か言ったんだ。

「内川くんに連絡先教えたらどうですか。」 って。

それで私が送ったんだっけ、長嶋さんの連絡先を、内川くんの携帯に。


「速水さん、女の子のお誘いは破らないと思うんで、

市田さんからも速水さんに飲みましょうって送っといてください。」


「や、いや、内川くん?」


「じゃぁおやすみなさーい!」


 手を振りながらキャンキャンと内川くんという名の犬が駆けていく。


も、もう!

なんでこう内川くんって去り際に爆弾を落としていくんだろう!


「どうしよう…。」


速水 至


私の携帯にその名が表示されている。



 

 次の日の土曜日、「えい!」という掛け声とともに彼を追加した。


それまで画面上にはなかった、新しい友達+1という文字が呑気に表示されるようになる。


分かったから、もう表示してくれなくていいってば!


決まって現れるその文字を見るたび、どきっと私の胸が激しく鼓動するんだ。

昨日までは何とも思わなかったその機能がとてもじゃないが嫌で仕方がない。


少したって、新しい友達の欄が消えると彼が入ってくるまでのLINEに戻ったようで気が収まった。


だから調子に乗ってつーっとスクロールしちゃったのが余計なことだった。

もしかしたらいないのかもしれない、そう変な思い違いを起こすところが私のダメなところだと思う。


「う。」


はの欄に彼の名はやっぱり並んでいた。


がくっと頭を落とし、私は携帯を机の上におく。


結局何をすることもなく、そのまま土曜日は追加するだけで一日を終えてしまった。




 日曜日。

私は起きて、時計の針を確認するために再び携帯を開く。


昨日はあれから全然携帯に触れていないので充電の残量も昨日のまま、半端な45パーセント。


なくなった約55パーセントの電気は速水さんの連絡先をどうしようかと迷っていた証。


起きて早々、昨日の問題があっけなく私の心と頭を支配してくる。

内川くん、あの調子じゃ速水さんに

「市田さんに連絡先教えますよ。」なんてアシストもしてくれてないんだろうな。


突拍子な思い付きって空気が露骨に出てたし…。

別れ際の内川くんの顔を思い浮かべていた。


「何て連絡したらいんだよー。」

 1か月半も喋ってない、気まずい感じなのに。


私はホームを開いた。

このまま連絡しないってのも一つの手かな。

まずいことになったらその時はなんやかんやで誤魔化せばいいことだし……


あれ、なんで?

開いたホームには、また新しい友達のところに誰かがプラスされていた。


速水さんがまた表示されるようになっちゃったの?

ところが名前を確認すると全く見当がつかない知らない人の名前がそこにある。


なんだ、たまにある悪戯のやつか。

私はタップするとすぐにその人のブロックを完了させた。


一件落着、もういっか。

連絡した方がいいと思うけど、やーめた!

ポーンと私は携帯をベッドに投げ捨て、朝食の準備に取り掛かる。


卵を一つ焼く前にハムを一枚ひいて、茶色の焦げ目をつけたらプルンとおいしそうに卵を落とす。

時々卵から鳴る、空気が破裂する音が私の食欲を一気にかき立てた。


そのまま小皿に移して、昨日の夕飯の残りであるトマトを添え、

茶碗にご飯を盛ると、「いただきまーす」と私は勢いよく食べ始める。


おいしい、幸せだ……!

パク、パク、白いご飯の2口目を口に入れたとき、私はベッドに投げ捨てた携帯を見た。


「……やっちゃった。」


誰か知らない人をブロックしたとき、一つ重要なことに気が付いていた。

気が付いたからこそ、私は朝食づくりという名の逃避に勤しんだ…。


昨日は気が動転していて忘れていたこと、

でもとても大事なこと―――


追加したら、

相手のところにも私の連絡先がおすすめされるようになるんだっけ。



それってつまり、


速水さんに、

私が速水さんの連絡先を追加したってことがばれているってこと……。


ガクッとさがる私の頭。

私の脳内には、バッハのトッカータとフーガニ短調が流れていた。




「まずいまずいまずい!」

 一気に私の頭がパニックに陥る。


「送らない訳にいかなくなっちゃうじゃん!」


どうしよう、なんて送ろう。

携帯を手にした私は思いついた文字を打ち込んでいく。


『お久しぶりです、市田です。

内川くんに連絡先教えていただきました。

一昨日の飲み会は3人で失礼しました、

また機会があれば今度は4人で行きましょう。』


ってこれじゃ、私が内川くんに連絡先聞いたみたいになっちゃうじゃん!


何でお前俺の連絡先知りたがってんだよ、って速水さん絶対なるし!


いや、別に知りたがってないし!

内川くんが強制的に送り付けてきたわけだし!


といっても本音言うと

内川くんに長嶋さんの連絡先教えたとき

速水さんの連絡先持ってるのかなってちらついたのも確かで……。


やーやーとにかく!

これはもういろいろ問題があるからボツ!


一気に文字を消すと、うーんと考えてまた新たに打ちこんでいく。



『お疲れさまです、市田です。

内川くんに長嶋さんの連絡先を教えたので、

私もその際速水さんの連絡先をいただきました。


内川くんが昨日は速水さんがいないと残念がってましたので、

また別の機会を設けてあげてください。』


……長い。


口で言ったら別にそうでもないのに文字で送るとなると長い…。


絶対これ見た瞬間「う」ってなるよ、速水さん。


もっと短く。

もっと端的にしなきゃ……。



『休日に失礼します、市田です。

一昨日の飲み会楽しかったです、速水さんはお忙しかったんですか?』


って来なかった理由聞くのは…!


速水さんは私がいるのが嫌で来なかったってこともあり得るんだし、

自分で墓穴を掘ってるようなもんだ。


これは当然ボツ、ボツ。

私はバツ印のところをタップする。


でもすぐにタップするのをやめた。


なんで本当に来なかったんだろう。

いろいろ話したかった、話さなきゃいけないこといっぱいあったのに。


仕事がもし理由じゃなかったら、

来なかったのは、確実に、


私に呆れたってことだよね。



避けたのは速水さんのことが嫌いだったから。

本当はそうじゃないけど、あの飲み会の後の会話で

速水さんがそう勘違い起こしていても不思議じゃない。


としたら、私のこと嫌いなって当然だ。

避けたとして当然だ。


私だって嫌いだと思われている人に近づこうだなんて思わない。



「……ばかだな、私。」

先ほどは消さなかった文字を今度は間違いなく私は消した。


真っ白になるスペース―――

私は新たな文字でそこを黒くしていく。



『市田です。

内川くんに連絡先伺いました。


また4人で飲みたいです、速水さんも今度は絶対一緒に。』


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