プロローグ
シークレット・フォース 英語にして略すとSFですねー。書いた後で気付きました。
祐一は歩くのを止めた。ちょうど薄暗い闇に青い光を放つ街灯の下で。立ち止まると同時に頬を生温い風が撫でた。
――見間違いだろうか?
考えていても仕方がない。彼は二歩下がって右を向いた。
やはり見間違いではなかった。
塀に挟まれた細い路地、その真ん中に少女が仰向けに倒れている。
年齢は祐一と同じくらい……いや、もう少し下だろうか?
彼女は膝までの青いジーンズに白地の薄いTシャツを着ている。
幼さを少し残した美しい顔立ち。これはもう誰がどこから見てもの美少女である。
祐一は短くため息を吐くと疲れ果てた脳ミソをフル回転させる。即座に思いついた行動パターンはこの三つだ。
その一、見て見ぬフリをする。
その二、その場で起こしてあげる。
その三、起きなかった場合は家に連れて帰って看病する。
女の子をほったらかしにするという『その一』は頭の中から消えていった。
――残るは『その二』と『その三』の二つ。
しばらく迷った挙げ句、『その二』から実行することにした。
ソロリ、ソロリ、と足音を忍ばせて、少女に近づく。
よほど疲れているのか「スースー」と寝息を立てている。
祐一はもう一度ため息を吐いた。今度は長くゆっくりと息を吸う。もちろん、気を落ち着かせるためである。
「おい、こんなトコで寝てたら風邪引くぞ。聞こえてるか?」
しかし少女は何の反応もなく寝息を立てるだけだった。
「おい、起きてくれよ。そうじゃないと俺が独り言を言ってるだけみたいじゃねーか」
そのままの独り言なのだが……相変わらず少女に目覚めはしない。
祐一は腹が立った。俺は眠いのだ! それだけでなく疲れていて、頭の方もイマイチ冴えない。それなのに、こんな見ず知らずの女の子に構っている。
これが自己中心的なな怒りだと、彼に気づく余裕はなかった。
祐一は大きく息を吸った。そして怒鳴るように、
「本当にこれで起きなかったら置いてくからなッ!」
大声で言った。おかげで近所のオッサンから「じゃかぁしいッ! このドアホがぁ!」と古めかしい台詞が飛んできた。
しかし、少女は微動だにしなかった。頭にきた祐一は舌打ちをして『その三』を実行することにした。
少女を背負う。しばらくしてまたため息が出た。どうやら今日はついていないらしい。
祐一は今日の昼の出来事を思い出した。
公園のベンチに腰掛けていた。そこに一人の男の子が通りかかった。その子は足下にあった石に躓いて転んで泣き出したのだ。ただ見ているのもなんだったので、優しく話し掛け、水道まで連れて行って傷口を洗い流そうとした。それだけなのに、その子の母親が祐一を誘拐犯か何かと思ったらしく警察沙汰になった。
危うく前科者になるところだった。(というかそのおかげでこんなに帰るのが遅くなってしまったのだが……)
――この子もそうなのか?
一瞬ではあるが背中に乗せている少女に疑いを向けた。いかんいかん! 祐一は激しく首を振る。
――でも、そうなっちまうのかな。
確かに、俺のやっていることは悪い事ではない。むしろ良い事だ。だが、この女の子も「誘拐された!」と助けられたにもかかわらずに騒ぎ立てるのだろうか?
実際にそうなったら警察からの「もう紛らわしい事はしないように!」等の注意という生温い次元を超えてしまうのではないだろうか? 何せ『女の子を自宅の部屋に連れ込んだ』という決定的な証拠があるのだ。どれだけ弁解したとしても無駄だろう。
ならば最初からこんな事をしなければ良かったのだが……生憎、祐一の性格では考えられないことだった。
そう『困っている人がいたら全力で助ける』それが古井祐一という男の性格であり信念なのだ。
正義感に燃える少年の背で少女は気持ち良さそうに眠っていた。
黒い軍服を着た男が頻りに頭を下げている。しかしトランシーバー越しで会話をしているので、そんな姿など向こう側の相手に見えるわけがないのだが。
「はい……はい。……ええそうです。申し訳ありません。……はい、分かりました」
ブッ――
無線が切れた。男は肩を落としている。
あと少しで……
そんな想いが頭を巡る。だが、今となっては意味のないことだ。
男には待機命令が出された。その命に従うしかなかった。ほかに選択肢など無いのだから。
深呼吸をする。気持ち良かった。例えるなら『都会で吸う空気よりも数十倍は上品な味』だろう。
辺りは暗く、民家の明かりもポツポツと疎らである。
「まあいいか……。空気は絶品だし、緑豊かだ!」
男は自分を元気付けるためにワザと大きな声で言ったが、生温く湿った闇に吞み込まれるだけだった。
「田元さん、どうでしたか?」
後ろから現れた男は、これも同じく黒い軍服姿だった。田元と呼ばれた男は振り返らずに答えた。
「この場に待機、そう遠くには行っていないだろうってよ」
「本当に近くにいるんでしょうか?」
「俺に聞かれてもな……」
「ふふっ、確かに」
「おい、クビにされたいのか?」
「し、失礼しましたっ」
田元は笑った。
「冗談だ。さ、テントに戻ろうか。これから捜査範囲を一気に広げるぞ! 奴らより先に保護しなければならないからな」
「はっ!」
部下は素早く敬礼すると身を翻し、闇の中に消えていった。
何としてでも奴らより先にあの少女を捕らえなければ。
祐一は目を覚ました。女の子の看病をしていたはずが、いつの間にか眠ってしまったらしい。眠っていた机にはヨダレの跡があった。近くにあったティッシュを急いで数枚抜き取り、ゴシゴシと拭き取る。
その丸まったティッシュをゴミ箱に放り投げた。ティッシュは空中で緩やかな弧を描き、ゴミ箱の中にストンと音を立てて入った。
よしっ。おもわずガッツポーズを決めた。どれだけ単純なことでも成功するとうれしい。
今日は気分が良いぞ。ウキウキした気分で台所に駆け込む。が、祐一は固まってしまった。ウキウキどころではなくなってしまったのだ。一気に緊張が体中を駆け巡る。頭の中の危険信号が赤になった。
冷や汗が頬を伝わるのが分かる。
なぜなら、昨日運んできた女の子がベッドから上半身を起こしているところで目が合ってしまったからである。
黒くて光沢があり、腰まで届きそうな長髪。細く引き締まったウエスト。それに加えて涙がこぼれそうなくらいに溜まっている大きな瞳……まずい。
「いやっ、これはね……その……」
言葉に詰まった。
少女の目からは『何でこんなところに光線(祐一命名)』が容赦なく祐一目掛けて照射されている。
祐一が迷っていると、少女のほうから口を開いてきた。
「あの……あなたは誰、ですか?」
「え?」
祐一は耳を疑った。普通なら「ここはどこ?」とか「きゃー!」とか言うものではないかと、そう予想していたからだ。
うーん、近頃は自分の事より相手の事を知りたがるのだろうか?
「俺の名前は古井祐一だけど……君は?」
答えてくれるか半信半疑だったが、いとも簡単に教えてくれた。
「わ、わたしは、源理奈。十六歳です」
ご丁寧なことに年齢まで教えてくれた。ふむ、十六か。一つ下だな、俺より。
「それで、ここってどこですか?」
予想した『反応』が今来た。もしかしたらこの子は天然ってやつなのかもしれない。
「ここは、都心の近くに新しく出来た千間条地区だけど」
「せんかんじょう?」
知らないらしかった。
そんなバカな! テレビもラジオも無い田舎の中の田舎ならいざ知らず、理奈はこの千間条地区に倒れていたのだ。
ここはこの二十五年間の間に急成長を遂げ、遂には周りの県や市から独立し、この地区から総理大臣、民主改善党の本堂誠が抜擢された時は、それはもうすごい騒ぎとなった。新聞やニュースに採り上げられること数千回、国民からの人気、信頼とともに厚く、日本の憲法を根元から変えていった人だ。そのことから誠氏は『日本改革の父』と謳われている。……それを知らない?
「だって、知らないものは知りませんよぅ」
弱々しい声、涙ぐむ瞳。知らぬ間に口に出してしまっていたようだ。
「あ、ごめん。で、君はどこに住んでるの?」
「ここから離れたところ」
……聞かなくても分かる。ここを知らないのだから。
「え~と、沖縄県とか北海道とかは?」
理奈は首を傾げた。非常に可愛らしくあるが、祐一には腹立つことこの上ない。しかし、刺激しないように優しい口調で話を続ける。
「だから、都道府県の何かついてないの? 君の住所に」
「あ! こんな字(県)がついてましたよ!」
四十七あるうちの選択肢が四つ減った。
しかし残念なことに、予想が当たった。いや、当たってしまった。都、道、府ならまだ探しようがあるのだが……
「考えていても仕方ない! 朝飯にしよう」
それに答えるかのように理奈の腹の虫がなった。顔を赤らめる理奈。祐一はそれに笑って答えた。
「心配すんなって。食いきれないくらい作ってやるからさ」
理奈はさらに顔を赤らめて俯いてしまった。
ちょっと意地悪が過ぎたかな? 祐一は心の中で罪悪感と戦っていた。
源太郎は自宅に戻っているところだった。それもベンツに乗って。
額から右耳まで傷のある浅黒い顔。服の上から見ても分かる、鍛えられて盛り上がった筋肉。
運転席の窓を全開にして、口笛を吹いている。速度は軽く百キロは超えていた。短く切りそろえた黒髪は靡いてすらなかった。
それなのに余裕なふてぶてしい笑みは崩さない。なぜか? それは久しぶりに息子に会うからである。ここのところ二、三年くらい会っていなかった。
しかし、ようやく休暇が取れたのだ。源太郎の部下である田元が仕事をしくじったおかげだ。しかも「周辺を探せ」と言っておいたので。再び探し当てるのには苦労するだろう。短くとも三ヶ月は。
高速の標識を通り過ぎる。書いてあったのは、確か、『千間条まで二百キロメートル』だったはず。あと二時間もあれば家に着くだろう。
源太郎は声を出して笑った。ぐんぐん車のスピードが上がる。
「ふはははは、待ってろ祐一!」
一方、背中に寒気を感じた祐一。
「ヘックション!」
心配そうに理奈が見つめてくる。笑って誤魔化した。
「はは、大丈夫だよ。誰かが俺のこと噂してんのさ」
嫌な予感がする。それもとびっきりの。自分には見えない何かが近づいている。そんな気がしてならない。
木漏れ日も届かないような、木々の生い茂っている所に男は一人立っていた。
男は暗闇に紛れ、冷たく重い声で言った。
「奴が出て行った。一気に制圧しろ。……時間稼ぎにA‐3番を使ってもいい。
この計画に失敗は許されない。それだけを心掛けておけ」
暗闇から出てきた茶髪の男。口元が綻んでいる。常時笑っているみたいだ。
「いいのか? あいつは結構強いんだぜ」
「その方が時間を稼ぐことができるだろう?」
「それもそーか。ま、俺がやってもいいんだけどな……」
茶髪の男はため息混じりに納得し、闇に消えていった。
残った男はただ、じっと動かずに闇を見据えていた。
まずは読んでくださったことに感謝。
感想とか書いていただいたらより一層感謝。
あとは、あうあうあうー。




