13 少女は回避する
朝から教室は異様な雰囲気で居心地が悪い事この上ない。
何故ならクラスのムードメーカー的な落合君が何時もの仲良しメンバーと距離をとって一人でいるからだ。恐らく私の言葉と女子トイレの件で思う所があったようで休み時間も一人机にいるか、教室を一人で出ていったり、その上にお昼もあのリーダー蒼木が誘っても冷たく断って弁当片手に何処かに行ってしまった。
そしてリーダー蒼木が私を一瞬睨みつけてグループの女の子と共に何処かに行ってしまう。
どうやらイジメのフラグは消えていない模様。
やっぱり厄病神は厄病神だった――性格は裏表の無い良い奴だが空気の読めなさ過ぎるんだよ。 そこであからさまに避けてどうする!! 更に私を追い込む行為だと分かっていないよう。この際、私のお勧めの生徒会物のラノベでもプレゼント…否…嫌がらせを込めてBL版を贈ってやろうかな~~~~と画策してしまう程にイラつくのだった。
「瑠璃ちゃんは当分一人で行動しない方が良いよ」
珠ちゃんも空気を察して忠告してくれる――はっきり言って空気を感じていないのは疫病神だけだろう。
「うん」
「嫌がらせにあったら倍返しよ」
怖いよ~~魔王。
「出来れば穏便に済ましたいから!」
そんな私の意見を無視し
「シンプルなプランとしては瑠璃にこのペン型ICレコーダを仕掛けて録音して校内放送に流すなんてどうかしら」
さり気なく取り出したのは普通のシルバーのボールペン。
「なんでこんな物を持ってるの??」
こんなICレコーダをどこで買ったんだろう??
「スパイみたい」
珠ちゃんは興味深々でペンを触る。
「ネタを思い付いた時にこれに録音してるの」
「ふ~ん」
嘘だ!絶対に嘘に違いない!
それなら普通の四角い形のもある筈なのに何故それを選ばずペン型を選ぶなんて不自然――使用用途が分からず怖い。
しかし録音するまでは分かるけど校内放送で流すなんてやっぱり魔王!
色々と容赦がないっす…
「そんなのを使わなくても、取敢えず落合君と接触しなければ問題ないよ~~」
それと生徒会もだけど
「必要な時は言って」
ふっふっと笑いながペンをしまう。怖いよ美紅……
「アリガトウ……」
一応はお礼を言っておく。
そして珠ちゃんが違う話をふって来るのだが
「そう言えば二人共イチゴって子を知ってる?」
「ぶっーーーーーー!!」
思わず口に入れたご飯を吹きそうになり慌てて手で押えたので拡散は免れた。
「大丈夫?」
そう言いながら優しくティッシュをくれる珠ちゃん。
「瑠璃! そこで私の顔に掛けなきゃ面白くないでしょ」
何故か文句を言われるが、私の吹き出したご飯粒を顔で受け止めようなどプロ意識には頭が下がる――訳が無い。
なんて残念な性格。
これさえ無ければ才色兼備な女子高生なのに、親御さんにいたく同情してしまう。
「それより、イチゴがどうしたの」
「ガ―――ン 瑠璃が無視した」
美紅をスルーして今はイチゴ情報をさり気なく聞くのだが
「朝、部の先輩にイチゴって子を知らないか聞かれたの。 何だか皆が捜しているみたい」
皆が!?
「どうしてかな~~?」
恐る恐る聞いてみる。
「それが生徒会長の彼女なんだって…。 …どんな子なのかな?」
残念そうに言う珠ちゃん――会長様のファンなのかな?
「へ~~~~彼女か~ そうか~~~ 凄いな~~~~ うっ! 心臓が」
突然、心臓が激しく鼓動し始めるので胸を押える。
彼女ってどういう事だろう??
「どっどうしたの瑠璃ちゃん!」
「動悸がして苦しいかも」
「保健室行こう」
「少し静かにしていれば納まるから…」
落ち付け……私がイチゴだと知っているのはほんの一握り。
ばれる筈がない。っと思いたい~~~~~
「不整脈なら検査した方いいよ。心臓の欠陥の場合あるから」
珍しく私を心配してくれる。
「本当は優しんだ」
「相方の体を気遣うのは当り前、芸人は体も資本だから」
「そうだね…」
ああっーーーそれより何故私が会長様の彼女なのだ?????
幾ら考えても思い当らないが、イチゴを捜している子達は勘違いしているか、私の他にイチゴが居るのかもしれない。だけどイチゴなんてラブコメみたいな名前をつける親がいるだろうか……あんな美少女に溜子とつける親もいるしな…
「本当に顔色悪いよ、大丈夫…」
珠ちゃんは本当に優しい、良い子だよ。
「いや~次の数学が当たりそうだから心配なんだ」
「そうね、瑠璃の数学は壊滅的だから分かる――よく桜花に受かったか不思議なレベルだよ」
正直な美紅の言葉に自分でもそう思っていた。
「それはマークシート式だからだよ」
入学試験が記述式なら絶対に落ちていたが……
どうせ受かる心算は無かったので適当に塗り潰したのだがそれがいけなかった。きっと、じっくり考えた方が不正解率が上ったのかもしれないと今更に思う。
「「 成程 」」
納得する二人に突っ込めない私。
「だから後で教えて」
どうせならと泣きつくが
「この際だから言うけど瑠璃は中学の基礎からやり直した方が良いと思う」
「うん、これからもっと難易度は上るし基礎の底上げをした方が早いよ」
二人はまるで先生のようなアドバイス。
「そう言われても……」
中学校で数学を放棄してしまったつけをここで払うとは…塾に通うお金もないし~~と途方に暮れる。
そんな私の様子を察したのか
「大事な相方の為に私が一肌脱いであげる。土日にみっちり教えてあげるよ」
勉強を教えてくれると申し出てくれる。
「本当! あっ でも土曜日は中学の友達と約束があるんだった」
「なら日曜日は丸一日数学漬け決定」
数学漬け――なんて鳥肌が立つ表現。
「良かったね。私は塾の模試があるから行けない」
「そっか。 美紅は塾とか行ってないの」
「私に塾も家庭教師も必要無いのよ」
さり気なく言う。
おっおーーーーーーー、全て自力で勉強しているという事か!!
「すげえっす~~~ 流石にハーバードを目指す女」
「これくらい当然よ」
「でも美紅はそんなに頭いいのに何故カトレアに行かなかったの?」
そう言えば珠ちゃんの言う通り。
駅を挟んで同じ距離の場所に建っているので通学距離は変わらないし普通なら偏差値が県内1の方に行った方がいいはず。
「もしや美紅の家も経済的理由なの!?」
「「 も? 」」
「いや~ 私は本当は聖蘭に行きたかったんだけど経済的に無理でここに来たんだ~」
どうせ日の丸弁当を見られているので今更だよ~~
「そうだったの? 私は経済的には大丈夫だけど、あの高校だけは入学しないと決めてたの」
「なんで? 県内1だよ」
「確かに1番だけど実情は生徒間の学力にかなりの偏りがあるの。 奨学金や寮での好待遇を餌に学力の高い生徒を県内外から集めて、その一方で一部ではお金持ちの親から高い寄付金を集めて学力の低いバカ息子や娘がカトレアのブランド名が欲しくて入学してるのよ。そんな馬鹿な奴らの偏差値上げるために入学するなんて人生の無駄よ」
流石に魔王のお言葉は辛辣で素敵だ。
「そっ…そうなんだ」
「私もその話聞いたことあるよ。それにお金持ちと庶民に分れていて私たちみたいな庶民は馬鹿にされたり苛められるって聞いたから桜花にしたんだ」
「へ~~」
なんかラノベの設定みたいな高校だな~っと思っていると廊下が騒がしくなって来る。
キャーキャーと言う女の子達の声とその中に不吉な言葉も混じっていた。
「会長様~~」「何故一年生の階に」「うっそー」
私は瞬時にやばいと警戒音が脳内に鳴り響く。
会長が一年の階に来るとすれば生徒会役員であるあの二人に会いに来た可能性が高いが用心に越した事はない筈。
すかさず立ち上がって騒がしい方向とは反対のドアに行って壁に張り付き完全な不審者。
美紅達も私を不思議そうに見ているので人差し指を口に当てて口を噤んでいて貰う。
そして誰かが三組の教室の前に止まりドアを開ける気配。
ガラッとドアが引かれると
「イチゴいるか?」
会長様の麗しい声が教室に鳴り響く!!
目的は私かい!?
驚いている暇もなく、その声を聞いた途端にしゃがんでそのままドアを開いてこっそりと廊下に逃げるのだった。
やべ~~~~暢気にお弁当を食べてたらアウトだったよ~~~
自分の判断力の素晴らしさに自画自賛。
そのまま女子トイレに掛け込んで5限目のベルが鳴るまで閉じこもるが数学の予習が出来ずに黄昏る。
これは先生に当てらないよう気配を消す練習をするしかないと思うのだった。
この高校で出来た二人の友達は少し変わっている。
一人は羽田美紅。中学時代から全国模試で何時もベスト3に名前を連ねているので覚えていた。声を掛けて来たのは美紅で『委員長、私の相方にならない』で意味が分からず呆気にとられてしまう。よく聞いてみればお笑い芸人の相方で私が小さくてメガネを掛けているからという良く分からない理由。取敢えず『私は薬剤師を目指してるからゴメンなさい』と断ったんだけど、現在進行形で友達として付き合っている。 でも…未だに理解出来ない所が多いけど悪い子では無い。
そして最近友達になった白鳥瑠璃。瑠璃ちゃん見掛けは地味だけど何だか面白い子で普通だけど普通から何処か逸脱している。現に今も突然立ち上がったかと思うと教室のドアにへばり付いたかと思うと忍者のように消えてしまった…お腹を壊しちゃったのかな?
それと代わりに乱入してきたのは生徒会長の黒羽泰雅様!
『イチゴいるか?』と今話題のイチゴの名前を呼びながら3組に入って来るのでクラス中騒然としてしまい、私も興奮してしまう!!
なんて麗しい!!
まさに王道な生徒会長様!
『なんだいないのか。落合もいないし…オイ、お前』
入口の側に座っている線の細い平凡男子三田君!に声を掛ける。
『ぼっ僕ですか!!』
キャァアァーーーー生徒会長×平凡。 キターーーーーーーーーー!
まさか実際にこんなシーンが見れるなんて。
目に焼き付けておこう。
『イチゴ…いや、落合が来たら放課後にイチゴを生徒会に連れて来るよう言っておけ』
しかし会長様の言葉は期待するものでは無く落合君へ言付けで、しかも目当ては話題のイチゴのよう。
イチゴなんて子このクラスに居ないのに、どういうことかな??
『はい』
それより、三田君は真っ赤になりながら返事をする姿に思わず萌えてしまう。
もしかして会長様を好きになっちゃったのかしらとドキドキしてしまう。
片思いする健気平凡も良いよね~~っと脳内で萌えていると
「珠ちゃんって生徒会長が好きなの?」
何時の間に美紅が興味深そうに私を見詰めて聞いて来る。
「えっ!? そんなんじゃ…憧れているだけだよ!」
一瞬鋭い目で見られたので私の趣味がばれたかと焦ってしまう。
会長様は既に居なくなったけどクラスは会長様の事でざわついていたので少々私がアタフタしていても目立っていなかった。
「ふーん~ もしかして俺様×平凡キタ――!っとか思ってた?」
「えっ! えっええ… なんで?」
「よだれが出てるよ」
「うそ!」
そう言われて慌てて手を口にやるが、よだれは出ていなかった。
「やっぱり珠ちゃんは腐系か~ そうだと思ってた」
「えっ、なんで!?」
なんでバレたの?
腐女子的な言動は気を付けていた筈なのに
「男の子達をさり気なく観察して時折うっとりとしてるからそうかもと思ってたの」
まさか私が観察されているなんて思わなかった。
どうしよう腐女子と知って軽蔑されたらどうしようとオロオロしていると
「珠ちゃん、私は別に嫌悪感ないから大丈夫よ」
「美紅…ありがとう」
もしかしたら美紅も腐女子なの?っと聞こうとすると
「でも私はそんな趣味はないから、萌えは脳内だけで処理してね」
先回りするかのように否定されてしまう。
そして受け入れた様な、突き放された様な微妙な感じになってしまう。折角、腐の友達が出来ると思ったのに
「うん、分かった…」
意気消沈してしまう。
「それより私、イチゴが誰か分かっちゃった」
ニヤリと笑う美紅。
「本当!? 誰なの」
「珠ちゃんも良く知っている子」
そう言って瑠璃ちゃんの食べかけの質素なお弁当を見詰める。
「!!」
だけど瑠璃ちゃんがどうしてイチゴになるんだろう??
でも美紅の言葉には何故か真実味があり本当のような気がするのだった。