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Secret Force  作者: 日元ひかげ
ゴッドハンター
3/13

逃避行

 機体を無理に引き上げようとするが、ヘリは安定しなかった。警報ランプは赤い光を点滅させて危険を教えてくれている。

 パイロット、山勢(やませ)(てる)(なお)は焦る。後ろにはすごい形相の隊長、源太郎が座っているのだから。

「隊長! これ以上の飛行は無理ですっ。着陸します」

 少しずつ慎重に、高度を下げる。もともと地面とは数メートルしか離れていない。そう時間はかからないだろう。

 突然、源太郎が立ち上がった。

「山勢っ。ちゃんと直しとけよ。コレ」

 それだけ言うとハッチを開けずに機体の壁にMP5A5で撃ちまくり、ボロボロになったところを見計らい、壁を突き破って飛び降りた。源太郎は着地をすると同時に燃え盛る家の中に突っ込んでいった。

 ――なんて無茶をっ! 

山勢は叫びたい気持ちを抑えた。

 そうだ、隊長なら大丈夫。隊長なのだから。

 山勢は一人頷いた。

 たしかに心配ではあるが、心配していても結果は変わらない。

 ガタンッ――! 少しの衝撃、どうやら着陸に成功したようだ。源太郎も突入した二人を背負って出てくるところだった。

 二人は生きているのだろうか?

 山勢も着陸するとハッチを開けて三人の元に駆け寄った。

「山勢、こいつらも頼む。俺はあの二人を追う」

「ご武運を」

 源太郎は山勢を見て笑った。最後に「言うようになったじゃねーか」と残し

てその場からとんでもないスピードで走り出した。

 新幹線より速い男、か……

 山勢もまた『噂』を聞きながら疑わない一人なのだ。




 一方、祐一は理奈を抱えて闇雲に走っていた。できるだけ遠くに、速く、もっともっと速く。

 祐一は走りながら、理奈に顔を向けずに話し始めた。

「あのさ、こんな時に言うのもなんだけど……あのヘリコプターから怒鳴ってたおじさん……俺の、親父なんだ」

「えっ!?」

「だから……俺の親父が君を追っている組織のボスなんだ……」

 予想はしていたが、理奈の驚きようは祐一の想像を遥かに超えていた。

 いつ裏切られてもおかしくない恐怖と絶望が顔に浮かび、肩を震わせている。それが祐一の手に伝わってきた。

 通りかかった公園に駆け込んだ。肩で息をして、何度も深呼吸をする。

「あの……降ろしてくれませんか?」

「あ、ごめんっ!」

 突然の声に驚いてよろめいてしまった。

「あ、ちょっと待って」

 まず、理奈をベンチの上に載せる。その後リュックの中からスニーカーを取り出し、その上に理奈の足を置いた。自分の靴も取り出して履いた。

「何か……飲み物とか、欲しい?」

 一番それを必要としているのは祐一で、理奈には「ついでに買ってあげよう」という気で聞いたのだ。

「え……オレン……あ、いえ、お構いなく……」

 あれ以来ずっと顔を合せてくれない。『あれ以来』というのは「俺の親父が君を追っている組織のボスだ」と打ち明けてからだ。

 理奈がCSPに追われている理由、なんとなくだが心当たりはあった。確信までには(いた)らないが。

 自動販売機の前に立ち、オレンジジュースと緑茶を選ぶ。ガコンッと弾んだ音が二回した。それを取り出して理奈に渡そうと持っていった。

 しかし、戻ってみると理奈がいない。逃げたのだろうか?

 クソッ! もしかしたらCSPよりも危険な奴らに追われるかもしれないのに。

 祐一は何も持たずに走り出した。

 ――大丈夫。まだ、なんとかなる。

 自分を元気付け、さらに加速してゆく。四年間の体験は馬鹿にできなかった。それを受けていなければこんなに速く走れないだろう。

 当ては無い。無計画もいいところだ。走っていたら自然と見つかるかもしれない。そんな気分だったが、ちゃんと自分なりに推理していた。

 まず、俺の家には戻りたいと思わないだろう。次に、早く逃げたいなら乗り物だ。

駅! いや、あの子はこの町のことに詳しくないはず……となると、俺も行こうとしていた、家とは逆方向に向かう道!

 走っている途中で、おばさんに出会った。「もしかしたら」と思い、声を掛けてみた。

「あの、すいませんが、髪が長い、女の子が、ここを、通りませんでしたか?」

 息が上がってしまって早く喋ることができなかった。おばさんは不思議そうに祐一を見ながら話してくれた。

「あの子ならさっきこの道を真っ直ぐ行ったところの十字路を曲がったけど」

「どっちに曲がりましたか?」

「左よ。いい? よく聞いてね。あなたの前にも来たのよ。顔に傷のある男が。早く妹さんのところに行ってあげなさい。男には右って言ってあるから」

 妹ではないのだが……

「ありがとうございます。おばさん」

 礼をすると回れ右、再び全力で走り出す。

 心臓の鼓動が早い。口の中は乾いて水を求めている。汗が滝のように流れ、視界を遮った。

 祐一は汗をぬぐうと、どこから取り出したのか、さっき公園で買った緑茶のペットボトルを持っていた。急いで(ふた)を外す。それを顔にぶっ掛けて口を潤す。

 曲がり角、左だ。時間からしてそれほど遠くには行っていないはず。

 足が痛い。膝や肩の間接が悲鳴を上げ、横腹がキリキリ痛む。

 構うものか!

 俺は「護る」と言った! たとえ、親が敵となろうとも、国が敵となろうとも。だから走っている。休む暇などない!

 祐一は己の信念を糧にして走り続けた。




 理奈は何度も後ろを振り返りながら逃げていた。

 もう何がなんだか解らなくなっていた。

 朝、起きれば知らない部屋にいて、祐一さんのお父さんは『怖い人』達の偉い人で、爆発して、抱っこされて、家に帰りたいよぅ。

 知らず知らずの内に足を止め、地面にへたり込んでいた。涙が止まらない。

どれだけ拭っても、また溢れ出す。

 ――どうして? どうしてこんなことに?

 これまでは普通に学校に通っていた高校生だった。たしかに、友達と呼べる人は少なかったし、クラスでも少し浮いていたかもしれない。

 ――でも、悪いことなんてしてないよ!

 もういやっ! こんなの。消えたい。こんなこと無かったみたいに。

 理奈は肩を掴まれた。大きくて力強い手に。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔でゆっくりと振り向く。

 そこでは祐一が笑っていた。

 肩で息をして、無理に笑っているようにも見える。

「ど……えふっ、どう……し、て?」

「近所のばあさんが見てたんだよ君のこと」

「えっ、……そん……」

 言葉にならなかった。嗚咽(おえつ)で咳き込んだ。

「大丈夫か? ほら、これで涙拭けよ」

 手渡されたハンカチを受け取って顔を拭く。いつの間にか涙は止まっていた。

「ありがとう、ございました」

 そう言ってハンカチを返そうとしたが、断られた。

「あ、いいよ。それあげる」

 あっさりと貰ってしまった。

 いいのかな?

「立てる?」

 この言葉で、今更ながら自分がずっと座り込んでいたのに気付いた。

 そして思い出す、あの『お姫様抱っこ』。顔が熱くなるのが分かる。

「あっ! たて、立てまふっ!」

 慌てて立って背筋を伸ばす。

「あ、そうか。それならいいけど……」

 差し出された手。取るのを躊躇(ちゅうちょ)してしまう。こんなにも自分のために探し

回ってくれた人を疑っていたのだから。

「気にしてないよ」

「えっ? どう、して?」

「勘だよ!」

 祐一はいつの間にかリュックを背負っていた。ついさっきまで持って無かったはずなのに。

 理奈の中にはこれまでとは違う疑念が抱かれ始めていた。




 一方、おばさんに言われたとおりに右に曲がった源太郎。少女どころか人っ子一人見当たらない。

 ありえんっ! なぜだ! なぜ誰もいない。視線は感じる。だが、姿形、影すら見えず。俺の姿を見た猫すら逃げ出すこの始末。

 辺りを見渡すと、(ささや)き声がした。

「こら。見ちゃいけません」

 遠くから聞こえる警察のパトカーのサイレン音。

「む、奴(祐一)が捕まりおったか! ふふっ、とんだ馬鹿息子よ!」

 祐一が捕まった理由、確証も無いのに、音のするほうに全力で走り出した。

 パトカーが見えてくると源太郎は走る速度を緩めた。

 警官は車から降りると、源太郎に近寄ってきた。

「すいません。通報を受けた者ですが、この辺りに不審者がいるとか?」

「不審者ぁ? 見ておりませんな。ま、襲ってきたとしても返り討ちにしてやりますがな。はっはっはっは!」

 と、そこに近所のおばさん方が群がってきた。手には不審者を用心してか、フライパンや金属バット等を持っている。

「おまわりさん! その男です。その男がそこでキョロキョロしてて、怪しいのなんのって!」

 これにはさすがの源太郎も驚いた。警察が警察に捕まるなど、『恥』以外のなにものでもない。

「いや、違うっ! 俺は怪しい者ではない! 誤解するな、警察だ!」

「なら、警察手帳を拝見できますか?」

 疑わしい目で警察の小童が俺を睨みやがって。ふん、まあいい。この俺のバッチを見て後悔するなよ。

 ふてぶてしい笑みを浮かべて胸ポケットを探るが、あるはずの物が無い。

 バカなっ!

 顔から血の気が引いてゆくのが分かる。

 記憶を遡った。ヘリの中に置いてきた防弾服。その中にあったのは……CSP特別手帳……。

「どうした? バッチが無いのか?」

「まっ、待て! 俺を疑うのはまだ早い!」

 慌てていると助手席に乗っていたもう一人の警察官までが降りて、近づいてきた。

「どうした? 西岡(にしおか)?」

「ああ、このおっさんが不審者らしいんだけど……」

 源太郎の中で『おっさん』という言葉が繰り返された。それと同時に怒りが湧き上がってくる。

「俺は三十五だ! まだおっさんではない!」

 西岡と呼ばれた警官は源太郎の右ストレートをモロに顔面に喰らって車まで吹っ飛んだ。そしてフロントガラスを豪快に突き破った挙句、気絶してしまった。

 周りにいたおばさん方は、ただ呆然と鼻から血を流している西岡を見ていた。

「こちら富士宮(ふじのみや)! 応援を寄越してください! 不審者が暴れだしました。三五歳男性! 身長二メートル以上!」

 反応が早かった警官、富士宮は必死で応援を要請している。

 この時、西岡を殴ったことで頭が醒めた源太郎は自分が犯した事の重大さに初めて気付いた。

 やっちまった……

 今更後悔しても後の祭りだった。


楽しんでいただければなにより。

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