15 少女は恐怖を味わう
自転車を飛ばして家に帰ると既にお母さんがパート先から帰っているようで玄関の鍵が開いていた。
「ただいま~~」
「お帰り瑠璃。今晩は鈴ちゃんの家に泊まるんだったわね」
「うん。着替えて直ぐ行く予定だよ」
「それならこれを持って行って」と紙袋を差し出す。
「何?」と中身を見れば有名パティシエの店の包装紙。「どっ、どっ、どうしたのこれ!?」思わず動揺してしまう。我が家にそんな余裕があったのかと驚く。
「先週懸賞で当てた焼き菓子のセットよ。本当は特別な日に皆と食べようと思っていたんだけどこの間のお礼だって言って渡すのよ」
「いいの」
母の趣味は実益を兼ねた懸賞なのだ。だから時折こういう恩恵を受けるのだが、勿体ないからと賞味期限ぎりぎりまで取っておいてしまうのがいただけない。それだけ楽しみにとっておいているのだが、そんな大事なお菓子を持たせてくれるなんてどうしたんだろう?
「流石に松阪牛を食べさせてもらって親としてお礼をしない訳にいかないでしょ。どうせ今夜も御馳走して貰うんでしょからちゃんとお礼を言って」
成程、親とは大変なんだなっと納得。確かにタダ食いは気が引けるかも。
「は~~い」
それから急いで着替えるが新しい服を買って貰っていないのでサイズか小さい。と言うより成長期で身長が伸びた所為か袖が短く長そでは諦めて半袖のTシャツにデニムのショートパンツを穿く。
去年は足の太さが気になって1回穿いただけでタンスの肥やしになっていたが今は自信をもって穿けた。
「おお~~ この足だけは自慢できる!」
今まで家では中学からのスエットで、外出は登下校の制服だけ。ボッチの私は私服で友達と遊ばなかったので気付かなかったが鏡の前でチェックすると全体に細長くなりなかなかのモノだ。その上にパーカーを取り出して羽織るけど、どうも寸足らず。
「まだ肌寒いしな。 そうだ、お兄ちゃんのを拝借しよ」と隣の部屋に不法侵入してクローゼットを漁ると碌なものがない。普段のお兄ちゃんを思い浮かべ期待した方が馬鹿だったと諦めた時に、掛けられた服に隠すように紙袋が立てかけられていた。
「もしやエロ本?」
地味な顔だけどお兄ちゃんも男。興味津々で紙袋を引きずり出すが本にしては軽く、エログッズかと中を見てみる。
「女物??」
てっきりエロ系かと思いきや中身は薄いピンクのシフォン生地の可愛いワンピース。
「彼女へのプレゼント?」にしてはラッピングしてないし、彼女が出来たなら真っ先に自慢しそうだ。「もしや私に!? 」と思ったがシスコンでも無いし、しかも私には似合いそうもないお嬢様風の余所行きで、くれるならもっと実用性のある服をプレゼントしてくれるタイプ。
謎だと思いながら「兄妹でも礼儀ありよね」と取り敢えず元に戻して見ない事にしておく。
そして無収穫のまま、仕方なくチェックのシャツを羽織って袖を曲げて短いのを隠すことにした。お泊りセットをカバンに詰め込んでお菓子の袋を持って「行ってきま~~す」と元気よく家を出た。
外は既に薄暗く人通りも少ない。しかも住宅街を通るから街路灯もまばらだが、慣れた道を今晩の食事はなんだろうと胸を弾ませ歩く。そして鈴の家に近づいて来たが後ろからヒタヒタと付けられているような気配を感じた。
そう言えば最近痴漢が出ると鈴が言っていたのを思い出す。この間のジャージとは違い素足を惜し気なくさらしていて襲ってくれと言ってるようなもの。
もしや貞操の危機!!
しかしこれまで痴漢になんか遭ったためしがないから勘違いかもしれないと歩調を早めると後ろの足音も同じように付いてきた。段々怖くなって来る。近頃は通り魔みたいに突然殴られたりカッターで切られたり変な人間が多い。例えば、あの会長みたいに案外身近にいるのかもと思うと恐ろしくなり逃げる為にダッシュした。
恐らくこれまでの最速で走り、止まることなく鈴の家の前にたどり着くと急いでインタホーンを鳴らす。
『はーい』鈴の声が直ぐに聞こえてきた。
「ぜぇーっ、ぜぇーっ、ぜぇーっ、鈴開けて……」息切れしながら声を出す。
『瑠璃!? どうしたの』と驚いた声が返ってくるとガチャッと鍵の開く音がしたので急いでドアを開けて玄関に滑り込む。するとリビングから慌てた様子の鈴が玄関に来てくれるので飛びつく。
「怖かったよ~~」
「何があったの」
落ち着かせるように私の背中をポンポンとたたいて落ち着かせてくれる。
「痴漢が出たんだよ! 追いかけられれて走って逃げて来た」
「えっ! 痴漢……」
と二人で顔を見合わせていると玄関のドアを誰かがガチャガチャさせる。
「追いかけて来たのかな……」鈴が顔を青ざめさせて私に抱きつき、私も抱きしめ返す。
「鈴!警察!!」
と二人で慌てふためいているとドアが開けられてしまう。
「「 きゃあぁーーーーーー、痴漢 」」
「 ひっ!? なんだ??痴漢? 」
何故か痴漢の方も驚いたように後ずさる。
「あれ……兄さん」
「えっ、兄さん? 鈴のお兄ちゃん?」
「うん、そう」
「痴漢て俺の事か」と憮然と私たちを見るジャニーズ系のイケメン。サラサラの明るい髪に二重のクッキリした目のキラキラした男が立っていた。
「兄さん、外に変な男がいなかった」
「いや。どうしたんだ」
「瑠璃が痴漢に追いかけられたの」
「へぇ…… それって俺か? 確かに俺の前を歩いていた娘と同じ服装だし、突然走り出して驚いたんだけど痴漢と間違われたのか」と不機嫌になる。
「ご、ご免なさい。 歩調を速くしたらぴったりと付いてきたんで勘違いしちゃいました」失礼だったかと謝るが、あれっと首を掲げるお兄ちゃんはポンと手を打つ。
「あぁ~~俺の所為か。 いや~あんまり好みの足だったから吸い寄せられちゃったんだ」と言いながらしゃがみ込んで私の足を繁々とみつめ「本当に足だけは好み~~」と頬ずりされ鳥肌が立つ。
「ぎゃぁーーー! 痴漢!」と思わず膝蹴りをすると共にジャニーズイケメンは吹っ飛んでしまう。
ハッとすると鈴のお兄ちゃんは玄関の床に仰向けで気絶していた。
自転車で鍛えた足――恐るべし!!
リビングのソファーで頬をアイスノンで冷やしている痴漢ではなく鈴のお兄ちゃん。私は向かいのソファーで所在無げに座っていた。
「兄さんが悪いんだよ! あんな事するなんて信じられない。妹として恥ずかしい。瑠璃に謝って」激昂する鈴。
「達也、まさかこれまでの痴漢もあなたじゃないでしょうね」と疑惑の目を向ける小母さん。
「俺はそこまで女の子に不自由してないぞ。大好きだけど……」
家族に責められタジタジになりながら私に向き直るとさわやかにニッコリ笑い「ご免ね~瑠璃ちゃん」と軽い調子で謝るが、左頬が腫れているので顔半分が残念な状態。
私も膝蹴りして顔に怪我をさせた手前許そうと思ったが「でも君の足は俺のランキング1位に殿堂入りだよ。是非1枚撮らしてくれ」とキラキラとした目でスマフォを私に向けるのでブンブンと頭を横に振り拒否する。
なんなの、このお兄ちゃん…脚フェチの変態かと鈴には悪いけど引いてしまった。
「兄さん!」
「達也! 部屋で反省しなさい」
「分かったよ……」女性陣の剣幕に恐れをなしてスマフォをポケットにしまう。
そして私の足を未練たらしそうに見てから仕方なくリビングから出て行った。
「まさか兄さんが帰って来るなんて知らなかったの瑠璃。週末の夜は絶対に家にいた試しがないから油断したわ」
「本当に我が息子だけど女の敵ね。全く誰に似たのかしら、はぁ…」と溜息を付く小母さん。確かに女癖が悪そう。空気を変えるためにお土産のお菓子を渡す。
「これ、家のお母さんがこの間のお礼だそうです」
「まぁ、そんなに気を遣わなくってもいいのに。 お家に帰ったら有難うございましたって伝えてね」
「はい」
それから夕食の用意が出来るまで鈴の部屋で寛ぎおしゃべりを楽しんでいると、小母さんが食事の用意が出来たとインターフォンで知らせてくれ、部屋を出て階段を下りながらおしゃべりを続ける。
「ママったらすごく張り切ってたから沢山食べて。でもかなりの高カロリーメニューだから気を付けないと太っちゃうよ」と忠告してくれる。
「大丈夫! 通学で沢山のカロリーを消費してるから~」
「そうだね今の瑠璃は痩せてるから少し太った方がいいか、この際私の分も食べてもらちゃお~と」楽しそうに言う。
「むむ…おぬし、私を太らそうと企んでおるな! 」
「ばれたか…でも妬ましいくら細くなっちゃうんだから。 いいな…」と正直に言う鈴。
「ふっふっふ~ どんどん羨ましがって」といい気になって廊下で足を上げて見せつけているとカシャッ、カシャッとシャッター音が聞こえて後ろ振り返るとスマフォを片手にニヤニヤと笑っている鈴のお兄ちゃん。
「ひぃーーっ!」と思わず鈴の背に隠れる。
「兄さん! そのスマホを寄越しなさい」
「嫌だよ~~俺のコレクションだ」と言って脱兎の如く横をすり抜けて玄関に行くとそのままドアを開けて「暫く帰らないって言っておいてくれ~」と鈴に言い残して瞬く間に消えて行ってしまう。
なっ、なんだったの~~っと呆気にとられてしまった。
「ごめん瑠璃、絶対にあのデーターは消去させるから」と謝りだし、漸く私の足が盗撮された事を理解した。
最近やたらとイケメンが目の前をうろつくけど全員がタイプの違う残念さ……ちょっとイケメンアレルギーになりそうだ。
「あの顔だからモテるんだけど、あの生足好きのせいでトラブルも多いんだ……足の綺麗な娘がいたら次々と彼女を変えちゃうし、二股また三股は当たり前で、家の前でも何度も修羅場をするし、妹の私に泣きついてきたり、恨みごとを言ってくる彼女がいて困っているの」と暗く愚痴りだす。
「鈴も苦労してるんだね……」紹介したくなかった気持ちがよく分かった。家のお兄ちゃんは地味だけど堅実でまともだ……クロゼットのワンピースが引っ掛かるが多分普通だと思いたい。
「写真は足だけならいいよ。でもネットにばらまいたら訴えるって言っておいて」
恐らく顔は撮られていない気がする。足だけは好みと言っていたのを聞き逃していないんだ!
ムカつく……イケメンなんて嫌いだ。
すると、ふっと優しい部長を思い出してしまい、やっぱり男は顔じゃないと思った。
「分かった。それは絶対に守らせる」
「それじゃあ、美味しい食事を楽しもう」
「うん」
気を取り直して二人でリビングに入るとダイニングになっているテーブルには美味しいそうな食事が並び、しかもいつの間にか帰宅した小父さんもいた。
「小父さん、お邪魔してます」過去に2度ばかり会っていて小母さんラブの素敵な小父様。
「やあ、瑠璃ちゃん久しぶり。本当に随分痩せちゃったんだね。沢山食べてぽっちゃりした方がもっとキュートだよ」とニッコリとするダンディーな小父さん。
「パパの言うこと聞いたら駄目よ。ママが太っているのも全部パパの所為なんだから」何気に失礼な事を言う鈴。
「酷い事を言うな鈴。ママはあれが丁度いいじゃないか。私には世界で最高の女性だ」とのたまう小父さんは、どうやらぽっちゃりフェチらしく、息子の足フェチのルーツを知る。
「さあさあ、くだらない話しは止めて食べましょう」と慣れてる様子の小母さんは流すが「そう言えば達也はどうしたのかしら」と言うと「兄さんは遊びに出かけたわ」とムッとして鈴が答える。
「大学生なのに落ち着きが無いんだから。瑠璃ちゃんにも失礼な事をするし、あなたも今度叱って下さい」と苦言するが「男は若いうちに遊んでおいた方がいいんだよ」とにこやかに答える小父さん。
もしかして自分自身の体験ですか――あのお兄ちゃんと同じものを感じる。
「何時もそうなんだから……。瑠璃ちゃん、達也の分も食べてね」
「はい」
テーブルにはラザニア、チーズたっぷりのピザ、お洒落なバーニャ・カウダ、とどめに厚切りステーキが1枚づつ目の前に鎮座していた。鈴の言う通りに高カロリーだが豪勢で、この1食で我が家の何日分に匹敵するんだろうと侘しい考えが浮かび、自分だけが美味しい食事を食べるのは気が引けて来る。
しかし「遠慮しないでどんどん食べなさい」と小父さんも勧めてくれ「いただきます」とステーキを一口切り分けて食べた瞬間には後ろめたさは跡形もなく消え去る私だった。
「ほっぺが落ちそうなほど美味しいっす~~」感激のあまり涙が滲む。
「良かった。やっぱり美味しそうに食べてくれるから嬉しいわ」
「食卓が明るくなるね~」
と二人に言われて調子に乗ってステーキを2枚食べてラザニア、ビザも綺麗に食べてしまうのだった。
そして最後に濃厚チーズケーキを食べて流石にギブアップ。
一方鈴は、バーニャ・カウダとラザニアを少し食べてデザートは食べず紅茶だけ飲んでいて、体重を気にしているのが明らかだ。見た目は普通だけど乙女にとって100gでも減らしたい気持ちは過去の私には痛いほど理解できた。
今の現状は不幸なのか幸せなのかと複雑な気分。でも美味しい料理をお腹いっぱい食べられ最高に幸せだった。
食事を終えて鈴の部屋で部屋着に着替えてベッドの上に寝そべりながら話をする。
でも最後の方には男の子情報が占める。
「そう言えば桜花高校の生徒会長ってモデルみたいにカッコいいって有名だよね。瑠璃は直に見たことあるんでしょう。実物ってどう」と尋ねられギクッとする。
「遠くで見掛けるけど、まじモデルばりのイケメンだよ。他の高校なのに良く知ってるね」
なんとなく目を付けられると言うのは言い辛かった。
「桜花の黒羽様とカトレアの白乃宮様はこの辺りの女子高生たちの間で二大巨頭だもん。いいな~私も会ってみたい」
「白乃宮?」
「知らないの。カトレア学園の生徒会長で白乃宮財閥の御曹司でリアル王子様なんだって」
「へ~~ 知らなかった。どっちが人気が上なの」
私は全く知らなかった。
「う~~ん、うちの女子高では半々かな。でも絶対私は黒羽様派。あのクールなルックスに白人モデル並みのスタイル。憧れちゃう」とうっとりとする。
あれがクール?変人だぞ!
「見た事あるんだ」
「ううん。結構写真が出回ってるの」見せてあげると机の引き出しから奴の隠し撮りの写真を見せてくれる。写真は通学途中のようで明らかに盗撮で通学途中の横顔のドアップと歩く全身などが撮られていた。確かに雑誌のモデルのようで改めて見ても美形で足も長い。
だけど実物を知っている私には澄ました顔して胡散臭い。
「これどうしたの」
「ファンクラブから買ってるの。白乃宮様のもあるよ」と1枚だけ見せてくれた。
白乃宮様は真っ黒な艶やかな髪に上品な細面に優しげな目をした美形が微笑んでカメラ目線で映っていた。まるでアイドルのプロマイド並のクオリティーだった。そして西洋と言うより和製王子様だ。
「これもファンクラブから買ったの?」
「ううん。それは白乃宮様のファンの子から買ったんだ」
「ファンクラブって結構大きいの」こんな写真まで販売してるなんて普通じゃない。
「瑠璃は桜花に居て知らないの」と反対に驚かれ詳しく説明してくれる。なんでも二人には近隣の女子高生たちが結成したファンクラブがあり、黒羽泰雅は桜花の生徒を中心に「ラ・ロズノワール会」、白乃宮聖也はカトレアの生徒中心の「リ・ブラン会」があり、会員数はかなりのモノらしい。ファンの女子たちは二人に迷惑を掛けないように情報交換したり見守る会らしいが、抜け駆けを牽制し合っているのだろう。
そんな恐ろしいファンクラブ付の男に絡まれていたのかと今更ながらに青ざめる。
絶対に関わらないでおこう……無事卒業出来るかなと不安が襲う中で鈴が更に聞いてくる。
「それよりイチゴって女の子知ってる」
ひぃーーーー!何故その名を知っていると慄きながら「イッ…イチゴ… さあ知らないな…」と惚けるが冷や汗が背中を伝う。
「夕方にファンクラブからのメールでイチゴって女の子の情報を求めるって回って来たの。ラインでも色々噂が飛び交ってるみたい」
「どんな?」
「黒羽様の彼女らしいとか、付きまとっているストーカーとか情報が錯綜していて良く分かんないんだ」
「そっ…そっ、そうなんだ…」動揺しまくってしまう私。死亡フラグが目の前をチラついていた。
「どうしたの?顔色が真っ青だよ」
「やっぱ食べ過ぎたみたい…寝ていいかな…」
「確かにあれは食べ過ぎだよ。胃薬あげようか」
「一晩寝れば大丈夫…おやすみ」と言ってサッサと寝てしまう。
「おやすみ瑠璃」と心配している様子の鈴を騙しているようで悪いが、今の私にはイチゴをどう抹消するかしかなく、取り敢えず事実を知っている人たちに口止めして回る事にした。
うっうう~~~~~~~~折角友達ができ光明が見えたのに、あの会長のせいで更に暗澹たる学校生活に陥りそうで泣きそう。
心の中で藁人形に呪いを込めて釘を刺すのだった。