真実
祐一の目の前にいる関谷が笑った。しかし、その笑みは瞬く間に消えてしまった。
本当に少しの間だったので祐一も幻覚でないかと疑ったほどだ。
関谷は無表情のまま言った。
「どうした? 五年前のことを聞きたくないのか?」
「五年前と言えば……総理暗殺の……?」
「そうだ」
「それが今と何の関係があるんだ?」
「関係? お前は面白い事を聞くんだな。いいだろう。教えてやる。当時、俺と、お前の父、源太郎と、今となっては総理の誠は親友同士だった。共に日本を繁栄させようと、志した仲間だった」
祐一はこんなことを話されても信じられなかった。そんな祐一を差し置いて関谷は話し続けた。
「そして誠はついにこの国のリーダーとなった。それまではすべて順調だった。……だが! あいつは警察を強化し、国の安全を保障しただけだった。そんなことではこの国を守れない! 俺はそいつと話をしたが無駄だった」
「何の話をしたんだ?」
関谷の顔に僅かだが、感情が戻ってきている。だがほんの一瞬でそれは消えてしまった。
「……『戦争』だ! どうせこの国は戦争になればただの無力なゴミクズとなるだろう。だから俺はやられる前にやれと忠告したのだ!」
「それで、誠さんがその忠告を無視したから?」
「その通りだ! 俺はこれまで仲間だと、親友だと思っていた無能なゴミを排除しようとした。だが結局、源太郎に止められ失敗に終わった。それだけだ」
祐一には何とも言えない怒りが込み上げてくるのを感じ取った。
「……それだけ?」
「ああ」
関谷は相変わらず無表情だった。それが余計に祐一の怒りを煽った。
「それだけで、俺の親父を殺したのかぁっ!」
祐一は手にしたデザートイーグルの銃口を関谷に向け撃ち放った。十何発ものマグナム弾が関谷に向かっていったが、後ろにあるモニターの破片が派手に音を立てて飛び散っただけだった。
――カシャンッ
スライドが引いたままになった。弾切れだ。
「それで終わりか?」
感情の籠っていない声だ。関谷は何もせず平然と立ったままだった。
「手が震えているぞ? ちゃんと狙ったらどうだ?」
祐一は急いで弾倉を入れ替えた。そして冷静に関谷に銃口を向けた。
「今度は外さない。でも、俺がお前を殺す前に二つ聞きたいことがある」
「言ってみろ」
「まず一つ、お前はなぜそんなことをしてもCSPに入ることが出来たんだ?」
「俺がそれで満足すると誠が思い込んでいたんだろう」
「なら二つ目だ。どうして俺を狙う? 『サイコキネシス』を使う奴が言って
いたからな」
「お前『能力者』だろ?」
関谷はいきなり核心を突いた。祐一の顔に動揺が走った。
「能力は、そうだな……『物質転送』か。どうだ? 違っているか?」
祐一は何も言えなかった。拳銃を握っている指先がピクリと動いた。
「だったらなんだ? そんな能力が何の役に立つんだ?」
「お前は自分の能力の価値に気付いてないのか? 考えてみろ。お前を一人、軍の基地に向かわせるだけで、その基地の目と鼻の先に軍隊を出現させることが出来るんだぞ」
これを聞いて祐一には少し余裕が戻った。関谷は自分の能力を知り尽くしていないらしい。
「悪いが、俺はそんなことは出来ない。人間は運べないんだ」
「だが、人間を入れた物質……戦車や装甲車なら、出来るだろう?」
祐一は黙った。出来るか出来ないかではなく、試したことがないのだ。
「ん? 何だ、試したことがないのか?」
まさにその通りだ。まるで相手の心を見透かしているような口ぶりだ。
「まあいい。で、どうだ? 今の気分は」
「なぜそんなことを聞く?」
関谷は短くため息を吐いた。
「分からないのか? 俺がこんな長話など好きでするわけがないだろう。お前はもう少し賢いかと思っていた」
額から嫌な汗が流れた。こんな単純な手に引っ掛かるなんて……
祐一は銃を構えたまま少しずつ後退した。もちろん関谷に背は向けずに。敵に背を向けるということはすなわち、死を意味する。
たとえ殺す気がなかったとしても、背中を見せるわけにはいかない。そうして後退していると、背中に硬い何かが当たった。壁だ。さっきまでなかったはずなのに。つまり、祐一はこの部屋に閉じ込められたのだ。
「今頃気づいたか」
関谷の身体が少し揺らいだ。
「お前……映像だな」
「そうだ。『立体映像』と言うものだ」
「だからあのとき、弾が一発も当たらなかったのか」
「まあ、そんなところだ。ところで、なぜこの部屋に閉じ込めたか分かるか?」
「いや」
「そうだろうな。そこでだ。ある日、俺は……俺たちは『能力者』には普通の人間とは違う脳波が流れていることに気がついた。そして俺はその脳波を無力化する電波を開発したのだ。お前のいるこの部屋にはもう電波を流した。これでお前はただの人間だ」
「だから俺が『能力者』だと分かったのか」
「そうだ。では、準備ができるまでここで大人しくしていて貰おう」
そのまま関谷は消えてしまった。祐一は試しに芯爆弾を手に移動させようとしたが失敗に終わった。
祐一はそのまま壁にもたれて、ズルズルとしゃがみこんだ。
はぁ~と長いため息がでた。
その時だった。耳を劈くような鋭い金属音がした。よく聞くとその音の中に声も混ざっていた。そしてもたれていた壁が開き、聞き慣れた声がした。
「祐一さんっ!」
祐一は驚き、目を見開いた。
「なんでここに?」
「なんでって? そりゃあ僕がちゃっちゃと優意お姉ちゃんを助けたからでしょ」
得意げな顔で祐樹が部屋に入ってきた。
「で、さっきの声は?」
これには祐樹が答えた。
「それなら……この部屋の前に男がいたから……」
「ああ、あいつのか……」
三人は階段を上った。その上り切った階段の隣の壁にその男がもたれていた。その男の胸からは煙から立ち昇っている。
「ん?」
男の頬が少し剥げている。祐一は男に近寄るとその男の首筋を引っ掻いた。すると、男の人工皮膚が面白いように捲れていった。
それが全て捲れると男の顔の下から関谷の顔が現れた。
「こいつは……」
一人二役ってことか……
「ま、他の地区の特殊警察にも連絡入れたし、あとは来るのを待つだけかな」
祐樹はそう軽く言って、腕を組んで頭に載せた。
「ありがとな、助けてくれて」
「えっ?」
祐樹は振り返った。「なんのこと?」とでも言いたそうな顔だ。
「いや、礼だよ、礼。まあ、なんだ……その……とにかく礼だ!」
「わけわかんない」
祐樹は照れながら、そう言って前を向いて歩きだした。
「どういたしまして……」
聞き取れるかどうかの瀬戸際だったが、祐一の耳にはちゃんと届いた。
自然と顔がほころんだ。
なんだ、照れてんのか?
祐樹の後に祐一と理奈が続いた。
突然、祐一は背中に冷たいものを感じた。それは、これまでの気分を全て壊してしまいそうな、そんなものだった。
祐一は無言のまま振り向いた。理奈がいて、その後ろ……壁にもたれた関谷が祐一を復讐に燃えている瞳で睨みつけている。
すると関谷は懐から拳銃を取り出した。それを祐一に向けるつもりなのか、ゆっくりと拳銃を前に構えた。しかし、関谷には祐樹の電撃のダメージが残っているせいで手が震えている。
このままじゃ理奈に当たるじゃないかっ!
祐一は考えるよりも先に行動に移した。ホルスターからデザートイーグルを取り出し、理奈を手で押し飛ばした。
そして何度も銃声が聞こえた。祐一の放ったマグナム弾の一つが関谷の頭に命中し、関谷は絶命した。音は止み、辺りを静寂が覆った。
「きゃあぁぁっ!」
理奈の悲鳴だ。
ん? どうした?
祐一は声が出せなかった。理奈は顔を恐怖に引きつらせて祐一に駆け寄った。
祐一の視界が少し暗くなった。
あれ? なんだ……?
意識も朦朧として祐一は立っていられなかった。地面に倒れこだ。
腹に手を当てると、ヌルヌルした液体に触れた。
手を目の前に持ってくるとその液体が赤黒い色なのが分かった。理奈たちも何か叫んでいるがもう何を言っているのかさえ分からなくなった。
急に眠気が祐一を襲った。瞼が少しずつ閉じていく。
「祐一さんっ! ……祐一さん!」
理奈の声が聞こえた。もう、今となっては遅いのだが……
俺、死ぬのか……?
祐一の意識は途絶えた。
祐一は目を開けた。雲のように軽いベッドに寝かされていた。
目だけを動かして辺りを窺った。白い視界の中に源太郎が映った。
あれ? なんで親父が?
このとき祐一の頭の中にある考えが浮かんだ。
そうか、ここは天国か……俺は死んで……
「おう! 起きたか祐一!」
久しぶりに聞いた親父の声だ。そんな気がする。生きていたときはこの声がとんでもなく嫌だったのに、死んでみるとそうでもなかった。
祐一は起き上がろうとしたが、体中に激痛が走り、起き上がることは出来なかった。
「痛っ!」
おかしいな。天国なら痛みとか感じないはずなのに。いや、それは迷信で、たとえ死んでも痛みは感じるのか?
不安になって源太郎に尋ねた。
「なあ親父。ここって天国か?」
「何寝ぼけてんだ祐一? お前はまだ死んでないぞ」
「へっ?」
我ながらなんて素っ頓狂な声だ。
同時に病室に何人も入ってきた。
え~と、理奈、田元さん、山勢さん、誠……さん?
その中から理奈が祐一に泣きながら駆け寄ってきた。
「よかったぁ~……うえっ、うぅ……」
「あのさ、少し苦しいかな……なんて……」
そこに源太郎が叱声を加えた。
「何を言う祐一! 男なら黙って抱かれんかっ、バカ者っ! つーか代われ!羨
ましい」
なんで怒られてんの、俺? って代わる訳ないだろっ!
それを見て誠が笑うと、それにつられるようにして病室に笑いが広がった。
だが、当の祐一本人だけは笑っていなかった。というか、全然話についていけてなかった。
「なんで俺生きてんの? つーか、何があったの? なんで親父死んでなの?」
残念なことに、今答えてくれる親切な人はこの部屋にいなかった。
ここは会議室。CSP本部の中にある一室だ。真ん中にだ円形の机があり、その机を囲むように椅子が置かれている。
源太郎は椅子に座って随分暗い顔をしていた。
「失礼します」
ノックの後、田元が部屋に入ってきた。
「どうだった?」
「はい、やはり研究室は関谷さん、いえ……ゴッドハンター達に支配されていました」
「そう、か……まさか敵が自分の所で研究してるなんて……関谷も考えたもんだな。はっはっは……」
元気のない笑い声だった。
「……俺は、父親としても、警察としても、親友としても失格だな……」
「そんな事はありません! 少なくとも自分は隊長を……総官を尊敬しています!」
「田元……」
源太郎は田元を見上げた。
「いえ隊長、お礼なんていいですよ」
「お前、柄でもねぇこと言うんじゃねぇよ」
「……了解」
「だが、少しは元気が出た。有難う」
源太郎が田元に頭を下げた。仮にも上司と部下だが、この二人の間に(特に源太郎に)そんな壁など無いに等しかった。
「……葬式に行くぞ……エレベーターで俺と優意をかばって死んでいった勇敢
な男たちのな……」
源太郎は田元に背を向けて敬礼した。田元もそれに倣って同じ姿勢を取った。
次でラストです。ここまで読んでくださって感謝。




