ヒューマロイドの運命
コーシの走らせたバイクは、ちっぽけなゲートをくぐり抜けると再びシェルターの中へ入った。
ここはコーシのいた中央区よりだいぶ西側になる。
地上から続く道とも言えない道を下ると、なだらかな丘の上に出た。
バイクを崖ギリギリに付けると、小さな集落が下の方に見える。
「あれはサキがスラムに来た頃に住んでた場所だ。ここに来る前からの仲間が居着いてる」
「コーシは住んでなかったの?」
「住んではないが間借りしてこの辺りもうろついたりしてたからよく知ってる」
ゆっくりバイクを転がすと、緩やかな坂を下る。
「この辺りの奴らは警戒しなくても大丈夫だ。なによりサキのセカンドハウスは俺とM-Aとカヲルしか場所を知らない」
セーラはコーシの背中伝いに響いてくる声を心地よく感じながら頷いていた。
丘の中腹でバイクを止めると、コーシはひらりと降りた。
ゴーグルを外しセーラに降りるように促す。
「こっから入る」
「え?どうやって…」
バイクを突き出た岩陰に隠すと、コーシは自然に出来たように見える丘の窪みにするりと滑り込んだ。
「こっコーシ??」
「こっち。来いよ」
セーラは戸惑いながら怖々と中を覗き込む。
焦れたコーシはセーラの腰を掴むと軽々と抱き上げた。
「さっさとしろよ。部屋に入ったらすぐシャワーで放射能を洗い流さねーといけないんだよっ」
セーラは頬をほんのり染めると身じろぎした。
「コーシ、私自分で歩くよ」
「お前いつも散々自分からひっついてくるくせに何赤くなってんだよ」
コーシは呆れてセーラを見たが、りんごのような顔を見ていると何だかからかってやりたくなった。
薄水色の柔らかい髪をすき、滑らかな頬に唇を寄せると耳元で囁く。
「このままシャワー室まで運んでやるよ。俺が洗い流してやろうか?」
「ここ、コーシ!!!」
セーラは驚きすぎて思わず両手に力を込め、手が伸び切るまで距離をとった。
いつもの仕返しが出来た気分になり、コーシはにやりと笑った。
「なんだよ?別に構わないだろ。前だって俺が洗い流してやったん…」
セーラと目が合うとコーシは言葉が続かなくなった。
コーシの腕の中で身じろぎしながら、セーラは赤い顔のまま恨めしそうに見上げてくる。
ガラスのような瞳は潤みがちで、愛らしいセーラの顔を更に瑞々しくさせていた。
「…もぅ…」
小さく吐息をこぼすと顔を隠すようにコーシの胸に埋める。
「…セーラ」
軽くからかっただけのつもりだったのに、熱いものが身体をよぎったはコーシの方だった。
強烈にこのまま抱きすくめたい本能に刺激されたが、なんとか理性を振り絞る。
コーシはセーラを降ろすと、丘の窪みの奥に見える扉に向かってさっさと歩き出した。
「お前、さ。四ヶ月経ってインプットが解除されたらその後どうするんだ?」
「…」
「別にわざわざどっか行かなくても、いいんじゃねーか?」
「コーシ…」
セーラは立ち止まると目を丸くした。
コーシの言葉の意味を悟ると、儚い微笑みを浮かべながらその腕に絡みついた。
「ありがとう。嬉しいよ」
コーシはセーラの頭をぽんぽんと叩くと、セーラを腕に絡めたままセカンドハウスの扉をくぐった。
「中々早かったな」
古い部屋に入ると、カヲルがすでに腰を落ち着け声をかけてきた。
「カヲル!!こっちにいたのか…」
コーシはセーラを離すとどことなく不満気に顔をしかめた。
「セーラ、先に放射能洗い流しといで」
カヲルはセーラをさっさとシャワー室に誘導すると、小さいリビングに戻ってきた。
不機嫌そうに煙草をふかすコーシにつかつかと近寄るとその隣にどさりと腰を下ろす。
「先に待っててよかった。コーシ」
「…なんだよ」
「物欲しげな獣みたいな目してるぞ」
「あぁ!?」
コーシは怒り任せにカヲルを睨みつけたが、真面目な視線とぶつかり怒気をおさめた。
カヲルは努めて冷静に、無表情で淡々と口を開いた。
「彼女に本気になるな。アレは愛していいものではない。愛されて気持ち良くなったら捨てる、使い捨ての道具だ」
「カヲル!?」
コーシは信じられないものを見る目でカヲルを見た。カヲルは動じることなく続ける。
「コーシ。セーラのインプットが四ヶ月で解けることは知ってるな?ヒューマロイドは脳に直接指令を出すコアを癒着させられている。だがそんなことをすると自前の細胞に負荷がかかることは避けられない。いいか?彼女たちは四ヶ月経ってインプットが解除されるのではない。もって四ヶ月なんだ」
コーシは衝撃に凍りついた。
まさに言葉も出なかった。
吸いかけの煙草が手から滑り落ちても、全く動けなかった。
カヲルは苦いため息をつくとコーシの肩に手を添えた。
「禁忌の時代のえぐいところだ。
無条件で愛を注がれることに慣れると、ヒューマロイドが四ヶ月で壊れると人恋しさに次々買い求める。ボロい商売だったようだ」
「カヲルやめろっ!!」
コーシは思わず声を荒げた。
「これが現実だ。しかもそのヒューマロイドは愛を盾にされるとなんでもしてくれる。
愛玩具にでもサンドバッグにでもなるし、人を…殺すことも躊躇わない。
簡単なことだ。あいつが俺を殺そうとしている、あいつさえ生きていなければ、死にたくたい助けてくれと懇願するだけでヒューマロイドは愛する人の言葉を実行する。
しかも四ヶ月経てば後腐れなくどこかへ行ってくれる。さすがに社会問題となると、今度は従順な彼らを'道具'として一斉破棄したらしい」
「カヲル!!!」
コーシは耐えきれずに立ち上がった。
肩を怒らせ体全体で荒い呼吸を繰り返している。
カヲルは辛そうに目を伏せるとコーシの落とした煙草の火を消した。
「あんたがセーラに情が移る前に教えておくべきだった。すまない。
ただあんたが相手にしてるのはそういうものだっていうことを覚えておいて欲しい」
カヲルは立ち上がると玄関口に向かった。
コーシは混乱する頭をふると声を張り上げた。
「あいつは…!!セーラは分かっているのか!?」
カヲルは立ち止まりはしたが振り返らずに言った。
「たぶん…」
そのまま扉をくぐり抜け出て行く。
残されたコーシはシャワー室から聞こえる水音だけが頭にこだまし、痺れたようにその場に立ち尽くした。