商業区
「サキ!!いい所に立ち寄ったぜっ!!」
「まーたーかーよっ!!」
行く先々で捕まるので、サキはいい加減うんざりした。
「まーそう言うなよ!俺たちじゃ判断しかねてるから困ってるんじゃねーか」
サキは渋い顔で肩を組んでくる男を見た。
「お前、こないだもそんなこと言って結局魚の値引き交渉に俺を駆り出しただけだろ!?」
男は豪気に笑うと悪びれなくサキの背中をばんばん叩いた。
「あん時はあれほど上手く商談がまとまるとは思わなかったぜ!!」
「ララ、今度商談成立の秘訣本20冊程貸してやるからベンキョしろぃ。俺は今急いでるんだ」
首に巻きつく腕から抜けようとしたが、男はさらに力を込めると声を潜めて言った。
「先日酒を扱う商売人が俺んとこに来たんだがこれがおかしな奴でさ」
「ララージュ。俺はお前の世間話を聞いてる程暇じゃないんだ」
サキといくつも歳の変わらない男は、獅子のような金髪頭を振るとさらに腕に力を込めた。
「ララ、ぐるじい…」
「まぁ最後まで聞けよ。そいつはやたら高い酒を売りつけようとするんだ。スラム街にだぜ?安くて火を吹くような強い酒以外はお断りだって言ってやったのさ。そしたらすごすごと帰って行きやがった」
「それが?」
男の太い腕を無理やり抜けるとサキは首をぱきりと鳴らした。
「それがもう四回続いてる」
「は?」
ララージュは両手を広げると頭を傾げた。
「毎回それなりに理由は変わってる。もう少し値の安いのを考慮しただの、変わり種ならどうかだの。だが奴から全く売り込もうという気配がない。断られればそうですかとすごすご帰りやがる」
サキは考える顔になると顎に手を添えた。
「つまり、そいつが何か別の目的で商業区をウロウロしてる可能性があるってわけか?」
ララは頬を子どものように膨らませるとサキの腹に肘を叩き込んだ。
「相変わらず可愛くない奴だな!!俺たちがその結論にたどり着くまで三日はかかったんだぜ!!」
瞬時に腹筋を総動員させてこの一撃に耐えたサキはおかえしにララの顎に一発拳を炸裂させた。
「可愛くてたまるか!!で、そいつの目的は!?」
サキの反撃で尻餅をついたララが顎をさすりながら唸った。
「それが分からんからお前を捕まえたんじゃねーかこのくそったれが!!相変わらずバカ強えーなこの野郎!!」
「お前は相変わらずクソ頑丈だなこの岩野郎!!」
がなり合いながらも二人の間に険悪な空気はない。
サキは思慮深い光を瞳に浮かべると腕を組んだ。
ララは立ち上がり体についた埃を払うと黙ってサキに付き合う。
忌々しいがサキの判断力は抜群だ。
こういう時は静かに彼の指示に従うのが暗黙の了解なのだ。
「ララ、今度その商人が現れたら後をつけさせろ。絶対に手は出すなよ。それからこの商業区を四日間完全閉鎖する」
ララージュは顎が外れそうな顔になった。
「しょっ…正気か!?一日閉鎖する毎に何千万の損失が出ると思ってやがる!!」
「分かってるさ。ララ、三日は閉鎖理由を絶対に漏らすな。んで四日目に適当なくっだらねー理由を流せ」
サキの話し方は変わらないのに、その無表情さからは冷徹な気配が漂っている。
ララは唾を飲み込むと冷や汗を拭いながら口を開いた。
「そんなことして何になる?」
サキは悪戯っぽい笑みを刻むと、その揺るぎない瞳でララを見た。
「やましいことがある時に非日常的な事態になったらドキリとしないか?自分の所業と何か関係があるのか知りたくなるだろ。
普段なら突っ込んで理由を聞かない奴がしつこく聞いてきたらマークしろ。
四日目に自分と全く関係ない閉鎖だと知るとそいつらは安心するだろう。今は泳がせておく」
ララはサキから目を逸らすと気後れした自分に舌打ちした。
「そこまでする事態なのか?」
「今はまだ分かんねーけど不要な芽は即刻刈り取る。数千万の赤字はお前の技量でなんとかしろっ」
無茶苦茶な要求だが、不敵に笑うサキにララは逆らわずに頷いた。
誰とでも親しみ易く普段は上下を感じさせない気さくなサキだが、彼は確かに誰もが認めたスラムのボスなのだ。
ララは気を取り直すとサキを軽く睨んだ。
「サキ、また今度シェルターの外へ出るんだろ?この赤字が埋まるくらい商業区が潤うような土産、期待してるぜ」
サキは肩を竦めるといつもの陽気な顔で笑った。
「まぁ今ちょっとややこしい事態になりそうだし行けるかどうか分かんねーよ」
「前にも言ったが今度は俺も連れてけよ!」
「無理無理。コブ付きじゃあシャトルにも乗せてもらえねーよ」
ララはむっとした。
「コーシは連れて行くのにか?」
サキは目を丸くした。
「なんで知ってんの?」
確かに以前コーシを連れて行ったが、それはかなり細心の注意を払って極秘で連れ出したはずだ。
ララはにやりと笑うと得意げに胸を反らせた。
「俺の客にはターミナルに勤めてる奴もいるんだぜ?」
「あちゃー。誰だよちくった奴」
サキはぱちんと額に手を当てると空を仰いだ。
「コーは特別だ。あいつの才能はスラムだけじゃ花開かん。外の世界を見せたくなるのは親心だろ?」
「なにが親心だっ。この人でなしの代表がっ」
「しーんーがーいー!!」
ララはぷりぷりと怒るサキの背中を豪快に叩くと親指を立てた。
「こっちはまぁ任せとけっ!!だが結果はお前が聞きにこいよ?いつもフラフラしやがって。サキを探すだけで半年かからぁ!」
サキも親指を立てるとくるりと背中を向けた。
顔には出さないがじわじわと何かがスラムに入り込む嫌な感触が消えない。
サキは自分の勘を信じ、M-Aと落ち合うはずのセカンドハウスからはだいぶ遠回りのルートで歩き始めた。