源太郎、帰宅
まぁ、いろいろハチャメチャになってます。
祐一は背筋を何か冷たいものが通り過ぎるのを感じた。何であれ悪いことが起こる前触れだ。
「どうしたんですか? 顔色悪いですよ?」
はっとする。
おっと、箸の間から米粒が零れ落ちているじゃないか。
ん? そういえば……
「あのさ、この千間条を『知らない』って言ってたけど、どうやって来たんだ?」
「わかりません」
祐一は「ふーん」と関心がなさそうに言った。そして落とした米粒を拾うと再び口を開いた。
「じゃあ、ここに来る前は何していたか覚えてるか?」
理奈は固まった。顔は強張り、目には例えようも無い恐怖が映っていた。手
が震え、肩にまで振動が伝わっている。
「怖いのは分かる。でも、話してくれ。力になれるかもしれない」
本心だった。
もし『なぞの組織』や『秘密結社』が敵になろうが知ったこっちゃない。
『困っている人がいたら(以下略)』が俺のポリシーなのだから。
「確か、セールスマンみたいな男の人が家に来て、わたしを呼んで『外で話をしよう』って言ったんです。母は『後で行くから』と言って、先にわたしを外に行かせたんですが……」
祐一は固唾を呑んで見守った。
理奈が再び話し始めるまで、二、三分はかかった。
「そしたら、変な白い字が書いてある黒い服を着た人たちが来て、手に鉄砲を持ってて……怖かった。すごく、すごく……」
理奈は泣き崩れてしまったが、祐一は驚き固まってしまっていた。もしかしたら、いや……もしかしなくても。頭の中に浮かび上がる六文字。
――国家特殊警察、略称CSP。
五年前、本堂首相が演説していた時に危うく殺されそうになった。それを救ったのが俺の親父、古井源太郎だ。撃ち込まれた弾丸の位置、角度の両方を瞬時に計算し、暗殺者の元にすっ飛んでいって見事に成敗したのだ。
それ以来、首相自らが最も信頼できる人を選び構成された、首相直属の特殊警察である。さらに信頼を強めようと全員に配った防弾服の後ろに白い糸で描いた刺繍は『絆』の文字(恥ずかしくないのだろうか?)である。
しかもその軍隊のような警察の総司令官が俺の親父、源太郎だった。ある意味『秘密結社』よりも数倍タチが悪い。
なんせ滅茶苦茶。「新幹線より速いらしいぜ」や「ケンカ売ってきた三頭のゴリラ素手で返り討ちにしたってよ」などの噂を聞いた息子の俺でさえ疑わないくらいなのだから。
「……それで、気付いたらここにいたの」
祐一は現実に引き戻された。
聞いてなかった……。
相手は親父率いるCSPか、う~ん。逃げ切れるだろうか?
最早、逃げるという事しか頭には無かった。CSPどんな組織か知っていて、なおかつ戦うなんて頭のどうかしている奴が言うことだ。
祐一は湯飲みの中のお茶をご飯にかけて一気に飲み干した。
――プルル、プルル、ピッ『こちらお留守番サービスです。合図の音がなった後にご用件をどうぞ』
電話に目が向けられる。なぜか目が離せない。
誰からだ?
『俺だ祐一。今高速を走ってる。もうすぐ着くからな。覚悟しておけ! ――ブツッ』
口の中のものを吐き出しそうになった。この声、嫌になるくらいのタイミングの悪さ、堂々とした物言い。必要性の無い『覚悟』!
――親父が、帰ってくる!
元自衛隊陸軍所属、貰った勲章数知れず、救った命は星の数。国民の英雄。
俺の中の悪党。
自衛隊の訓練を受けさせられたのは十歳の時。最初は辛かったが何とかついていけた。だが、日が経つにつれて、厳しくなっていった。その頃から少しずつ親父のことを嫌っていった。いや、慣れなくなっていったと言う方が正しいだろうか。親父の妙に大人気ない所を恥じていたのかもしれない。
なんたら戦線に放り込まれたのは十二歳。弾丸の飛び交う戦場で二年の間、彷徨い、何とか生き延びて日本に帰った。その帰りのヘリの中で親父と会ったのが最後だった。
それ以来三年、顔さえまともに合わせたことが無い。
それに、会おうとも思わなくなっていた。
車の中で源太郎は不思議がっていた。
おかしい。祐一が電話に出ねぇ。夏休み真っ盛りのこのご時世、家にいないわけが無い! アイツはいいやつだがモヤシだ! あまり人間に関わりたがらない。からして……極力、家の中で過ごしているハズ。
――まさかっ!
考えられるのはただ一つ。
ハンドルを握る掌が熱くなる。脳裏を巡り何回転もする言葉。
『女』かっ! あのヤロウ、父親であるこの俺に断りも無しに女ぁ作りやがった!
「ハッ、いい度胸してんじゃねえか。三年見ねぇ内に腑抜けやがって! その根性ぶった斬ってやらぁ!」
アクセルを踏む。スピードのメータが上がってゆく、百三十五キロ……百四十六キロ……百五十九キロ。まだまだ上がってゆく。
さすがに何も起こらないわけが無い。スピード違反に反応した無人注意警報機が迫る。サッカーボール大のものが日の光を反射して銀色に輝きながら宙に浮いている。それからの警告だ。
「スピードオトセ! スピードガッ!」
『ガッ』の部分でサッカーボールはただのゴミとなった。
球体は無残にも、源太郎が助手席に置いていたサブマシンガン(MP5A5)によって撃ちぬかれた。
「ばっかヤロウ! 我が家の一大事に口出しすんじゃねぇ!」
滅茶苦茶な台詞をその場に残し、源太郎は車で走り去った。
バキッ――
何か硬い棒みたいな物が折れたような、そんな音だった。
源太郎は足元を見て少し焦った。アクセルを強く踏みすぎたのか、足を離しても、元の位置に戻ってこない。
クソッタレ、こんなときに!
急いで停車させる。幸か不幸か他の車は見当たらない。ブレーキを踏んで少しずつスピードを落とす。車を脇に寄せ、懐に手を突っ込んだ。引き抜いた手にはトランシーバーが握られている。
『――ザッ、ハイ、こちら田元。どうぞ』
「おう田元、俺だ! 緊急事態発生、全員直ちにヘリに乗ってこっちに来い! 武器積んだヘリにしろっ。……ブラックホークだ! それで目標を焼き払う」
源太郎は今自分がしようとしていることが悪い事とは微塵にも思っていなかった。それどころか薄ら寒い笑みを浮かべていた。
考えろ祐一! 考えるんだ!
取り敢えず、『魔法の(・)黒い(・・)粉』が入ったペットボトル五本、同じものが中に入っているトイレットペーパーの芯十本、線香一束、こんなもんか。
今揃えた物を、かなり大きめのリュックサックの中に放り込んだ。十歳くらいの子供なら簡単に入ることが出来る大きさだ。
そんな慌てている祐一の姿を呆然としながら見ている理奈は、まだご飯をチビチビ食べていた。
「非常食、非常食」
と祐一。
そんな祐一を見て「あんな大きなカバンを一人で持つなんて」と理奈は感心していた。中身が無かったら誰でも持てるのだが、そんなことは考えもしない。
当の祐一はそんな悠長な事は考えていられなかった。自分が知っている中で最強とも呼べる人物が敵ともなりうるのだから。準備をしすぎて損はない。
そんな時、祐一の耳に何か聞こえてきた。虫の羽音のような音、それに耳を澄ます。
虫にしては大きすぎる。それに、少しずつ近づいてきているような……そん
な気がする。
これは……ヘリだ! 音の大きさから、かなり近いところを飛んでるな!
ジリリリリ! 頭の中の危険信号が赤くなる。一体何が起こるんだ?
窓ガラスの割れる音。二階からだ。幸い祐一達がいるのは一階だ。
「突入してきやがったな!」
理奈の目が恐怖に染まるのを見た祐一は、急ぐように言った。
そしてなるべく優しい口調で、
「絶対最後まで護るさ、君のこと。たとえ俺がし……」
全てを言い終わる前に聞こえてきた鋭い声。
「クリア! 下に急げっ!」
知っている声だ。確か田元さんの。階段を下りる足音がする。祐一はリュックの中からトイレットペーパーの芯を取り出す。もちろんただの芯ではない。
『魔法の黒い粉』が入っているのだ。
その芯になるべく奥まで線香を突っ込む。そして線香に火をつける。後は階段に転がして、自分は壁に身を隠す。理奈も忘れずに。
しばらくしてからの爆発音。辺りに煙と埃が舞った。階段の下には穴が開き、地面の土が顔を覗かせている。漂ってくる『魔法の粉(火薬)』の香り。
信じられないような顔で俺を見ている理奈。それに笑って答えた。
「大丈夫だって! 火薬も少な目にしたし、防弾服って意外と丈夫なんだぜ!」
本当にその通りなら良いのだが……恐る恐る階段を覗く。予想通り! 階段の片隅で壁に全身を叩きつけられた田元さん(多分)ともう一人(誰?)が気絶している。
理奈に振り返る。
「な、言ったろ。俺は困ってる人がいたら全力で助けるってさ」
あれ? 初めてだったかな? まあいいや。
『おいっ! 聞こえるか馬鹿息子! 今から三つ数える。さもなければ、てめぇの家ごと吹っ飛ばすぞ!』
大音響のスピーカ音。残念なことに『何を三秒以内に、やらなければならないのか?』その最も重要な部分が抜けている。
『ひとぉつ』
理奈の手を取り、無我夢中で玄関を目指す。靴を履いている暇等ない。そこで理奈の手を前に引き両手で支える。ちょうど『お姫様抱っこ』の要領で。
小さく「きゃっ!」と聞こえたが気にしない。
『ふたぁつ、撃てぇぇー!』
不条理だ! 『みぃっつ』が無いじゃないかぁ!
玄関の扉を蹴り飛ばす。その先の光景は、低空飛行を続ける武装したヘリ。こっちに向かって飛んできている円柱状の火を噴く黒い棒――ミサイルだ!
ほんの数センチのところでそれを避ける。ミサイルは玄関を通り抜け、家の中で大爆発を起こす。『芯爆弾(祐一命名)』の比ではない。
すべてを燃やそうとする炎が一瞬で広がり一時的に視界を埋め尽くした。
階段で気絶していた二人は大丈夫なのだろうか?
そんな不安が脳裏をよぎる。
『はーはっはっは! チェックメイトだ祐一! どーだ? 参ったかぁ!』
大声で笑う父を冷たい目で見据えた。本気で言っているのだろうか?
『観念しろぉ! 大人しく別れの約束でもしやがれってんだ!』
別れの約束? 何のことを言ってるんだ。あのクソ親父。
『ああーーっ! 隊長! あの子です。あの子ですよっ。例の! ほら息子さんが抱えてるっ』
パイロットが叫んだ。一瞬だが源太郎に隙ができた。その隙を見逃さず祐一はヘリの下に滑り込みリュックの中を探る。あった! ロープだ!
ロープをテールローターに巻きつける。うまくいけば絡まって故障して、墜落するかもしれない。
それを見届けることより逃げるのが先だ。それを思うと祐一は理奈を抱えたまま一目散に逃げ出した。
自衛隊陸軍なんてものは存在しません。あくまでも架空の存在ですが、自衛隊のようなものと思ってください。




