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刹那にて  作者: ゆいき
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レイビー

眠れぬ一夜を終えたコーシは、やっと明るくなってきた部屋の中で気怠い体を伸ばした。


「コーシ、おはよう」


コーシとは対象的に、すっきりした顔で起きたセーラが隣から声をかける。


慣れぬバイクに相当疲れていたのだろう。

セーラは昨日あの後すぐに眠り込んでいた。

コーシは簡易ベッドにセーラを運ぶと、その隣で朝になるまで座り込んで煙草を咥えていた。

眠るセーラの横顔を見ていると、頭の中でカヲルの言葉が勝手に回った。

だがこれはどう考えても自分の手に余ることだ。


結局、朝方にコーシが出した答えはサキを探すことだった。

我ながら情けないとは思ったが、サキなら外の世界の事も熟知している。

セーラをなんとかする方法も知っているのかもしれない。


「今日は下へ降りよう。食いもんも買わないとな」

「うん!!」


屈託のない笑顔を見ていると、本当はセーラは何も知らないのではないかと思えてくる。

コーシは二、三回頭を振ると、少しでも目が覚めるように顔を洗いに流しへ向かった。


久々に見る集落、レイビーは相変わらずのんびりした風景だった。

一般市街ともスラムとも少し離れたこの場所は、一種独特の穏やかさがある。


「あれ、コーシ!?コーシじゃないか!!」


集落の入り口をくぐると、すぐにピンクのふわふわ頭を束ねた三十過ぎの女が走り寄って来た。


「久しぶりじゃないか!!サキは?一緒じゃないの?またなんで今時期に…」


嬉しそうに話しかけてきたが、その隣にいる少女に気付くと思わず言葉が途切れた。


大きなガラス玉の様な瞳は愛らしく瞬きこちらを見上げている。

輪郭を縁取る薄水色の髪は光を反射して艶めいているし、白くきめ細かい肌は見た目にも柔らかく、薔薇色の頬と唇は瑞々しく赤みを刺している。


トレッカはコーシの腕を引っ張ると小声で言った。


「あんたっ…!!どっからさらって来たのあんなお嬢さんを!!」


コーシは腕を振り払うと顔をしかめた。


「んなわけねーだろっ!!」


トレッカは冗談抜きで心配そうに眉を潜めた。


「一般市街の上流階級にだって中々こんなお嬢さんはいないよ。バカだねぇあんたまで犯罪に手を染めるなんて…」

「だから違うって!!」


コーシは苛立ちながら否定したが、トレッカはうんうんと頷くとセーラを見つめた。


「あたしはトレッカ。あんたはどこのお嬢さんだい?」


セーラはその愛らしい顔で微笑むと鈴の様な声で答えた。


「セーラです。私はどこのお嬢さんではなくて、ただコーシを愛するために…」

「セーラ!!」


コーシが急いで制止すると、セーラはきょとんと瞬きをした。

トレッカは可憐な花のような少女とコーシを見比べると、したり顔で頷いた。


「で、あんたは何しにわざわざここまでこの子を連れて来たんだい?」


コーシは少し考えると、単刀直入に切り出した。


「サキを探しに行きたいんだ。どこにいるのか検討がつかないから何日かかかると思う。俺がいない間こいつの面倒を見てもらえないか」


トレッカは目を見張るとセーラを見た。


「確かに、こんな子連れてウロウロするのは危ないだろうからそれはかまなわいよ。ただ…」


しかつめらしく眉を寄せると声を落とす。


「本当にさらってきたんじゃないんだろうね?」

「なんで俺がわざわざそんな面倒臭いことしなきゃなんねーんだよ!!むしろこいつに押しかけられて困ってんのは俺だぜ!?」


トレッカは目を瞬かせるともう一度セーラを見た。


「…本当かい?」


セーラはぱっと顔を赤らめるとこくこくと頷く。

コーシの腕にそっと手を絡めると花のように微笑みかけている。


「おい…」


コーシはすぐに引き離したが、それほど嫌そうにも見えない。

トレッカは冷静に観察すると一つ息をはいた。


「分かった。あたしが責任持って預かるよ」

「悪い、助かるよ。明日の朝から連れて行く」

「はいはい、準備して待ってるよ」


コーシはセーラの手を掴むとさっさとその場を後にした。

トレッカは感慨深い吐息を漏らすと、湧き出る親心でその背中を見送った。


「あのコーシがねぇ…」


にやにや笑いを抑えながら、トレッカも明日の準備に備える為に急いで戻って行った。


コーシはそのまま簡単な食料を買い込むために小さな商店へ出た。

セーラは適当にパンを袋に放り込むコーシを見上げると、不安そうに言った。


「コーシ、どこかへ行くの?」


コーシは何の説明もしていなかったことに思い至り、会計を済ませてから話し始めた。


「あぁ、一応セカンドハウスで待ってりゃサキはそのうち来ると思うんだけどな。あいつ下手したら半年待たせることもざらだからこっちから探しに行く」


コーシの服の裾を掴みながら、セーラはまだ不安そうに見上げてくる。


「俺はすぐ戻って来るから。俺のいない間だけさっきのトレッカの所で待っていて欲しいんだ」


セーラは何か言いたそうにしたが、ぐっとそれを飲み込むと笑顔を見せた。


「うん分かった!ちゃんと待ってるね!」


コーシは屈託のない笑みを見せるセーラの鼻を軽くつまんだ。


「でもその前に余計なこと言わないように決め事をしておかないとな」

「決め事?」


セカンドハウスへ戻り簡単な食事をとりながら、コーシは考えていた設定を話した。


「いいか、お前は一般市街の孤児院から来たんだ。スラムで迷子になっていたから、俺が保護してる。間違ってもヒューマロイドであることとか、俺を愛するために存在するとか、ややこしいことを言うなよ?」


セーラはミルクを持ったまま不思議そうに首を傾げるとコーシを見つめた。


「でも、コーシが好きなのは、嘘つけないし…」


コーシは額に手を当てるとテーブルに突っ伏した。

せめてセーラが十人人並みの容姿なら、まだ耐えられたかもしれない。

だがどう見ても精緻な人形のように美しい少女が紡ぐ純真な愛の言葉は、偽りと承知していても心が騒ぐ。


コーシは煙草を取り出すと、心を落ち着けるように火をつけた。


「…分かった。とりあえず、トレッカたちにはお前は俺の女だって言っとく。だからそれ以外は余計なことは言うなよ?」


セーラは少し考えてから素直に頷いた。


「その方が余計な虫も寄らなくていいか…」


コーシは小さく呟くと煙草に口を付ける。


「コーシ?」


覗き込むガラスの瞳に心が揺らぐ。


もし、セーラを救うことができたら…?

この先を人として生きることが出来るのだとしたら?


コーシは一刻も早く博識なサキを探し出し、その望みが本当に不可能なのか確かめたかった。


「なんでもねーよ。今日は明日からに備えて一日ゆっくり休もう」

「うん!」


お腹が膨れると自然と瞼が重くなる。

昨夜一睡もしていなかったコーシは煙草を灰皿に押し付けると、ソファに転がった。


セーラはテーブルを片付けるとベッドからかけ布を運び、寝息を立て始めたコーシにかぶせた。


「コーシ…」


愛おしそうに呼びかけると、ソファの横に座り込む。

セーラは頭だけコーシの胸に寄せると、幸せそうに目を閉じた。

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