セーラの思い
翌日、セーラはトレッカの元で元気に過ごしていた。
周りの皆は優しいし、与えられる仕事もなんだか楽しい。
夕食をトレッカたちと一緒にとり、そこでもセーラはにこにこと楽しく過ごした。
だがコーシが帰らない夜は、予想以上に堪えた。
コーシの気が変わって、もうこのまま帰ってこないのではないか。
そんなことばかり浮かんでくる。
窓辺に手をつき伏せていると、ドアが小さく鳴った。
「セーラ」
トレッカが顔を出すと、セーラは慌てて笑顔を取り繕った。
「なあに?」
「いや、寂しがってるんじゃないかと思ってさ。あんたはコーシに、ぞっこんらしいからね」
トレッカはウインクすると温かいブランデー入りのミルクを差し出した。
セーラは首を振るとにっこり微笑んだ。
「ありがとう。大丈夫だよ!コーシは明日、帰ってくるんだし…」
言いながらも自信がなくなり、声のトーンが下がる。
トレッカはセーラにミルクを渡すとその前の椅子に腰掛けた。
「あんたとコーシのこと、聞いてもいいかい?」
セーラは困ったように首を振った。
「どうして?」
「余計なことは、言わないようにって…」
年長者の女は眉を寄せると腕を組んで考え込んだ。
「分かった。じゃあ答えられるところだけでいいから聞くよ」
セーラは少し構えると背筋を伸ばした。
「あんたはコーシのことが好きなんだね?」
思ったより答えやすい質問に、少女はほっとして頷いた。
「じゃあコーシはあんたのことが好きなのかい?」
昨日と同じような質問に、セーラは瞬きして首を振った。
お喋りをしていた少女たちに聞いていたのだろう、トレッカは特に驚きも見せずにじっとセーラをみつめた。
「どうしてそう思うの?あの子の事だから好きだとか言われたことはないだろうけど、ほら、態度とかで分かるものもあるだろ?」
セーラは不思議そうに瞬くと小首を傾げた。
「でも、コーシは愛情の押し売りはいらないって…」
しかも四ヶ月したらいなくなることを悪どいとも言っていた。
つまり、コーシは全くセーラのことなどいらないと思っているのだ。
少なくともセーラはそう解釈している。
だからコーシが突然自分を放り出しても文句を言うつもりはさらさらない。
「今はコーシは私をそばに置いてくれてる。だからその間だけでも、私はコーシを愛していたいの」
無垢な瞳で淡々と落とす少女の言葉は、聞けば聞くほど理解できない。
トレッカは組んだ指に力を込めた。
「だけどそれじゃあ…あんたが淋しいだけだろうに。コーシに愛されたいとは思わないのかい?」
セーラは俯くと小さく首を縦に振った。
それはヒューマロイドとしては禁忌に触れる願いだ。
どんなに愛を注いでも、決して見返りを求めてはならない。
トレッカはセーラの頭を抱え込むと、背中をゆっくり撫でた。
「可哀想に。あんたは愛を、知らないで育ったんだね」
セーラはびっくりして大きな目をさらに大きくした。
「あのっ…!!」
「いいかい、よくお聞き。人は人に愛されないと本当の愛なんて学べないんだよ。上辺だけの愛情なんて、鬱陶しいだけさ」
セーラは衝撃に身を固くした。
コーシは愛情の押し売りはいらないと言った。あれはこういうことだったのだろうか…。
小刻みに震えだしたセーラの体を優しく撫でると、トレッカは慈愛深くセーラの頬にキスをした。
「あんたはいいこだよセーラ。コーシはきっとあんたを気に入ってる。少しは信じて身を任せてみたらどうだい?」
セーラは俯くばかりで、いつもみたいに素直に頷くことはなかった。
トレッカは困ったように微笑むと、セーラを離した。
「ほら、ミルクがさめちまうよ。それを飲んでゆっくりお休み」
セーラは言われるがままに一口飲んだ。
「…美味しい…」
少し落ち着いたのか、柔らかい笑みを見せる。
トレッカは苦笑しながら席を立つと扉に手をかけた。
「お休みセーラ。淋しくなったらいつでもおいで」
セーラはいつもの可憐な笑みを取り戻すと嬉しそうに頷いた。
「うん。おやすみなさい」
トレッカは微笑みを残すと、そっと扉を閉めた。