俺の五年間
12月27日朝、
「今日は、絶対あやまろう。」
そう思いながら、玄関をでた。
「ヤマト、行ってくるよ。」
玄関脇に寝そべってる、犬のヤマトに声をかけ俺は会社へ急いだ。
*****出会い*****
俺が入社したのは、今から五年前。大学を卒業してすぐだった。
地元での就職を希望していたので、すぐに決まった。
最初は営業の補佐だった。先輩と一緒に得意先を回ったり、資料をもとに書類を作ったりと、忙しい日々を送っていた。
補佐をしてくれている、女子事務員とも親しくなり、仕事も順調に進んでいた。
一年位経った頃、女子事務員が退社することになり、新しい事務員が配属になった。
それが、紗弥との出会いだった。
入社10年以上のベテラン事務員だったが、営業関係の事務は初めてのようで、かなり戸惑っていた。
それでも、何とか自分なりにくふうし、みんなに迷惑がかからないように仕事をこなしていた。
紗弥の、悩みながらも、頑張っている姿を見るのが、いつのまにか楽しみになっていた。
*****きっかけ*****
長かった梅雨がやっと明けた、7月の終わり頃、寿退社の先輩の送別会に営業部一同が参加した。もちろん紗弥も一緒だった。
紗弥とは、今まで一度も飲んだ事がない。この機会に、より親しくなりたかった。 趣味の事や、食べ物の好みなど話すうちに意気投合し、話は尽きなかった。
家も同じ方向だとわかり、自然に二人で歩きだした。
俺の家が近いが、初めて一緒に帰る時に、いきなり家に誘う訳にもいかず、紗弥の部屋の近くまできていた。
紗弥が、
「近くだからここで。」
と言った時、帰したくなかった俺は、思わず抱きしめていた。
紗弥は、驚いていたようだが、もう一度、
「お休み」と言って部屋に入ってしまった。
このまま、紗弥に嫌われたらどうしよう、避けられたらどうしよう、それだけが心配だった。
*****なりゆき*****
月曜日から、紗弥の態度が気になったが、仕事が忙しく、ゆっくり話をする時間がとれずにいた。
そんな時、急ぎの仕事で書類を仕上げる為に、紗弥と二人だけで残業になった。
資料を探しに資料室へ行く事になり、やっと話ができると思った。
いざ、二人だけになると体の方が先に動いてしまい、紗弥を抱きしめていた。
そしてやっと一言だけ言えた。
「好きなんだ。」
俺は返事も聞かず、何度もキスをした。どうしても、手に入れたかった。
やっと、紗弥が答えた。
「どうして?私?」
好きだったこと、ずっと触れたかったこと、それだけしか言えなかった。
答えるよりも、触れていたかった。紗弥を離したくなかった、そしてまた何度もキスをした。 紗弥が俺の事を受け入れてくれた。それがわかってうれしかった。
*****秘め事*****
それからは、資料室が二人の秘密の場所になった。人の出入りはほとんど無いので、誰にも知られる事はなかった。
紗弥の、切なく甘い声が、俺の耳元で聞こえてくるのが、たまらなくうれしかった。
何度か飲み会もあり、その度に二人で帰った。
手をつないだり、肩を抱いたり、暗闇で抱き合ったり…いつも紗弥に触れていた。
一年以上そういう関係が続いた。
*****本心*****
休みの日、紗弥の部屋の近くまで、何度か行ってみた。でも、誰かに見られるんじゃないかと思い、部屋を訪ねることは出来なかった。
休みの日は、紗弥に自由で居てほしかった。だから、一度も誘った事がない。紗弥からも誘われることはなかった。
紗弥の事が好きなことには、変わりはない、そんな付き合い方があってもいいと思っていた。
いつものように、紗弥を誘って資料室へ行きたかったが、まだ何人か残っていたので先に部屋を出た。
玄関脇で時間をつぶしていると残っていた人達が帰って行くのが目に入り、急いで部屋に戻った。
紗弥は一人でロッカーの側で着替えようとしていた。俺が入って行くと驚いたようだったが、
「どうしたの」と聞いてきた。
俺はうまい言葉が見つからず、つい
「暇つぶし。」と答えてしまった。
紗弥は、少し不安げな顔をしたようだったが、俺の唇や指の動きに、いつものように応えてくれた。
そんな、紗弥の表情や声を聞くと、可愛くてどうしようもなかった。
*****心の病*****
それからも、紗弥との関係は続いていた。しかし、紗弥は、応えてはくれるものの、元気がなかった。
仕事はきちんと、こなしていた。同僚との付き合いにも変わりはなかった。紗弥は何も言ってはくれなかった。
そんな頃、大学時代の友達から連絡があり、会うことになった。その友達は、自分で会社をやっていた。
俺にも、一緒にやらないかという話だったが、考えて返事する事にし、その時は別れた。
それから、何度か友達から連絡があり、一緒にやるのが無理なら少し出資してほしい、と頼まれた。
考えた末、今まで貯めてきた中から、100万円出資する事にし、友達に手渡した。
その後、別の友達から連絡が有り、俺は騙されたことを知った。もう友達とは連絡がつかず、居場所さえわからなかった。
俺は、人が信じられず、落ち込んでいった。
軽い鬱病の症状が現れた。そのことを忘れたくて、紗弥を求め続けた。時には、激しく紗弥に接した。
紗弥はそんな俺に優しかった。
徐々に、紗弥に話してみた。詳しいことは言わなかったが、少し楽になった気がした。
*****変化*****
紗弥に話した事で、少し楽になった俺は、鬱病を治そうと思った。
それで、紗弥との関係も元に戻ると思った。
紗弥と過ごす時間が減っていったが、病院での治療に通っていた。
半年以上、治療を受け俺の鬱病は良くなっていった。
その間、紗弥には何も知らせてなかった。
*****結末*****
すっかり鬱病が治り、仕事も順調に進んでいたが、紗弥とはあまり話しをしなかった。
今迄のことをあやまりたかったが、どうしても話せなかった。
紗弥が俺の顔を見なくなり、仕事の事でもあまり話しをしなくなった。
紗弥とは、終わりなのかなぁ、と思った。
そんな頃、叔父の経営している会社で
「営業の経験者をさがしているのだが、ぜひきてほしい。」と言ってきた。
紗弥との関係をなんとかしたかったが、誘いを受けることにし、会社に辞表を出した。
送別会の時も、紗弥は何も言ってくれなかった。
もう、あの道を二人で帰ることができないのが、寂しかった。
*****別れ*****
朝礼で最後の挨拶をした。今迄の、紗弥との思い出ばかりが頭の中を占めていた。
帰り際、紗弥を呼び止めた。伝えたい思いはたくさんあったが、
「ごめん。」としか言えなかった。
紗弥は、優しく笑ってくれた。許してくれたのかもしれない、と思った。
「ヤマト、ただいま。」
玄関脇のヤマトに声をかけ、家に入った。
紗弥に謝ることは出来たが、忘れる事は出来ないだろうと思った。
年が明けた1月2日、今俺は紗弥の部屋の前に立っている。
紗弥ともう一度、やり直す為に、紗弥に思いを伝える為に、チャイムを押した。
紗弥の声が聞こえる。紗弥に、全てを伝えて、返事を待っている。
紗弥がドアを開けてくれた。