霧桐中学の恋愛事情
「第五次恋愛ブームの兆しが確認されました。」
霧桐中学生徒会室内に緊張が走る。
恋愛ブーム。
言葉だけ聞けば楽しげに見え、周りからはガキどもか青春しやがってなどと嫉妬混じりに軽く流されて終わりだろう。
中には楽しげに、何々!!どういうこと?なんて興味津々に聞いてくるかもしれない。
とりあえず「恋愛」というフレーズにはいい印象がわき、ブームの文字は祭かのような賑やかさを連想させ、今、僕らがしているような苦味ばしった沈痛な面持ちはしないだろう。
この霧桐中学の生徒以外ならば。
事の起こりは今から二年前、僕が中学一年生の二学期の事である。
時は9月。
夏休みが終わり再び始まった学校生活を憂鬱に感じていた僕と違い、周りはわいわいがやがやと楽しげにしている。
話題は来月に立て続けに行われる文化祭と体育祭についてだ。
正直この年になってそんなイベントが楽しいのか疑問だったが、友人からの説明で府に落ちた。
今、クラスではにわかに恋愛ブームが起こっているらしい。
それは夏休み前。
かねてより噂だった秋月竜太と河合美香の交際宣言から起こっているらしい。
二人は家が隣同士で小学校入学前から仲が良く、クラスも同じだったことからいつも一緒にいた。
それが周りからはよくからかわれていたが、中学に上がり僕らも少し大人になった。
これがよくあるラブコメなら二人は意識しながらも付かず離れずの関係を続けるのだろうが、二人は交際を宣言し周りから祝福されることとなった。
これは最近急に身長を伸ばし、女子からの好感度がました秋月に危機感を覚えた河合が積極的にアプローチした結果なのだか閑話休題。
二人はめでたくカップルとなり、夏休みはデートであちこち遊び回っていたらしい。
休み中の登校日や登校初日は彼女ののろけ話がクラスの話題に上った。
それから女子の間に彼氏が欲しい~といった話が話題になっていたらしい。これをチャンス飛とみた男子かアピールしているのだ。
ここまで話を聞いた僕は「若いな~」とか「頑張れ~」とかをいい、積極的に関わりを持とうとせず、傍観を決め込んでいた。その事を僕は後悔することになる。
男子は体力に自信があるものは体育祭で活躍することをアピールしたり、実行委員や裏方として頑張ったりしている。
その甲斐があり体育祭が終わる頃にはなん組かのカップルが成立し、体育祭文化祭共に例年にない盛り上がりを見せ大成功に終わった。
一武 の人間にトラウマを残して。
この一連の事件、恋愛ブームに副題をつけるとしたらこうなるだろう。
男女不人気投票、と。
実はこれまでの男子の行動には裏があった。
後で知った話だか、当時の霧桐中学の生徒数は三学年で384人。内男子は213人。女子は171人。その差は42人。
実は体育祭の最後はフォークダンスが行われる。しかし男女の人数に差がありすぎるため男子から女子側に何名か回ることになる。そしてそれは一年生に押し付けられることとなった。
一学年五クラス。欠席がなければ各クラス8人女子に回らなくてはならない。その8名をなんと女子の無記名投票で決められたのだという。
その情報を部活の先輩などから聞いていた一部の男子は素早く動いた。
男同士で踊るなど真っ平御免である。
カーストトップは選ばれるはずがない。問題は底辺での争いである。早々に諦めた者もいたが多くは選ばれるのが当然という風潮を由とせず必死であがいた。その姿に危機感わを覚えたカースト中位、特に名前が覚えられていないような連中は万が一にも底辺に負けられないと猛然とアピールを始める。その熱に周りが感化されての恋愛ブーム。
これの本質は恋愛ブームなどという浮わついたものでなく、男同士の戦い、戦争であった。
終わった後には勝者と敗者かいた。
努力が実り難を逃れたもの、努力の甲斐無く男と踊るはめになったもの。なにもしらず、なにもしなかったために選ばれてしまったもの。
敗者は後に己の評価を残酷な数字という形で知ることになる。
しかしそれは長い戦いの序章に過ぎなかった。
第二次恋愛ブームはそのすぐ後に始まった。
発端はまたもや秋月と河合。
誰もが認めるカップルの突然の破局は学年全体に波紋をよんだ。
まず河合、もしくは秋月に密かに想いを寄せていたものが動いた。二人が付き合いだしていたためあきらめていたが、不仲になりはじめるとすかさず接近して間に割り込むようにはいった。破局が決定的になるともう遠慮はない。さらにすでに相手がいたにも関わらず諦めていた感情が再燃し、当時の付き合っていた相手と別れ参戦。その別れた相手にさらに。といった感じで爆発的に戦場が広がる。学年内の相関図は混沌を極め、万華鏡を描いていた。
その争いはクリスマスに秋月が河合に告白しもとの鞘に収まったことを期に鎮静化された。
しかし戦前と戦後では大きく変わったものがある。それ以外のカップルの組み合わせだ。
第二次恋愛ブーム、恋愛大戦争は第一次以上の被害者をだして終了した。
第三次恋愛ブームは翌年の4月に始まった。
学年が上がり新しい要素が加わった。下級生の登場である。
小学生のときはただ同じ学校の年下の生徒にすぎなかったが、中学では先輩後輩という社会的な繋がりがある。そして指導という名のコミュニケーションが連日行われ、そこに特別な感情が生まれるのは不思議なことではない。入学間もなく浮わついた心に、たった一年とはいえぐっと大人に感じる先輩に新入生はときめいた。その先輩の爽やかな顔の下に獣の姿があるのを知らずに。
この時動いていたのは主に第一次、第二次の敗者であった。過去の戦いで大きく傷付いた自尊心を満たすための獲物として目をつけたのが、なにも知らない無垢な少年少女達である。二度にわたる大戦を戦い抜いた彼らにとって下級生は無防備に等しかった。中には一人では満足せず次々と獲物を狙うものもいた。下級生のイケメン・美少女ランキングなども作られ影では誰が落とすかのトトカルチョも行われていた。実にゲスい。
この戦いは生徒会を中心に綱紀粛正が行われなんとか終息したが、この件で世間での僕らの学年の評価が地に落ちた過去最悪の戦いである。
第四次恋愛ブームが起こるのは必然とも言えた。故に誰もが予想し事前に十分な備えをしていたと言える。中学2年の二学期。文化祭、体育祭の後には修学旅行があった。
中学最大のイベントであり、来年は高校受験が控えているのを考えれば最期の戦いになるだろう。これまでの戦いはこの時のためにあったと言える。
その戦いは壮絶であった。
子供ゆえの真っ直ぐな情熱と大人顔負けの策略が混ざりあい、時には学校を越え大人すらまきこんだ。当時の文化祭と体育祭は伝説として近隣の中高生の話題となった。
終わった後、そこには敗者はいなかった。ただ最後まで戦い抜いた戦士だけがそこにいた。結果など関係なかった。自分の持つ全てをさらけ出した彼らには悔しさはあれど惨めさはなかった。皆が皆を称えあい笑いあった。
その後はクリスマスやバレンタインデー、ホワイトデーなどもあったが、彼らにとってそれは戦後処理的な小さなことであった。
3年に上がった後は各々残された時間を悔いなく過ごすために邁進した。
部活があるものは脇目を降らず打ち込み、どの部も過去最高の驚きの結果を出した。
引退後も受験に備え、夏休みには生徒主導の勉強合宿が行われるなど教師が驚くほど勉強に精を出していた。文化祭、体育祭も過去の情熱をそのままにより洗礼されたものとなり、誰もが褒め称えた。
一時は地に落ちた評価も今では鰻登り。
このまま無事受験を終え卒業すると誰もが疑わなかった。
そんな中、第五次恋愛ブームの兆しが確認されたという。何かの間違いだと思いたい。
「それは確かなのか?」
「はい、間違いありません。」
そう報告するのは生徒会庶務の高野勇作三年生である。第二次恋愛ブームの後、生徒会はこれ以上の恋愛ブームを引き起こさないことを命題としていた。それほどまでに二度の大戦は多くの生徒の心に傷を作ったのである。生徒達の心のケア、教師や保護者への弁明などに勤しみ、校内の平和を守ってきたと自負している。第三次のような大惨事が起こってしまったものの、第四次をわざと誘導しその後の種を全て消し去ることに成功。後は卒業まで上手く手綱をとれるだろうと思っていた。
「原因は何だ?」
「河合美香が妊娠しました。」
生徒会全員がさっと顔を青ざめた。
秋月・河合ペアの動向は生徒会の要監視対象であった。本人たちに責任は無いが過去二度の大戦が彼らによって引き起こされている。第二次以降も二人のちょっとした仲違いは生徒会を震え上がらせ、関係修復のために動いた。その結果回避できた争いがいくつもあると自負している。
今回の結果は最悪だ。学生の妊娠というのも致命的なスキャンダルだか、よりにもよってこの二人か起こすとは。
二人以外にもこのような危険性はあった。
7人に1人。この数字は現3年生の見経験者、童貞・処女率である。これが多いか少ないかの判断は僕にはつかない。だがこれだけは言える。
やればできる。
即ちほとんどの生徒が同じ事件を引き越していた可能性がある。当然僕らも予想していた。その対策も取っていた。性欲を他の方に発散させるために定期的にイベントを企画し特に注意の必要な生徒を積極的に参加させたり、見回りなどをしてそういった行為が可能な場所を潰したり、行為が止められそうにないときは安全に避妊具を買いやすい場所の情報を流したりした。
それでも止められないことはあり得ただろう。それでも本来の妊娠確率を考えれば危険は少ないはずである。しかし起こってしまった。
この情報は近々広まるだろう。二人の処罰は免れられない。それはしかたがない。二人の責任だ。しかしこれが発端でベビーブームがきてはたまったものではない。
「いくぞ!引き継ぎの前の大仕事だ」
僕は宣言し生徒会メンバーの顔を見る。皆二年間共に戦ってきたメンバーだ。過去の戦いで大きな傷をおったものもいる。だからこそ今回のことでこれまでの苦労を無にしたくない。
今回の一件は生徒全員の心に大きなシミを作ることになりかねない。それは嫌だ。僕らは、これまでの大戦でも、誉められるような行ではないし、後悔するような行為があったにせよ、決して誰に恥じること無く胸を張って生きてきた。そう僕たちは懸命に生きてきたのだ。自分の存在をかけ、生命を燃やし中学生活を懸命に戦った。そう、恋愛ブームなんていってふざけてみても、そのなかで僕らは自らの存在価値を確かなものとして確立させるために真剣に、必死に、全力を尽くした。僕らの中学生活は誰彼に恥じることのないものでなくてはならない。決して汚されることなく、貶められることなく、今後振り返ったとき恥じること無く語り合えるように。
その後、何度も校長室へ出向いた。二人への処罰に対して寛大な温情をもらえるように、。
また、二人の両親への説得も行った。二人の気持ちをないがしろにしてほしくなかった。
そして二人からもよく話を聞いた。二人とも混乱していてどうしたらいいかわからなかった。
僕ら生徒会は所詮他人だ。この件に対して何の力もない。こうした労力も何の意味もない。二人の今後に対し責任も取れない。
だが、それがなんだというのだろう。それが躊躇する理由にはならない。僕がしたいからしている。二人のためになるならなおいいが、これは僕の勝手だ。僕の理由だ。僕の行為が迷惑だというなら、こっちも迷惑をかけられている。お互い様だ。
文句は言え。意見はもっといえ。でも僕は自分の思うように動く。後悔だけはしたくないから。
結果だけ述べよう。
二人は停学になったものの無事卒業式に参加できた。卒業後は二人で通信高校へ進学するらしい。二人は親となる決心したようだ。
そんな二人に周りの反応は様々だ。
しかし誰1人として排除したりはしない。そんな生き方もある。そんな感じで納得している。
いろんなことがあったが無事に卒業式を迎えることができた。僕らの学年は近年最大の問題学級と言われたが終わってしまえば何て言うこともなかったと思っている。
僕らは幼く未熟だった。だから周りに迷惑をかけた。だが、それを恥じたりはしない。僕らはそれを糧に成長していけばいい。周りを省みないわけではない。だか、人は誰しも自分が大事だし自分の利益のために行動することは正しい行いた優しさや思いやりもその延長でしかない。自分の人生だ。好きなように生きればいい。胸を張って前を向いて歩ける道を。
渡辺憲治
霧桐中学卒業。
中学時代は生徒会長を二期にわたって勤めた。
その後大学まで進学し教師となる。様々な学校で教鞭をとり、生徒思いで多くの生徒に慕われていた。彼の教え子には著名人もおり、恩師として紹介されることもある。
校長まで務めた彼の一番の自慢は中学校を誰1人欠けること無く卒業できたことだという。
彼が幹事をする同窓会は今でも大勢の参加者で賑わうという。