悪役令嬢らしいので悪の限りを尽くしたいと考えています。
……小学校に入学した頃から私はこの世界に違和感を覚えていた。
そして、それを思いだしたのはお友達だと思っていた『天ヶ崎佑真』様と婚約を結ぶとお父さんに言われた時だった。
その言葉と同時に私の中にバラバラになっていた記憶のピースは1つずつ、はまって行き、この世界が前世で遊んでいた乙女ゲームの世界だと理解した。
子供の頃からのお友達が婚約者になった事や自分が昔遊んでいたゲームのキャラクターに転生していた事に戸惑いを覚えながらも小学校に入学したばかりの私に断る事はできない。
何より、天ヶ崎家はこの日本有数の財閥であり、西園寺家もかなりの名家ではあるが天ヶ崎家と比較すると足元にも及ばない。
乙女ゲームの世界のため、ヒロインがどのエンディングを目指すかにもよるが、仮に私の婚約者を選んだ場合は婚約を破棄されるだけではなく、その圧倒的な力の差に西園寺家はつぶされてしまうのである。
記憶を思い出してしまえばいろいろな事を考えてしまう。
ヒロインが来るまでの佑真様との関係性、婚約を破棄された時の後の事など。
しかし……良く考えればゲームだから仕方ないとは言え、婚約者を無視してヒロインと結ばれようとする攻略キャラはどうなんだろうか?
確かに悪役令嬢でライバルキャラと言う手前、ヒロインとの中を邪魔しなければいけないのだけど家をつぶされるほどの悪さをしているのだろうか?
婚約者をないがしろにして突然現れたヒロインにうつつを抜かす攻略キャラに非は本当にないのだろうか?
いくら、西園寺家の方が家禄は下だとしてもうちにだってそれなりの権力はある。
一方的に好きな女ができたからと言って婚約を破棄すれば天ヶ崎家だってそれなりに被害が及ぶはず……
ふむ。どうやら、私の本質はただ、はい、そうですかと頷いて婚約を破棄されるような都合の良い女でも、婚約者がいながらも他の女にふらふらするような男も許してやる事もできないようだ。
そうと決まればやる事はたくさん出てくる。
ヒロインが現れた時に佑真様がどのような行動をとるかうかがいつつ、それなりに攻撃の手段は整えるべきだ。
味方にするべき人間を選び、ヒロインが転校してきた時に万全の状況を作り上げる。
確かに天ヶ崎家は強大だけど権力争いだって充分にある。
後は西園寺家を一枚岩にする事か?
確か、うちがつぶされる理由はいくつかあるのだけどどうにかしてそれをつぶす事ができれば何も問題なくなるはず……あくまでもはずだけど、何もしないで破滅だけは耐え切れない。
やれるべき事はやろう。
ヒロイン『飯塚ひなた』が私の前に現れる前に。
……そんな事を思っていた時が私にもありましたよ。
「桜華様、眉間にしわを寄せていますがお口に合いませんか?」
「……いえ、あやめ様、大変おいしいです」
「そうですか。ひなたさんはどうですか? お口に合いますか?」
「うん。美味しい」
私がヒロインとの戦争を心に誓ってから、ついに待ちに待ったヒロインが転校してきたのだが、なぜか、私は悪役令嬢仲間?の『天月あやめ』様のお屋敷でにっくきライバルであるはずの飯塚ひなたと3人で紅茶をごちそうになっている。
あやめ様は他の攻略キャラである『桜峯裕翔』様とヒロインの間に立ちはだかる悪役令嬢だったにも関わらず、なぜか私の記憶とは全く違うキャラに成長してしまっていた。
彼女ももしかして転生者なのではと思い、私と違う戦い方を選んだのかと思って以前に様子をうかがってみたのだが彼女にはまったく過去の記憶など無いようであり、それどころか出会ったころにはすでに『桜峯裕翔』様との性格の不一致と言う事で彼を見限り、お嬢様ライフを満喫しているのである。
そして、彼女がインフルエンザから回復して学校に登校するなり、飯塚ひなたは彼女に近づき、友人の座を手にしたのだ。
天月家のお屋敷に庶民なヒロインが当たり前のようにいる状況に私は状況が理解できずに紅茶へと手を伸ばす。
……どうしたら良いんだろう?
紅茶を飲んで自分を落ち着かせようとするが私の頭は冷静に動き出す気はしない。
それでもあやめ様と飯塚ひなたの関係性を聞かなければこれからの方針を打ち出せないと思い、私はゆっくりと口を開く。
「あの、飯塚様は確か先日、転校されてきたばかりですよね? あやめ様とどのように親しくなったのですか?」
「えーと、なんて答えたら良いのかな? ……実は私、転生者なんだよ」
「て、転生者ですか? それは」
……この子、いきなりすぎますね。
飯塚ひなたは真剣な表情で自分を転生者だと言う。
普通ならこの人は何を言っているんだ? と考え、病院を紹介してあげたくなるのだが私も同類である。
眉間に深いしわが確実に寄っているのだが、なんと返して良いかわからずにあやめ様へと視線を移す。
彼女は飯塚ひなたのその言葉に特に反応も示していないため、どう対応して良いのかわからなくなる。
「……あやめ様、あの」
「そうらしいです」
「そうですか……」
普通に考えて変な娘の飯塚ひなたを前にしても優雅に紅茶を飲んでいるあやめ様の姿はどこか大物感が漂っている。
前世が庶民である私はこれが生まれながらのお嬢様かと思いつつ、再び、飯塚ひなたへと視線を移す。
……どうするべき? 彼女が自分は転生者だと話しているわけだし、私も話してみる?
それで佑真様への接触を控えてくれれば、私もあまりおかしな事をしなくて済む。
現状では佑真様とはいい関係を築いている……まあ、裏切られるのなら弱みの1つでも握っておこうと言う理由もあるけど。
「あなたが転生者と言うものなら、何をするつもりなのですか?」
「何を? とりあえず、このケーキを食べる?」
「そうではなく、どの攻略キャラを狙っているとか、いろいろとあるでしょう!!」
あまりにバカな反応が返ってきたためか、私は飯塚ひなたを怒鳴りつけてしまう。
それと同時に私は自分が下手を打ってしまった事に気づき、顔から血の気が引いて行く。
「あ、あの、今のなしでなしの方向でお願いします」
「無理でしょうね。そうですか、やはり、桜華様もひなたさんの御同類でしたか」
「あやちゃんの言った通りだったね」
自分の失態に気づきながらもすぐに立て直す事ができなかった私は慌ててさらに墓穴を掘ってしまう。
私の様子を見て、あやめ様はくすくすと笑っており、飯塚ひなたの口からは私が転生者だとわかっていたかのような言葉が聞こえて、耳を疑う。
「あ、あの、あやめ様」
「安心してください。ひなたさんは天ヶ崎様をあなたから奪うつもりはありませんよ」
「うん。正直、顔も思い出せない攻略キャラだし」
どうして良いのかわからない私にあやめ様は微笑み、飯塚ひなたは佑真様の事など眼中にないと言い出す始末である。
……それはそれで頭に来るわ。
別に佑真様の事など時が来れば切り捨てるつもりだったけど、そこまで言われると少し頭にくる。
それが顔に出てしまったのか飯塚ひなたはバツが悪そうに視線をそらした。
「桜華様、ひなたさんはこの世界と似たゲームをあまりやり込んでいないらしいの。それで攻略キャラはあの下衆しか知らないそうです。それで記憶に残らなかった攻略キャラよりも新しい出会いを探そうと考えているのです」
「……相変わらず、桜峯様にお厳しいですね」
「そんな事は無いですわ。それより」
「はい。私も実は転生者と言う者らしいです」
あやめ様はどこまで知っているかわからないが、飯塚ひなたの置かれた状況を説明してくれる。
2人からは私の話を期待するような視線を向けられ、観念するしかないと悟った私は大きく肩を落とした後、転生者だと言う事を白状する。
「やった。お仲間だ」
「良かったですね」
私が転生者だと知り、なぜか、大喜びする飯塚ひなたと彼女へと笑いかけるあやめ様。
正直、この状況に置いて行かれている気しかしないのですけど、なぜか、飯塚ひなたの顔を様子に自然と笑みがこぼれてしまう。
「あ、あのね。西園寺さん、できればで良いんですけど、私とお友達になってください」
「お友達ですか?」
「う、うん。この世界に来て、いろいろな事を話せるお友達ってできなくて」
あやめ様と喜びを分かち合った後、飯塚ひなたは私をまっすぐと見て、頭を下げると右手を差し出した。
彼女はヒロインとしてこの世界に転生してしまったようだが、彼女は彼女なりに大変だったと言うところだろうか?
「そうですね。1つだけ条件を付けても良いのでしたら」
「条件ですか?」
「はい。私の婚約者である佑真様を攻略キャラに選ばないのでしたら」
「わかったよ。よろしくね。桜華ちゃん」
……即決ですか?
なんとなく、悪い子ではないと思ってしまったのだが、はいそうですかとは返事ができず、交換条件を出してみたのだけど、本当に佑真様の事は何とも思ってい無いようで私の手を取って彼女は笑う。
その様子に小さくため息が漏れるのだがあまり悪い気はしない。
そして、笑っている彼女の顔を見ているとある事に気づく。
「……あやめ様、飯塚さんは子犬みたいですね」
「確かにそうかも知れませんね」
飯塚さんの様子がはしゃいでいる子犬の姿に重なり、笑みがこぼれてしまう。
私の言葉に同じ事を思ったのかあやめ様もくすくすと笑うが飯塚さんはなぜ笑われているのかわからないようで首を傾げている。
「あやちゃん、桜華ちゃん」
「何でもありませんわ。それではこれからよろしくお願いします。飯塚様」
「ひなただよ」
「わかりました。ひなたさん」
なんとなく彼女のペースに完全に振り回されている気がするのだけど特に悪い気はしないので良しとしよう。
「……百合エンド? それもハーレムがあるのかしら」
……そして、あやめ様の口からおかしな言葉が聞こえたけど気にしない方向で行きたいです。