1 少女は諦観する
私の名前は白鳥瑠璃。
名前を見ると美少女と勘違いしそうだけど地味な顔の平凡な一五歳。
家は極一般的な家庭だと自負している。父は中堅の広告代理店に務めており、母はスーパーのパートをしながら父の薄給を健気に支える普通の主婦。そして猛勉強して漸く国立の某大学に入学した親孝行な兄を持つ。かく言う私も無理をして家計を助けるべく、無理だと言われた難関公立を受けて見事合格してしまった。
受かった事を、両親、兄、親友の鈴も担任の先生も我事の様に喜んでくれたが、冷静な私は一人慄いていた。
何しろ受かった高校は県内で二番目に高い偏差値を誇る桜花高校。
はっきり言って記念受験みたいな軽い気持ちで受け、本当は鈴と同じ私立のお嬢様高校に行きたかったので絶対に落ちると思って受けたのだ。
それなのに何故受かる!――嘘だと思いたい。
公立を落としてしまえば、親も仕方なく私立に通わせてくれると目論んでいた。しかもある程度成績が良いので、私立でも学費が補助される制度があるり、思ったより家計をひっ迫しないと踏んでいた。
青春を謳歌したいから進学校に進むなんてお先真っ暗!
私の頭で授業に付いていけるか大いに疑問だった。
絶対に落ちこぼれるのが目に見えている。目の前で合格祝いをしてくれている家族には悪いけど、可愛い娘の一生に一度の我儘を許して欲しい。
だから意を決する事にする私。
「お父様、お母様お話があります」
母が作ってくれた祝いのちらし寿司を見詰めながら深刻そうに話を切り出す。
「やだ~ 瑠璃たら変な呼び方をして不気味よ~」
「流石に桜花高校に受かって気分一新か~」
浮かれてハイになっている両親に、更に重くなった口を開こうとするが兄が遮るように横槍をいれてきた。
「良かったな瑠璃~ 父さんの給料は不景気で10%カット、母さんのパート先も客足を新しいスーパーに盗られ、当分自宅待機を言われたらしいから、授業料の掛からない公立だから高校に行けるぞ!」
えっ!!
そんなの初耳だよお兄様!?
「本当に良かった。もし私立に行く事になったらどうしようかと焦ってたの~」
母が胸をなで下ろして微笑む。
「二人共、親孝行な子供達で父さんは嬉しいよ~」
父も自分の甲斐性が無い事を嘆かず前向き(?)な言葉。
私は寝耳に水でたそがれる。
お兄ちゃんの時以上に喜んでいるので変だと思っていたけど、そんな切実な思いがあったなんて、マジっすか!!
とても私立に行きたいとは今更言えなくなってしまい笑うしかない!
「アハッハッハッハッ~ そうだったんだ~ 」
「だから今更私立に行きたいなんて言うなよ瑠璃~」
地味な容姿ながら清潔感あふれる笑顔で釘を刺すように言うお兄様。
「言う訳ないよ~ お兄ちゃん」
私もそれに応えて笑みを浮かべるけど心で涙。
「そうよね~今更よね~」
「う~ん、今更だ~」
そして家族で顔を見合わせ合格を笑い合うのだった。
こっ…こいつら……確信犯だ!
流石に生まれてからの付き合いで、私の腹の底を見破っていたのだ。
どうやら私の花の女子高校生ライフは一転して灰色ライフ決定となってしまた。
聖蘭女子高校ならきっと彼氏がゲット出来るたのに…桜花高校では無理だろ。
何故なら聖蘭は伝統あるる女子高で、そこに入学すればどんな平凡ちゃんも彼氏が出来ると言う伝説のアイテムの制服をゲット出来るからなのだ!! 屈折十五年、これからも彼氏を作れるか分からない平凡な私も、人生一度くらいはモテ期まで行かなくても『オイ、アレ聖蘭の子だろ~可愛いな!』なんて通りすがりで言われてみたかった。
そして私同様に平凡な彼氏を一人でも作りたいと言うささやかな野望は我家の経済状態で潰えてしまったのだった。
そして入学式の日
桜花高校は小高い丘の上に建ち毎年四月には高校に続く坂道は、両脇に植えられている桜並木が有名で、高校の名前の由来にもなっていた。毎年、入学式を彩るかのように、長い桜並木には桜が咲き誇り、新入生達の入学する喜びを更に沸きたてていたが……
私は一人暗いオーラ―を纏って坂道を自転車を押して上っていた。
小高い丘?
山の間違いではないでしょうか?
入試の日も思ったけど、なんでこんな高い場所に学校を建てるの?と思ったくらい。勉強する前に体力削るってどんなけSな高校なのと言うのが第一印象。どうせ落ちるんだしと思い、入試の帰りの坂道で態と思いっきり滑って転んで小さな思い出を作っておいたのが懐かしい。
まさかこの坂を三年間通い詰める事になるなんて思いも寄らない。
しかし周りを見れば真新しい制服のブレザーに身を包んだ初々しい新入生達は、この坂を苦もせず上り眩しい。
私なんて母が知り合いの伝手を頼りに手に入れたお古の制服――リサイクルでエコでしょうと手渡され、ついでにリサイクルショップで購入してきた自転車を入学祝いで贈られてしまう。本当は携帯を買ってもら予定だったんだけど~~
『悪いけど自転車通学してね』
自宅から学校まで10キロなので通えない事は無いけど、バス通学を希望すると
『ゴメン瑠璃、お母さんの新しいパート先が決まるまで我慢して。携帯も余裕が出来たら買ってあげるから』
と言われれば我慢するしかない私。
そんなに我家の家計がひっ迫しているなんて知らなかった……お兄ちゃんも大学だし、教育費がかさんでいる様子で無理を言えない。お兄ちゃんもバイトと勉強で忙しそうだ。
私もバイトをしてお小遣いを稼ごうかと考えながら、自転車を一人寂しく押して行く。同じ中学の仲のいい子は皆別の高校で、しかも携帯すら無い私に明るい高校生ライフは望めない。周りは賢そうな子達ばかりで落ちこぼれ決定の私は浮いてしまうだろうと早くもボッチ決定かと暗い事ばかりを考えるのだった。
自転車で漸く坂道を登りきり、プルプル震える足で自転車を引きながら、真新し校舎を眺める。2年前に建て替えられたばかりの綺麗な校舎だけど、どうせなら平地に移転して欲しかったと思うのは私だけだろうか? 一人寂しく門を通り、玄関に貼り出されたクラス名簿で自分の名前を見つけ、指定の下駄箱に靴をしまい1年3組の教室に淡々と向う。
しかし、1年のクラスは4階!
10キロの自転車走行に、坂道、4階分階段!!
既に屍になりそうな私は、初めてクラスの中に足を踏み入れるが、誰も私を気にも留めていない。
既に半数の人数が教室に入っており、幾つかのグループに別れている模様。
名簿では同じ中学校の子さえ一人もいないので顔見知りすらいない私は一人寂しく指定の席に座る。
平凡な私は目立たない事に自信があった。肩までのセミロングで、一度も染めていない髪に地味としか言えない顔立ちは、その辺の空気の様に埋没してしまう。だから積極的に自分から話しかけないと友達は出来ない。
だけど疲れ果てた私には自ら声を掛ける気力も少ない上に、自分に合いそうな地味めな女の子を物色して見るが、一人でいる子は、とても賢そうで眼鏡を掛けている子と美人の子がいるだけで、声を掛けずらい雰囲気。
友達出来るかな?
初日から既に諦めモードに入って来てしまっている私は、そのまま座り続けて、担任が来るまで一言も話さないでボッチの時間を過ごす。
「皆、席について下さい」
担任の先生が入って来ると漸く私の周りの席にクラスメートが座り全員が席に着いた。
先生は優しそうな男性教師で、三十代の中肉中背で可も無く不可もない感じ。
何とか一年はやっていけそうかと思っていたけど、自己紹介で覆されてしまう。
「一年三組の担任の安部慎吾です。担当教科は数学担当ですが、ついていけない生徒には補修に協力しますので何時でも申し出て下さい」
すっ数学!!
優しげな顔に騙されたが、なんてSなの!
数学の大の苦手な私には数学教師は全て敵でありS属性だと偏見で固定されていた。
もうダメーーーーーーー!
地を這う数学が担任なんて目を付けられるのに決まっていた。
きっと放課後は補修に呼ばれ数学地獄を味わうに違いないと思うと、思わず睨んでしまう。どうせ地味な空気の様な私の睨みなんて気付かないと高を括っての事だった。
「それでは、今から入学式を執り行いますので廊下に出席番号順に並んで下さい」
思った通りに気付きもしないままスルー
この存在感の無さを生かして、このまま数学で当てられないかも知れないと人知れず喜びながら廊下に並んで入学式が執り行われる体育館に向う。
そして進学校なだけあって、私語もない静かで式は粛々と進み、段々眠くなる。何しろ自転車通学は思いの外に体力を使い文化部の私にはきつい。
その所為で何処かの偉い人の長々しい祝辞を聞き流している内についうつらうつらと寝てしまうのだった。
「キャァーーーーーーーーーーーーーー! 会長! 」
突然の歓声でハッと目が醒めて、一瞬何が起こっているのか認識できない私は、思わず辺りをキョロキョロと見まわすが、女子生徒達はステージに釘づけになり目を輝かせていた。
そしてステージを見れば美形ばかりの五人の生徒が立っている。
その中でも一番背が高く高校のダサイ濃紺のブレザーの制服をブランド服のように着こなしたモデルスタイルのイケメンがマイクを持っていた。
カッコいいのは認めるけど、私には一切関わりを持てない部類の人間で観賞用決定。
まぁー観賞できるほどに会う機会も無いだろうけど…
「新入生の皆さんご入学おめでとう御座います。私は今年会長を務めます黒羽泰雅です。役員と力を合わせ生徒会を引っ張って行きたいと思いますので、新入生の皆も積極的に生徒会に参加する事をお願いします。それでは各役員を紹介します」
無難に挨拶を言って隣に立つ眼鏡を掛けた美形にマイクを渡し次々と自己紹介をして言った。
しかし、揃いも揃って美形ばかりで思わず顔で選んだのかと思ってしまう程。
副会長は眼鏡を掛けたクールビューティー、会計はチャラい感じのイケメンと武士の様なイケメン。書記はいずれも一年で入試トップで合格した美少女と二番のスポーツマンさわやかイケメン。
表現がいい加減ですって?
どうせその他大勢の庶民には雲の上の存在だから関係ないし~~
あちらも私の事なんて視界にすら入れないんだから、私も同じで何が悪いんだ!と言いたい。
今の私は卑屈で病んでいるのよ!
頭が良い上に美形なんて恵まれて羨ましすぎる存在!
皆が憧れの眼差しを向ける中で、私は一人生徒会役員達が壇上から降りるまで睨み付ける。
どうせ気が付かないし~~~
普段の私はこんな事をしないが、今は病んでいるのだ。
生徒会の紹介が終わると生徒達は割れんばかりの拍手をして、女子生徒からは『会長様~』とか黄色い声がチラホラ混じっていた。
何だかアイドルみたいな扱い。
そして壇上を降りて通路側の私の側を通ろうとしていた。
女子生徒達はその会長の歩む先に合わせて視線を動かし、私も同様に睨みながら私の視界から消えそうになった瞬間だった。
バチッ!!
「!!」
ゲッ…目が合った!!
睨んでいたのがばれてた!?
「きゃー 会長様と視線が合っちゃった!」
「違うわよ。私よ!」
周囲の子達が自分だと言いだすのでホッとする。
そうよね~~ 私の筈が無い。
例え睨んでいたのを知られたとしても、地味な私に次に会った時は気付きもしないだろう。
しかし少し自重しよう…人を妬んで睨むなんて性格を疑われるし。
取敢えず普通に地味に学校生活を送ろうと思うのだった。
無理やり押し付けられた会長職を引き受けた俺は、挨拶をする為に壇上に上がる。面倒くさいが内申の為にと思い、舞台に立ち、新入生を見降ろすと居眠りをして船を漕いでいる女子生徒を一人発見してしまう。
そして俺が壇上に立ったせいで女子生徒達が奇声を上げた所為で女子生徒が目を覚ます。
入学式で寝るとは凄い女と思いつつマイクを持ちながら女の顔を見れば平凡な女で次に会っても思い起せないタイプ。
普通なら興味はそこで途切れるが俺が話し始めると睨みつけて来るのが視界の端に映ってしまう。
もしかしたら告白をされて振った女か?
っと当たりを付けて無視していたが壇上を降りて、その女の横を通る時に視線を向ければ睨み付ける視線とブチ当たる。
凄い目付きだった。
そこまで恨まれるほど酷い振り方をしたのかと気になってしまう。
二、三年生の役員は生徒会室で一仕事終えて寛いでいたが、窓際で外を眺めながら睨まれた事を考えていたのだが
「黒羽、何を考え込んでいるんだ」
副会長の曽根が話しかけてくる。
「入学式の時に俺を睨んで来た新入生がいたんだが気になってな…」
「それなら俺も睨まれたぞ」
「僕も~」
「俺も」
三人も睨まれていたと知り驚く。
「俺だけじゃ無かったのか!?」
「これだから俺様は困るんだよ~ 少し自意識過剰なんじゃない会長」
と二年の会計の軽薄男の桐野が誹って来る。
何故だか俺だけでは無いと聞いて面白くない。
「生徒会に恨みを持つ新入生か? 取敢えず睨まれるだけなら放置して置いてもいいだろう」
冷静に曽根がそう判断して他の二人もさして気にして無い様子で、その話は終わるが俺は気になって仕方が無い。
確かアレは三組の列。
俺の机の上にある新入生の名簿を捲り三組の女子生徒の名前を見るが流石に分かるはずも無いが、男子の名簿に後輩の名前を見付ける。
こいつに聞くか…
あんな平凡を気にするのは癪だが取敢えず睨まれた理由を知りたいと思うのだった。