不器用な亡国の騎士と憂いの王女の物語
渋くてかっこいいおっさん騎士と一癖ある幼い姫の組み合わせが書きたくて筆をとってみました。ファンタジーですがほぼ魔法も魔物も出ずに肉弾戦!お笑いなしのシリアスな内容です。それでもよければ読んで頂けるとありがたいです。
「まさか正面から挑んでくるとはな・・・愚かな」
「王国は領主の権限が強い支配体系をとっている。王の権限は弱く、この戦にも十分な兵を集められなかったのだろう・・・・帝国軍が王国領に入った途端に王国側の各領主からは帝国への恭順の意が次々と示されているそうだ。」
「そうか、この戦も長くはないな。だがここは気を引き締めるのが帝国騎士としてのあり様だろう」
「そうだな」
同僚の騎士ヒカラは騎士の言にうなずき、改めてその視線を戦場に向けた。
騎士ヒカラとは帝国騎士を叙勲してからもう十余年もの付き合いで、お互い今の年になるまで常に戦い領土を広げる帝国の旗の元、厳しい戦いの中で肩を貸し合い生き延びてきた戦友にして、無二の親友でもある。
朝の陽の光が射し漂っていた霧は晴れ両軍の陣容が露わになってきた。
王国軍3万2000、帝国軍13万7000
戦いの勝敗は所詮、人の数の差だ、そして寡兵であるまじき挟撃や伏兵も配せない見通しの良い平原に王国軍は軍を進めた。たしかに直線距離で我が帝都は近いが王国軍は一兵たりとも4倍を超す帝国軍を抜けて帝都に達する事はできないであろう。
この戦いは始める前から決まっていた。
心を引き締めてくれた騎士ヒカラには悪くはあるが、残念ながら今回後衛を任されたわが第一騎士団に活躍の場はないであろう。
遥か彼方で太鼓が打ち鳴らされる音が聞こえ、王国軍が時の声を挙げた。
続いて帝国の太鼓も打ち鳴らされ、王国軍をはるかに凌ぐ時の声が帝国軍からも沸き揚がる。
前線は激しく動き始め、空を覆う程の矢と魔法が打ち出された。
戦が始まったのだ。
「な、なんだと・・・・」
望遠鏡で王国軍の前線の様子を見ていた騎士ヒカラがある一点を見つめて凍る。
「王国は狂ってやがる・・・」
茫然とそう呟く声に、騎士もその理由を知ろうと前線へ眼を凝らす。
騎士がその時見たのは敵軍の軍勢からただまっすぐに伸びる小さな白い影、それが我が軍の前衛に達したとき、前衛を護っていた兵達はまるで爆発が起きたように空高く舞い散り、その波は厚く布陣していた前衛を突き破って、あっという間に後衛の護りを任されていた彼が所属している第一騎士団をも巻き込んでいった。
人が、馬が、自分自身すらも空高く吹き飛ばされながら見たのは、帝国軍が開戦1分持たずして壊滅する有様であった。
「はあ・・・・はあ・・・・」
着なれたはずの甲冑が重く、脱ぎ捨てたくなる衝動を必死に抑え込む。
あの後、壊滅した軍の中で意識を取り戻した彼は、同僚の騎士ヒカラの姿を探すが多くの躯の中で発見には至らなかった。そして戦場に大きな傷を残しなお伸びる破壊の跡を見て悪寒を禁じえなかった。
その跡は森を破壊し、丘を崩壊させて、まっすぐに続いていたのだ。
あの方角には・・・・・帝国の中枢、帝都がある。
破壊の筋を死に物狂いで、痛めた体に鞭打ち歩き通す。
夕陽が射しこんだ頃に彼はついに帝都を見下ろすことができる丘に達した。
最悪の夢のような光景がそこに広がっていた。
そこに敵兵は一兵もいなかった。
だが、彼の国の誇りであった強固な城の尖塔はへし折られ、あれほど荘厳であった帝都は城を中心に地割れを起こし、幾重にも巡らされた城壁は無残にも断ち切られ体を成しておらず、家々の多くは地割れに飲まれるか崩れさり幾筋もの黒煙が天に昇っていた。
彼が剣を捧げた帝国はこうして一日にして滅んだ。
その後、帝国は解体され、その領の一部は王国に組み込まれた。
混乱の中、騎士は戦場で散りぢりとなった騎士団や友の騎士の情報を集めたが芳しくなく。友にいたっては生死すら不明であった。
しかし屈辱はそこからだった。
王国は組み込まれた領に善政を敷き、帝国が納めていた時よりも遥かに土地と民に恵みを与えたのだ。
帝国の民たちが、真に王国の民に変わるのにさしたる時間もいらなかった。
帝国の元騎士たちはまともに国も護れなかった愚鈍な輩と蔑まれ、一部が野盗に身を落として、さらにその誇りをも地の底に落とした。
だがこの忌まわしき過去を忘れないよう、笑いものになることも厭わず、騎士はボロボロになった亡国の騎士甲冑を纏い幽霊のように数年の間、彷徨い歩んだ。
そして、もはや壮年と言ってよい年になった騎士はその旅の果てにあの忌まわしき王国の都に来たのであった。
私の生まれは王宮だ。
父は王で母は王妃。
優しく温和な父と美しく愛をくれる母。
二人は仲睦まじく、そんな二人の間には2人の娘が居る。
1人は第一王女にして母親に似て稀な銀髪碧眼の溜息が出るような美しい容姿を持っていた。
1人は第二王女にして父親に似て極ありきたりな茶髪に茶目の平凡な容姿を持っていた。
母は父に似た容姿をしている私を特に可愛がってくれはしたが、私は平凡な容姿を少し疎ましく思っていた。
物心ついて初めて姉に会った時の事は良く覚えている。
その日、ふらりと姉は私の部屋に訪れた。
5歳の私と15歳になる姉は年齢差もあって生活上ではほぼ関わることはなかったが、この日初めて姉は私をその視界に入れたように思う。
一流の芸術家がその才の限りを注いで作ったような姉の容姿と身にまとう気品に圧倒された。
おもむろに私の頭を撫でた姉に私は嬉しくて笑顔を向け、姉はなにかを納得したようにうなずくと颯爽とその場を後にした。
その時から私は姉の背中を追っていたのだと思う。
姉は天才であった。
私は5歳の頃にこの国の言語の読み書きが出来るようになった。皆が優秀だと持て囃してくれたが、姉は3歳にして自国はもちろん、周辺諸国の言語すら習得していた事を人づてに聞いた。
そして姉は武にも長けていた。
王族にとって身を護れる最低限の武術を納めるのは必修だ。私は体術を学び、王国で開かれた全王国大会の少年の部で8歳という歴代最年少で準優勝を果たす快挙を成し遂げた。皆がすばらしいと持ち上げたが、姉は私より年下の時に王国に禍を成した竜を退治し、初陣ですさまじい戦果を挙げたのだと聴いた。
もはや脱帽の極みであった。
最初は醜い嫉妬も確かにあったが、姉のすさまじい活躍を知る度に、心躍り、それは憧れと尊敬へと変わり、姉は私が崇拝を向ける対象となっていた。
少しでも将来女王となった姉の支えとなる事を夢見て、様々な師に学び、共通の夢を見る友や仲間たちと切磋琢磨し、一層に知にも武にも励んでいた。
だが私が10歳を迎えるより前に姉はよりにもよって、ただの平民に嫁いでしまったのだ。
それは尊敬し崇拝さえしていた姉からの何よりも大きな裏切りであり、舞い込んできた役割は次期女王という重く大きすぎるものであった。
だが、1000万の民が暮らしを護る王族が逃げるわけにはいかない、その重責に私は耐えなければならないのだ。
その為にも知り確かめたかったことがあった。
そして、その夜、第二王女は王や王妃、侍従たちへ書置きを残して独り姿を眩ませるのであった。
王都は見事な栄えようであった。
中心街の家々は3階建てから5階建てが当たり前で、行き交う人種も様々で騎士甲冑を付けた騎士すらその中では埋もれています程、多くの人で賑わい活気をみせていた。
彼の知る帝国の都は、常に戦を匂わせる兵が行き交い、侵略した国々から連れてこられた奴隷達が立ち並ぶ辛気臭さがあった。
これには比べようもないだろう。
「帝国は負けるべくして負けたということか・・・・・む?」
思わずそんな言葉を吐いた騎士だが、気になる光景が目に入った。一人の子どもを複数の男が囲んでいるのだ。
近づけば、どうやら子どもは少女で、身なりも佇まいも気品を感じさせる。どこぞの貴族の令嬢のようだが、周囲を囲む男達は明らかに関係者ではなさそうな野蛮な者達であった。しかもどうやら少女を連れ攫おうとしているかのようで、少女が小さく抵抗しようとする様子がみられた。
「お嬢様、お探ししましたぞっ」
「!!」
「っち、連れが居たのか・・・ずらかるぞっ」
明らかに騎士然とした恰好の男が声をかけてきた事に驚き勘違いした男たちは一目散に逃げ出した。暗がりもあり、細部までみたらこんなボロボロの甲冑を着た騎士が居るわけはないのだが刃傷沙汰にもならず好都合であった。
「あぶなかったですな・・・これに懲りて、共もつけずの外出は控えられよ」
「あ、ありがとうございます騎士様、ぜひお名前を・・・」
「いえ、もはや剣を捧げた国は無く・・・騎士の位は除かれ、一介の冒険者でございます。それに名乗る程のことはしていません。」
「・・・三日月に獅子の紋章。帝国の方ですか?」
「これは博識ですな・・・帝国はもはや滅びたため元帝国ではありますが」
どうやら鎧に施された細工に描かれた紋章に気付きそう推測されたようだ。見ればまだ10歳ほどの少女にとっては生まれる前に滅んだ国のはずなのにと、その知識の深さに騎士は驚かされた。
「元帝国の方で冒険者ですか・・・決めました。」
「は?いかがされたのですか」
「貴方を雇います。南の地、元帝国の地へと連れていって下さい。私はどうしてもそこへ行く必要があるのです。」
長く伸ばした髪はこの国では良く見る髪色で容姿も平凡な少女、しかしその瞳には覚悟が宿り、その言には有無を言わせぬものがあった。
元より当てのない旅を続けていた騎士はその不思議な少女の提案を受けることにした。
しかし旅をするにあたって、少女には家の者から捜索の手がかかる可能性があるということで、旅装を用意するとともに男装を勧めた。
「長い髪は帽子で隠すがよかろう。少し頬を煤で汚せばおのこで通る」
「・・・わかりました。あとはなにかあるでしょうか?」
「ふむ・・・、言葉遣いに気をつけねば女の子と気づかれてしまうでしょう。」
「言葉使いですか・・・困りました。私は市井の言葉にはあまり詳しくはないのです」
「「‐っす」とつけるのはいかがか。帝国のおのこの童言葉ですあるし、元帝国領に行くなら目立たないと思われます。」
「わかりましたっす・・・・これでいいのでしょうか?」
「上出来です。私も貴方の保護者ということにしますので敬語は省かせてもらいましょう。」
「わかりました、そうしてください。」
そうして騎士はまだ人が多く行き交う内門を少女と抜け、少女から渡された金を使って荷馬車に同乗させてもらい王都の外門を抜けた。
そして馬車を乗り継ぎ6日後、目の前には一つの険しい岩山が見えてきた。
「すごいっす、あれはなんて山っすか?」
「あれか、あれはジルドフィードの城だ。」
「城?山じゃないんすか?」
「ああ、あの山にはかつて邪竜ジルドフィードが住み家としていた山でここら一帯は奴の狩り場、領地だったのさ、だから地元の者は彼の山に畏敬を込めてジルドフィードの城と呼ぶ。そしてあの山を越えた向こうがかつての帝国領だ」
乗合馬車でジルドフィードの城を迂回しつつ、だいぶ言葉使いが慣れてきた少女は興味深く山を見つめた。
「・・・」
「どうかしたか?」
「あの山に登ります」
「は?・・・・まてっ!!」
少女はそう言うと、ゆっくりと進む馬車から飛び降りて山に向けて歩き出した。
騎士も慌てて、旅の荷物を持つとそれに続いた。
「どうしたというのです?あの岩山をごらんなさい、お嬢様にはとても無理だ」
「それでも、私は行かねばならないのです。・・・・・・・確かに私だけでは難しそうですが二人ならなんとかなりそうです。貴方も来なさい」
その言葉に半ば呆れた騎士であったがいっそ小気味よい判断であった。ズンズンといく少女の背を騎士は仕方なしに追うのであった。
山は見ての通りの難所多き場所であった。
ある時は騎士が少女を引き上げ、ある時は少女が先に上り騎士を導いた。
険しい山肌に吹き荒れる風、少女は旅装をボロボロにしながらもただ山頂のみを見て進み、ついにその頂に至ったのであった。
「ただの貴族のご令嬢ではありませんな。大した胆力です。」
「ふふっ、これでもそこそこ鍛えているのよ。あなたもその騎士甲冑を脱げば楽であったでしょうに、大したものだわ」
「ふふふ」「ははは」
騎士と少女は自然と互いに笑顔を向けて称賛を交わした。
「これは・・・」
「ぬう・・・」
騎士と少女は目に入ったその風景に言葉を失う。
そこはかつてこの城の主が住まいし洞穴があった場所。
だが今はその洞窟はなく、洞窟の入り口部分だけが輪を描くだけで、残りの天井部分は天に裂かれる様に抜け落ちていた。
そこにはただ寒々とした寂寥感を伴う、かつての強き者の残滓が漂っていた。
「あなたはここに住んでいた邪竜ジルドフィードが誰に斃されたか知っていますか?」
「詳しくは・・・たしか王国の王族の関係者が倒されたとか?」
「姉が倒したということです。」
「姉・・・・失礼ですがあなた様はもしや・・・」
「ええ、私はカイリー・スカーレット・アルゴス。この国の第二王女です。」
「なんと・・・・そうでしたか。・・・・・・・・・・・ですが待って下さい、あなたの姉と言うとお幾つの時に彼の龍を討伐されたのですか?」
第二王女と名乗ったカイリー王女に驚きつつも、どこか納得する。しかし武人として気にかかることがあり騎士は問う。
「・・・・・6歳のときだそうです。たった独りで・・・・・彼の竜を倒した時には山の麓からは岩山の山頂と共に雲を割って千切れ飛ぶ邪竜が見えたそうです。」
「バカな・・・・荒唐無稽に過ぎましょう。」
「事実です・・・・姉は生まれながら戦いの神の申し子でした。それだけではなく智の神の愛し子、美の女神の化身とも言われ、その力は国を護り民の多くを救ってきた・・・そんな姉を私は尊敬し崇拝していました。少しでも姉の働きの助けになる事を夢見てこれまで努力は怠りませんでした。」
「・・・・・」
「ですが少し前に姉は私に言ったのです『私には王は重い、あなたこそ王位に相応しい』と」
「それは・・・」
「あれほどの力と覇気を持つ姉を差し置いて王になれなんて・・・そう思って憤りました。だけどその言葉の意味を、少しでも姉の背中を追って、その想いを知ろうとしてここに来たのです・・・」
「・・・・そうでありましたか」
「ここに来て思い出したことがあります・・・」
「・・・・・・なにを思い出されたのですか?」
「最初に姉が私の部屋にやってきた時・・・小さな私の頭を撫でようとした姉の手は震えていました・・・・・・なんの力もないただの小さな女の子に触れるだけのことに緊張し恐怖していたのです。」
「・・・・」
「ここに来て、改めて思います。こんな場所でたった独りで彼の竜へと立ち向かった姉は何を思ったのでしょう・・・・・そして彼の竜を倒したことで王国に帝国の侵攻を呼び・・・・その帝国を滅ぼさざるえなかったときに何を・・・・人々から、家族にすら恐れられ、崇められて何を思ったのでしょうか」
「・・・・・・」
「姉はおよそこの世で最たる強者です・・・・だけど姉はどこまでも、そう、どこまでも孤独だったのでしょう。」
「孤独な者は王にはなれぬ。人との和を持つ者こそ王となる資質がある。そして姉君は貴方にこそ、その資質があると見い出したということですか・・・」
「そうかもしれません・・・・今、姉は想い人が出来て王家を辞して本当に幸せそうに暮らしています・・・姉の想い人ははっきり言えばどこにでもいるような男です。しかし悔しいですがこの世界で唯一人、姉を孤独から救った姉だけの英雄なのでしょう・・・」
「そうでしたか・・・・ですが貴方は大丈夫なのですか?」
「幸い私は小さなころから孤独に苛まれることなどなく、私の周りには多くの友と信おけるが者達がいた。そうですね、私自身では無理ですが、その方たちと共にならば姉のように天の雲を割ることも、姉以上に多くの民の笑顔をつくることができると信じています。」
「その他者を信じる心こそ王の資質であるのでしょう・・・・王とはわかりませんが、私も貴方が人の上に立つ資質を持ち合わせていると感じております」
「ありがとう・・・あなたの言葉に恥じぬよう努力することにします。」
「帝国を滅ぼされた時・・・・『王国は狂っている』、そう王国の前線を見た私の友は言っていました。きっと戦場でまだ幼い姉君を視たのでしょうな・・・」
「帝国の方にとって姉は許せない存在ですか?」
「いえ武人が勝敗の決まった戦いの事で恨み言は述べません・・・・ですがその時、子どもを戦場に送った王国には憤りを感じえません。・・・敵といえばそうなのかもしれませんが、そこでまで犠牲になった子が今は幸せであると聞くと不思議と嬉しくあります。」
「・・・ありがとう」
そう朗らかに返す騎士にカイリー王女は笑顔を返して感謝を述べた。
そしてそのまま帝国側の領へと山を降りた二人は行く先に煙の上がるのを見て眉を潜めた。
ふもとの村は野盗に襲われ阿鼻叫喚の様相を呈していた。
それを藪の中から覗っていたカイリー王女と騎士であるが、騎士は眼を開く。
野盗が掲げている旗は三日月に獅子の紋章。
「帝国の軍旗だと・・・・・・あれは!!」
そこで野盗達へ指示を出している人物を見て、騎士は驚愕に声を荒げた。
「村人が逃げ出しました。追撃を受けてる・・・助けなきゃ!」
「またれよっ!無茶だっ」
「私は王族よ、ここで民を見殺しにすればこの先民に顔向けできない!」
そう言うが早いか、カイリー王女は飛び出して行ってしまった。
「ええい、ままよっ!」
しかたなしに剣を抜いて騎士は続いた。先を行くカイリー王女は走りながら握りこぶし程の角ばった石を拾うとしなやかに投石を行った。それは逃げている村人に追いつき害そうと剣を振り上げていた一人の兵の顔面に見事に当たって兵は崩れ落ちた。
続いて、追いついてきた兵へカイリー王女は同じく投石を行うが今度は気付かれたようで避けられてしまう。しかしその絶好の隙を騎士は許さず、間を詰めると帝国式軽装鎧の弱点である脇腹の隙間に剣を突き立て心臓を貫いて相手を絶命させた。そして急いで足を返すとカイリー王女が村人を介抱している横で石が当たりうずくまり悶えている兵の首をはねた。
「あ、ありがとうございます。貴方たちは?」
「王都からの旅人よ、あちらの村の方ね」
「あ、あいつら急に攻めてきやがって、村が・・・取るもの取らずに逃げ出すしかなかった」
今まさに切り捨てられそうになっていた村人の男は震えながらも二人に感謝をして、悔しそうに顔をしかめる。
「村のほかの方は?」
「それぞればらばらだが、こういう時の為にこの先の広場で集まる手はずにはなっている。」
「そうですか、ひとまずそこに逃げましょう。」
村人と共に急いで山道を上ると木立の中で小さな広場がありそこにはすでに老若男女が五十人程の村人達がひしめく姿があった。
村人が語るには襲撃してきた野盗は100名を超えており、武装も整った元帝国の敗残兵の集まりらしかった。対してこちらは村を守ろうとした男手のほとんどと交渉に出た村長は早々に殺されてしまい、まとめる者もおらず右往左往するのみであった。
「だめだ・・・ついて来てやがる!」
後方の山道を確認していた村人の一人が絶望の声を挙げる。これより先はけもの道しかないようで、不吉とされているジルドフィールの城の方面にはみな詳しくないようであった。
「ジルドフィードの城の麓は身を隠す洞窟もあるし、山を越えて王都方面へ抜ける事が出来れば援軍も呼べる。みんな案内するからついてきて!悔しいけど食糧以外の荷物になるものは捨てて、子ども・老人には必ず若い人がついて!」
カイリー王女はそんな中で、声を張り上げ民たちを導き、一定の方針と希望を示したことで村人たちもつられるように動き始めた。
「カイリー王女は民を導いて下さい。私はなんとかここで食い止めてみよう。」
「ダメです。あなた一人で殿なんて無茶ですよ!」
「子どもや年寄りといった足の遅いもの達もいる。ここで食い止めなければすぐに追いつかれましょう・・・・・・なに無茶はしません。あなたにはなんとしても生きてもらいたいのですよ、そろそろ流浪の生活も飽きましてな。ぜひ此度の戦いが上手くいけば貴方にでも召し抱えてもらおうと算段しております。」
「・・・・・・死にに行くのではないのですね」
「無論です。」
「その言、信じます。必ず生きて私の元に来なさい!!」
「はっ!」
そうして殿を請け負い、ばらばらと攻めてくる敵兵達を斃し続けた騎士だが、遂に見えなくなった村人を追うよりもこちらを優先的に倒す目標へと変えたのか騎士に向けて攻めてくる人数が増してきた。
「はああああっ!!!」
既に切れ味の落ちた刃に鞭打ち、敵が構えた剣を弾いて鎧の隙間に刃を深く差し込んだ。
すでに十を超える敵の屍を作り出した騎士の体力は残りわずかなものだった。
だが無理やり息を整えて、次なる敵が突き込んできた槍先を左手の手甲で弾き飛ばして無理やり相手の間合いに入るとそのまま肩から体当たりをする。重武装の騎士甲冑の重さも加わり相手はたまらず吹き飛び倒れる。
騎士は素早く足で相手を抑え込むと剣を両手で逆さに構えて相手の首筋に止めを刺した。
しかし前方を見れば多くの兵が逃すまいと騎士を半ば囲みつつあり、その隙間を縫って矢が次々と放たれる。
数は50程か・・・。
敵の本体が到着したのだ。
複数の矢は甲冑の隙間をついには捉え、左腕に激痛が走った。
相手はどうやら距離を開け槍兵を壁として射殺す算段のようだ。
時間はかかるが確実に騎士を仕留めに来た。
殿としては好都合だ・・・・
騎士は小さく口角を挙げた。
幾つもの矢が甲冑をかすめ、剣で撃ち落とせなかった矢は体に突き刺さっていく。
動きの悪くなった体をさらに蝕む攻撃にあって尚、騎士は止まらなかった。
「参る・・・」
そして騎士は駆け出した。敵兵が繰り出した槍を弾き、斧を鎧で受けながらも相手を巻き込みながら倒れる。途端に周囲を兵に囲まれ剣や斧による大振り小振りも構わずな攻撃が降り注いだ。
「まだ・・・まだぁ!」
視界に最初に入った斧を振り下ろす腕を掴むと引き込み、バランスを崩した兵を盾として無数の刃を掻い潜り混乱した隙をついて集団から抜け出す。
そして野盗達に指示を与える首魁の男の前にようやく騎士は躍り出た。
「ぐがああっ!」
すでに膝に力が入らず、今にもその身を地面へと投げ打ってしまいそううだ。
だが裂帛の気合いでそれを持ち直すとただ正面を見つめた。
そこに奴が・・・・騎士ヒカラが剣を構えて立っていた。
「ヒカラァ!なぜ、なぜこのような事をしたぁ!貴様が手にかけているのは元は我らが護るべき帝国の民ぞっ!」
「・・・お前とはな、遠目で見てまさかとは思ったが」
腕の痛みを我慢し右足を引きずりながらも、騎士は剣を肩口に担いだ。
もはや互いにとっての間合いの内である。
だが騎士ヒカラは背後から騎士を狙った兵を手で押し止め騎士へ話しかけた。
「あれが帝国の民だって?帝国から受けてきた恩もわすれ、王国に寝返り我らを嘲ったやつらに何を思う必要がある!」
「貴様、それほどまでに落ちたのか・・・・戦いに敗れたのは我らの不甲斐なさ、民はただ平和を享受しただけではないか。」
「ふっ、それが許せんというのだ。お前こそ騎士道を語ってどうするのだ?俺たちはすでに騎士ではない!護っていた国は亡び、仕える主も、護るべき民も今はないではないかっ!!」
「・・・・貴様に雲は割れるか?」
「なに?」
「・・・・貴様は民に笑顔を与えられるか?」
「・・・・」
「俺はその可能性を見た。だからこそ、その方に賭けるのだ。その為にこの命使うと決めた。」
「ふっ・・・・・最後までも騎士というわけか、お前はまだ忌まわしき過去の残像に囚われているのか」
「忌まわしき過去に囚われているのは貴様だ・・・・・なぜ、お前も今なお帝国騎士の甲冑を纏い続けている?・・・・それなのになぜ騎士として兵を納め、民の為にその力を使おうとしなかった。」
「俺は、俺たちはあの無様な戦いで終われなかった・・・・・王国に、民に仇なす道しか、俺はこうにしかなれなかったのだっ!」
お互いの視線がぶつかる。すでに話すべきことは無くお互いに構えを深めた。
構えはお互いに横薙ぎの構え、騎士同士の戦いでは腕の骨を、又は内の臓を鎧の上から打ち砕く正攻法。
踏み込みが全てを決める。
「・・・・・」
「・・・・・」
一閃
連戦により刃がボロボロになっていた騎士の剣はヒカラの胴鎧に当たり砕け散った。
そしてヒカラの剣もまた騎士の胴鎧に喰いこんでいた。
ドサ・・・・
力を振り絞り倒れ伏した騎士に頭上から声がする。
「良い一撃だったな・・・」
「踏み込み足の草葉の下に岩があったのだ・・・・」
「くっくっくっ・・・これほどの一撃の訳はそれか・・・運のいいことだ・・・・・やはり今は亡き主と故郷に思いを運ぶに貴様は早すぎる・・・」
「騎士ヒカラ・・・」
「まだ・・・俺を騎士と呼んで・・・くれるか」
「ああ・・・・お前は無二の友・・・騎士として肩を並べられて誇りであった。」
「戦の神に感謝を・・・最後に話せて・・ガハッ・・良かった・・・・・お前は・・新たな主と・・・・ゴフッゥ」
ガシャァッ・・・・
口から大量の血を吐きながら重く過去に囚われた甲冑を着て、仰向けに騎士ヒカラは崩れ落ちた。
花は咲き、照りつける太陽の空の下でその生の終わりまで王国に抵抗した帝国最後の騎士は満足げな微笑みを作りながら散っていった。
「新たな主と・・・か、わが友はずいぶんと難題をくれたものだ」
なんとか上半身を起こし、旧友の最後を見届けた騎士は視線を背後に向けた。
その首魁は倒れたとも、兵たちの怨嗟はまだ続く。
友の剣を借り受け立ち上がろうとする騎士に向けて雄叫びを挙げて残った兵が攻め寄せてきた。
「ぐうおおおおお!!!!!」
最早役に立たぬ鎧を血みどろに濡らしながら、騎士は声を張り上げ立ち上がった。
「新しき主と友の為、俺はまだ終われん・・・・!!!」
戦いは所詮、人の数の差・・・
それは絶望的な差であったが、騎士の瞳には諦めはなかった。
そんな騎士の目の前、殺到する兵の目の前に白い影が舞い降りる。
太陽と花吹雪を纏い
質素な服に白銀の髪を舞わせて
その少女は空のように澄んだ瞳で騎士を見、兵達を見やった。
「騎士殿!?無事ですかっ!」
木を背もたれに休んでいた騎士に声がかかる。それは村人を導いていたはずのカイリー王女であった。
「まったくの無事とはいえませんがなんとか・・・」
「そうですか、良かった。」
「あの方が・・・・あなたの姉君であられるか?」
「はい・・・逃げている途中で私の捜索隊に偶然会い、捜索隊に加わっていた姉に助力をお願いしました。村人たちも捜索隊の者達に預けたので無事です。」
「それはよかった」
少し離れた場所で捜索隊の兵となにやら話しているカイリー王女の姉君を見て騎士はそう確認する。
あの多勢と無勢の中、一人現れた王女の姉君は事もなく形勢を逆転して見せた。
苛烈にして寒気が出る程の美しい武技で、それは武人として憧れ抱く武の頂であり、騎士はしばし心奪われた。
だが、斃したもの達を見る目に映る憐憫さに騎士は気付き、カイリー王女の言葉を思い出したのだ。
騎士は身を起こすとカイリー王女の前に片膝をついた。
「っまだ、動いてはいけません!」
そうして慌てるカイリー王女の前に騎士は静かに両手で剣を差し出した。
「某は、アンドリュー・ジバキと名のる者。非才なれどこの力の限りを尽くし、雲を割り、すべての民に笑顔と幸福の光を届ける為、カイリー王女殿下に剣を捧げ申す」
そう宣誓する騎士を見てカイリー王女は剣を受けとるとそれを騎士の両肩に当てた。
「カイリー・スカーレット・アルゴルの名のもとにアンドリュー・フォン・ジバキを我が第一騎士に任ずる。あなたの志と力は必ずや民の為となるでしょう。これからも私と共に来てください」
「ははっ!!」
こうして亡国の騎士は元帝国領の小さな村の外れで、今度は王国の王女の第一騎士として叙勲された。
その後、騎士は奔放なカイリー王女に悩まされつつも成長を見守り、女王となったカイリーに忠誠を誓い、生涯付き従ったという。
アンドリュー・フォン・ジバキ
第二王女付きの第一騎士。生き方が不器用な頑固な男、その忠臣ぶりと志の高さは王女を始め多くの次世代を担う若者達を導き影響を与えた。ちなみに王女の婿にとっては彼に認めてもらえることが最大の障壁であったりする。
カイリー・スカーレット・アルゴル
王国の第二王女。姉が凄すぎたのはあるが本人も十二分に優秀。民を、家族を、臣を思い、信じるその心は騎士との旅と身分を偽り市井で暮らした事があることが大きい。彼女が女王となることで王国は黄金期を迎える。
ソフィア・スカーレット・アルゴル
王国の第一王女。孤高にして多くの神々の恵みを受けたかのような異才の持ち主。最初に妹に会いに行ったのも彼女の恋した、ただの平民の言からであったとか・・・。
※この物語は「ただの平民だが」シリーズとリンクがあります。よければそちらも一読よろしくお願いいたします。
貴様など王女の婿に1000億年はやいわぁ!
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