サキ
「サキさ〜ん!もう帰るって?」
「来週っつってなかったすか!?なんか緊急事態?」
十数人の男達がサキの元に集まる。
手紙を握りしめ頭を抱えていたサキは、突然瓦礫の山に仰向けにひっくり返ると唸り声をあげた。
「っ〜まじかーーー!!」
男達は目を見張ってサキの周りを取り囲んだ。
「だ、大丈夫すか!?」
仰向けで伸びていたサキは、目を開くと勢い良く起き上がった。
サキの動きに合わせて、肩で束ねた金に近い黄土色の髪がひらりと動く。
シャープな顔立ちのせいか、全体的に一見華奢なラインに見えるが、立ち上がると意外なほど大柄だ。
甘く下がる目尻を裏切るほどの意思の強い瞳が、男たちを見回した。
「わりっ、グランディオンのとこ行ってくる」
「ボスの所へ?」
「サキさん、用事がなくてもまた南区にもゆっくり遊びに来てくださいよ?」
「おぅ!今度は大勢連れて来ちゃうよ!じゃなっ」
サキはウィンクをすると瓦礫の山をひらりと飛び降りた。
ここはスラムの南区。
スラム街と一口に言ってもかなりの広範囲に広がっており、それぞれに地域の色がある。この南区は特に癖が強く、余所者が馴染むには骨が折れると有名だ。
岩だらけで歩きにくい道を大股で闊歩すると、サキは大きな石の建物を見上げた。
癖が強いのはこの南区のボスの性格の表れだが、サキはその男の住処に悠々と乗り込んだ。
「グラン、邪魔するぜ」
慣れた仕草でいつものドアを開けると、情報誌の山がサキの方へなだれ落ちた。
「ちょっ…いい加減整理くらいしろって!」
文句を言いながらも、サキは汚さないように情報誌を軽くまとめて部屋の隅に置いた。
「お前の勘は健在のようだなサキ」
巨大で真っ赤な椅子に腰掛けている大男がサキに鋭い一瞥を注いだ。
「あちこちでフラッガらしき者の目撃情報が入ってる。どうやらお前の見間違いではないようだ」
グランは一枚の紙を投げて寄越した。
情報誌の波をかき分けながらサキがそれを取り上げる。
さっと目を通すとすぐに返した。
「はぁ〜、どっちかってと間違いであってほしかったけどね。なんで悪名高いバイヤーがこんなスラム街に現れるかね」
「奴は専ら奴隷の価格交渉で暗躍している」
サキは頷くと顎に手を添えた。
「スラム全域に網を張らせたとしても、奴の情報がこれだけじゃ居場所すらあぶれないだろうな」
グランはサキを注意深く凝視しながら口を開いた。
「…この数日、南区では特に不審に人が消えたり、誘拐されたという話はない」
「他でも同じさ。だからさっきまで余計な心配かと思ってた矢先だったんだけどなぁ」
サキが黙り込むと、グランはゆっくり立ち上がった。
「おいサキ。その首はまだ必要か?」
サキを見下ろすグランはかなり大きい。
サキ自身大柄だが、それより頭二つ分は確実に大きい。
もっさりと伸びた赤毛の隙間から見える小さな目は鋭く、獲物を狙う猛禽類を連想させられる。
サキは凄まじい殺気を受け流し、苦笑して見せた。
「別にあんたに隠し事をしようってんじゃないさ。ただどうやって話せばいいか考えていただけ」
グランディオンは常人なら裸足で逃げ出す睨みをきかせながらも、再び腰を下ろした。
サキは真っ直ぐグランを見据えると、声を落として慎重に切り出した。
「さっきM-Aから連絡がきた。コーが…コーシって覚えてる?」
「お前んとこのガキだろ」
「そうそう。コーシがどうやらヒューマロイドを拾ってきたらしい。しかも最高値の若い女性型だ」
グランは予想外な話に眉間の皺を深めた。
「…なるほど…。さすがフラッガ。扱う商品が極闇だ」
サキはにやりと笑うと両腕を組んだ。
「察しが良くて大変楽だ。たぶんそういうことだろう」
フラッガはわざわざこんな辺鄙なスラムに奴隷を捕まえに来たのではない。
何らかの方法で手に入れたヒューマロイドを極秘で売り払う場にここを選んだのだろう。
「お前んとこのガキが拾ったってことは…逃げ出してきたのか。奴らが間抜けなのかその機械が優秀なのか」
サキは肩をすくめるともう一度腕を組み直す。
「グラン。ヒューマロイドはアンドロイドとは違う。彼らのベースは…人だ。機械部分は脳に取り付けられた刷り込みの部分だけなんだ」
「なおタチが悪い。さすが禁忌の時代。そのベースとやらはどうせ掃いて捨てる程生産されたクローンだろ。人が道具になるのが当たり前の時代だったらしいからな」
グランが吐くように言うと、サキも無情な笑みを浮かべた。
「いつの時代も結局人間ってやつは馬鹿なのさ。さて、俺は状況確認の為に一回帰るわ。下手したらスラム全体がちょっと騒がしいことになるかも知れないけど、まぁ南区は頼んだよ」
物騒な話とは裏腹に、気楽に頼むサキをグランは面白そうに睨んだ。
「お前が統括してからというもの、このスラムはすっかり落ち着いてしまった。毎日物足りないくらいだ」
サキも物騒な笑みを返すと負けずに言い放った。
「ガス抜きしたくなったら言えよ。幾らでも厄介な問題回してやるぜ」
「ほざけ」
グランディオンは南区のボスだ。
だがサキはグランをも認めさせた、スラム街のボスだ。
「じゃあ頼んだぜグラン。また来る」
サキはひらひら手を振ると来た時と同じように悠々と帰っていった。