朝のリビング
コーシが目を覚ますと、リビングから食欲をそそる匂いが流れ込んできた。
明るい声も聞こえ、いつもの雰囲気とあまりに違う朝に不思議な感じがした。
コーシは左手で無意識に煙草を探したが見当たらない。
どうやら昨日手持ちのは吸い尽くしてしまったらしい。
なんとなくリビングに出て行けずぼんやりと床に座り込んでいると、向こう側から扉が開いた。
「コーシおはよう!!まだ眠い?カヲルさんがね、すっごいの!もう美味しそうで美味しそうで!」
部屋に現れたセーラは興奮気味にまくしたてた。
コーシは寝起きの不機嫌さ満開で顔をしかめる。
「セーラ…、朝は静かにしろよ。頭に響く。大体言葉がおかしいぞ。カヲルがなんだって?」
セーラは気にせずコーシの腕をぐいぐい引くとなんとか立たせようと試みている。
「ねぇいいから、皆で一緒に食べよう!」
「お前…」
ふと間近で視線が絡み合いそうになったので、コーシは急いでわざと目を閉じた。
あの目は駄目だ。
覗き込んでは駄目だ。
自分に言い聞かせていると、セーラがぽんぽんと頭を叩いた。
「コーシ?まだ眠いの?」
「…たら」
「え?」
「着替えたら、行く」
セーラは嬉しそうに笑うと元気に答えた。
「うん!わかった!待ってるね!」
ぱたぱたと去って行く足音を聞き届けると、コーシは床からベッドに転がりなおした。
ここでセーラが昨日ポロポロと泣いていたなと、なんとなく思い出す。
「変な奴…」
呟くと再び瞼が重くなった。
コーシは先程の会話なんてすっかり忘れて二度寝に入った。
リビングではM-Aが掻き込むように朝食をたいらげていた。
「M-A、先に子どもらに食べさせてやんな」
「コーシが起きてこーへんのが悪いんや。セーラも先食いや」
カヲルが呆れてコーシの分を取り分けた。
「カヲルの手料理を食う機会ってほんま貴重やからなぁ〜!こんだけうまいんやからもっと作れや!」
「お断り」
カヲルはにこにこ話を聞いているだけで手をつけようとしないセーラにハーブティーを入れた。
「セーラ、食欲ないか?嫌いなものあった?」
セーラはぶんぶんと首を振るとうっとり見つめながら言った。
「どれもすっごく美味しそう…。私、色々な料理の作り方知ってるわ。基礎知識と必要情報は常に与えられていたもの。ただ、こんなにいい香りがするって知らなかったの!」
カヲルはなんとも言えない顔でセーラを見た。
「セーラ、こんなこと聞いてもいいのかわからないけれど。君はいつ生まれたんだ?」
M-Aが飲みかけのパンを喉に詰めて盛大にむせた。
当のセーラは少し考えて小首を傾げる。
「確か…、一ヶ月前?だと思う」
「…そっか」
「おいおいカヲル!サキに合流する前に余計なことはすんなや」
M-Aが残りのパンを頬張りながらじろりとカヲルを見た。
「分かってるよ。ただ、肌が透き通るように綺麗だったから。まるで赤ん坊のよう」
ツルツルのほっぺを撫でられると、セーラは赤くなった。
「髪も唇も肌も、このきつい自然環境下で全然ダメージ受けていない。…不自然な程にね」
自分を見下ろしてみてもよく分からず、セーラは首を捻った。
「それにしてもコーシ遅いな。セーラ、先に食べなよ」
再度勧めたが、セーラはやっぱり首を振った。
「ありがとう。でも、絶対コーシと一緒に食べたいの。だって…これが最後かもしれないし」
ふにゃと幸せそうに微笑む少女に、大人たちは顔を背けた。
彼女は分かっている。
自分がどういうモノか。
そして使用目的後にどうなるのか。
人間として到底受け入れられないことを、セーラは強制的に受け入れさせられた上で幸せそうに微笑むのだ。
「…コーシ、起こしてくるっ」
この場にいるのに耐えられなくなったカヲルが席を立った。
M-Aはコーヒーを口に運ぶとセーラをつぶさに観察した。
「お嬢ちゃん、コーシに拾われる前はどこにおったん?」
セーラは体を強張らせると途端に沈んだ顔になる。
「…場所は…分からない。でもコワイ人がずっといたのは覚えてる」
「こわい?」
「うん。長いヒモで、いろいろな人叩いてた」
セーラは身震いすると自分の体を抱きしめた。
「私、その人にインプットされたらどうしようって、ずっと怖かったの。だから、誰もいない時にこっそり抜け出したの」
M-Aは目を見張ってコーヒーを机に戻した。
「すまん」
「え…」
「ちょっと本気になった」
M-Aはヒューマロイドは所詮人にあらずと無意識に思っていた自分に気が付いた。
「お嬢ちゃんはちゃんと人格のある人間や。勇気かってある。なんとかその頭をいじくる機械がとれへんか本気で情報集めたるわ」
音を立てて立ち上がると、M-Aは玄関から出て行ってしまった。
セーラは不思議そうに瞬きすると、ハーブティーにだけ口を付けてコーシが起きるのをひたすら待っていた。