2 少女は疲労困憊する
入学式を終えて早くも1ヶ月半が過ぎ去り私は既に廃人寸前だった。
原因は二つで第一に我が家のひっ迫した経済状態と第二に進学校を甘く見過ぎていた事だろうか……
そして、お金が無いと言う事は、色々と体力を必要とするのを初めて知った――バス賃の節約の為に自転車通学を余儀なくされた私は毎日往復20キロの道のりをひたすらペダルを漕いで通学させられ、2週間も筋肉痛で苦しみ、初めて雨が降った日など悲惨で、雨風を受けてより困難な道のりを今時カッパを着て、泣きながら通学をして学校に辿り着く前の坂道は正に地獄!!
目の前に現れた坂を目の前にして、瞬時に帰ろうと思ったけど、授業に付いていけてない私には1日休んだだけでも絶望的なレベル。
再び泣きながら孤独に坂道を自転車を押すのだった。学校生活での唯一の楽しみのお昼も、白ご飯と僅かなおかずだけ。せめてもと母の心遣いか白い御飯だけは大目に詰められていた。
だけど確実に体重を減らしてしまっている私。
中学は美術部でオタク仲間と、思うがままに筋肉を衰えさせ贅肉を養っていた私。運動不足で過酷な通学の日々は、自然とダイエットになり痩せたのがせめてもの救いだが……
更に追い打ちお掛ける授業内容。予習ありきりの進め方に必死にノートを取り、復習と言う名のプリントの課題が出されて毎日が勉強!
受験生時代より勉強をしている現状で、休み時間も机で黙々と課題に取り組む結果、友達が一人もいないボッチちゃん。この際何もせず赤点取りまくり自主退学したい程だが、そのまま転落人生を突き進む勇気も無かった。
授業が始まって1週間目に、お兄ちゃんに勉強についていけず中退したいと泣きついたのだが
『いいか瑠璃~中卒は辛いぞ。先ず正社員は諦めるしかないし、職種も限られるのが現実だ。しかもお前は美人とは言い難いし、これといった特技がある訳でもないから、誰かと結婚したとしても所得の低い男しか捕まえられないだろう。しかも子供を産んだとしても教育費やらかさんで四苦八苦しパートと育児、家事に追われ、子供が高卒で卒業しても今より過酷な社会でニートになる確率は高い。生涯子供や夫の世話に明け暮れる侘しい人生を送りたいのか』
『それってお父さん達の事』
『違うぞ瑠璃。父さんは国立大卒で母さんも短大を出て持ち家を持っているが現実はこの有様だ……お前は高校を辞めたとして、この現実を受け入れ両親以下の人生を享受できるのか』
その時私の脳裏に草臥れた女がパートのレジ打ちし、お客の買い物を見ながら、今夜の夕食のメニューを考えているのが浮かぶのだった。
『お兄ちゃん!私は頑張って卒業する』
『それでこそ俺の妹だ! 勉強なら少し見てやるから頑張れ』
『ありがとう』
少し言いくるめた様な気がするけど、取敢えず分からない宿題は教えてくれる良い兄だと感謝している。
ああぁ~~~~~~こんな事になるなら、私立のお嬢様学校を夢見ず、現実的に自分の偏差値に合った県立高校に進学すれば良かったと後悔ばかりで、明るい高校生活など送れるはずもない。
明るい兆しと言えば、母の新しいパート先が決まった事だけど…以前より条件も給料も悪いので、当分バス通学は期待できないらしく、せめてもとおかずを一品増やしてくれた事ぐらいだった。
そして今日も一人で、昼の休み時間に昨夜出来なかった分の宿題を必死にしていた。賢い友達が一人いれば写させて貰えるけど、未だに切っ掛けを掴めず友達は誰もいない…
侘しいボッチにたそがれている時だった。
「白鳥瑠璃…さん…だったよね…」
頭上から男子が私の名前を躊躇いがちに呼ぶので反射的に上を見上げるとそこには賢そうなさわやかイケメンが私の目の前に立っていたが、取敢えず睨む。
何故睨むかと言えば、今しているプリントは次の授業に提出する課題!
今はイケメンより課題を取らざるを得ない。
「今は忙しいから後にして!」
「えっ!?」
まさかの返事で驚いている様子だけど構わずプリントに集中していると突然指が突き出た。
「ここの綴りはrじゃなくてlだよ」
「あっ本当だ…」
「それにここの訳も間違っているし、結構間違っているよ」
そう指摘されてやっぱりと思ってしまう私。
「うっ…そうなの」
昨晩はお兄ちゃんがバイトが深夜で居なかったから聞けなかった。
「何時も休み時間も机に向っているって話だから出来るんだとばかり思ってた」
「その逆で出来ないからやっているの。分かったら話しかけないで」
既に20秒はロスしてしまったじゃない!
「教えてあげようか?」
「え!」
思わず再び顔をあげると頬づえを付いたイケメンが爽やかに笑っており、お兄ちゃんとは違いキラキラと輝いていた。
「マジッすか?」
「マジ」
救世主~~~~~~!!
それから私はイケメンの指導の下でプリントを無事にやり遂げるのだった。
「ありがとう~~ ……君 」
誰だっけ?
「もしかして俺の名前知らないの」
クラスメートだと認識しているけど名前は覚えていなかった。
「チョッと忘れただけよ」
笑ってごまかす。
「俺は落合一哉。 それより放課後付き合ってくれない?」
少しドキリとするけどそう言う誘いで無いのは分かり切っている――何しろ相手は私なのでとても恋愛対象として見ていない。多分課題を見てくれたお礼の催促だろうか?
「奢れって言うなら行かない」
お小遣い月千円の私にはジュース1本も痛い出費!
「何それ? ただ会って欲しい人が居るだけだよ」
面白そうにクッスと笑うと同時に始業ベルが鳴り
「それじゃあ放課後な」
そう言って爽やかに立ち去るけど私は狐につままれたような気分。初めて接触してきたのが爽やかイケメンの落合君。そして私に会わせたい相手が居ると言うが誰だ?
まさか私を見染めた誰かが告白!!
……な訳ないし、理由が思い当らない。
英語の時間が始まり、先生に当てられないよう気配を消しつつ英語の授業に集中する。
その時女子の一部に目を付けられてしまったとは露とも気付かず、必死に勉強を頑張るが、頑張るだけでは越えられない壁をひしひしと感じるのだった。
この高校に入学して1ヶ月半になるが初めてクラスメートの白鳥瑠璃と会話をした。
本来なら気にも留めない暗くて地味な存在で、顔すらまともに見た事の無い相手だが、中学校の先輩だった生徒会長でもある黒羽先輩が入学式に生徒会役員を睨んだ女子を連れて来いという横暴な命令が下される。
しかも地味で平凡な女子というアバウトな説明で取敢えず美人と可愛い子を除いて順次に合い間をみて生徒会に連れて行ったが、全滅で途方に暮れていた。だが黒羽先輩も忘れたようで2週間も音沙汰が無かったのに、先日の球技大会の打ち合わせの体育委員会で運悪く顔を合わせてしまう。
『あの女はどうした』と言い出すが、絶対に今まで忘れていた感じで『明日中に連れてこなければ体育祭の実行委員長に任命してやろう』という傍若無人さ。迷惑この上ないが、本当にそんな役職を押しつけられては堪ったものでは無い。
しかし粗方の女子は声を掛けたので、途方にくれながら教室を眺めていると丁度中央の席に一人机に向い勉強をしている女子。『誰だっけ?』と思いだそうとするが思いだせず、委員長の眼鏡を掛けた丸山珠子に聞くと『白鳥瑠璃さんよ。彼女は何時もああやって机に向かて勉強して誰とも話さない子で浮いているんだけど…日々やつれて行くから少し心配してたの。安部先生に声を掛けて欲しいって言われたんだけど声を掛けずらくって。だから何か声を掛ける用件があるなら、どんな子か後で教えてね』と言われてしまう。
何だか声を掛けるのが嫌になったが、この際贅沢は言えず嫌々と声を掛けてみると、凄まじい目で睨まれて少しビビってしまう。結構女子受けが良いのでこんな反応は初めて。しかも絶対にこの女だと確信。確かに委員長の言う通りに少しやつれていて陰鬱な地味な女の子だが反応が少し面白いので興味が沸く。
何しろあの黒羽先輩が捜していた女子なので尚更。
一体何が起こるんだとワクワクし始め、放課後が楽しみになるのだった。




